「打撲痕らしきものが複数、加えてまともな食事を取っていなかったのか栄養失調を引き起こしていたわ。既に治療は済ませて、今は点滴を受けている所。…それでここからが本題よ」
フィオナには617が旧型の強化人間である事を伝えてある。
CTスキャンを使ってまで調べてほしかったのは、脳深部コーラル管理デバイスの存在であった。
それがあるか無いかで、今後の治療に大きな影響を及ぼす。
再手術を受けさせるとしても、そんな危険な手術を受けてくれる医者など存在しないと見ていいからだ。
「結果から話すと彼女の体内及び脳内には第四世代強化人間特有のものは存在していなかったわ」
「なに?」
その事を知らされて、思わずそんな声が出ていた。
無かったという事は素直に喜ぶべきなのだろう。
だが向こうの世界では恐らく第四世代の強化人間であったはず。
死したとは言え、何も無しに普通の人間に戻る事があるのか?
「信じられないって顔ね。あった方が良かったのかしら?」
「そんな訳がない。ただ…驚きを隠せなかっただけだ」
「でしょうね。何度か検査を行ったけど、結果は変わらず」
コーラルも脳内にあるデバイスの存在は見受けられなかった。
もしもの事で悩んでいたが、それが気鬱に済んだのであれば良かったと思うべきだろう。
これで彼女を普通の女の子として、普通の人生を歩ませられる。
また猟犬に戻る必要など、もう無いのだから。
「…それは貴方の考えでしかないわ」
ベンチから立ち上がり、その場が去ろうとした所でフィオナの台詞によって足を止められた。
此方の考えを見抜いた言い方。
基地を統べる指揮官であるのだから相手の考えを見抜くには長けているのだろう。
「これ以上戦う必要なんてない…そう思う気持ちも分かる。けど、その先を決めるのは彼女じゃない?」
「だがACは兵器だ。子供が兵器に乗って戦場に出るべきではない」
強化人間だったから。ACに乗って戦う事しか出来なかったから。
それは自分や617も同じだった。
だからこそ、思うのだ。
普通に人間に戻れた少女が普通の人生を、何より幸せを味わうべき存在が、再びにACを乗って戦場に出るべきではないのだと。
「…彼女は命を賭して仕事をしたんだ。これ以上、命を晒す理由などない」
「…」
「仕事はもう終わったんだ。後は治療を受けてリハビリをさせて普通の人生を歩ませたい。そう願うのが、その頑張りを報われるべきだと願うのがいけない事なのか?」
「…」
その問いに対する答えは返ってこなかった。
分かり切った事だ。答えが返ってくるとは思ってすらない。
「点滴を受けたら617はどうなる?」
「暫くは病室で過ごす事になる。…もう少ししたら来ると思うけど、どうする?」
「今は良い。日も跨いでいるからな。…俺はACのコクピットで休む。621に部屋を案内してやってくれ」
キサラギという企業にACを持っていく仕事もある。
ふかふかのベッドで休めば幾分か疲れも取れるのだろうが、先の会話もあってそんな気にすらなれない。
まるで自分の殻に籠ろうとしているかのように、只々ACのコクピットに籠りたかった。
外に置いてあるACのコクピットで一夜を明かし、目覚めた時には空の色が青くなりつつ時間帯だった。
キサラギへ向かうにしても早すぎる。もうひと眠りしようかと思った時だった。
「あれは…」
ワンピースの上からジャケットを羽織り、透き通るような真っ白な髪が風に揺られながら佇む一人の少女。
その赤い瞳でじっと此方を見つめていたのは、病室で寝ているであろう617であった。
何故この時間に?と疑問に思いつつもコクピットハッチを開き、外へと出る。
機体の上を伝いながら地上へと降り立ち、Re:LOADER4から視線を外さない617へと歩み寄った。
「病室を抜け出してきたのか?」
「変なタイミングで目覚めてしまって…。人もいないから抜け出してきた」
「そうか」
近くのコンテナに背を預けながら、その場から一歩も動かない617の後ろ姿を見る。
誰がどう見ても小柄な少女。そんな人物がACに乗っていたと聞いて、この世界にいる人間がどれだけ信じるだろう。
ルビコンでは強化人間手術を受けた子供は多く居た。自分もその例外ではない。
借金のカタにされた、違法組織に捕まって強制的に受けさせられた、その理由は様々だ。
ただその理由は覚えていない方が多い。たまに覚えている奴もいるが。
因みに自分の場合は全く覚えていない。最も思い出す理由など無いのだが。
「ウォルターがくれた機体と同じ…。頭は違うけど」
「最初はあの素朴な感じの頭部を使っていた。訳あってその頭部を使っている」
「あの頭部ってそんなに素朴かしら…。可愛いと思うのだけど」
「…可愛いか?」
愛嬌あるとでも言いたいのだろうか。
まぁ、そう思う奴にはそう思えるのだろう。
…可愛いとやらに対する知識も少しばかり深めておくべきだろうか。
「フィオナって人から聞いた。私の中にコーラルも管理デバイスはないって」
「…」
「もう強化人間じゃない。これって素直に喜ぶべきなのかな?」
「…少なくとも俺はそう思うが」
再手術を受けて、普通の人生を。
この世界で、617と出会った自分が抱いた思い。
例えそれが…罪と意思を背負いながら、不器用ながらも優しかったウォルターだったとしても必ずそう言うだろう。
故に617の問いに言った答えに偽りなんてものはなかった。
「私は戦う事しか知らない。ウォルターに拾われ、ハウンズとして戦って来たあの時から」
戦う事しか知らない。
その台詞は自分にも当てはまる。
意思を継ぎ、星を焼いた後…再手術を受けても尚、結局自分に残ったのは戦う事であった。
普通の人生をなどとほざいているが、自分もまた普通の人生とやらを少ししか知らない身だ。
「…普通の人生を歩んでほしいって貴方が言っていたのをフィオナから聞いてる」
「!」
「そう思ってくれるのは凄く嬉しい。…けど、私は戦う事しか知らない。だから、戦いながら見つけようと思う」
戦いながら、これから歩むべき道…その答えを見つけると言うのだろうか。
それは果てしない道でしかない。一人の少女が歩む道ではない。
戦いはどのような形であれば、常に非情なのだ。
下手すれば一瞬で命が消えてしまう様な…そんな道を歩んでほしくなどない。
どうか踏みとどまって欲しいと思うもその権利も義務も今の自分には存在していないのを自覚していた。
自分もそうなのだ。戦う事しか知らない身。普通を知らず、戦場にしか居場所がないのだ。
どうすべきなのか。正直もう分からずにいる。
「…成就しろよ。戦いの先で見つけた、その答えを」
迷いに迷った果て。
戦う事を認めてしまう様な言葉しか出てこなかった。
自分もまた戦う事を選んだから。
灰の様に燃え尽きてしまっても尚、残されたのが戦いだから。
故に普通に戻れた617パイセンが戦いを選んだ事をレイヴンは止める事は出来ませんでした。
作中の最後で口にした台詞も、迷いに迷った上で出たセリフです。
さて次回はキサラギ社へ。
ではではノシ
「…貴方もそんな風に見てくれるのね」
「戦う必要などない。普通の人生を歩んでほしいって…そう願い、私の様な存在が戦うのを悲しみ、そして不器用ながらも相手を優しく思う目をしている」
「……理由は違えど、そんな目をしている人を私は知っているわ」
「…死ぬつもりなんてない。戦う事しか知らなくても、私は生きるから」
「…だから心配しないで。