時は夕暮れ時。
橙色に染まった空が暗くなりつつある基地の屋上で彼女は言った。
電子能力に特化した人形は自分に関係にあるのだと。自分と同じように向こうの世界から流れ着いた人物でもあると。
何よりその人物は…ルビコンでの最後の戦いで自分が殺した相手でもある、と。
──レイヴン──
あの透き通るような声が響く。
可能性を否定したその先で、敵として立ち塞がった友人の声が。
「…冗談のつもりか」
フィオナが冗談でこんな事を言っている筈がない。
そんな事は分かり切っていると言うのに、まるでそれを認めなくないと言わんばかりに子供じみた事を口にしていた。
この世界に流れ着いてしまったのも、あの時、あの場所で彼女の声を聞いたから。
もしかすればこの世界に居るかもしれない。
だが、それは可能性の話だ。
声が聞こえたのもそう思い込んでいるだけで本当は何も聞こえなかったかもしれない。
仮に声が聞こえたからといって確実に居るとは限らない。
僅かでしかない可能性を否定している自分もいる。
あの世界からこの世界に流れ着いて今に至るまで…全ては只の偶然でしかないのだと。
「冗談を言える様な雰囲気に思える?」
「だろうな…」
案の定、想定していた通りの答えが返ってくる。
こんな状況で冗談を言う様な奴ではない。
じゃあ、聞こうじゃないか。
今この場には──
「お前が言う人物…そいつの名は──」
冗談も、嘘も、必要ない。
「エアだな…?」
真実のみが会話を進めていくのだから。
「…」
フィオナは答えない。
が、その表情は物語っていた。
その人物は、間違いなく"
あぁ…そうか。彼女はここに、この世界に居るんだな。
謝りたくても、謝る事の出来ないかけがえのない友人がこの世界に居るのか。
そう思う反面、恐れもあった。
自分は彼女を殺した。可能性を否定し猟犬として全てに火を点ける事を選び、彼女にとって同胞とも言える存在を焼き殺したのだ。
正直…どんな面を下げて彼女に会えばいいのか分からずにいる。
「…それで聞かせてもらおうか。…何故エアはここには居ない。何時からこの世界に流れ着いた。何故エアの事を黙っていた」
口を開けば、出てくる疑問。
色々聞きたく仕方ないとしても、自分らしくないとは思う。
だが、それら全て聞かなくてはならない。フィオナの口から語ってもらわないといけないのだ。
「一つずつ答えるわ。まずは、彼女が何時この世界に流れ着いてから。…厳密な日数までは覚えていないけど、ざっと二、三か月前。当時私たちは人権保護団体過激派によって誘拐された民用人形達の救出及び保護する為に過激派組織への襲撃作戦を展開していたの。作戦は無事成功、奇跡的に誘拐された人形らも無事だったのだけど、その中に珍しい人形が居た事に気付いたの。白から赤のグラデーションがかかった髪を有した人形だった。民用登録されていないから違法で製造された人形かと思ったけど幾ら調べてもその人形に関する情報は全く出てこない。ただ一つだけ分かるとすれば、その人形が自ら名乗った名前だけ」
「それがエア…?」
「ええ」
エアはC型変異波形であり元より体を持たない存在だ。
だというのに一体どうやって体を得たというのだろうか。
それともこっちに流れ着いてしまった時点で、器とも言える体を得たというのだろうか。
「民用登録されていないけど、違法製造された訳でもない。ただ彼女は人形の性能を逸脱するレベルの高い電子能力を有していた。それでこそ、足跡を残すことなく鉄血が持つセキュリティを難無く突破できるほどの」
それに関しては覚えがある。
グリッド086に侵入する際に、ハッキングに関しては多少心得があると言っていた。
だがその能力は多少の心得がある程度のレベルではなく、最早そこら辺のハッカーですら及ぼない程の余りにも高いハッキング能力を持っていた。
だが、それはあくまでも彼女がC型変異波形だったからこそ出来た事だ。こっちに流れ着き、器を得たといって能力がそのまま受け継がれる事などあり得るのだろうか。
「どこでそんな能力を得たのか、最初こそは本当に謎だったわ…彼女の正体、そして前世の話を聞くまでは」
「…ルビコニアン、C型変異波形…ルビコンでの戦い、そして俺が彼女と殺し合い、俺が殺した事。全てを聞いたんだな」
「ええ…。貴方の主、確かハンドラー・ウォルターだったわね…その人が恐れた破綻。如何なる犠牲を払ってでもコーラルを焼き尽くす。そして可能性を否定し、ウォルターの猟犬としてその意思を継いだレイヴン。…その話を聞いた時、正直困惑したけど同時に事実でもあると理解していた」
無理もない。
自分もこの世界に流れ着いてしまった時は少なからず困惑したのだから。
余程冷静沈着な奴でない限り、困惑するのは当然と言える。
「違法製造だと示す物的証拠が無い。けど、彼女の高度な電子能力は私達にとって作戦の展開にも大きな影響を与えてくれる。そこで私はI.O.Pに協力してもらい、彼女を…エアを対電子戦用技術試験人形として再登録。その稼働データをI.O.Pに提供する代わりにこの基地に身を置かせるように計らい、事実この基地で過ごす事が出来た。当然彼女は様々な作戦のオペレーターとして協力してくれた。少なくとも、この基地に所属する人形達にとって無くてはならない存在であったのは事実よ」
「ここにとって無くてはならない存在が何故居ない?」
「…ある日の事だったわ。上層部の連中の一人が事前の連絡も無しに突然基地にやってきてエアを見た瞬間、こんな事を言い出したの。この人形が持つ能力は今後鉄血攻略作戦において重要な存在だと。前線基地に置いておけば何らかの形で損失し兼ねない為、今後は本部で有効活用する、と」
「…」
…一瞬、自分の中で何かが切れる様な音がした。
上層部の連中の一人が何者かは知らないが、エアを有効活用するだと?
あんな馬鹿げた作戦を立案しておきながら?
人形という仮の器を得た事を知らないにしても、相手を道具の様に扱う事が有効活用だと?
「…それで?」
沸々と込み上げてくる何か。
その感情が何なのか分からないながらも続きを促す。
「…当然断った。そう言った指示も、それを指示する書類すらない。そいつの身勝手な行動だと糾弾したわ。すると奴はこんな事を言ってきた。断るのであれば、この基地を解体し私の指揮官としての権限も剥奪すると。自分がそれを行える程の立場に居るという事を忘れるなって…」
また分からない何かが込み上げてくる。
フィオナもエアも、やるべき事を成していただけ。
なのに何故、こうも第三者の手によって妨害されなくてはならないのか。
何故、彼女達がこのような目に合わなくてはならない?
「…相手が上層部の連中の一人というのは知っていた。富裕層育ちのボンボンだという事も。それだけの権限を有していたのも事実。だからといってエアを差し出す理由にはならない…答えが出せない私を見かねたのか、エアは自ら本部に異動する事を申し出た。その代わりにこの基地と指揮官に対して権力を用いた妨害や脅迫を行うなって…」
「…」
「…止めようとした。けど彼女は止まらなかった。提示した条件を呑んだアイツは彼女を連れて基地から出ていった。それからはずっと彼女は本部に居るとずっと思っていた。けど本当は違った」
「…エアはグリフィン本部には居ない。どういう訳か、サイレントラインにいる可能が高いという事か」
それが先ほど、フィオナが誰かと話していた内容という訳か。
「ええ…。……エアを護送していた車両は鉄血の襲撃を受けたのよッ!!!!だというのにあいつはその事を黙っていた!!!そして知っていたのよ!!!鉄血によって連れ去られ捕虜となったエアがサイレントラインにいる可能が高いと!!!!」
「ここをサイレントライン攻略作戦参加を認めなかったのも、その失態を隠す為。あんな作戦を立てたのも秘密裏に救助するためのカモフラージュか…」
…漸くと言うべきか。
自分がすべき事を分かった気がする。
何となくサイレントラインを攻略しなくてはならないと漠然とした目標でしかなかったが。
「彼女は会いたいと言っていた…!離れ離れになっても、孤独だった自分の声を初めて聴いてくれた人を…!レイヴンって寂しそうに呟いていたのを忘れられる筈がなかった…!」
今にも泣き崩れそうな声でフィオナは叫ぶ。
大事な友人の事をそこまで気に掛けてくれたのは嬉しく思う。
こっちに流れ着いてしまったとしても、話せる相手が居てくれた事が何よりも嬉しい。
「もう良い」
「…ッ!」
踵を返してその場から離れる為、静かに歩き出す。
これ以上はもう良い。聞くに堪えない。
何故なら──
「…作戦でそいつが出てきたら俺の方で話をつけておこう」
今からでもそいつを殺しに行きそうな程、煮えくり返るような怒りがこれでもかと溢れかえっていたのだから。
という訳で…はい。
どこぞのアホンダラがレイヴンの(怒りの)火を着火させてしまった模様。
これにより我らが
…アホンダラもそうだけど、上層部の連中は震えて眠るがいい…
ではノシ