「ちょ…ちょっと待たんか。エア、お主なにを言っているのだ」
「同感です。幾ら貴女が優れた力を持っていたとしても、幾ら何でも大袈裟が過ぎます」
自身の足元に地下世界が広がっている。
そんな荒唐無稽な話を、はいそうですかと信じられるのが難しいだろう。
ナガンとジェリコの反応は此方からしても当然とも言える程だった。
だが──
「エア、その規模はあの技研都市と同等のものか?」
技研都市を知っている自分からすれば、有り得ないとは思えなかった。
「はっきりと言って、比ではありません。これだけの規模…ルビコンでも見た事がありません」
「世界というだけあるか…」
サイレントラインの地下、そこに地下世界とも言える大規模空間が存在している。
その事実だけでも、十分な収穫とも言える。
「…先を進むのが一番だろうが、一旦出直す必要があるな」
この人数で、未知数とも言えるこの先へと進むのは危険過ぎる。
自分一人ならその危険も承知の上で向かっていただろう。
チャティは兎も角として、この場にはジェリコにナガンに加えてエアも居る。
流石に彼女らをあらゆる危険を守りながら調査を行える程の技量はない。
「待たんか待たんか。お主、今の話を聞いておらんかったのか。ワシらが立っているこの場所、その足元に地下世界が広がっておるという荒唐無稽な話。幾らエアがワシら人形にはない能力を有していると言えど俄かに信じられぬ」
「だろうな。だが…この感じに覚えがある」
「なに…?」
ルビコンとは何もかも違うと言うのに。
しかしこの感覚に覚えがある。
ネペンテスを破壊し、エンフォーサーを破壊し、封鎖システムが沈黙した後、その先にあるであろう技研都市へと向かって静かに落ちていく中で感じたあの感覚。
何かが絶対にあると思わせるながら、まるでこちらを誘っている様な感覚。
世界が移り変わろうとも残り香とも言える様な形で、それは残っていた。
「荒唐無稽な話だとして…あるんだろう、地下世界というのが。そして何かが俺達を此処に来いと言わんばかりに誘っている。正直言って、友好的な感じではない」
いずれ足を踏み入れる事にはなる。
だが、今そこへと向かうには危険が多い。
紙媒体による情報管理を徹底する程なのだ。防衛装置があっても不思議ではない。
「…それは独立傭兵としての勘ですか?」
「経験則という奴だ、ジェリコ」
存外にルビコンでの経験が役に立つかも知れない。
そう思えてくるほどにこの世界はルビコン或いはACに似た兵器が存在していた様な感覚を覚えさせる程に似通っていた。
「取り敢えずここを出るぞ。チャティ、二人をコクピットに乗せてやれ。ブースターは点けるな、軽量タンクとはいえ、ブースターを吹かしながらの移動は負担が大きい」
『了解した』
フィオナへの報告もあるのでここを一度出る事にする。
ナガンとジェリコがサーカスのコクピットへ、自分はエアを連れてRe:LOADER4のコクピットへと乗り込む。
システムを起動させ、通常モードでの歩行を開始しようとした時だった。
『レイヴン、聞こえるかしら。フィオナよ、聞こえてる?』
「フィオナ、聞こえている。どうした」
『厄介な事になったわ。ラスティさん達もこっちに来てるから、あなた達は急いで戻ってきて』
「厄介な事だと?」
サイレントラインを攻略したというのに、問題が降り注いでくる。
休む間もないというのは、こういう事を指すのだろうか。
『鉄血の巨大兵器の出現に加えて、面倒な上層部の連中がここぞとばかりにサイレントラインに来てる』
「始末するか?」
『それで済むのであればそうしてる。取り敢えず戻ってきて。特にヴォルタが上層部の連中をグレネードで吹っ飛ばしてやると言わんばかりに苛立っているから』
「……もう吹っ飛ばしたらいいのではないか?」
『そうしたいのは山々だけど、急いで戻ってきて』
「…了解した」
ヴォルタに限らず、フィオナもまた苛立っているのだろう。
通信越しから聞こえた声は、正しく苛立っていたのだから。
(うざってぇ…)
頭部のカメラを通してコクピットへと映し出される光景にヴォルタは胸の内で悪態をついた。
サイレントラインの事後処理は、面倒ではあるが仕方ない。
寧ろこれ位で苛立つく事はない。ただ単に面倒だと感じる程度で済むのだから。
ただ、こいつらは違った。特にヴォルタにとっては最早地雷に等しい。
『どうかね、傭兵の諸君ら。こんな小娘に仕えるより金払いの良く、楽な仕事が出来る所に付かないか?』
並ぶACを前にしながらも、恐れる事無く胡散臭い笑みを浮かべる上層部の一人。
その笑み、或いはその腹の内には使い捨ての駒にしてやるという思惑が透けて見える。
そんな有り様がヴォルタからすれば戦果を上げたいだけの為に自分達を使い捨てにする様な、まるで死んで来いと言わんばかりに無茶な作戦を立案したベイラムの上層部を彷彿とさせた。
(条件が良い事につく。そいつは悪くねぇ事なんだが…)
ミシガンの顔面に一発ぶち込んでからレッドガンを抜ける。
そんな野望を掲げて七年。
七年経っても尚、叶う事がないと諦めた彼はG3『五花海』に商売のイロハとやらを学んできた。
教えの中はレッドガンを抜けた後で役立つ事が多かった。
だから気に食わない上層部の連中が言う『条件』だけを鑑みれば、フィオナの元を離れる事も出来たであろう。
しかしそれをしないのは理由があった。
──私なりの義理というのがあるのですよ、ヴォルタ──
隊に入る前は詐欺師。やり過ぎたせいでG2ナイルにぶちのめされレッドガンに入った三番手。
自慢の話術で抜けだろうと思えば抜け出せたはずの男。
なのにそれをしなかった彼に思わず尋ねた問いに対する答えが彼の脳裏で再生される。
(俺も…)
壁越えでその命を落とし、何の冗談か二度目の生を与えられてこの世界に降り立ったヴォルタ。
右も左もわからず、路頭に彷徨っていた彼を受け入れたのは他ならないフィオナだった。
最初こそは怪しまれたものの、居場所を与え、飯を与え、立場を与え、アフターサービスも行ってくれた。
それだけの恩義を前にして、それを仇で返すなど今のヴォルタには出来る筈がなかった。
義理と言うのを通す為に、そしてあのいけ好かないベイラムの連中を思わせる奴らの元に下る気などないと言う意思表示を示す為に彼は操縦桿を動かす。
"ガコン"とキャノンヘッドの左手に装備された重ショットガン『SG-027 ZIMMERMAN』のフォアエンドが動き、排莢と同時に散弾が装填されると彼はその銃口を偉そうな口を叩く上層部へと目掛けて突き付けた。
「余計な仕事を増やすんじゃねぇ。殺すぞ」
──俺なりの義理ってぇのを通さねぇとならねぇ──