《巨大兵器動き見せず。各地区からの不安の声。グリフィン対応に追われる》
手に持った端末に映る一文。
待ち時間を潰す為に、適当にニュース記事を読んでいた所にこの様な見出しが目に映った。
思わず指をそれへと伸ばし内容に目を通していく。
数週間前からメディアやSNSではこの手の話題で持ち切りだ。それほどまでにこの状況に不安を覚えているのだろう。
だが閲覧したユーザーの半数がこの状況に対して楽観視しているコメントを残している。
後は人権保護団体の過激思想派が残したコメントに、ロボット愛護団体の過激思想派が噛みつくようなコメントが残っていたりなど荒れていた。
「…」
『何も思わない様だな、ビジター』
端末にバックアップを移している為か、それを通して耳に着けたヘッドセットにチャティの声が届く。
顔までは分からない筈と思ったのだが、カメラを通してこちらを見ていたのかも知れない。
そんな彼の問いにああ、と答えながらもその理由を明かす。
「やる事をやるだけだ。今も、そしてあの星に居た時もそれは変わらない」
自分は傭兵だ。
グリフィンに属する人間の様な立派な志もなければ、治安機関みたい立派な正義感もない。
あるとしたら──
「…」
そう思いかけた所で言葉が出なくなった。
立派な志もなく、立派な正義感もないと自身をそう評するのであれば、あの時の自分は何だったのだろうか。
恩人の報いる為、その意思を継ぐため、可能性よりも今を救う為。
友人と戦友にその銃を向けて、そしてその命さえも奪う程に進み続けた自分は何だったのだろうか。
星を焼いて、失って…そして今の自分には何が残っているのだろうか。
『ビジター?』
「っ…すまない、少し呆けていた」
分からなかった。いや、分かるはずもなかった。
「エアを迎えに行こう。一人ぼっちにさせると何を言われるか分からない」
『付き添いでワタリもいると思うのだが』
「…それでもさ、チャティ。エアは我儘なんだ」
──何もないのだから──
座っていたベンチから立ち上がりエアが待っているであろう場所へ向かう。
I.O.Pの施設でメンテナンスを終えただろう彼女の元へ。
「誰が我儘ですか、レイヴン」
「…何の事か分からないのだが、エア」
エアが待っている部屋に訪れて早々、コーラルみたいな幻覚を放つエアが詰め寄せられてしまい、思わず冷や汗を流す。
おかしい。この部屋まで移動するまで軽くニ、三分掛かっている。そのニ、三分前の発言がエアに聞こえる筈がない。
『俺は何も言っていないぞ、ビジター』
こちらの考えを読み取ったかのように無罪を主張してくるチャティ。
それは分かっている。寧ろチャティがそんな事していないと思いたい。
だからこそ言いたい。どうやって知ったのかと。
「レイヴンが思っている事を私に分からないとでも?」
笑った。
だがその赤い瞳は笑っていない。まるで吸い込まれてしまいそうになる程に、その奥に光が灯っていない。
成る程、人の笑みはここまで出来るのか……実に恐ろしいな。
「はいはい…そこまでにしましょうか、エア。レイヴンが困っています」
この沈黙をワタリが手を叩いて破き、雰囲気を変えた。
少々呆れている所を見ている辺り、いい加減にしろと言外に言っている気がした。
「ワタリ、邪魔をしないでください。私は今からレイヴンに私の事をキッチリと教えないといけないのです」
「そんなの今でもなくて良いと思いますがね。それにこの後はペルシカ博士と面談があるのでしょう?移動しなくてはならないと言うのにそれをそっちのけでこんな事していても良いのですか?」
「そ、それは…」
詰め寄られて知らなかったが、メンテを終えた後はペルシカとの面談があるらしい。
時間も限られているという事もある。確かにワタリの言う通りでこんな事をしている暇はないだろう。
すぐさま移動しなくてはならない。
「さ、行きますよエア。メンテが終わったらすぐに来て下さいと言われていたのに、もう五分も経っていますから」
「え、あ、ちょっと!ひ、引っ張らないで下さい、ワタリ!ちゃんと歩けますから!」
「ちゃんと歩けるなら、すぐに向かう!はい、歩く!」
何だろうか、ワタリがエアの姉の様に見えてきた。
戦場での彼女は敵に冷たい所はあるが、普段はしっかりしていて偶に冗談を口にする愛嬌のある奴だ。
人形が持ち得る性格…或いは設定された性格というのが表に出てきているのだろう。
「あっ、レイヴンも一緒に来て下さい」
「俺もか?」
微笑ましい光景だと思った所でワタリがそんな事を言って来た。
今回ここに訪れたのはエアのメンテナンスで来ている。
自分はただの付き添いという事で来ているのは向こうも承知している筈だ。
にも関わらず呼び出すとはどういう事なのだろうか。
「ええ。詳しくは直接会ってからと言っていましたがね。ただ…」
「ただ?」
「強化人間の事について、少し聞きたいとか」
「…」
それを聞いて、何かが変わった気がした。
強化人間について聞きたい。加えてそれを聞きたいと言っているのが研究員であれば尚の事。
─ある科学者がいた─
ふと頭に流れる"彼"の声。
コーラル集積地を前にして、彼が語った昔話。
その中に出てきた男の話。
─家族を捨てコーラルの研究に没頭した男だ─
探求心と外道の化け物。人を捨て、道徳を捨て、禁忌を犯した存在。
形容するのであればそんな言葉が幾らでも出てくるような男。
生み出されたものは全て狂っていて、その中には強化人間技術も入っている。
「…案内してくれ」
科学者が強化人間という技術を聞きたがっている時点で、ペルシカに対する警戒心は高まっていた。
生み出すべきではない技術。この世界には不要な技術に興味を引いている。
もしそれを生み出そうと考えているのであれば──
「なるべく早くな…」
この手で殺す事も厭わないだろう。
「よく来たわね、エア…って、なんか警戒されてないかしら?」
「そんな事はありません、ペルシカ。それで話とは何でしょうか」
ペルシカが使っているであろうその部屋で呼び出した本人はいた。
目元の隈にくたびれたシャツ。白衣を羽織ってはいるが科学者らしくないなと思ってしまう。
だがこうして主席研究員の地位に身を置き、書類やら本、訳の分からない設計図に囲まれた部屋で作業している辺り、彼女の本業が科学者である事は容易に察せる。
ただ人の機微に敏感なのか、部屋に入って早々警戒されている事を疑われたがエアが話題へと踏み込んだので事なきを得た。
「メンテナンス後の調子はどうかしら エア」
「特に大きな不調はありませんね。いつも通りです」
「そう。もし何かあったら言ってね。対応はするから」
「分かりました」
今までどのようなやり取りをしてきたのかは知らない。
これがエアとペルシカとの何時ものやり取りなのだろうと思える。
どのタイミングで、ペルシカが聞きたいといっていた話へと持っていこうと模索する。
その間に二人は会話を広げており、出方を伺った時。
「ペルシカ、レイヴンに聞きたい事があると耳にしたのですが」
エアが自らその話題へと切り出した。
ペルシカが強化人間について聞きたいという話はあの場に居たエアも知っている。
「ああ、貴女も知っていたのね。ええ、少し聞きたい事があるの。悪いけど──」
「強化人間について知りたい、だったな?詳しくないが構わないな?」
警戒心の高さの現われからか、思わず低い声が出てしまった。
一同の視線が一気に此方へと向けられる。まるでどこか驚いている様な、そんな感じだった。
「構わないわ。それと安心して、ただ聞きたかったぐらいで再現しようという気はないわ」
「…そう信じたいものだがな」
何となくだが、本当に何となくだが。
このペルシカという科学者…何をしたのかは分からないが、人としての理を外れた事をした気がしてならない。
そう感じさせるだけの…何処かそれに対する後ろめたさを醸し出していた。
選択し、その責任を背負い、後悔をずっと抱き続き、それが正しかったのかと自問自答をいつまでも繰り返している自分を見ている気分だ。
「…強化人間と言えど世代がある。コーラル技術を用いた第一から第六世代、所謂旧世代型強化人間。コーラル代替技術を用いた第七から第十世代。それらの棲み分けは頭にコーラル管理デバイスを埋めているか否かだ」
「貴方は何世代に当たるのかしら」
「以前までは第四世代の強化人間だった。今は再手術を行いコーラル管理デバイスを取り除いているから、第七以降の世代に該当する」
「再手術によるアップデートも可能、という訳か。という事は再手術を行う事で普通の人間に戻る事が出来る…?」
「可能だろうな」
そう答えると、ペルシカは指を顎に当てて考える素振りを見せた。
声をかけても反応しなさそうな雰囲気だった為、思考の海から帰ってくるを待つ事にした。
それから数分後、考え込んでいた態勢が解かれた。
「…うん、余り深く踏み入る事はしなさそうな技術ね。ごめんなさいね、嫌な事を話させて」
「構わない。元より強化人間手術を受ける事になった経緯も覚えていないからな」
「覚えていないの?」
「コーラルによる脳の焼き付きと手術の影響で記憶の一部を失っている。思い出すものでもない上に興味がない」
再手術しても尚、何故自分が強化人間手術を受ける事になってしまったのか思い出せずにいる。
思い出す理由はないが、何故受ける事になったのかはある程度の考察している。
大方借金のカタにされた、或いは犯罪組織に拉致られて無理矢理受けさせられた、またはそれ以外。
旧世代の強化人間が手術を受ける羽目になった理由は幾らでもあるのだから。
「そう…」
再び沈黙が訪れると部屋の扉が開く音がした。
自分を含めて全員の視線がその方向へと向けられた時、一人の戦術人形がそこに立っていた。
一斉に向けられた視線に驚いたのか肩を跳ね上げさせた所に、ペルシカがその戦術人形の名を口にした。
「あら、M4。どうしたの?」
黒のセミロングに、首元に巻いたスカルスカーフ。
上着を腰に巻き、ホットパンツを穿いた少女…ペルシカが言うのはM4と言うらしい。
この場にワタリが居なくて正解だったな。こちら側に身を置いているとはいえ、ペルシカの部屋まで同行させていたらこの人形を鉢合わせになっていた所だ。
「突然すいません、ペルシカさん…えっと、今良いですか?」
「ええ、良いわ。話も既に終えた所だし」
ペルシカに言った通り、話は既に終えている。
背を預けていた壁から離れてエアと共に部屋の出口へと歩き出す。
「…む?」
ふと、M4と呼ばれた戦術人形と目が合った。
あどけなさを残した顔。それとは裏腹に何処か不安を残した瞳。
戦術人形と言われなければ、その名を知らなければ、間違いなく今を生きる少女にしか見えない。
そんな姿が何故か何かと合わさって──
「え…?」
気付けば、そんな彼女の頭に手を乗せて撫でていた。
「…あの、えっと…?」
困惑するような声は届く。
それでも、それを無視してM4の頭を撫でる。
何故こんな事をしているのか自分にも分からなかった。
彼女の表情がそうさせたのか、或いはその瞳がそうさせたのか…分からないというのに彼女の頭を撫でていた。
「…」
たった数秒程度の出来事。
一頻り撫でた後、その手を降ろして何も言わずにその場から去っていく。
後ろから視線を感じるも決して足は止まる事はなく、乗って来た車で待機しているであろうワタリの元へと向かった。
このまま何事もなく終わる。そう思われた矢先…
──違法建築物に関する情報提供をしたいと通信があった──
──身柄の保護を条件に、指定ポイントまで迎えに来てほしいとの事だ──
──問題はその提供者が、あろう事か鉄血のハイエンドモデルからという事だろう──
──素性を明かしてまで保護を求めるとなると、裏はないと思いたいが…──
ラスティからの通信で止まっていた状況が動き出した。