監視ルームに情報提供者は立て籠っている。
そこまでに到達するにはメインホールから工程内に通ずる従業員入り口からエアシャワールームを抜けて工程内のA区画へと侵入し、そこからB区画、C区画、そして最も古い工程内であるF区画を抜けなくてはならなず、この工場内を徘徊している破棄個体らに見つかる事なく、合流した後に脱出しなくてはならない。
簡単そうに聞こえるが、そう単純な話ではない。
そもそもにして、あの家政婦が言っていた破棄個体の能力がどれ程のものなのか分からない。
加えてその数も15体以上。火力に乏しい現状を踏まえて迂闊に戦闘を行うのは愚策としか言いようがない。
「まずはその従業入り口を探さなくてはならないか」
エントランスホールを抜け、メインホールに到達した訳だが案の定、内部は荒れていた。
これもあの家政婦が言っていた破棄個体らによる仕業だろうか。
倒れていた箱らしきものには鋭い爪で引っ掻いたような跡が残っていた。
「違法改造を施した破棄個体によるものか…随分と攻撃的だな」
凶暴である事がこれで明らかになった。
ますます戦闘は避けなくてはならない。ワタリは兎も角、拳銃一丁しか持たない自分が相手するには無謀過ぎる。
「ですねぇ。取り敢えずこちらを、レイヴン。メインホール前にあった警備室で見つけました」
後ろから声が掛かり、振り返ると警備室で見つけたとされる銃を手にしたワタリがそこにいた。
居ないと思ったら、そんな事をしていたとはな。
「それはありがたいが……工場で勤務している警備員がこれを持っていたと言うのか?」
ワタリが見つけたであろう二丁の銃。
一つはベネリM4スーパー90。
確かセミオートタイプのショットガンだったか…SGの戦術人形『M1014』が持っている銃の同型を基地内にある射撃訓練場で試しに撃ったのが記憶に新しい。
しかし民間企業に属する警備員の装備の一つとしてこの銃を運用していた事に疑問を覚える。
今時の銃事情がどうなのかは知らないが、この銃に興味を持って調べた時、確か軍用、或いは法執行機関とかで運用されているとあった。
民間企業が…どうやって軍用モデルを得たのか。気になる所ではあるが…問題はもう一丁の方だ。
「これは…形状からしてリボルバーだろうか。銃口が下についているとは珍しいな」
「RSh-12。50口径のリボルバーですね。弾数は五、使用弾薬は12.7㎜×55 STs-130亜音速弾。まぁ分かりやすい所でいうとライフルの弾を撃てる拳銃といった所です」
「ショットガンは兎も角、火力があっても弾数が少ないのは継戦能力に欠けるな。しかし、この銃も警備員が持つ標準装備だったのだろうか?」
「いえ、その銃は個人ロッカーの中にありましたよ。ご丁寧に予備のスピードローダーとポーチ、おまけに弾まで置いてましたからね」
「趣味で持っていたというのか…?」
一体何に備えてこの様な銃を持っていたと言うのだろうか。
ショットガンといい、このリボルバーと言い…これではまるで相手を確実に殺すという殺意めいたものを感じる。
違法改造された破棄個体、過剰なまでの火力に過剰なまでの恐怖心。
ここで警備をしていた人物は、そしてこの会社は何を想定し、何を恐れていたのか。
ただの玩具工場ではないと思っていたが…これは予想以上かも知れない。
「急いで監視ルームに向かった方が良さそうだ。行くぞ、ワタリ」
「了解です」
暗闇の中、唯一の光源は自分が持っているライトだけだろう。
こういう場合は発電機か、或いはブレーカーがある場所まで向かって灯りを確保するのが一番だろうが状況がそれを許してくれない。
幸いなことに従業員入り口は直ぐに見つかり、ドアを蹴破って侵入。機能停止したエアシャワーを抜けてそのまま工程内のA区画に侵入する。
「ここが工程内ですか。ベルトコンベアに製造機器…まぁよくある様な光景ですね」
「一つのラインにしては機械も多く、随分と奥にへと長い。それほどまでに段階を踏む必要があるのだな」
「物を造るといっても安全面や耐久面は考慮しないといけませんから。雑なものを作って取引先の信用を下げてしまったら会社も運営出来ませんし」
「確かにな」
どのような用途で使うのか分からない機械がズラリと並んでいる。
中には性能が高いものもあるのだろう。
そう思うとこういった機械を多く導入出来るだけの資産がこの会社にはあったと予想出来る。
玩具で儲けていたのか、或いはそれ以外で儲けていたのかは不明だが。
「このままB区画にと言いたいですが…レイヴン、警戒を」
「!…来たか」
「はい。私たちに気付いたのが挨拶に来てくれたそうです。最も恥ずかしがり屋みたいで、姿を見せてくれないそうですが」
「…そんな冗談も、この状況だと気休めになるな」
光栄です、と笑みを浮かべながら大太刀を構えるワタリ。
褒めたつもりはないのだと思いながらチャージングハンドルを僅かに動かしてチャンバー内に散弾が装填されているのを確認した時だった。
「!」
「…お出ましですね」
何処からともなくドタドタと何かがダクト内と通っていく音と、まるで獣の様な声が響いた。
音の発信源は上の方から。
見上げれば天井にはまるで血管の様に無数のダクトが張り巡らされている。
その中の一つにそいつがいるのは明らかであった。
「…やり合うのは愚策だ。一気に駆け抜けるぞ」
「一体ずつ始末した方が追われずに済むのでは?」
「一体だけならな。だがここには15体以上いる。つまりこの工場全体が奴らにとっての住処。そして餌を得る為の狩場だな。そしてここは既に餌場だ」
「…どうしてそう思うのです?」
「簡単だ。それはな──」
生身での戦闘は決して得意ではない。
だがここは戦場と変わらず、敵と言う気配は不変のものである。
AC乗りとして幾度の戦場を駆け抜けきたおかげでと言うべきか、敵に対する気配に対してはより一層敏感だった。
だからこそ確信めいたものがあった。
「ここに入った時から俺達は既に囲まれていたんだ」
「…ッ!」
ゆっくりと振り返った先に、ライトが照らした先にそれらは居た。
機械と肉が入り混じった耳にするのも嫌になる様な不快な音を立てて、獣みたいな唸り声をあげ、四肢を使って獣の様に忍び寄り、血に濡れた機械の牙に置き換えられた顎下を鳴らしながら、それらは辛うじて人の姿を保っていた少女らが三体程いた。
「これが違法改造された破棄個体ですか…。その姿を望んでいなかったと言え、こうして適応してしまっている。哀れな…」
「さて…これでも一体ずつ始末と言う選択を取るか?ここで殲滅を選んだところでいずれジリ貧になる」
「…そうですねぇ」
緊張感のない間延びした答えを返してくるワタリだが、僅かに一瞬だけこちらを見た。
…ああ、成る程。そのつもりなのか。
敵であれば潰す。そういった面を持つワタリでも考えを改める事があるそうだ。
つまり、そう…今から行うのは──
「戦略的撤退ですね!」
「そんな笑みを浮かべながら言っても可愛くないぞ!」
逃げるという事だ。
ほぼ同時と言っていいレベルでワタリと共にB区画へと繋がる通路へと駆け出す。
最終目標は監視ルームに到達及び家政婦の保護、そして脱出。背後から追ってくる獣らに捕まれば終わり。
時間にも制限がある。……何時だったかな。時間と死、双方に追われる様な経験をしたのは。
──お前にはやるべき仕事が残っている──
──油断するなよ、621──
ああ、そうだ…あの時だったな。
時間に制限がある訳ではないが、油断すれば奴らの餌に成り果てるだろう。
…まだ仕事は終わっていない…そうだったな?ウォルター。
いや、仕事は始まっていない。これから始まるんだ。
「行くぞ、ワタリ…」
─行くぞ、621─
彼の声に、体が切り替わっていく感覚が奔る。
余計な感覚は削ぎ落され、残るのは銃と敵の数と目的を成す為だけの意思だけが残っていく。
独立傭兵レイヴンからウォルターの猟犬『621』へと、この体が切り替わる。
「仕事の時間だ」
─仕事の時間だ─
完了を知らせる瞬間がまるで電流の様に体を駆け抜けた。
「仕事の時間だ」
その言葉と同時に彼の雰囲気が変わった。
それは明らかな変化。人はここまでその雰囲気を変える事が出来るのかと驚きすら覚える。
元から赤かった瞳は更に煌々と輝き、纏うそれは鴉じゃなく猟犬そのもの。
銃を手にしたその姿すら猟犬みたく様になっている。そんな姿に私は思う。
─これがC4-621の姿…─
此処とは全く違う世界。
ルビコンと呼ばれる惑星で幾多の戦場を、幾多の猛者を退けた存在。
大事な友人、大事な戦友も手を掛けて、そして惑星一つを焼き尽くした大罪人。
選択し、行動し、そして結果と責任を理解しながらも、それでもとその罪に蝕まれながら生きる存在。
そんな彼が、今…目的の為に羽ばたこうとしている。
「…ッ」
大太刀を握る手に僅かな力が入る。
小さく息を吐いて意識を切り替え、私もまた目的を成す為だけの存在へとなる。
人間と言う所の神経を尖らせ、余計なものを切り捨てていく。
「ええ…行きましょうか」
─仕事を始めましょう─