銃声が響き、斬撃が奔ると肉片が生々しい音を立てて飛散する。
それでも獣の様な叫びが止む事を知らず、共鳴する様にその激しさを増していく。
叫びに込められた感情は怒りなのだろうか。或いはこの様な姿にされた事に対する悲しみだろうか。
それとも思考すら捨て去り、ただひたすらに『獣』へと堕ちる事にしたのか。
理由は誰にも分からない。そしてそれを知る暇もない。
暗闇の中、まるで見えているかのようにレイヴンとワタリは何処からともなく現れる破棄個体らに追われながら監視ルームに向かって走っていた。
「ワタリ、次は?」
「このまま直進。二区画程抜けたら左へ曲がった先にC区画の扉があります!」
「了解した」
迫る時間。迫る獣。迫る死。
戦いのプロでも暗闇という場所でこの様な状況に遭えば、少なからず焦りが生まれるだろう。
それが人間であり、当然の反応だ。
ワタリは兎も角として、レイヴンも強化人間ではあるものの人間と言う部分は変わらない。
だがこの状況を前に彼は酷い位に落ち着いていた。それでこそワタリが二度目の驚きを覚えた程に。
「グルアァァァッ!」
廊下を駆け抜ける二人の前に飛び出す破棄個体。
その牙を立てて真っ先にレイヴンへと向かって襲い掛かる。
だが──
「…!」
焦りもなければ、恐れもない。
只々冷静に、彼はショットガンを構え狙いを定めたと同時に引き金を引く。
銃口から火が吹き、散弾を吐き出す。
伝わる反動、飛び出す薬莢、それと同時に散弾が破棄個体の顔半分と体が吹き飛んでいく。
漂う硝煙、飛び散る臓物、人工血液がまるで絵の具の様にぶちまけられ、壁と地面が赤色に染められていく。
地面へと崩れ落ち、骸へと化した破棄個体。
その上をレイヴンとワタリは飛び越えて暗闇の中へと去っていき、その後を破棄個体らが追いかけていく。死んでしまった仲間をまるでボロ雑巾みたいに蹴り飛ばしながら。
「…」
物言わぬ存在へと成り果てたその少女の表情は怒りから悲痛なものへと変わっていた。
瞳は光を失い、やがて虚ろへ。
ただ、その光失くした瞳からは僅かな涙が流れる血と共に頬を伝った。
遠くから聞こえる銃声と叫び声が小さくなっていくのを感じながら、少女の涙は只々静かに零れ落ちていった。
(これで13体目…それでも数は減っていないとなると軽く30体以上はいるか)
走りながらという安定しない状態にも関わらず的確な動きでショットガンに新たな散弾を装填しながら、レイヴンは監視ルームに向かう道中で倒してきた破棄個体の数と実際いるであろう数の予測を立てていた。
一発、また一発と装填している今も尚、後ろから叫び声と共に破棄個体らは追いかけてくる。
追いつかれたり、前から飛び出して来たらリロードタイムに入っている今では即座に攻撃に出れない。
それを見越してかワタリが彼の前に飛び出して襲い掛かってくる破棄個体を一体、また一体を切り伏せながら叫びようにして口を開いた。
「レイヴン!もう少しでD、E区画とF区画に分かれる通路に到達します!準備は良いですね!?」
「問題ない」
そう返している内に装填完了。同時に例の分かれ道が二人の前に現れる。
5メートルもない。数秒後にはその分かれ道に到達するだろう。
そしてF区画は非常に古びていて、構造上の問題から床抜けが発生しやすく落ちれば深い穴へと落ちてしまう区画であるという事を二人は知っている。
一人二人程度であれば足場が崩れる事は無いだろうが、集団でとなると足場は即座に崩れる。
だが…破棄個体らもF区画に存在する別のものを知っていた。そこにある恐怖というものを。
だからこそか、破棄個体らの様子に焦りの様が生まれていた。獲物を逃がすまいと、ただそれ一心に。
(何だ、動きが速くなった?)
後ろから迫ってくる破棄個体らの動きに変化があったのをレイヴンは気付く。
徐々にではあるが、距離が段々と詰められている。
もしやあれらもF区画が古びていて床抜けしやすく、崩れるのを知っているのか?と疑問に思った時だった。
「レイヴン、今です!」
「!」
考えの海から引きずり出される様にワタリの声に反応するレイヴン。
例の分かれ道を前にワタリが左へと曲がり、続く様にレイヴンも曲がる。
先行くワタリが立ち入り禁止と綴られたテープ諸共F区画の扉を大太刀で一閃、崩れ落ちたそれらと真正面からぶつかりながらも弾き飛ばして、二人は内部へと飛び込んだ。
「ようやくF区画…!」
「一気に駆け抜けるぞ。一瞬たりとも気を抜くな」
「言われなくても!」
足場が悪いのは言われなくても分かる。
下手すれば床が抜けて、そのまま深い闇に消えてしまうかも知れない。
それでも行かなくてはならない。
だからこそ二人は決して躊躇する事無くいつ崩れても可笑しくない足場の上を駆け出した。
「…ッ」
地を踏みしめるだけで床全体が軋み、揺れる様な音が鳴る。
次の一歩を踏んだだけで床が崩れるかもしれない。そんな予感がワタリを襲う。
(何を考えているのですか…私は!)
そんな予感を取っ払い、ワタリはただ只管に駆け抜ける。
後ろを気にしている余裕などない。レイヴンも付いてきていると信じて今は駆け抜けるだけに尽力する。
「はぁ…はぁ…!」
走る。走る。走る。人形の身体能力をフル稼働させてワタリは走っていく。
床全体が揺れる音がますます酷くなり、後ろから叫び声が響く。
獣らもこのF区画に乗り込み始めてきた。一気に雪崩れ込まれたら、床は瞬く間に崩壊する。
時間との勝負。死と獣らとのチェイス。
この機械の体の中に無数に張り巡らされた
「あと少し…!」
「行くぞ、ワタリ」
「はい…!」
中腹を抜けた。
後はこのまま端まで移動するだけ。
「なっ…!?」
「っ…!?」
安心しかけたのがまずかったのかとワタリはそう思わずにはいられなかった。
あと少しで安全地帯に到達すると言うのに、それを嘲笑うかのように二人の先行く道が突如として崩壊した。
余りにも大きすぎる穴が目の前に広がる。
(これでは…!)
─死─
死が過る。
脚が止まりそうになる。
叫び声が、崩れ往く足場の音が、遠く小さくなっていく。
全てがゆっくりになっていく。全ての音が消え去りそうになっていく。
「飛べッ!ワタリ!」
「ッ!!」
感覚が、音が、速度が、全てが返ってくる。
背を押される様に跳躍、そして飛翔。
自ら名付けた名…ワタリガラスの如く、彼女は宙へと舞い上がる。
黒を基調とした衣装が揺れ、宙で靡く。
伝わる浮遊感、一瞬の滞空。やがて体が重力に従う様に引かれていき、そしてその身は安全地帯に降り立った。
「え…?」
安全地帯に到達できた事実と、無我夢中での跳躍。
それを全てを理解した時、ワタリは素っ頓狂な声を上げた。
一瞬の間に起きた事が信じられず、後ろへと振り返った時、ワタリは目を見開く。
「…僅かに届かないか…!」
雪崩れ込む破棄個体らが崩壊した足場を前に反応する間もなく落ちていく姿と先ほどの自分と同じように跳躍し向かってくるレイヴンの姿。
が、僅かに届かないのかその表情は険しい。
──不味い──
状況を理解するよりもワタリの体が何かに突き動かされる様に動く。
すかさず腕を伸ばし、寸でのところで落ちそうになりながらも伸ばすレイヴンの腕を掴んだ。
「はぁ…はぁ……何とか間に合いましたか?」
「ああ。実に良いタイミングだ」
吊るされる様な姿になるもののレイヴンの表情に先ほどの険しさはない。
ゆっくりと彼をワタリが引っ張り上げた後に、二人は互いに息を整える。
落ち着いた所で互いに視線を先ほどまで居たであろう場所へと向ければ、追っていた獣らがまるで戻って来いと言わんばかりに叫んでいる。
一方で目の前に崩壊する床に反応が出来なかったのか、何体かは暗く、深いの闇の中へと落ちてしまったのだろう。叫んでいる破棄個体らの数は明らかに減っていた。
「これで、この先は少しは楽になるでしょうか…。帰り道は新たに探さないといけませんけど」
「そうだな。取り敢えず合流を目指すぞ」
「了解です。…それよりも先ほどからジャケットに入っている端末からコール音がなっているみたいですが?」
「む……ヴォルタからか」
長い間走っていた事もあってか、ワタリに指摘されるまで気付かなかったレイヴン。
ジャケットのポケットから端末を取り出して、応答のボタンを押した時。
『てめぇッ!!!さっさと応答しやがれ、このボケが!!!!』
周囲を振動させてしまう程の罵声が音割れと共に端末のスピーカーから飛んできた。
余りの音に思わず耳を塞ぐワタリであったが、レイヴンに至っては平然とした様子を見せていた。
いきなりの罵声に何だ、と思うレイヴンだが端末に表示されている時間を見て、ああと納得したように頷く。
本来であれば30分置きに行う筈の定期連絡。時間を見れば30分どころか一時間も経過していた。
追っ手に追われていた事もあった為にレイヴンはそれをすっぽかしてしまっていたのだ。
「済まない、ヴォルタ。思わぬ出来事に少々立て込んでいてな。定期連絡が疎かになっていた」
『ああ、そうかよ。んで?こっちが納得いくような出来事だったんだろうな?』
「結論から言えば化け物と鬼ごっこする羽目になった。随分とスリリングなお化け屋敷だぞ、ここは」
『…おい、そいつはマジなのか?』
冗談を含めながらもレイヴンの声には一切の笑いがなかった。
事の次第を示すかのように剣呑な雰囲気を通信越しから感じ取ったのか、ヴォルタの怒りは一気に冷め、確認するかのように問う。
「ああ、そっちはどうだ」
『今の所、静かなもんだ。気味が悪いくらいにな』
「…妙だな」
『だな…』
意識せずとも二人は表情は実に神妙だった。
内部でこれだけの騒ぎを起こしているのだ。外で何も起きない筈がない。
故に、この状況はおかしかった。
(分かってはいるが、一応警戒を促して──)
『ちっ!クソッ!!』
通信越しから警告音とヴォルタの焦る声が届く。
回避の為にクイックブーストを使用したのか、僅かに通信にノイズが走っていた。
『フラグを押っ立てるもんじゃねぇなぁ!!』
「ヴォルタ!」
『騒ぐんじゃねぇ!ご挨拶代わりが飛んできただけだ!……何だ、こいつ…!?』
戦闘の音が内部にまで響く。
ヴォルタの言うご挨拶変わりが工場の何処かに着弾したのだろう。
何処からか爆発の音と警報装置が内部全体に鳴り響き始めていた。
不味いと思いながらもレイヴンは通信機へと向かって叫ぶ。
「ヴォルタ、敵の数は!?」
『飛んできた数からして狙撃型が三体ぐらいだな。ただ…』
「ただ?」
『MTなのか封鎖機構の兵器なのか分かんねぇが、気色悪ぃ見た目をしたMTが一機いる。常時パルスアーマーを張ったタイプのな』
「…常時パルスアーマーを張ったMTだと…?」
まさかとレイヴンは思った。
ルビコンでそのような敵と会敵し撃破した覚えがあるのだ。
加えて狙撃型もいる。となればそれは正しく最悪とも言えた。
「ヴォルタ、良く聞け。そのパルスアーマーを張った奴は機動力が高く、まるで鞭みたいな武器を装備している。接近戦に持ち込まれるとお前の機体でも一瞬でACS負荷限界に持っていかれると思え」
『んで?どう立ち回るのがベストだ?』
「パルスアーマー持ちよりも先に取り巻きの狙撃型を潰すのが良い。だが、狙撃型はM.O.D方式と言われるステルス迷彩を持っている。加えて接近されたらECMを投射してこちらのロックを解除、逃げ出そうとする所がある。スキャンを用いて、ご自慢の高火力で挨拶のお礼をしてやれ」
『スキャン、か…。こうなる事に備えて頭だけ変えておいた方が良かったかも知んねぇな』
ヴォルタの呟きに、レイヴンはかもな…と返す。
ヴォルタのAC『キャノンヘッド』に使われている頭部パーツ『DF-HD-08 TIAN-QIANG』はおよそ全ての性能が最低といった大きすぎるデメリットがある。
スキャン発動時の範囲も狭く、一度使用すれば再発動に数秒掛かるという始末。
この状況では、はっきり言って相性が最悪とも言えるパーツだ。
『が、やれねぇ事はねぇ。丁度暇していた所だ、眠気覚ましには丁度良い』
「…こちらもすぐに終わらせる。何とか耐えてくれ」
『ハッ…!てめぇが戻ってくる頃には終わらせておいてやる」
機体のジェネレータが唸る音が届く。
駆動音と振動音と共にヴォルタは叫んだ。
『景気づけだ!軽く花火を上げてやらぁッ!!!』
『ゴースト、四機投入。行動開始』
『まさかベイラム専属部隊の四番手もいるとはな。こればかり想定外か』
『まぁいい。こっちの狙いは
『V.Ⅰを倒した実力……どれ程のものか、是非とも楽しませてくれよ?』
『