呪詛師カオルコの奇妙な廻戦   作:飴玉鉛

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暗転

 

 

 

 

 

 今は用がない、だからさっさと消えてくれ。

 

 そう言わんばかりに、薫子の手にパスポートが渡った。

 

 直接の接触を避ける為、指定の空港のコインロッカーの中に入れられていたパスポートを回収した式守薫子は、なんか感じ悪ぅと愚痴ってみせる。

 

 手渡しじゃないのはなんでなの? 気に入らないなぁとメールで文句を垂れると、羂索は『郵送を頼んだ相手がしたことだから私は知らない、けど非礼は詫びておこう。パスポートを渡しに出した遣いの人間はこちらで叱っておく』と返された。面と向かって会ったら感謝の代わりに斬られるに決まってると羂索に見切られていたが故の措置だが、薫子は気づかず一先ず納得しておいた。

 

 どこにでも無礼な人間とはいるものである。とうの羂索が事前に『私は別件で忙しいから、代わりの者に遣いを頼んでおいた』と断りを入れられていた為に、羂索に文句も言えない。

 

 まあいいやと、薫子は愛用のトランクケースを引きながら、空港の奥へと消えていく。

 

 渡米するのだ。自分は世界に通用するのか、海外へ挑戦するミュージシャンめいたワクワクと不安に夢を膨らませ、薫子はるんるん気分のまま世界へと旅立った。

 

 ――今日という日は史上最悪の殺人鬼が日本から立ち去った祝うべき日となる。そして日本以外の国にとっては、まさしく悪夢の幕開けとなるだろう。

 

 

 

 果たして、惨劇は始まった。

 

 

 

『現代の切り裂きジャックと恐れられる、史上類を見ない大量殺人鬼が現れて六年も経ちました。犠牲者は例外なく刀剣による殺傷を行われたと見て間違いなく、犠牲者は行方不明者を含めると千人を超えているのではないかと言われています。……であるのに警察は未だに犯人を逮捕するどころか、犯行グループに関する手掛かりを何も掴めていない! 国民は警察の無能に怒りの声を上げています! 警察はこの失態にどう責任を取るつもりなんですか!?』

 

『切り裂きジャックは単独犯だと我々は見ています。組織だった動きはどこにもなく――』

 

『娘が殺された! 知人の家族も、皆殺されている!』

 

『政府はどう責任を――』

 

『総理! 与党は責任を取って辞任――』

 

『専門家の那須野さんに意見を聞いてみようと思います』

 

『完全武装した自衛隊の隊員複数名が無惨な死体で発見されました』

 

『警察官から出た殉職者は百名を超え――』

 

『奴は正真正銘の悪魔だ! 絶対に赦さない、目の前にいたらこの手で殺してやりたい!』

 

 

 テレビをつけると、どのチャンネルでも似たような声が垂れ流されている。

 

 ここ数年、ずっとそうだ。

 

 最初は大騒ぎされ、次は情報に規制が入り、終いには隠しきれない犠牲者が出て情報統制は崩壊し、トドメに政治家や有名人やその友人、家族が犠牲になることで消えない大火となった。

 

 犯人は単独だの、集団だのと言われ、後者の方が現実的に見て確定していると思われている。事実模倣犯が複数人現れているから、完全に間違っているとは言い切れないかもしれない。

 

 日本国民は恐怖のどん底に突き落とされ、夜中に一人で出歩く人も、仕事をする人も殆どおらず、コンビニを含めた店も24時間営業はしていなかった。

 

 まともな人は恐怖し、不謹慎で無神経な上に現実の見えていない愚か者は次は誰が殺されるかネット上で騒ぎ立て。犠牲者の出た地点から次に殺人鬼が現れる場所を予想し、注意喚起する者も出てきている。国が裏で開発した兵器の暴走だの、他国が送り込んできた兵器だのと陰謀論も囁かれていた。

 

 そしてそんなことには構わず。日に数人、下手すると百人に届きそうな犠牲者が量産され。警察の特殊武装部隊や自衛隊、在日米軍の出動を以てすら犠牲者が増えるだけの日々が続いた。

 

 なんなのだ、一体何が日本で起こっている。

 

 民間だけでなく政府もまた恐慌し対応と対策に追われていた。特に政府の危機感は非常に高い。政権云々と言ってられないからだ。なぜなら外国に繋がっていた腐敗政治家達や官僚達も、攘夷に目覚めた殺人鬼に斬られている。与野党は手を携えてこの大量殺人事件の解決に乗り出しているのだ。

 

 日本に住まう国民に、もはや件の殺人鬼を知らない者は存在しない。彼らは日夜、殺人鬼に対する関心を高め、護身に注意を割いている。そして、だからこそ彼らはすぐに気づいた。

 

 

『アメリカ合衆国の北部で大量殺人が発生! 犯人は不明、犠牲者は刀剣により惨殺され――』

 

 

 ――あの恐るべき殺人鬼が、日本から発ち国外で猛威を奮っていると。

 

 日本人は内心安堵した。犠牲者遺族も憤怒に駆られながらも心の底では安堵した。これで日本は平和になる、と。一部の有識者は青褪めた、日本の国際社会での評価が落ちてしまう、と。

 

 そしてその日を境に、世界各国で、どう考えても個人では行えない間隔での事件が多発する。

 

 

『中国で殺人事件が――』

 

『韓国で殺人鬼が現れ――』

 

『ロシアに――』

 

『イタリアに――』

 

『イギリスが――』

 

『インドに――』

 

『ドイツで――』

 

 

 もはや安全圏など何処にもないと言わんばかりに。

 

 あらゆる国で、あらゆる場所で、やはり誰も目撃者が生存しないまま。

 

 日本の呪術界は奔走した。なんとしても呪いを振りまく特級呪詛師を祓わねばならぬと。

 

 だが日本国内で多発する呪霊の掃討に忙殺され、まともに対応できない。明らかに瞬間移動に類した転移を連続している特級呪詛師、式守薫子を追える手段もない。

 

 また実力者であっても薫子を祓えるとは思えず、呪術界は五条悟などの特級術師でしか相手にもならないと判断せざるを得なかった。

 

 故に呪術界は国内の呪霊の掃討には夏油傑をあて、式守薫子に関しては五条悟に追わせるべく国外へ派遣することを決定する。

 

 世は大いに荒れ、悪魔の微笑む時代が訪れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ひどい貌だね」

 

 

 机に置かれた缶コーヒーに一瞥を向けることもなく、俯いたままでいた。

 

 同級生の家入硝子が気遣ってくれるなんて、相当レアな事態だろう。

 

 

「ちゃんと休めてる?」

 

「……休めるわけないだろう。君も、ひどい隈だ。寝れてないんじゃないか」

 

 

 夏油傑は死人のように白い顔をしているが、硝子の方も憔悴していた。

 

 傑は度重なる呪霊の発生への対応に忙殺され、硝子は続出する怪我人の治療に追われている。特に吐瀉物を処理した雑巾の如き味の呪霊を取り込む傑は、精神的疲労がピークを迎えていた。

 

 

「私はいいよ。寝れてないだけで死ぬわけじゃないし」

 

「……脳の疲労も反転術式で治してるのか。死なないだけでキツイだろうに」

 

「夏油は下手したら死ぬじゃん。ていうか今にも死にそうな顔してるよ」

 

「……そんなに酷い顔をしてるかい?」

 

「してる。死相って奴が出てるし」

 

「はは、笑えない冗談だ」

 

「笑ってるじゃん」

 

 

 どっかりと椅子に座り、深々と嘆息した硝子が煙草を咥える。

 

 ちらりと横目に硝子を見た傑は、すぐに足元に視線を落として呟いた。

 

 

「……私達もそろそろ卒業だね」

 

「ん……ああ。そっか、もうそんな時期だっけ」

 

 

 今思い出した、という硝子の反応に傑は苦笑する。傑も思い出したのはつい最近だった。

 

 

「悟は海外に出た。あの呪詛師に太刀打ちできるのは私か悟ぐらいなものだし仕方ないが……」

 

「あの馬鹿が抜けた皺寄せが、全部あんたに行ってるからね。

 そういえばもう一人の特級はどうしてんの?」

 

「九十九由基か。彼女はあてにならないね。

 現実性も実現性もないプランに注力して、世界中を飛び回ってる」

 

「ふーん……そいつも自分勝手な屑野郎か。ちっとも仕事を減らしてくれてないみたいだし」

 

「……」

 

 

 否定は出来ない。真っ当に呪術師をしている者なら、九十九のように日本の呪霊を祓うのではなく、得体の知れない計画のために世界を廻るのは無責任だと詰る資格はあるだろう。

 

 とはいえ傑としては九十九の動向は気にしなくていいと思っていた。

 

 一度しか会っていないが、呪術師らしくイカレているものの善人ではあるように感じたし、何より世界中を飛び回っているなら例の呪詛師とかち合う可能性はある。寧ろ悪人ではない九十九が例の呪詛師を見つけたら確実に殺しにかかるという確信があった。そういう意味で彼女は日本にいなくてもいい。

 

 傑は呪霊被害への対応で疲弊している。しかし同時に充実もしていた。弱者生存――非術師を守るという大義の為に戦うことには昔から否はないし、今は単純に疲れているだけなのである。そしてその疲労も、硝子が気を遣って声を掛けてくれたお蔭で、大分気が紛れたように思わなくもない。

 

 

「……それじゃあ、私はもう行くよ。次の任務がつがえてるからね」

 

「ふーん。別にいいけど、卒業式には戻ってきなよ。

 あの馬鹿は間に合うか分かんないけど、夏油までいなかったら私一人しかいなくなるし」

 

「善処する……いや、絶対その時には戻って来よう」

 

「ん……夏油」

 

「なんだい?」

 

「……()()()()、冗談じゃないから。気をつけなよ」

 

「……? ……ああ、要らない心配だよ。なんせ、私達は最強だからね」

 

 

 お約束の台詞を吐いて、傑は教室を後にした。

 

 その背中を横目に見ながら紫煙を吐き出した硝子は、何を言うでもなく視線を天井に向けた。

 

 傑の後ろ姿はいつもどおりで。

 

 けれど、何か、虫の知らせとでも言うような嫌な予感を掻き立てられる。

 

 ――硝子の予感は果たして正鵠を射るか。それともただの杞憂で終わるか。

 

 杞憂だったらいいなと、硝子は胸中に溢した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――はじめまして、夏油傑」

 

「面倒だ、無駄な抵抗をしないでさっさと死ね」

 

 

 一級呪霊を標的とした任務で訪れた寒村で、二人の呪詛師が傑を待ち構えていた。

 

 羂索と、裏梅だ。

 

 傑は微かに苦笑する。

 

 

「……女の勘って奴は、存外バカにならないな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




薫子
 パスポートあったらどこいってもいいでしょ(バカ)

日本
 混沌

海外
 悪夢襲来

呪術界
 ばかあほしね(直球)
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