呪詛師カオルコの奇妙な廻戦   作:飴玉鉛

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良縁悪縁のロックオン

 

 

 

 

 

 

 ――困ったなぁ。

 

 ――おや、どうしたのかなアジア人のお嬢さん。

 

 ――実はお金がなくて……って何言ってんのか分かんないや。

 

 ――言葉が通じない? 英語も……駄目か。困ったな。

 

 ――ボディランゲージでなんとかなんないかな。

 

 ――財布? すっからかん……眠い? お腹……減った? ははぁ……なるほど。

 

 ――え? こっちに来い?

 

 ――どうだいお嬢さん、私の家だ。今夜は泊めてあげよう。

 

 ――わぁ、ありがとうございますお爺さん! お礼に素敵なものを見せてあげますね!

 

 

 

 ――困ったなぁ。

 

 ――ん? 女、しかもアジア人か。チャイニーズか?

 

 ――チャイニーズ? ノーノー、アイアムジャパニーズ!

 

 ――日本人? ヒトキリバットウサイが世間を騒がしてるっていう国か!

 

 ――ヒトキリバットウサイ? アニメが好きなのかな?

 

 ――……ま、こんな女には関係ねぇか。しっかし……いい女だな。へへへ。

 

 ――どこか連れてってくれるの?

 

 ――警戒心無さすぎだろ。へ、今夜は楽しくなりそうだぜ。

 

 ――ふわぁ、素敵なホテル。水もご飯もくれるなんて優しい! お礼に私の特技を見せたげる!

 

 

 

 ――困ったなぁ。

 

 ――あら? どうしたのよこんな時間に。物騒な世の中なんだから女の子が一人でいたら駄目よ。

 

 ――あ、お姉さん?

 

 ――言葉が通じてないわね……旅行者かしら。

 

 ――ワタシニホンゴシカワカリマセーン! お腹減ったよぉ。

 

 ――お腹さすってる? お金……は、なさそうね。しょうがないわねぇ。

 

 ――ありがとう! お礼はするよ!

 

 

 

 ――困ったなぁ。

 

 ――困ったなぁ。

 

 困ったなぁ。困ったなぁ。困ったなぁ。

 

 ――ストリートライブ開催! 私の斬撃が見たい人、集まれぇ!

 

 

 

 

 

 盛況も盛況、大盛況だった。

 

 式守薫子は行く先々で男女の関心を買った。国境や人種を超える見目の美しさもそうだが、根源的に人間以()の存在()に目を奪われ、男達は老若の別なく薫子に好意を抱いた。同じ女性も本能的にステージが違うと感じて嫉妬することなく、純粋に薫子へ興味を抱き懐に招き入れてしまう。果たして薫子は言語の壁に悩むことはあれど、特に不自由なく暮らせていた。

 

 最悪の悪循環である。

 

 どれほど世情が乱れ人々が防犯意識を高めようと、薫子はするりと警戒心をすり抜ける。危機意識皆無で能天気、無垢なまでのポジティブシンキングで悪印象も好意的に受け取る薫子は、人間不信を拗らせた人物すらも絆してしまうのだ。誰とでも急速に親しくなる薫子は、まさに人たらしの権化であり、同時に最低最悪の呪いだった。親しくなればなるほどに、善意で斬るのだから。

 

 

「あーあ。私って男運ないのかなぁ」

 

 

 そんな薫子は今、一つの悩みを抱えていた。

 

 

「この人いいなって思う人は結構いるのに、揃っていなくなるんだもん」

 

 

 薫子は恋を知る。愛を知る。そして自分に正直で、自身の女としての欲求にネガティブな感情を抱いた試しもない。故に薫子は二十歳を超えた辺りから、自分の子供がほしいとか、素敵な男性と恋をしてみたいとか、家庭を持ってみたいと考えることが度々あった。海外漫遊なんてしているのは、あるいは日本でいい人を見つけられなかったからかもしれない。

 

 綺麗なものを見せてほしいと乞われ、見せてあげたら()()()()()()のだ。とても寂しい。折角いい人を見つけて、相手からも好意を向けられて脈ありだと内心喜んでもいなくなるなんて。

 

 

「酷い人たちばぁっかり。最低だよ、女をその気にさせといてさ」

 

 

 お蔭様で恋に恋してばかり。愚痴を溢した薫子だったが、体が勝手に動く。突如何もない空間から妖刀を抜き放ったかのように抜刀し、音速を超えて飛来した呪力の塊を切り払った。

 

 

「――見つけたぜ、この野郎」

 

「ンうぇぇ……」

 

 

 上から落ちてきた声を見上げ、心底嫌そうに薫子は顔を顰めた。

 

 空に立っていたのは私服姿の美青年である。白髪に蒼い目、白皙の美貌が眼に眩しい。

 

 五条悟だ。

 

 日本からの追手が、半年の時を経て薫子を遂に捕捉した。

 

 冷徹な殺意に漲る悟を見た薫子は、かつて殺されかけた記憶から悟へ苦手意識を持つ。――見方を変えれば現代最強の術師に対し、苦手意識を持つだけという異様な危機感の無さだろう。

 

 

「日本から追いかけて来たの? やだぁ……根性あるストーカーとかホントに気持ち悪いよぉ」

 

「……二度目だろ。前にも会ったの忘れてんのかよ」

 

「え? ぁ、あー……そっかも? 言われてみたらこの遣り取り二回目だね」

 

 

 毒のない反応に悟は呆れたのか、即座に殺しにかかりはしなかった。不意打ちの呪力を纏わせた小石の指弾は挨拶代わりでしかない。

 

 悟も薫子に絆されたのか? 否である。そんなわけがない。

 

 悟は以前、偶発的に遭遇した薫子を祓わんと攻撃を仕掛けたが、薫子は距離を斬って逃亡したのだ。

 

 さしもの悟も初見の概念斬撃に虚を突かれ、まんまと逃してしまった。

 

 今回はその反省も踏まえ、どうやれば薫子を逃さずに済むか試すことにしていたのである。

 

 悟は眉を顰め、六眼を細める。

 

 

(コイツ……呪力が増えてやがんな。体のほとんどが刀の呪霊と一体化してんのは、前見た時から気づいてたが……殺したら殺した分だけ呪力を嵩増ししていってんのは、呪霊としての在り方に根差したもんじゃねぇ。監禁呪法の拡張術式で、斬り殺した奴の呪力――呪力がない外人共なら魂そのものを取り込んでやがんのが、呪力が増えてる秘密ってとこか)

 

 

 考察。

 

 薫子は先天的に限られているはずの呪力量を、無制限に増していく性質を獲得していた。体のほとんどが呪霊であるせいで、生身の人間にある許容値の天井がなくなったのだ。これで呪力のあるアジア圏の人間を襲い出したら、呪力量の増加は加速していくだろう。現時点で特級術師の足元に及んでいるのだ、このままいけばとんでもない化け物が誕生してしまう。

 

 時間を掛けてはいけない。なんとしても、早期に祓わねば。

 

 薫子は時間経過――つまり殺人数――に応じて強くなる。そして呪術の力量もメキメキ上がっているのが悟には分かった。縛りによる後押しがなくとも領域が展開できるのは確認済み、自由度を取り戻した順転と拡張術式、スワンプマンを生み出す術式反転、なんでも斬れる妖刀、呪霊に等しい体……脅威度は際限なく高まっている。下手をすると、悟をも超えかねないほどに。

 

 何より厄介なのが、悟の順転『蒼』による高速移動とは比較にもならぬほど無法な瞬間移動だ。薫子は悟が襲い掛かるとすぐに逃げるが、それを悟が咎める手段がないのである。

 

 何より、薫子は()()()()()()()()()()()()

 

 妖刀の呪霊ではない。ただの日本刀だ。過日の戦いで傑に煽られたのを覚えているのか、妖刀ではなくても綺麗なものを見せられるように、刀を自らの体内に監禁/保管していた。

 

 そして薫子の術式の中に取り込まれている日本刀は、通常では考えられぬほどの早さで呪具化を進行させており、単なる刀だったはずのものが薫子の術式の力を宿して、薫子本人の呪力と術式との親和性を高めている。領域を纏わせる領域展延の斬撃なんて芸当で、悟の無下限呪術を斬りかねない。――そう、薫子は妖刀ではない呪刀でも、悟を殺し得るようになっているのである。

 

 超絶の剣技を誇る壊人が、術師としての力量を磨き上げ、呪力量も増し、呪霊化で反転術式なしでも肉体の治癒が可能となり、しかも二刀流になっているだなんて悪夢であろう。

 

 悟は自らの殺気をなんとか抑える。思い返すのは高専の皆に、国際電話で相談して考案した、対カオルコの逃亡阻止のコミュニケーション術。小粋なトーク術である。無惨に転がる人々の死体から目を逸らし、返り血を浴びている呪いが擬人化したような女に対し、悟は努めて明るく声を張った。

 

 

「……会いたかったぜ、式守! アンタが逃げるせいで用件も伝えられなかったじゃん。今度は逃げないでちゃんと聞いてくれよ?」

 

「いや普通逃げるでしょ。君、私のこと殺しに来てたんだもん」

 

「誤解すんなって! 前のアレは……()()()達人サマを前にして舞い上がっちまったんだ」

 

「……え?」

 

 

 悟が引きつった笑みを浮かべて言うのに、薫子は目を瞬いた。

 

 効いてる。

 

 忌々しさでぎこちなくなるが、悟は頑張っておどけてみせる。これで無駄になったら学長や硝子、七海と灰原と傑の奴を、まとめてとっちめてやると心に固く誓いながら。

 

 

「アンタの棒振り……じゃなくて剣技! めっちゃキレーでさ! 一度と言わず何度でも見てぇし、()()()()したくて追いかけてきてんだよ! ってわけで俺のこと弟子にしてくれよ。なんでもいいから刀くれ刀! そんで手取り足取り、つきっきりでアンタの剣技教えてくれ!」

 

「……ほんとぉ? ほんとのほんとに言ってる?」

 

「マジだって!」

 

「嘘だぁ。じゃあなんで殺気を向けてくんの?」

 

「そりゃあ俺って剣技のことなんも知んねぇし、殺す気でいくのが極意みてぇなもんだって誤解してるからだな! なんも知らねぇ素人なんだし仕方ねぇだろ!?」

 

 

 悟の無理のある言い訳に。

 

 しかし。

 

 薫子は、破顔した。

 

 ――信じた。こんな嘘くさい主張を。

 

 薫子はにこやかに、途端に機嫌を上向かせる。

 

 

「……なぁーんだ! それならそうだって前に言ってよぉ。ンもぉ、()()()ってば照れ屋さん!」

 

「は……はは、は……」

 

 

 名前呼びの気安い態度に、さしもの悟もこめかみに青筋を浮かべる。

 

 悟の予想以上に。高専の皆が想定していた以上に。薫子は、異常だった。

 

 彼女の脳内で捏造される、存在しない記憶。

 

 悟は薫子に憧れてくれる愛弟子で、剣技のいろはを懇切丁寧に仕込まれた可愛い弟。

 

 イケメンで、かつ数少ない()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 親しく過ごしていく内に、悟は薫子と親密になり、薫子も貴重な顔見知りで弟子である、イケメンの悟に対する感情を変化させ――やがて二人は。

 

 二人、は。

 

 

「……ふへへ」

 

「っ」

 

 

 だらしない笑みを、薫子は浮かべる。

 

 この瞬間。式守薫子は――五条悟へ()()()

 

 あまりにもあんまりに、効果覿面すぎた弟子入り志願。嫌な予感がして悟が身震いする。

 

 

「いいよ! ()()()の為だもん、幾らでも教えたげる! 刀も用意してあげるね!」

 

「お、おう……」

 

「でも悟くんって高校生でしょ? 高校生とは()()できないなぁ」

 

「……は? け、っこん……? 血痕……? いや結婚か……!?」

 

「でもそろそろ卒業式の時期じゃないかな。一度日本に帰って、しっかり卒業してから来て! それまでに私も刀用意しとくから! ね?」

 

「いや、ちょっ……待て! おい! 結婚ってなんだよ!? 俺が言ったのは弟子入りだって!」

 

 

 悟の怒号と悲鳴混じりの制止が聞えていないのか、薫子は手を開閉させるようなジェスチャーでさよならを告げて、妖刀を振るい姿を消した。

 

 予想外の展開に悟は立ち尽くす。

 

 そして彼は、業腹にも卒業式が近いことを思い出して舌打ちした。

 

 なんでこうなんだよ……愚痴り、悟は帰国を決意する。こうなったらもう、探さなくても最低一度は薫子から接触してくるはずだ。それまでに、色々とやることがある。

 

 

「クッソ……本気で意味分かんねぇ、あのイカレ女」

 

 

 だがなんとかなる。いや、なんとかする。

 

 ()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





【挿絵表示】


 悟くんにバイバイする薫子の図。



薫子
 愛しの愛弟子、悟くんをゲット(妄想)


 効果覿面すぎた
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