呪詛師カオルコの奇妙な廻戦   作:飴玉鉛

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空白期間を埋め終えて

 

 

 

 

 

 

 監禁呪法。

 

 過去の例を紐解けば実態が見えてくる。

 

 通常規格の監禁呪法は結界術の一種だ。その特性から結界全種に高い親和性を誇り、他者に比べると領域展開、領域展延、帳などの結界術関連の習得を容易にしていた。詮無き仮定であるが、監禁呪法の術式を神域の天才が有して、人の身が課す僅かな寿命という軛から脱し修練を重ねれば、やがては天元にも匹敵する結界術の使い手になれるだけの可能性を秘めている。

 

 数百年の研鑽は必要になるだろうが、単身で呪術界の基底と言える天元と並べるのだ。それだけで監禁呪法の秘める可能性は驚嘆に値する。……尤も羂索からしてみれば、既にその可能性は天元が窮め尽くしたもの。探求の完了した道に対する関心はなく、面白いとは思えない故に、過去に対峙した監禁呪法の持ち主の体を奪ったことはなかった。

 

 監禁呪法の順転は名称を『閉門』という。羂索が確認した例では最大10の帳に似た異空間を精製し、内側からの破壊が困難となる領域展開に似た特性の結界で対象を閉じ込める。文字通り閉じ込めることだけに特化し、結界の維持に要する呪力は些少であり、呪霊や術師はおろか呪力や式神を問わずに封印することができる。拡張術式の方向性は主に閉じ込めた対象へ、さらなる封印措置の重ね掛けが主流となるだろう。――翻るに術式反転は名称を『開門』とし、封印した対象を解き放つだけの、ほとんどなんの意味もない代物だ。通常ならなんら脅威とはなり得まい。

 

 

 ――最悪なのは呪霊『妖刀』に憑かれ、監禁呪法が変質したことにある。

 

 

 羂索が分析する式守薫子の脅威度は、全て妖刀に起因していた。

 

 妖刀という概念への恐れは古来より存在し、現代では猛威を振るう殺人鬼の存在で刀剣への畏怖はさらに底上げされてきているが、呪霊『妖刀』に関して今更語るべきことはないだろう。

 

 問題なのは、式守薫子が妖刀使いの剣士として歴代最高の天賦の才を有し、しかも監禁呪法という最悪の組み合わせで以て災厄と化したことである。

 

 恐らく式守薫子は、監禁呪法の順転『閉門』を拡張し、閉じ込めたものを自身のものとして解釈しているのだ。即ち結界内に閉じ込めた対象を殺せば、対象の呪力をそのまま備蓄できる。いや正確には呪力ではなく魂を備蓄しているのだろう。自分のものとして取り込んだ魂を、術式『無為転変』を施したかのように加工し、自分自身の魂として作り変えていると見て間違いあるまい。

 

 根拠は薫子の術式反転『自財放流』により作り出されるスワンプマンだ。

 

 本物が殺されることで偽物が本物になるという入れ替わり現象、そのメカニズムは恐らくこうだ。

 

 『閉門』で備蓄した魂を自身の魂へ作り変え、『開門』により解き放つ最中に反転術式に類似した力で肉体を構築し偽物を生み、本物の死亡と同時に偽物の内の一体が独立するのである。

 

 もともと呪霊『妖刀』に憑かれ、主導権を握られ続けた式守薫子の精神は破損し、また呪霊の術式に触れ続けたことで肉体が呪具化していたのだろう。そして妖刀の副次機能――千年以上もの経験値が最高の指南役として薫子の才能を引き出し、拡張術式の自由度を高めていた。トドメは式守薫子の最初の本物が死亡したこと。それにより妖刀は薫子の付属品、または体の一部として扱われ、妖刀ごとスワンプマンとして作り出された。結果、式守薫子と妖刀が一体化し、薫子はほとんど呪霊と同義の存在に成り果てたのである。

 

 これにより監禁呪法、及び呪霊『妖刀』の術式『斬撃』は災害へ変貌した。

 

 もともと変質していた監禁呪法により、薫子は自覚の有無は不明であるにしろ、幾つもの魂を備蓄していた。つまり呪霊カオルコは殺した分だけ残機を有するということになる。事前に残機を作り出しておく必要はあるが、生存能力は格段に向上しており、呪霊カオルコは妖刀から引き出せる経験値で術師としても破格の成長速度を誇っていた。

 

 時を掛ければ掛けるだけ命の残機が増え、術師としても高みに上り続け、果ては天元級の結界術の使い手にして無限の命を持つ呪いになる――いや、既になっている。残機は2000を超えている程度だろうし、その程度ならまだなんとかなるが……問題なのは剣聖と呼んで差し支えない力量を持つ呪霊が、それだけの残機を有していることだろう。

 

 明らかに羂索にどうこうできる相手ではない。何度も殺せる自信はあるが、呪霊カオルコ級の実力者の残機を削り切れるとは到底思えなかった。

 

 

(彼女を祓えるのは宿()()()()()

 

 

 羂索はそう思う。

 

 宿儺が史上最強の術師であり、呪いの王だから殺し切れると考えているのではない。宿儺なら呪霊カオルコを殺し切れると羂索が推測しているのは、宿儺が()()()()()()()()()()()()()()

 

 その条件とは――両面宿儺がかつて、妖刀を所有していたことである。

 

 もしも宿儺が呪霊カオルコに『――』と語り掛けたなら。呪霊『妖刀』は、確実に応じる。

 

 そして呪霊カオルコが逃げようとしたら、妖刀の所有権は宿儺に移動しかねず。そうなれば妖刀と一体化している呪霊カオルコがどうなるかは……まあ、想像の域を出ないが予測は出来た。

 

 となれば羂索の方針は確定する。

 

 宿儺が復活するまで、式守薫子とは絶対に、直接接触しない。自身の所在をアレに知られるような真似はしない。関われば気紛れに斬られかねないから。

 

 そう――思っていたのだが。

 

 

「……どういう状況?」

 

 

 羂索は首を傾げる。

 

 薫子とは密にメールで遣り取りを交わしていた。宿儺の従者である裏梅からの要請で、常に薫子の所在を把握しておく為にしていたことだ。来たる宿儺復活の後、宿儺が再び妖刀を手にすることを望んでいるのである。羂索としてはやらないわけにはいかない、悩ましくも危険な綱渡りであった。

 

 が、それはいい。薫子の存在は面白いからだ。話していて退屈しない。

 

 しかしある日を境に薫子からのメールが途絶えた。……知り合った人間をほぼ例外なく斬り殺していたせいで孤立していた薫子は、他者とのコミニュケーションにとても飢えている。ある程度親睦を深めたら、羂索からモーションを掛けなくても鬼のようにメールを送ってきていた。それが途切れることなど決してないと思っていた羂索は、何が起こったのか事態の究明を急いだ。

 

 彼女が五条悟と結婚した気になって、師弟関係を築き剣術を教えているのは知っていた。ただでさえ手が付けられない、六眼と無下限を抱き合わせた現代最強の呪術師が、薫子を相手にして更に強くなっているのも知っている。薫子のノロケと、剣術を修めてくれないという愚痴で。五条悟が自身の術式を宿した呪具の作成法を確立したと聞いた時は天を仰いだものだ。

 

 その五条悟が、薫子との蜜月の修行を終えて高専に帰還したのに前後して、薫子との連絡が途絶えたのである。呪術界は薫子が五条悟に祓われたと解釈しており、五条悟も不意打ちで殺したと供述しているのは把握しているが、羂索は五条悟が高専に帰還した後に薫子からメールを送られている。彼女が死んでいないのは明確で、最後のメールで薫子は言っていた。花嫁修業をする、と。

 

 意味が分からなかったがどうあれ薫子は姿を消している。五条悟でも薫子を祓えないと知っていた羂索としては、なぜ薫子が羂索との連絡も断って身を隠したのか把握しておかねばならない。

 

 そう思って、()()()()()()になっていた羂索は、ゼロから取り込み蓄えた呪霊の群れを駆使し彼女の行方を追った。海外に移動していたらニュースで分かる、殺人事件の発生件数を辿れば所在地はすぐ掴めるだろう。なのに薫子は海外でも日本でも人斬りをしていない。どういうことだ?

 

 呪霊操術の術式を宿していた男の体は、殺害後に裏梅の『浴』で呪具化させてから乗っ取った。この工程を踏むことで短期間での術式の持ち越しを可能としていた為、あと数日もすれば十種影法術の少年に体を差し替えられる。その段階で羂索は薫子がいる()()()()()位置を特定していた。

 

 其処は、人っ子一人いない富士の樹海の奥地。

 

 鬱蒼とした森の中、薫子のものと思しき結界を発見したのだ。

 

 

(……自らの術式で自身を封印した? 花嫁修業とやらの為に?)

 

 

 薫子は本気で隠れている。間近に来なければ、呪力探知による察知も不能であった。呪霊操術による人海戦術で、なおかつ薫子の所在を確認できた最後の地点を中心に探索していなければ。そして羂索のような結界術のスペシャリストでなければ、薫子の結界を見つけられなかっただろう。

 

 薫子は――見た感じ、帳に似た結界を十番部屋まで重ね掛けして、極悪な封印処置を施し外界に呪力が察知されるのを防ごうとしている。中で彼女は何をしているのだろうか。

 

 花嫁修業……だという。しかし薫子のプロポーズは名刀の贈答だ、花嫁修業も物騒な意味合いであるのは間違いない。なら、こんなところで自身を封印して何をしている?

 

 

「……プッ」

 

 

 堪らず羂索は噴き出した。

 

 剣士として古今無双であるのに、何をどう修行しようというのか。呪術の力量を磨く? 薫子の性格からして想像しにくい。ならやはり剣術修行しか考えられないが……強いて言えば、精神鍛錬ぐらいしか他に思いつかない。そしてもし精神鍛錬をしているとすれば……どうなる?

 

 想像したら面白くなって、羂索はこの封印結界の監視の為に、呪霊を一体残してその場を去った。

 

 

 

 ――斯くして式守薫子は沈黙する。

 

 彼女が姿を現すことは、この()()()()では二度となかった。

 

 ――薫子が再び表舞台に登るのは、これより暫く先のこと。

 

 奇しくもとある少年が、特級呪物『両面宿儺の指』を呑んでからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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