呪詛師カオルコの奇妙な廻戦   作:飴玉鉛

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九年の時を隔てた再会

 

 

 

 

 

 現代のジャック・ザ・リッパーによる大量殺人事件が終息してより約九年。

 

 史上最悪の呪詛師が失踪してより約九年。

 

 事件の記憶は関係者以外の間で風化をはじめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 虎杖悠仁は東京都立呪術高等専門学校の一年生だ。

 

 先月、通っていた高校で特級呪物『両面宿儺の指』の封印を一般人の学生が解いてしまい、その気配を察知した呪霊が宿儺の指を手に入れるべく襲来する事件が発生した。そこに偶然居合わせた悠仁は呪霊に襲われたのだが、なんの運命のいたずらか――()()()()()()()()()()に救われた。

 

 しかし悠仁は件の少年に感謝などしていなかった。悠仁が人に感謝する気持ちを持たない、人として破綻している性根の持ち主だからではなく。黒髪の少年は素手で難なく呪霊を祓うと、宿儺の指を悪戯めいた笑みを浮かべて悠仁の口に突っ込んで呑み込ませ、さっさと立ち去ってしまったからだ。その後の顛末を考えれば、感謝する気持ちなど湧いてくるわけがないだろう。

 

 

『じゃあね、悠仁。宿儺の器としてこれから頑張ってくれ』

 

 

 少年が立ち去った後、何者かを追ってきた五条悟に保護され、自身の状態を伝えられた悠仁は、自分に宿儺の指を呑ませた少年に関して悟に報告した。すると悟は一瞬考え込んだが、『そのクソガキはこっちで探しておくから気にすんな』とだけ悠仁に下知するに留める。

 

 少年が残した台詞は悠仁に多くの疑問を与えていた。

 

 なぜ教えてもいない名前を知っていたのか。宿儺の器とはどういう意味なのか。そして――五条悟に追われていたのは、おそらくあの少年なのだろうが、なにゆえに追われていたのか。悟は事の真相を教えてはくれなかった。今はまだ知らない方がいいとしか言ってくれない。

 

 紆余曲折の末に悠仁は悟に庇護されて、東京の呪術高専に転校したが、最初に抱いた疑問はずっと解消されずに残り続けている。

 

 

「――ん? おい釘崎、あれ……」

 

「なによ?」

 

 

 悠仁は高専での唯一の級友、釘崎野薔薇に付き合って東京の街を散策していた。

 

 あちこちの店に立ち寄って、買い漁った荷物を悠仁は野薔薇に押し付けられている。

 

 それは傍目に見ると、強気な彼女に振り回される彼氏という構図なのだが、当人達に恋愛感情は一ミクロンたりとも介在していない。互いに高専で共に過ごす、ただ一人の同級生ということで親睦を深めている最中なだけだった。

 

 野薔薇から言わせてみれば、一組の男女を見た途端にそういう関係を連想する輩は、下半身でしか物を見れない馬鹿である。幸いにも悠仁は友達として付き合う分には最高の部類だ、野薔薇が女だからって色目を使わないし、下に見ないし、変に気も使わないし、何より自然体で接してくれる。良い奴だ。

 

 クソみたいな田舎から出て、憧れの都会ではじめてできた友達が悠仁なのは幸先がいい。野薔薇は言葉にしないものの内心そう感じていた。だから悠仁が声を掛けてきても邪険にしなかった。

 

 悠仁が見詰める先を視線で追った野薔薇は驚いて目を剥いた。なんと街角でお腹を押さえ、蹲る一人の成人女性を見つけたからだ。悠仁と野薔薇が同時に駆け出し、女性に寄り添う。

 

 

「大丈夫ですか!?」

 

「ちょっと虎杖、女の人に気安く触んな!」

 

「お、おう、悪い! って言ってる場合かよ!」

 

「言ってる場合! お腹が痛いんですか、救急車呼びましょうか!?」

 

 

 悠仁が女性の肩に手を置いたのを咎め、押しのけた野薔薇は女性の貌を覗き込む。

 

 そして目を奪われた。

 

 綺麗な女の人だった。

 

 アンニュイな愁いを秘めていそうな瞳は黒く、スッとした鼻梁は涼やかで。細い眉と引き結ばれた唇を歪めた様からは、苦痛に耐えている様子なのに危険な色香を感じてしまう。

 

 垢抜けた風貌だ。

 

 化粧は薄く、白い短パンを二つのベルトで締め、革のブーツを履いている。黒いシャツの上に灰色のコートを羽織り、スマートで大人の女の雰囲気を醸し出している。野薔薇だけでなく多くの女が理想とする、美しくも格好いい女の人だ。苦悶して腹部を抑え、脂汗を浮かべているのに、心まで奪われそうだ。

 

 女が野薔薇と悠仁に視線を向け、苦しみに耐えながら言う。

 

 

「だ、大丈夫……ちょっと()()()()が……陣痛がしてるだけだから」

 

「うぇっ……!? に、妊婦さん!?」

 

「マジ……? お腹、全然出てないですけど……?」

 

「お腹が出るかどうかは、個人差が、あるから……」

 

 

 そう言われると男である悠仁も、そういう経験はない野薔薇も疑うことはできなかった。女の人が嘘を吐いている様子はなかったし、初対面でこんな嘘を吐くような人には見えない。

 

 暫く呻いていた女性は、痛みが引いていったのかゆっくりと立ち上がると、おろおろしながらも心配して、寄り添ってくれた少年少女に微笑みかける。

 

 

「……ありがとう、君達。もう大丈夫だから」

 

「ホントっすか……? 救急車とか呼ばなくても?」

 

「うん、生まれるのはまだ先だと思うし、陣痛もはじめてじゃないから。

 君達みたいな優しい子達に気遣われて嬉しかったよ。何かお礼でもしてあげようかな」

 

「いや、いいですよそんなの。人として当然のことをしただけですし」

 

「それじゃあ、私も人として当然の感謝を返さないとね。

 私、人から心配されることなんて滅多になくて嬉しかっんだ」

 

 

 とんでもないレベルの美女の申し出に、野薔薇と悠仁は顔を見合わせた。

 

 確かに心配したが、特に何かが出来たわけではない。なのに逆に感謝されて困ったのだ。

 

 こんな――認めるのはアレだが――担任の五条悟クラスの美貌の持ち主から純粋な感謝をされてしまうと無下にはしがたい。どうする? どうしよっか? と互いに小声で相談し合い。

 

 其処へ。

 

 無思慮で、脳天気な声が掛けられた。

 

 

「あれ、野薔薇と悠仁じゃん。こんな所で何してんだよ?」

 

 

 やって来たのは青いサングラスを掛け、革靴を履き白いズボンと黒の長袖のシャツを着たラフな格好の絶世の美男。白髪と白い肌とも相俟って日本人とは思えないスタイルの持ち主。

 

 五条悟だ。とても教職に就いているとは思えない、カジュアルな服装をしている彼は、乱暴な言葉遣いとも合わさり兄貴分的な気風の良さを醸し出している。悠仁と野薔薇が彼の登場に気づいて振り返ると、悟はいつも通りの調子で二人をからかおうとした。早速デートかよ? と。

 

 しかし、悟は買い込んだ甘味を詰めた紙袋を片手に、悠仁達の向こう側にいる女を視認した途端、悟の表情が完全に消え去る。

 

 

「あ、先生!」

 

「何してんのってのはこっちの台詞よ。アンタこそこんな所に何を――」

 

「悠仁、野薔薇、こっち来い」

 

「は?」

 

「――早くしろ」

 

 

 突然、有無を言わさぬ圧を掛けられ、若者たちは気圧される。

 

 悟が見せたことのない、殺気立った表情で睨みつけるのが自分たちではないのに、発される殺気と呪力の濃密さに息を呑んで、悠仁達は言われるがまま悟の傍に寄った。

 

 なんなのよと野薔薇が愚痴る横で、前に出た悟は二人の生徒を背中に庇う。

 

 女は、蕩けるような笑みを浮かべていた。それを見た悠仁と野薔薇は、なんとなく二人が知り合いなのだと悟る。そして、穏やかじゃない因縁があることも。

 

 女が温かい泥のような声で言葉を紡いだ。熱視線は、尋常な様子ではない。

 

 

「ァは。悟くんじゃん、久し振り。元気してたぁ?」

 

「……テメェ。やっぱ死んでなかったのかよ」

 

「ァはは、相変わらずだね。後ろの子たちは誰?

 悟くんのこと先生って言ってたけど、教師になったんだ?

 ここには引率で来たのかな? だったらお仕事の邪魔しちゃ悪いし、一旦出直そっか?」

 

「……そうしろ。こんな街中でテメェと顔を合わせたくねぇし」

 

「照れ屋さんなとこも変わってないね」

 

 

 悟があからさまに戦闘態勢を取り、絶対零度の殺意を滲ませるのに対して、女の方はあくまでも涼やかで穏やかだ。親愛の念をこれでもかと放射し、ただならぬ関係であることを示す。

 

 対照的な雰囲気の二人を見て、悠仁が小声で悟に問いかけた。

 

 

「……先生、この人と知り合い?」

 

「ちょっと黙ってろ。後で説明してやっから」

 

 

 取り付く島もないほどに余裕がない悟の返答に、いよいよ理解が及ばぬまでも只事でないと察し、今度こそ悠仁は口をつぐんだ。だが悠仁の問い掛けが聞こえていたのか、女が答える。

 

 

「悟くんの生徒なら、改めて自己紹介だけでもしとこっか?

 私は式守薫子っていうんだ、悟くんの奥さんだよ」

 

「……は?」

 

「マジ……? って五条、アンタの奥さんって何?! 結婚してたの!?」

 

「うっせぇガキ共。黙ってろって言ってんだろ」

 

「黙れないわよ! この人、妊娠してんのよ! 奥さん一人で出歩かせるなんて何考えてんの!」

 

 

 悟ははっきり言ってクズだ、クズの所以を知らなくとも評判は悪い。そんな風評が付き纏う悟が既婚者なのも驚きだが、身重の妻をこうして放置しているばかりか、険悪に睨みつけるだなんてどうかしている。評判以上のクズではないか。野薔薇がそう感じているのをよそに、悟は微かに驚きを示す。

 

 

「は……? 妊娠?」

 

「そうよ。この人、さっき陣痛がきてて道端で蹲ってたんだから!」

 

「……おい、式守。それどういうことだよ」

 

「言葉の通りだよ? 悟くんと、私の子がここにいるの」

 

 

 問い掛けられると、女――薫子は愛おしげにお腹を擦る。

 

 悟は久し振りに、鳥肌が立つ。おいおいと内心呻いた。想像妊娠とかマジでやめろよ、と。

 

 

「名前はもう決めてるんだぁ。これ以外にないって、なんでか感じてる。

 ()()。いい名前でしょ? 式守甚爾でも、五条甚爾でもいいよ。どっちがいい?」

 

「ざけんな。……いいから帰れよ、テメェの相手はまた今度してやる」

 

 

 悟のあんまりな態度に、教え子達から厳しい目を向けられるも、悟はやはり微塵も気にしない。そして薫子にも気にした素振りはなかった。

 

 薫子はにこりと微笑み、悠仁と野薔薇に手を振って踵を返す。またね、と気安く。人混みに紛れて消えていく女の背中を油断なく睨みつけていた悟は、やがて薫子が本当に立ち去ったと確信するまで身構えたままだった。そして細長い溜め息を溢して構えを解いた悟は、生徒達に振り返る。

 

 

「ハァ……ったく、危ねぇ……あと少し俺が来るのが遅かったら、お前ら死んでたぞ」

 

「……死んでた? え、なんでだよ先生」

 

「詳しく説明してやる。今はもう帰んぞ」

 

 

 よからぬ誤解を受けていても気にせず、悟は生徒達を引き連れ高専へと帰還する。

 

 殺したと確信していて、しかし殺し損ねている予感を抱いていた宿敵との再会。この約九年間、薫子との再戦に備え研鑽を積み続けていた悟は、以前とは比較にもならぬほど強くなっていたのだが――同様に、薫子が自然体のまましていた呪力操作と呪力量から、宿敵も強くなっていると理解していた。

 

 油断や慢心はない。これからどうするか、悟は真剣に思案する。

 

 

(今は俺しか相手になんねぇだろうが……念の為、憂太と金次の奴を呼び出しとくか。

 流石に今の悠仁と野薔薇じゃ瞬殺されて終わるしな)

 

 

 悟は自重の二文字を持っていない。呪術総監部――呪術界の上層部からの指令含め、言うことを聞く気は完全に零だ。正体不明の、特級クラスの呪詛師と関わりがあると悟っているから。

 

 故に悟は自身の派閥を誰にも文句を言わせず作り上げている。自身の強さを背景にした強権で、無理矢理にでも五条派の勢力を築いたのだ。その中には、特級術師となった乙骨憂太、限定的な状況下なら憂太よりも強い金次もいる。彼らには悟が持たせた呪具があり、それがあれば瞬間移動じみた速さで自分の許に呼び寄せることが可能だった。そのせいで悟を危険視する声は上がっているものの、現代最強の呪術師である悟を掣肘できる者などどこにもいない。

 

 悟は呪術界に君臨する暴君だ。故に、彼の意思は何者よりも優先される。

 

 

(どうせまた、意味分かんねぇことしてくるんだろ。

 いいぜ、式守。今度こそ、きっちり殺してやる。

 オマエも昔のままじゃねぇんだろうが、俺もそうだってこと教えてやるよ)

 

 

 ――悟は、嗤っていた。

 

 鍛えた力を、存分に発揮できると知れて。

 

 宿敵が死んでいなかったことを――心の底では喜んでいたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




虎杖悠仁
 謎の少年()に宿儺の指を強引に呑まされた
 ついでに謎の美女に「また今度!」された

釘崎野薔薇
 おおむね原作通り
 また今度! された

五条悟
 親友の裏切りなどでの葛藤を経ていないため、口調とかは昔のまま
 ついでに自己強化を怠らず、派閥も自重なく作っていた
 呪術界で悟の暴君っぷりを掣肘できる奴はいない
 唯一、硝子が苦言を呈したら聞く
 認めた奴の言うことも割と聞く

謎の少年
 宿儺の指集めをしている
 器として作った悠仁と偶然出会った為、せっかくだし利用してみた
 なにげに悟に勘付かれ、追われているので隠れ潜むのに必死

式守薫子
 再来した悪夢
 想像妊娠している。子供の名前は甚爾
 実際は妊娠なんてしていない。あくまで妄想
 九年ぶりに会った悟に熱視線



【挿絵表示】

薫子の現在
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