生きているだけで。
存在しているだけで、騒乱を生じさせるのが呪いというもの。
故に式守薫子にその気はなくとも、彼女を養分とした災いの花は咲き誇る。
ただ今回に限って――いや今回『も』本人にその気はなかったが――薫子は呪いを振り撒いた。
原因は、現代社会の発展にある。
今まで
呪術界にて対策する立場の人間は、総じて呪術関連以外への見識と意識が浅い。羂索もそうだ。千年以上も生きていながら、現代の急速な科学技術の発展にも適応してのけていたが、彼もまた呪い呪われる世界の住人であり、非術師なら持ち得たであろう認識が綺麗さっぱり抜け落ちていたのだから。
史上最悪の大量殺人。それにより防犯意識が高まったことで、今の社会には『監視カメラ』が日本全国の至るところに張り巡らされている。流石にインフラが貧弱な田舎では殆ど無いか、完全に皆無な場所もあるにはある。しかし都内となると殆ど死角がないほど監視カメラが設置されていた。
薫子は定住する地を持たぬ根無し草。他者の住居に転がり込んで、斬撃し、寝泊まりしてきた。そして九年の時を経て現代社会に紛れ込んだ弊害、『時の流れ』に頓着せず、監視カメラへの注意を払っていなかった特級呪詛師は、迂闊にも斬撃を披露して、とある一家を斬殺してしまった。
薫子は後ろ暗いことをしている意識がない。故に警戒もしていない。為に、斬撃現場が監視カメラに明確に映ってしまって。彼女の犯行と、容姿が世間に知れ渡ってしまった。
『何これ? ……あぁ、監視カメラか』
『――昨夜未明、☓☓市☓☓区にて殺人事件が発生しました』
『被害に遭ったのは会社員の田中太郎さん、高江さん。高校生の秀樹くん、中学生の栞里さん。彼ら一家が無惨な死体で発見され、凶器は刀剣類によるものと推測されています』
刀剣による殺人事件に過剰な――適切な――アレルギー反応を持つ日本社会は揺れた。
『速報! 現代のジャック・ザ・リッパーが再来した!?』
『殺人鬼が九年間も沈黙していた訳とは』
『監視カメラが捉えたのは絶世の美女』
『世界が注目! 切り裂きジャックの正体!』
『殺人鬼集団の一員か!?』
メディアは迅速に動く。呪術界の隠蔽が間に合わない早さで。
新聞で、週刊誌で、テレビで、ネットで。記者が、政治家が、警察が、自衛隊が、ネット配信者が挙って取り沙汰し。ありとあらゆる媒体で薫子の存在が拡散される。
『とんでもない美人で草』『こんな美女になら殺されてもいい』『ふざけるなよ俺の家族はコイツに殺されたのかもしれないんだぞ!』『こんな女だけで殺れるわけねぇだろ、共犯者がいると見たねおれは』『どうせ模倣犯』『なんであっても許されない』『おれこの女見た!』『マジで?』『どこ!?』『金閣寺の前!』『通報しろよ!』『した!』『俺警察! 出歩くな!』
間に合わない、間に合わない。
呪術界の対応など世間は待たない。
呪術師が急行しても返り討ち。五条悟が嘗て殺したというのが虚偽――あるいは誤りだったことを責める為に呼び出そうとする者もいたが、彼はそれを無視して目撃証言のあった場所に駆けつけるも、薫子は悟の存在に気づくなり逃亡した。羂索の助言に従い、過ぎた運動は避けたいからと逃げたのだ。悟が殺気を漲らせている故に、会話を挟む余地もなく。果たして流血が巻き起こるがままだ。
薫子は悟だけを避ける。唯一対抗し、殺し得る最強からだけ逃げる。
それ以外には全く気に掛けず。義侠心に駆られ、役目を果たさんとする呪術師は鏖殺された。そして悟からだけ逃げる薫子は、当然――テレビ局が出したヘリと、生中継しているテレビ局のカメラや警察の機動隊が駆けつけ、包囲されても微塵も気にしておらず。呑気に、対応した。
「出て来い! お前は完全に包囲されている!」
薫子が警察の機動隊に包囲されたのは、京都のとある民家である。
夜だ。彼女の主観では快く招待してくれた一家にお邪魔して、ご飯を貰い、お風呂に入った所。さあこれから寝ようかなという時分で、外から拡声器越しに怒声が張り上げられて。
薫子はそれが、自分を呼んでのものとは思いもせず、うるさいなぁ、外で何してんだろと、窓のカーテンを開いて外を覗いた。
「――! いました! 殺人鬼の容疑者です!」
サーチライトを容赦なく浴びせられ、眩しくって手を翳した薫子は呻いた。
なになに、なんなんだよぉ、もう、と。ひどく嫌そうにしながらも、彼女の五感は状況を正確に知覚している。周囲を取り囲む、武装した警察の人達。テレビ中継してるリポーターとカメラマンとおまけの野次馬たち。なんかのイベントでもあったのかな、とか。好奇心を湧かせた薫子は玄関に向かった。
ブーツを履いて、薫子はのほほんとしたまま外に出て。
向けられる好奇、警戒、殺意、敵意の視線の数々に、薫子は破顔した。
「なぁに? 私になんか用?」
浴びせられる剣呑な台詞が、薫子には聞こえていない。聞く気がない。
だってそうだろう。凶悪な殺人鬼集団の一員と見做し、投降しろなどと言われても、主観では善良な一般市民である薫子には現実味がなくて。現実味がないから理解できなくて。理解できないから都合よく解釈するしかなくて。テレビ局のカメラを見て、彼女は極上の笑みを浮かべた。
「ァは。なぁーんだ、もしかしてみんな私のファン? いやぁ、私も有名になっちゃったかな?
じゃあサービスしないと。特等席で見せたげる!」
善意だ。
呪いが詰まった、善意。
ノリがよく、人がよく、コミュニケーションに飢え、承認欲求に突き動かされるまま。
呪霊が、片手で拝む掌印を象った。
本邦初公開。
テレビに映るものではない、非術師に見えるものではない、ただただ最悪のデモンストレーション。
「領域展開。
阿鼻叫喚の、呪いの宴が幕を上げた。
これどうなるんだ?(困惑)