呪詛師カオルコの奇妙な廻戦   作:飴玉鉛

23 / 31
監禁呪法の真髄

 

 

 

 

 

 

「お触り厳禁! お触り厳禁! そんな興奮しないでよ、怖いじゃん」

 

 

 気分は諸人を魅了せしめし銀幕の女王。表通りを歩くだけで雲霞の如く押し寄せる人々に頬が緩む。蜘蛛の子を散らしたように逃げ惑う人々に母性を擽られる。怒号も悲鳴も総じて歓声と受け取る壊人の性――人を認知する機能すら破損しているのか、官憲と一般人の区別もつかず、鯉口切りて刃鳴(はな)刃鳴(はな)りと美々しく剣舞()わん。神事に捧げ舞う神楽の如く。

 

 困った困った。いつの間にやら有名人。有名税の取り立てに遭い、てんてこ舞いの千鳥足。求められるのも悪い気はしないけど、プライベートにまで踏み入る団体様の厄介客はお断り。敵意も殺意も恐懼も恐怖も嫌悪も憎悪も、総じて誤解で被害妄想認知不要。向けられる呪いが心地よく、拈華微笑し拍手喝采と受け取る呪いの(かい)。創生より千年余り、遂に結実せし呪詛の徒花。

 

 

「確保! 確保ォ――!」

 

「お触り厳禁だって」

 

 

 突貫する法の執行者達を軽くいなして。

 

 

「射殺も許可されている、撃て、撃てェ!」

 

「わわわ、一般人を撃つとかテロリストか何か? 悪い人は退治しなくちゃ」

 

 

 銃器で武装した一隊も一息に斬って。

 

 

「き、稀代の殺人鬼に突撃取材! あ、あなたのお名前をお聞きしても?」

 

「取材? いいよぉ」

 

 

 命知らずの記者が非武装で行なった取材には快く応じた。

 

 

 

 ――にこりと微笑む絶世の美女に、壮年の男性は目を見開く。

 

 

 

 殺されるかもと覚悟していながら、いざ応じられると驚愕して。生唾を飲み込んだ男性は、ボイスレコーダーをオンにして、吃りながら質問した。

 

 

「ぁ、改め、まして……あなたの、お名前は……?」

 

「式守薫子。数式の式に、守ると書いて式守。薫る子供と書いて薫子。

 今年で……幾つだろ? 忘れちゃった。おじさんの名前は?」

 

「しきもり、かおるこ……日本人、でしたか」

 

「それ以外に見える?」

 

 

 こんな虫も殺せなさそうな美女が、史上最悪の殺人鬼集団の一員。それが日本人だったことを、同じ日本人として認めたくはない。むしゃぶりつきたくなるような肢体と、アンニュイながら無垢な幼女の如き面持ちの女が、脚を組み直す仕草に濃厚な色香を放っているのに男の本能が刺激される。

 

 呂律が回らなくなり、酩酊した酔漢のような表情になった男性は、からかうように笑む女に理性が飛びそうになるも。あっさりと突きつけられた指摘に、急速に自我の輪郭を取り戻した。

 

 

「し、しつりぇい、失礼しました……自分は、白井浩文といいます」

 

「ァはは、噛んでやんの。おじさん可愛いねぇ。

 でもさぁ、()()()()()、それ。人に嘘の名前で自己紹介すんの、やめてくんない?」

 

「っ……!?」

 

「あ、ハンドルネームか何か? ゆーちゅーばー、だっけ? おじさんってそういうのなの?

 なら本名を名乗れなくても仕方ないかな。最近の流行りにも敏感な私、流石すぎ?」

 

「あっ、あっ……は、はは、は……そ、そう、そうなんです……質問、質問! させてください」

 

「慌てなくても私は逃げないよ、落ち着いて?」

 

「……式守さん……あなたは今、巷で噂の……殺人鬼本人で間違いないでしょうか?」

 

 

 一瞬の間は、躊躇。だが、えぇい儘よとばかりに意を決し、男性は核心をついた。

 

 すると美女は露骨に驚き、いわれなき中傷を受けたかの如く憤慨する。

 

 

「殺人鬼!? うっわ、なんで私をそんな物騒なのと一緒にするの? やめてよね、そういうの。

 私、人殺しなんかしたことないから。誤解や人違いにしても酷すぎるよ」

 

「ぇ……そう、なんですか? し、失礼しました」

 

「ホントだよ。感じ悪ぅ」

 

「本当に申し訳ない! ……っかしいなぁ、似てると思ったんだが……」

 

 

 男性は――本当に人違いなら――余りにも真っ当な怒りを受けて目を白黒させる。首をひねって頭を掻き、まじまじと薫子の貌を覗き込んだ男性に。とうの薫子は頬を膨らませ、可愛らしく怒りを表現していた。怒っていても比類なき美女である、男性は薫子の様子に毒気を抜かれ、そして。

 

 

「あの、重ね重ね申し訳ないんですが、最近ここいらで世紀の殺人鬼が出没したはずなんです。

 式守さんは、それらしい人物を見かけませんでしたか?」

 

「え……そんな怖い人が近所にいるの? こわぁ……。

 私はそんなの見てないけど、もし見かけたら私がやっつけとくね!」

 

 

 これで! こうやって! と。

 

 薫子が、突如として刀を()()()()()()()()()()()露わにし、軽く腕だけで素振りをすると。

 

 男性は、目を点にした。

 

 

「は……?」

 

 

 自分が見ているのはなんだ。

 

 ……刀だ。

 

 どこから刀が出てきた。

 

 ……見間違いじゃなければ、女の胸の真ん中から。

 

 刀を持つ、女、

 

 ……殺人鬼じゃないか。そんなの、殺人鬼以外にあり得るものか!

 

 

「ッ……!?」

 

 

 男性は一気に青褪め、再び緊張感と恐怖に支配される。

 

 しかし男性は元々覚悟を決めていたのか、逃げずに質問を重ねる。体の真ん中から柄頭が出て、それを掴み刀を引き抜くという非現実的な現象から目を逸らさず。恐る恐る、喉を鳴らして。

 

 

「ぁ、ぁのぉ……それは……今、どこから?」

 

「何が?」

 

「何がって……その、刀? です……今、体から抜いたように、見えたんですが……」

 

「ああ……そういえばおじさんって非術師だっけ。なら知らなくても……。

 って、あれ? おじさん非術師だよね? なんでこれ見えんの?」

 

「非術、師……?」

 

 

 知らない単語。響きからして、漫画用語じみて。

 

 なんらかの比喩、暗喩の類いかと、停止しそうな思考を必死に廻し理解に努める。

 

 男性の様子に、呪術の秘匿なんて守る気もない女はあっけらかんと答えた。

 

 

「呪術師じゃない人のこと。呪術ってのが使える人が呪術師で、使えないのが一般人、非術師だよ。

 非術師の人たちは普通、呪力に纏わるものが見えないんだけど。

 おじさん、なんでか私の刀が見えてるんだね?」

 

「呪術……」

 

 

 オウム返しに呟く男性に、女は変わらず穏やかだ。

 

 ――そもそも論として、一般人には呪いが見えないと知っていながら、自らの斬撃で綺麗なものを見せてあげてきた薫子がこんなことを言うのは馬鹿馬鹿しい見落としだ。今まで斬ってきた人達が刀自体を視認していないなら、彼女は無為に殺戮を繰り返してきただけになるのに、そんな当たり前の事実に薫子は気づきもしていなかった。所詮は壊人、理屈は解さないのだろう。

 

 

「その、呪術、というのを……見せていただいても……?」

 

「いいけど。たぶん見えないよ? 非術師はそういうもんだし。

 試しにやってみせるから、見えたら言って? 見えるならおじさんは素質があるってことだから」

 

 

 薫子は、自身が半端に生身を持つ呪霊であると自覚していない。

 

 知ってはいる。気づいてもいる。ただ認知していないし認める気もない。

 

 故に己と一体化している妖刀も、一般人である男性に見えてしまう。生身がある、つまり実体があるということになるから。

 

 薫子は要望に応じて男性に呪術を掛ける。それが、男性へ終わりを齎した。

 

 

「監禁呪法、一番部屋『閉』『門』」

 

「……へ?」

 

 

 唐突に自身を取り巻く環境が変化し、コンクリート詰めの四角い部屋に囚われた男性は間抜けな声を発する。呪術を学んだ者なら、生得術式がなくとも構築できる結界『帳』とは物が違う。

 

 完全な異次元。呪力以外での破壊は内外共に不可能。そして呪力、術式、呪具を用いようと、閉じ込め封印することに特化した監禁結界を破壊するには、五条悟のような規格外を除き、数年もの時間を要する事実上脱出不能の監獄。そして一般人であっても、閉じ込められたら視認の能う異色の術式だ。

 

 見えたからどうだというのか。殺風景な光景を前に、男性は無力だった。

 

 薫子に接触したのが運の尽き。根掘り葉掘り質問攻めしようとしたばっかりに、男性は薫子にとって親密な他者へとなってしまっている。故に、末路は確定していた。

 

 呪術の存在を知り、薫子が本物な化け物だと悟った男性が、帰らせてくれと懇願すると。お土産だとばかりに綺麗な斬撃を見舞われ首が飛ぶ。

 

 薫子が立ち去った時には他に人はいない。

 

 ぽつねんと、スイッチが入ったままのボイスレコーダーだけが取り残されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やはり監禁呪法の行き着く先は()()だ。

 

 もしも自分の想像通りなら、およそ最悪の展開に到る可能性が浮上する。

 

 式守薫子の起こす混沌に、頭を痛めながらも愉快さを覚えていた羂索だが、彼女を監視させている呪霊の視覚越しに分析した監禁呪法の凶悪さに、面白がる余裕もなくし冷や汗を浮かべた。

 

 薫子は自身に害がない限り。そして自らが定義したプライベートタイムや、空間に侵入しない限り、呪霊に監視されているのに気づいてもなんらアクションを起こさない。故に遠巻きに監視できているのだが、羂索は薫子をどうこうしようとは思えなかった。というか、もう関わりたくもなくなっている。

 

 ……それは元からか。

 

 ともあれ五条悟を殺してくれる分には大歓迎だが、自分や両面宿儺が害されるパターンに入ると全てがご破産になる。宿儺は間違いなく薫子に関わり、間違いなく戦闘を行うだろう。そして勝敗で言えば宿儺が勝つと、羂索は今でも確信しているが、事はそう単純ではなくなってしまった。

 

 薫子の呪術の練度を見れば分かる。彼女は自らの術式を窮めていた。薫子は監禁呪法の特性上、おそらく最初に領域展開を覚え、順転を磨き、術式反転を会得し、反転術式に至ったのだろう。式神術に関してはからっきしだろうが、こと結界術に関しては羂索や天元を超える。――正確には羂索と天元とは異なる分野に特化したことで、ナンバーワンではなくオンリーワンになった。

 

 極ノ番。

 

 薫子は、術式の核心を掴んでいる。でなければあの記者の男に見せた結界は説明がつかない。

 

 アレは()()()()()だった。帳や領域とは全く異なる結界を、息をするよりも自然に、かつ一瞬で構築してのけたのだ。薫子がその気なら、結界内部のあらゆる法則を支配できるだろう。

 

 監禁呪法の真髄は汎俗の術式とは一線を画する。呪術戦の奥義と言える領域展開など、あの術式からすれば余技に過ぎまい。驚嘆と恐怖に値する真実だ。

 

 戦うのはいい。だが極ノ番を使わせては駄目だ。羂索が監禁呪法の極ノ番に思考が行き着いたのは、ひとえに実物を知っていたからに過ぎなかった。その実物がどのように作り上げられたかまでは知らなかったが、たった今その製造者の正体を知ってしまった。

 

 

(……裏梅を通して、では駄目だな。

 いや駄目じゃないが私のやることも考えると、私から宿儺に伝えた方が手っ取り早い)

 

 

 計画の修正を余儀なくされたことを羂索は認める。知らなければ宿儺ですら危うく、もし宿儺の復活の目が完全に消えれば、自分が確実に五条悟に殺されるのが決まるからだ。

 

 

(やることをまとめよう。全て同時進行だ。

 宿儺の器……悠仁に『指』を可能なら全部取り込ませる。可及的速やかに。

 真人は……放っておいても薫子ちゃんのせいで強化されるだろうから完成は近づくな。

 殺人鬼を人だと思って恐怖する感情は年々強まっているからね。切っ掛けを与えたらすぐだ。

 五条悟の封印は――私と宿儺、裏梅、呪霊共で強行するしかない。

 そして薫子ちゃんは……その時に死んでもらおう)

 

 

 何か一つでも失敗したら終わりだ。あんまりな事態に乾いた笑いが漏れる。

 

 もしもしくじったなら、雲隠れして別の機会――次の時代まで待たねばならないだろう。

 

 本当に、厄介だ。薫子の術式、その真髄がアレであると知っていたら、多少のリスクを犯してでも先んじて手を考えていただろうに。こうなればもはや、打つ手はない。

 

 

「薫子ちゃんの極ノ番は……」

 

 

 獄門疆だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。