呪詛師カオルコの奇妙な廻戦   作:飴玉鉛

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お待たせ。閑話です。


【幕間劇】【暴君と、壊人と】

 

 

 

 

 

 

「どうなってやがる」

 

 

 独語。

 

 ここは何処だ。今はいつだ。

 

 ポツリと呟いたのは、口元に小さな傷跡を刻まれた偉丈夫。

 

 筋骨隆々の男は、自らの分厚い掌で自身の首を撫でた。

 

 断たれたはずの首。落としたはずの命。消えたはずの我。

 

 悪因悪果、ろくでなしに相応しい末路を辿った我が身が、なにゆえに健在なのか。

 

 原因を知っているであろう者は殺してしまった。もう一人、事情を知っていそうな者もいたが、男は自身の名を親しげに呼ぶ女の声を聞いた瞬間に雲隠れを選択していた。

 

 ――男の名は伏黒甚爾。旧姓を禪院。奇妙な運命に翻弄されるがまま死し、蘇った天与の暴君。

 

 彼は肉体だけ先行して蘇り、魂を降霊術により降ろされて黄泉より還った。その推移は彼からすると極めて幸運なものだったと言えよう。

 

 ことの経緯はシンプルである。甚爾の肉体を結果的に蘇らせた女は、知り合いからの仲介で降霊術の術式を持つ呪詛師の老婆を訪れた。しかしその女の面貌を知っていた老婆は、捕捉されたが最後殺害されてしまう危険を察知。が、彼女から降霊の依頼をされたことで生き残りの活路を見い出す。

 

 降霊術はデリケートな術式だと偽り、彼女から一旦離れた老婆は、甚爾の肉体に魂を降ろし置き去りにすることで、女の意識を甚爾に向けさせたまま逃亡することにしたのだ。

 

 老婆の術式は死者の霊魂を自分、あるいは他者に憑依させるもの。降霊対象の体の一部を経口摂取することで身体に憑依させるが、降霊の際には「肉体の情報」と「魂の情報」は別に扱い、暴走などの不測の事態を防ぐため基本的に肉体の情報しか降ろさないようにしていた。

 

 対象の体の一部は、肉体の現物があるため用意するまでもなく。また魂を降ろす対象も、自身やその孫でもないから困ることはない。故に老婆はさっさと甚爾の肉体に魂を降ろして、後はとんずらをこいて逃げるつもりでいた。ここで甚爾以外の魂を降ろすことも考えたが、あの女に別人を降ろされたと悟られてしまえば詰む。故に妙な気を起こさず甚爾の魂を降ろしたのだ。

 

 ――老婆の心配は杞憂である。甚爾の肉体が持つ情報は極めて重く、頭部だけで特級呪詛師カオルコの分身体を乗っ取るほどの強度を誇るのだ。たとえ別人の魂を降ろしても、甚爾の肉体にその情報は圧し潰されて、肉体に由来する魂を捻出するエネルギーにされて終わっていただろう。

 

 しかしそれを踏まえても、老婆は運が悪かった。

 

 甚爾の死因は斬首。それも極限まで意識を研ぎ澄まして死力を尽くした先の死だ。首を断たれ即死したが故に、甚爾にある最期の記憶は死亡した寸前のもの。故に、復活した甚爾の精神は戦闘の最中にあった為、自身の体に触れていた相手へ反射的に拳を振るってしまったのである。

 

 果たして甚爾から攻撃を受けてしまった老婆は即死した。天与の暴君が、古今無双の剣士を殴り殺す為に振るった全力の一撃だ。呪詛師とはいえ不意打ちに等しいそれを老婆が防ぐ術はなく、世を乱す呪詛師は無駄に長い人生を強制終了させられてしまったのである。

 

 そして甚爾は自身が見知らぬ誰かを殺してしまったことに気づき、状況を正しく認識した。

 

 自分は死んだらしいこと。――これは自身の有していた武器庫の呪霊が消失し、呪具などの武器が消え去ってしまっているのと、戦っていたはずの相手が目の前にいなかった点から判断した。なおかつ、自身を殺したと思われる女が目の前におらず、戦闘に陥っていないこと。さらに死んだはずの自分がなぜか蘇ったこと。瞬時に以上三つの事柄を把握できた甚爾は、別室で待機していた怨敵が待ち草臥れ、老婆を呼ぶ声を聞いた瞬間離脱した。

 

 あの女に戦いを挑んだのは自分だ。しかし敗れた――ようだ。手元に呪具などの武器が何もない状況で対峙してしまえば為す術がないのは明白。そう判断したが為の逃走である。

 

 結果として甚爾は逃げおおせた。呪力を持たぬからこそ、呪力探知が機能しない為、彼は容易く逃走を成し遂げたのだが、逃げた先で甚爾は途方に暮れてしまった。

 

 というのも、彼が復活したのは、伏黒甚爾が死んでから十年近い時が経った時代。気分はまさしく浦島太郎である。それなりに付き合いのあった裏社会の仲介人も死んでおり、心底忌々しいが彼に残されている伝手は古い生家、禪院家だけになっている。

 

 

「自業自得つっても、こりゃねぇだろ……」

 

 

 ぼやきたくもなる。せっかく蘇っても、甚爾にやりたいことなどないのだ。

 

 強いて言えば、あの女を殺すのを目標にしてもいいが、一度死んだせいか甚爾は冷静さを取り戻してしまっている。ほとんど衝動的に戦いを挑んだはいいものの、我に返ってしまえばやる気も失せるというものだ。しかもテキトーに入ったコンビニで盗んだ雑誌を見るに、世間様は相当に厄介なことになっているのは察せられる。あの女がついに、自分と同じ猿どもの世界へ認知されて、今頃呪術界は上に下にの大騒ぎをしているはず。そんな中で術師殺しとして活動を再開する気にはなれなかった。下手に目をつけられて、たとえばあの五条悟などが来ようものなら、呪具のない今はどうにもならない。

 

 必然、甚爾はテキトーな女を引っ掛けてヒモになろうとしたのだが。

 

 現代は甚爾が生きた時代と異なり、やたらと防犯意識が高まっていて、道行く人に声を掛けただけで警戒される始末。流行り廃りもさっぱりな今、なかなかテキトーな女を引っ掛けられない。

 

 

「あー……」

 

 

 いよいよ進退極まった甚爾は、観念して禪院家に顔を出し、あの家のやつにしてはまだマシな方の当主に金を無心しようと思った。

 

 術式持ちのガキを売れば纏まった額は入る。それで当座を凌いで今後どうするかを決めよう。名前は忘れたが自分のガキは術式持ち、悪いようにはならないはず――と、そこまで考えて。

 

 甚爾は今更ながらに、自分がそのガキのことでキレ、あの女に戦いを挑んだことを思い出した。

 

 

「……名前、なんだっけか」

 

 

 生き返ったばかりでボケていた。

 

 十年近い時が経っているのだ、自分のガキ――名前は、たしか、そう――メグミ。惠だ。ソイツも多分10代半ば頃。生きているならとっくの昔に禪院に回収されているだろうし、金に替えるために売ることなんてできないだろう。しかもあの女が気紛れに惠に会いに行ったのなら……死んでいる可能性は高い。

 

 

『あの子をお願いね、甚爾』

 

「……チッ」

 

 

 脳裏に蘇る、顔も名前も覚えにない女の声。

 

 死んだ人間のことは忘れる性分だ。だが……なんでか思い出してしまう。

 

 ガリガリと乱暴に頭を掻いた甚爾は、やることもねぇしな、と言い訳じみて呟いて。とりあえず生家に顔を出してガキの消息を確認することにする。

 

 果たして。

 

 禪院家は、惠の消息を掴んでいなかった。

 

 

「……」

 

 

 禪院家が惠の存在を嗅ぎつける前にあの女が殺したのか。

 

 そうと疑った甚爾は、自身の仇でもある怨敵の許へ向かった。

 

 戦う気はない。逃げに徹すれば逃げ切れると踏んでいる。ただ単に惠を殺したかどうかだけを知りたいのだ。それさえ済めばどうでもいい。

 

 幸いというか、あの女のいそうな場所は察しがつく――というか目撃情報は多発しているのだ。人死が多く、警察が多く出動している地点に出向けば、簡単に見つけられる状況になっている。

 

 案の定、あの女はすぐに見つかった。

 

 警察官の死体があちらこちらに転がる街の一角、民家の中。そこから吐き気を催すほどの血の匂いがする。超人的な五感を有する甚爾はすぐ気づいた。呪いそのものの女がそこにいる、と。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

「――あれ? 甚爾くんじゃん。やっほー、久し振りだね」

 

 

 女はシャワーを浴びた後だったらしく、あられもない姿で甚爾を出迎える。

 

 絶世の美女である。男であるなら欲情してしまう肢体を前に、慣れ親しんでいるはずの血の匂いのせいで――或いは悍ましさの『お蔭で』――不快感を覚えていた甚爾は反応しない。

 

 女は甚爾のことをすっかり忘れていた様子だった。殺し合ったことにさえ頓着していない。

 

 甚爾はとりあえず余計な話はせず、単刀直入に『俺のガキをどうした』と睨みつけた。

 

 すると、女は首を傾げ。

 

 そして。

 

 

「甚爾くんの子供? ……んー、あー……えー、と。

 ……ああ、恵くんのことかな。

 ん? あ、甚爾くんって私の子供だっけ。()()()()()()()()

 ってことは惠くんは私の孫……?

 やだ、私まだお婆ちゃんじゃないのに……!」

 

「……」

 

 

 甚爾の無言の視線に堪えた様子はないが、女は答えた。

 

 

「惠くんは死んじゃったよ。あ、私は殺してないよ?

 私のメル友……羂索って人が惠くんの体を乗っ取っちゃったんだぁ。

 ひどいよね、ほんと悪い人だよ。

 ……あれ? ってなると……。

 

 羂索さんって、私の孫の仇……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

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