最終局面突入(唐突)
一つの時代が終わろうとしている。
一つの呪いが終わろうとしている。
一つの妄執が、終わりを迎えようとしている。
怨嗟の降り積もる地獄の血池が、間欠泉の如く呪いを噴き出し枯れる時だ。
人と人が関わることで、様々な彩りを以て光を放つ。
呪いの王を取り込んだ器の少年がいた、彼は正しき怒りを胸に研鑽を積む。気に食わぬ呪いに打ち勝たんとする少女がいた、彼女もまた正しい怒りを胸に秘め術式を磨いていた。位置を入れ替える術式を持つ青年もいて。限定的な状況下ならほぼ不死身の男がいて。特級過呪怨霊の外殻を使役する少年もいて。
永き時を暗躍する不幸の元凶が布石を打ち。呪い溢れる世を超えんとする呪術師達が奔走し。
最強の術師と平安の呪いの王が、各々の思惑を持って時を待った。
されど世を左右する一つの禍、血と刃に魅せられた妄執の果てが、今の世の中心に立つ。芳しきかな妄念の呪怨、台風の目として座る牡丹。華々しい檜舞台に登壇する、人斬りの者の動向を差し置いて語るべき物語は他に無し。衆目を惹く彩りの生は数あれど、今ここで紡がれる資格は舞台の上にのみ在る。
矮小十把、有象無象。その他大勢のエキストラに脚光は当たらない。
此処に在るのは、千の時を経て結実した真の呪いの女王。
乙骨憂太が結果的に生み出した、特級過呪怨霊の祈本里香とは違う。呪いとしては正道の、呪いとしての王道を極めた怨念の結晶。特級呪霊『妖刀』との融合により、呪いの王たる両面宿儺の領域に達してしまった――かつてただの少女だった人間の成れの果て。あるいは、残骸を模した贋作物。
これは、呪術師の物語ではない。舞台にも上がれぬ者は不要である。
非術師の世界がとあるボイスレコーダーにより呪術の存在を知り。信じる者は些少、大半が世迷言と思いたがる心境にあるまま事件解決に全力を尽くそうとも。呪術師の世界が史上最悪の呪詛師による呪いの伝播を抑え、早急な事態解決を図ろうとも。呪詛師カオルコと、その最後の華舞台には関わりなし。
関わりがないのなら、所詮はエキストラ。賑やかし要員でしかない。
「10月31日! 私の、私と悟くんの! 待ちに待った舞台の開幕だ!」
時は来た。場も整った。
日付は10月31日、所は渋谷スクランブル交差点。
日付と場所だけを、壊人は覚えていた。
ここが誰に指定された場所であるかなど記憶していない。覚えていない。
壊れ果て、生身を持つだけの呪霊となった女に、事の因果関係など些末なこと。
ただ予感だけがある。一日千秋の想いで待ち侘びた、満願成就を果たす時が来たのだと。
何を待っていたのか、何を望んでいたのか、完膚なきまでに破損した女には皆目見当もつかない。けれど、熱望していたのだけは頭ではなく魂で覚えていた。喩えその魂すら最初の本物を模した贋作に過ぎずとも、残留思念にも似た激情が決して拭えぬ未練として呪いとなり、呪霊へとへばり付いている。
「まだかな? まだかな? まぁだだよ!」
普段なら人の行き交う街中なのに、人っ子ひとり居やしない。
呪術界が手を回し、この日、この時、この場所へ非術師が入り込まないようにしていたのだが、女は微塵も気にしていなかった。眼中にないのだ。
ただただ待つ。ここで待つ。
待って、待って、待ち人を望む。
待つのに飽きたその時が――何にも縛られぬ呪いが、本当の意味で野放しになる時だ。
わくわく、どきどき。
どきどき、わくわく。
女は掌印を結んだ。
中指を伸ばした人差し指に引っかけ、薬指と小指は曲げて絡ませた、摩利支天の印だ。
彼女の呪力探知の網に掛かった、逢瀬を邪魔する誰かを排除するべく術式を行使したのだ。
交差点全土を埋め尽くすのは、女を中心に広がる血の絨毯。
これまで斬ってきた
恐るべきことに、この血が広がった範囲全てが彼女の領域だ。
領域展開とは根本からして違う、結界術に特化した術式の拡張結界である。
「術式反転『自財放流』
十三番部屋『開』『門』
無粋な人達は仕舞っちゃおうねぇ」
広まりを見せた血の絨毯から、ぬらりと頭頂部から浮上する、
全てが同じ。背格好、装備する呪霊/呪具、容姿、振る舞い。
宿す記憶、在り方、呪力量、剣技の技量、術式、呪術の力量。全て同一だ。
同時に遍在できる限界数を出現させ、女達は無垢な微笑みを湛える。
女達は歌うように唱えた。独り言の合唱を。
術式の一部開示だろうか、本体含めた十体の女が掌印を組む。親指と薬指を曲げて合わせ、中指と小指の先を伸ばして合わせつつ人差し指は離したままにして組んだ印。普賢菩薩の掌印だ。
「私は今まで何度も何度も何度も『距離』の概念を斬って移動してきた。
けど、普通に考えてみなね?
地点AからDまでの距離を零にしたら、じゃあ地点BとCにある距離の概念はどこにいくの?」
聞いている者。聞こえている者は瞠目した。
「斬られた後も、世界が勝手に補正して、世界の距離は修復される。
けど斬られた直後に影響がないのはおかしくない?
……さあ問題です、私は何をしたでしょう?
正解を開示する前に、一つ教えておくね。
私が同時に展開できる結界は全部で十三。
十三番部屋が私の術式反転に相当してる。だから十三番部屋は常時埋まってるんだけど……。
十から十二番部屋も常に満員なんだよ。
ここには何が詰まってると思う? 正解は……概念。
十から十二の部屋は、私が斬った概念を閉じ込める専用部屋なんだよね」
無法。
呪霊『妖刀』の術式、斬撃を指してそのように称する者はいる。
しかし、全ての術式もまた、極まれば無法と称せるだけの可能性はあった。
そして女の監禁呪法も極まっている。『妖刀』が――女の秘めた才覚を辿り着かせていた。
監禁できるのだ。
概念をも。
だからこそ、平安の世から暗躍してきた呪詛師は、この女の極ノ番の正体に行き着けた。
「私が閉じ込めてた概念は『距離』なの。これを開放するとどうなるかな?
私が今まで斬ってきた距離を強制的に間に置けば、どうなると思う?
正解は今から体感してね!
――監禁呪法・十、十一、十二番部屋『開』『門』」
瞬間。
指定した空間座標上に存在する全ての呪術師が――ほんの一部例外を除き。
溜めていた『距離』の概念を設置することで、
単純に言えば。AとBの間に、無理矢理にCからZの位置情報を挟み込んで、AからBを途方もなく遠ざけてしまうだけだ。あくまでも『距離』が開くだけで、吹き飛ばされた物体は破損したり故障したりしないものの、強制的に退場させられてしまう。今頃、海の上か大陸あたりに、女に探知され術式対象へ指定された呪術師が忽然と現れているだろう。
仮に対象を個々に設定せず。
渋谷の街を対象に含めたままだったら。
日本の街の一部や人、山やら何やらが忽然と海外に現れて、多数の被害を生み出していた。
もしもこの女が呪術師であれば。呪術界がこの能力を知っていれば。彼女もまた特級呪術師――単独で国家転覆を可能にすると認定されていただろう。
あくまで人も物も壊れないし死なない。だが問答無用で地形を変え、呪力の多寡も無視して強制的に国外へ弾き飛ばす力があれば、国一つ滅ぼすことなど至極容易い。
果たして逢瀬を妨げる無粋の徒、呪術高専の面々は
残された例外は――
「……ヤバくね?」
「ケヒッ、面白い真似をする」
「キッツ。なんでこんなになるまで放ってたんだよ」
最初から効かないと信じられていた通り。『無限』によって女の術式を防いだ五条悟と。
飛来した距離を
そして対象に指定されていなかった、頭上に方陣を浮かべた少年の姿をしている羂索だけだった。
――呪霊達は、そも踏めば潰せる虫に過ぎぬ。故に無視されている。
「……あれ?」
全く認知していなかった闖入者、宿儺の存在にカオルコだけが能天気に首を傾げていた。
誰だろう。既視感はあるけど覚えにない。
しかしカオルコの剣聖としての部分が冷徹に判断を下した。嫌な感じがするから、さっさと斬り殺してしまおう、と。
普通に。
自然に。
違和感無く。
今までなかったはずの、殺害の選択肢を躊躇なく取った女は。
宿儺のいる方へ、6体の自分を向かわせた。
本体は愛しの人の許へ。
残りは、知己の人への挨拶へ。
鼻歌を歌いながら、呪いの女王が進撃を開始した。
「きれいなざんげき。
宿儺……宿儺くん……すっくんでいっかな?
私を惑わす間男。悪い人。寝取られ趣味はないのにね、私って。
私の方がきれいだって、証明したげる」
支離滅裂な独語を漏らし。
自分が宿儺の存在と、呪力の感覚を知っていることを不自然と感じることもないまま。
器の少年なんて気にもせず。器ごと、切り捨てるつもりで歩を刻む。
カオルコ
なんか色々準備してきたらしい高専生とか教師とか。
呪術師の上澄みの皆さんとか。
残らず海外へ強制追放。
方角的に海にポシャった人もいる、他人の努力とかそういうのをガン無視。
やってることは『閉じ込めて』『開放する』だけ。
でもやろうと思えば地上を平らにして文明社会を滅ぼせる模様。
残機は一万を突破してる。
直哉「人の心とかないんか?(海の上を走りながら)」
悟くん
頑張って鍛えてた生徒達が全員、国外追放された。
後悔してももう遅い!
すっくん
色々あってここにいる。実は悟公認。詳細は次回以降。
わくわくしてる間男。
羂索さん
脳が、震える。