呪詛師カオルコの奇妙な廻戦   作:飴玉鉛

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決戦・呪いの王と女王 【一部】

 

 

 

 

 

 

 檜舞台に上がるなら、正装で臨むのが礼儀である。

 

 呪刀と妖刀を腰に提げたカオルコは、現代社会人の戦闘服とも言えるスーツ姿であり、赤いネクタイを締めたバリバリのキャリアウーマン風の出で立ちであった。

 

 本日はハロウィンである。折角なら仮装でもしておけばよかったと、遅ればせながら思い至ったのだが……特に着飾りたいわけでもない為、下らない思いつきはすぐに忘却した。

 

 ――カオルコの接近を察知していたのだろう。

 

 薄茶色のツーブロックの短髪頭、刈り上げ部分が黒髪という特徴的な髪色の少年、虎杖悠仁の肉体の主導権を持つ両面宿儺が腕を組み、街の一角で待ち構えていた。

 

 彼は閉じていた目を開く。本来なら彼の他にここには一級術師の七海、日下部、東堂葵、釘崎野薔薇の四人がいたはずである。宿儺を含めた五人で、カオルコの分身を迎撃する作戦だった。

 

 しかし彼らの姿はない。カオルコの術式によって弾き飛ばされ、今頃どこかを彷徨っている。

 

 運悪く海の上に飛ばされていたら、高い確率で死を免れることはできまい。――だが宿儺からすると始末する手間が省けただけだ。今日という日に、この状況で立っているなら文句はない。

 

 瞑目している宿儺を視認して、彼の正面に立ったカオルコが微笑んだ。

 

 知己の間柄にある相手へ、親しげに挨拶するかの如く片手を挙げて。

 

 

「やっ。久し振り、すっくん。元気してた?

 はじめまして両面宿儺、今から殺すね?

 懐かしいね、こうして会うのは千年ぶりかな。

 初対面だけど久し振りに手ほどきしてあげよっか?」

 

「……」

 

 

 平安の呪いの王、現代の呪いの女王、ここに相見える。

 

 不意打ちはない。先制攻撃をする気は互いに無く、うっすらと目を開けた宿儺は壊人を見遣る。

 

 すっくん、などとふざけた呼び名で声を掛けられても、宿儺は特に何も感じない。彼女の物言いのおかしさも、事前に伝え聞いた状態に照らし合わせれば納得できる。

 

 凡俗の気さくな女らしい感性、妖刀に具わる記録を経由して宿儺を知っているが為の態度、同門たる宿儺の危険性を知るが故の殺意、剣士としてなら上を行くという自負。諸々が掛け合わさり混沌としているが故の台詞を、統合することなく垂れ流されているのだろう。壊人とは言い得て妙だった。

 

 宿儺はカオルコを見ていない。二対の瞳を向けたのは、六体のカオルコが腰に差した妖刀。彼の目当てはそれだ。だが厄介なことに、妖刀は呪霊スワンプマン――カオルコと一体化している。もはや妖刀はカオルコの一部に過ぎず、仮に奪い取ってもすぐに消え去るだろう。

 

 妖刀を求めていた宿儺にとって不愉快な事実だった。

 

 

「……フン。千年の時を経たなら、多少は在り方も変容するだろうと思ってはいたがな。

 まさか器を取り込んだ末に、逆に呑み込まれるとは……流石に予想外だったぞ」

 

「? おーい、一人で何言ってんだーい? ポエムでも読むお年頃かな?」

 

「小娘。貴様が持つには分不相応の呪具だ、早々に剥ぎ取ってやる」

 

「師匠のこと言ってる? ほしいの? あげなーい」

 

 

 会話は噛み合わない。しかし、互いに気にも留めぬ。

 

 悪ガキじみて嫌味ったらしく応じたカオルコは、妖刀に視線を落としてニヤリと嗤った。

 

 

()()()()無くても、私はいいんだけどさ。

 ほら、私ってもう師匠のこと超えちゃったし?

 過保護な老害ジジイなんか、ポイってしちゃってもいいけど?

 ……今から死ぬ君にあげたところで、意味なんかないじゃんね?」

 

「ほう?」

 

 

 挑発的な台詞だ。それが面白かったのか、宿儺は漸くカオルコの顔を見た。

 

 六体の内、一体が代表して喋っている。その顔を見詰め、宿儺も嗤った。

 

 

「俺が死ぬ。つまり、貴様は俺に勝つつもりか、小娘」

 

「……? 勝つ……って、勝負でもする気? やだよそんなの、めんどい。

 ただ斬るの。っていうか、殺すの。勝ち負けとかないから」

 

「クヒッ……ああ、そうだった。俺としたことが、小娘と張り合う気だったらしい。すまんな」

 

「謝れて偉い! じゃ、早速斬ろっか――」

 

「『解』」

 

 

 人差し指と中指を揃えて伸ばし、カオルコを指した宿儺から斬撃が飛ぶ。不可視かつ連撃、飛翔する斬撃は都合六つ。カオルコの分身は見えもしないそれを当たり前のような貌で、抜き手も見せぬ神速の抜刀で打ち落とした。抜身となる妖刀の刃紋は美々しく、微かに眉を顰めた宿儺に切っ先を向ける。

 

 

「……視えているのか?」

 

「ん? んーん、視えてないよ」

 

「そうか」

 

 

 気紛れに放った『解』が容易く迎撃されたタネを、バカ正直に問う宿儺へカオルコもまたバカ正直に答えた。素直に、嘘なく。

 

 斬撃は視えていない。だが、宿儺の術式は知っている。そして宿儺の発する攻撃の予兆、呪力の起こりと()()()()()()で、単純かつ完璧に()()()()()が故の迎撃だった。

 

 純粋に、宿儺は感心した。弱者ではない、この小娘は強い。

 

 強いと認めた宿儺はカオルコに興味を持った。

 

 そして、カオルコも宿儺に関心を持ってしまう。

 

 

「……やっぱり、きれい」

 

 

 くどいほど繰り返すが、視えていない。宿儺の術式『御廚子』の『解』は不可視だ。

 

 だが……感じる。感じていた。

 

 無機的なのに途方もなく有機的で、合理性を突き詰めた機能性を持ち、芸術的なまでに澄んでいる。一片の迷いも、惑いも、淀みもなく。洗練され尽くした窮極の斬撃。たとえるなら粗製乱造された刀を手に、無数の達人が一気に押し寄せてくるかのような圧力がある。綺麗だとカオルコは思った。

 

 だから、鬱陶しいのだ。自分を惑わす()()()()が。仮に彼女が伴侶と出会う前に宿儺と出会っていたならば、カオルコは宿儺との運命に殉じていたかもしれないと思ってしまう。

 

 運命だ。宿儺と自分は運命の赤い糸で結ばれている。しかし、今となってはそれは不貞だ。

 

 間男に成り下がった運命など、カオルコは求めていない。

 

 

「寝取り趣味のクソ野郎めぇ、ブチ殺してやるんだから!」

 

「……つくづく思うが、強い女というのは度し難い輩ばかりだな」

 

 

 誰を思い出したのかはさておき、宿儺は呆れたように嘆息してカオルコの殺気を受け止めた。

 

 ――今の宿儺はカオルコ以外を傷つけられず、呪術師達を守護し場合によっては救命しなければならない縛りを結んでいた。現代最強の呪術師、五条悟とだ。

 

 悠仁は結局、悟の求める水準に実力が達しなかった。故に悟は宿儺を利用することにして、彼に協力を頼んだのである。カオルコを祓うのを手伝ってくれと。

 

 無論宿儺は対価を求めた。斯様な縛りを結んでまで求めたのは、高専が持つ『宿儺の指』である。

 

 悠仁が取り込んでいる指の数からして、今の状態では十分な実力を発揮できない。カオルコとやらに興味があるから話に乗ってやるが、今のままでは小僧諸共に斬り殺されるだけだ――と建前を用意して要求したのだ。悟はこれを受け、悠仁に『宿儺の指』を渡した。渡してしまった。

 

 悟や悠仁が認識している、悠仁がこれまでに取り込んでいる指の数は五本。ここから更に高専が所有する指を六本渡したところで十一本だ。これなら仮に宿儺が暴走しても、悟であれば苦戦はすれども生きたまま鎮圧できる。なら、この要求を呑んでもいいと判断したのだった。

 

 だが、宿儺は卓越した呪力操作の技量で抑え込んでおり――また、悠仁という器に収まっていたが故に誤魔化しが利いたのか、悟の六眼でも見抜けなかったが――これより前に宿儺は七本もの指を取り込んでいる。斯くして十八本の指を取り込んだ悠仁の、『器/檻』としての機能は崩壊した。

 

 羂索の言っていた通りだ。

 

 果たして首尾よく主導権を得た宿儺は今日という日まで耐え忍び、カオルコが『距離』を開放して呪術師共を吹き飛ばしたのに合わせて、悠仁の肉体を完全に乗っ取った。悠仁の魂はもはや生得領域の奥深くに押し込められ、浮上してくることは二度と無い。羂索が仕掛けた仕込み通り、宿儺は悠仁の肉体のスペックを合わせれば、十八本の指だけで嘗ての力を完全に取り戻していた。

 

 ――カオルコは悠仁や宿儺の事情なんて知らない。

 

 分かるのは、宿儺の呪力から感じる力。

 

 彼女は宿儺と戦う気はない。ただ殺したいだけ。故に、長々とやり合うつもりなど毛頭なく。

 

 宿儺が本気になり、全力を発揮する前に殺すつもりでいた。

 

 であれば最適解は視えている。

 

 カオルコは呪力を練り上げ、拝む形の掌印を象った。

 

 

「領域展開」

 

「ほう、俺と領域の押し合いをするつもりか? いいだろう、魅せてみろ。

 領域――」

 

「領域展開」

 

 

 自らの力量に絶対の自負を持つ呪いの王が、掌印を結び領域を展開しようとするも。

 

 更に被せるように、呪いの女王が唱えた。

 

 1体だけではない。2体、3体、と。合唱する呪術奥義にさしもの両面宿儺ですら瞠目した。

 

 

 

 

 

          「領域展開」

 

 

     「領域展開」

 

 

 

                「領域展開」

 

 

 

 

                       「領域展開」

 

 

 

 

 閻魔獄門(エンマゴクモン)罪百戒(ツミヒャッカイ)

 

 

 

 

 

 

 片手で拝む掌印ではなく、両掌を合わせて拝む掌印。

 

 総計六体のカオルコによる、常識破りの領域六重展開。

 

 現代はおろか呪術最盛の平安時代ですら例を見ない、規格破壊の異界常識。

 

 全てが均一かつ同一人物でなくてはならぬ、呪霊カオルコ(スワンプマン)のみが可能とする術。単独で宿儺に勝れぬならば、六体による物量でのゴリ押しで領域の押し合いに臨むのだ。

 

 両面宿儺は呪いの王だ。単純な領域を用いた戦いであれば、相手が誰であっても凌駕する。

 

 カオルコも例外ではない。結界術に特化した術式の持ち主であり、本人の天賦の才と経験値の塊とも言える『妖刀』の恩恵により、齢に見合わぬ完成された結界を築けるとはいえ、単身どころか二人掛かりでも宿儺に届かぬだろう。だが――カオルコと同等の術者が、六人同時に土俵に上がったならどうか。

 

 宿儺は信じ難い光景を目にした途端に悟った。卓越した戦闘IQと隔絶した呪術への理解度、そして天性の呪術センスによって察した。両面宿儺の領域には外殻がない。だが領域の効果範囲は確かに存在する。カオルコは二人掛かりで宿儺の領域の範囲――200m先までを覆い残り四人で宿儺の領域と押し合わんとしているのだ。実現させてしまえば詰む。身動きを確実に封じられる。

 

 カオルコの領域『巻藁据物切』の効果は五条悟から聞いている――正確には悟が悠仁にした話を聞いていた――桁外れの膂力があれば拘束から抜け出すのは容易い、と。しかし六人掛かりで張られた領域効果……しかも、おそらく今までの領域よりも磨きが掛かっているであろう『閻魔獄門・罪百戒』とやらの拘束力は、既存のものとは比較にもならぬのは想像がつく。

 

 一度捕まったが最後、抜け出すのに確実に数秒の手間を要する。否―カオルコの力量を見るに、カオルコは高確率で宿儺と同様に領域の条件を独自に弄れるだろう。となれば最悪の場合、拘束対象の選択や条件付けを行える。たとえば『呪力制限』『呪力操作阻害』『術式使用の禁止』『電気信号の途絶による肉体の動作制限』などだ。無論呪術である以上、抵抗の余地はある。あるが、カオルコを目前にしたまま数秒……下手をしたら数分、あるいは数時間も止まってしまうのだ。それが意味することを理解できぬ愚昧ではない。なんとしても阻止しなければ終わってしまう。

 

 ここで、領域展開の為に呪力を溜めていたのが功を奏した。宿儺は自らの術式、御廚子の使用用途を瞬時に切り替え、斬撃『解』の術式対象を拡張。六体のカオルコを直線上に捉え、強度、呪力の高低を無視した必殺の『次元切断』を放つ。正確には空間・世界ごと断つのではなく、領域という結界のみに対象を絞った斬撃だが、当たれば結果として術者も両断するだろう。

 

 果たして広まり始めた領域ごと、カオルコの五体までもが頭蓋を真横に断たれた。

 

 しかし最も離れた位置にいた最後の一体は、咄嗟に妖刀を振るい宿儺の次元切断を迎撃した。宿儺のそれと同類となる次元斬だ。拮抗しかけた術式同士による斬撃は、カオルコの技量により妖刀の斬撃が上回る。見事に相殺したカオルコは能面のような無表情の中、瞳に陶然とした妖しい光を宿して微笑んだ。

 

 

「往生際……悪くない?」

 

「クッ。往生するにはまだ早いだろう。

 もっと楽しめ。もっと楽しませろ。

 貴様の底を暴いてやる」

 

「うわ、言い方キモ……セクハラだよ、すっくん?

 キモいから早く死んで?」

 

 

 ぬらりと血の池から五体のカオルコが新生する。それを見た宿儺は嗤った。

 

 残機はまだまだ余裕がある。やはりカオルコを殺し切るには、残機を削り切るのではなく、分身含めた本体を同時に殺す必要があるのだろう。分身を殺し尽くし、新たに分身を生産するより先に本体を殺したのでもいいが……ここに本体はいないだろうし、いたとしても他所に分身がいたのでは殺し尽くしても意味はない。消耗戦となれば万に一つもなく宿儺は敗北してしまうだろう。

 

 だが――だが、だ。

 

 宿儺は目の前の女を、生涯最高の獲物だと認識した。

 

 最初は目当ての妖刀を掠めとった下郎だと思っていたが、ここまで仕上がっているのなら認めざるを得ない。妖刀を用いての実力で、自分はこの女に届くことはないだろう、と。しかしそれはあくまで斬撃遣いとしての話。戦いを楽しむことだけを目的に据えるなら、これほど面白い相手は早々見つからない。

 

 故に宿儺は言うのだ。万感の思いを込めて。

 

 

「さあ。存分に、呪い合おうじゃないか」

 

 

 ここまでは呪術のみを用いた小手調べ。

 

 これより先は正真正銘の殺し合い。

 

 呪いの王が本当の意味で本気となり、意図して()()を口にした。

 

 

「だがその前に……寄せ集めの分身共を相手にしていたのでは飽きが来よう。

 故に俺が手ずから趣向を凝らしてやる。

 せっかく新旧の使い手同士が揃っているのだ、こういう縛りはどうだ?

 ()()()()()()()()()()()()()()ぞ」

 

「――へぇ?」

 

()()()()だ。妖刀使いであれば、よもや異論などあるまいな?」

 

 

 其の一言で壊人が。

 

 呪いの女王が。

 

 呪霊が。

 

 古今無双の剣聖となる。

 

 支離滅裂として理性も狂気もない壊れた人が、理性一色の剣士を象る。

 

 世代交代。十種影法術の調伏の儀に類似した、呪霊『妖刀』を巡る儀式の開演。

 

 理性の色は果たし合いに臨む剣士のそれ。

 

 申し出を受諾した剣聖カオルコが、なだらかに刃へ指を這わせた。

 

 分身が消える。最後の一体だけが残る。本体だ。

 

 

「異論なし。

 フフフフ、ァははは……立ち合いの経験なんて無いけど……せっかくだし。

 袈裟、唐竹、逆袈裟、逆風、刺突。斬首、斬頭、消滅、斬心、両断。

 

 ――好きな死に様を選びなね?」

 

 

 

 

 

 

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