右手に妖刀。正眼に構え、切っ先は敵手たる両面宿儺の喉を向く。
左手に呪刀。左腰に差した打刀の柄に、逆手で添えた左掌の握りは緩い。
異形の構えだ。およそ尋常、常道の剣術の構えではない。凡人はおろか、天才性を有する達人であろうとカオルコの構えを見れば酷評するだろう。彼女の構えには理合の欠片もない、と。
だが、こと剣士としてならば古今を見渡し、未来を覗こうとも無双を誇る剣聖に対し、果たして何者が正当に批評する舌を持ち得ようか。釈迦に説法である、剣技に於いて彼女が是とするならこれこそが正答だろう。最強ではなく、無敵でもなく、王者なのだ。王の定めた法に否を唱えたら死刑である。
壊人であるカオルコには殺気も敵意もない。
しかし此処に顕現した剣聖は透徹とした剣気を宿し、純然たる斬撃機構へ変生した理性がある。
斬撃。否、人斬り。一つの現象を突き詰め極め尽くした剣聖に、余分などあろうはずもなく。故に言の葉を紡ぐのは、理性が戻ったが為に生来の性格の残滓までも回帰した故かもしれない。
「すっくんはさ、必殺技ってあると思う?」
「あるだろう」
これより尋常に果たし合う、一対一の『拝領の儀』の決闘。宿儺は……否、薫子も理解している。敗れたなら死、あるのみなのだと。たとえ万に届く命の数があろうとも、この果たし合いの一死は万死に相当するのだ。であれば、本来の薫子なら絶対に避ける闘いであるのだが、ここにいるのは剣聖だ。立ち合いに竦み、逃げを選ぶ余分な恐怖はない。
しかし――生来の気質が多少回帰しているからだろう。最期に対するかもしれない相手を邪険にあしらう気は失せているらしく、透明な剣気の中に平凡な稚気を滲ませていた。
宿儺は即答する。興の乗らぬ弱者が相手なら、言葉を交わすのも億劫で、完全に無視するか即座に殺害していただろう。だが相手が妖刀の最高
「必ず殺せる状況を作り出して見舞う、敵を詰ませた上での仕上げの一撃。
殺せるなら何でもいいが……そうしたとっておき、切り札を指しているのなら、
呪術が正にそうだ。如何な呪いの王といえど、初見の術式に対しては幾らかの間を稼がれ、後手に回らされることはある。呪術への造詣が深い為に、術式に強弱はあっても工夫次第でどうにでもなると理解していた。相応の使い手なら、どんな術式を用いても、初見の利を活かして必殺を成せる可能性はある。
宿儺の答えを聞いているのか、いないのか、薫子は莞爾とした笑みを湛え静かに呟く。
「人ってさ、簡単に死ぬんだよね」
転んで死ぬ、叩かれて死ぬ、締められて死ぬ、折られて死ぬ、衰弱し死ぬ、刺されて死ぬ、斬られて死ぬ、撃たれて死ぬ、焼かれて死ぬ、溺れて死ぬ、電気で死ぬ、心の傷で死ぬ、殺されて死ぬし天寿で死ぬ、不注意に死ぬ、病気で死ぬ、不運で死ぬ。人は生きている限り必ず死ぬ。
故に。
「人を殺すのに、大仰な技なんて要らない。大袈裟に殺す技なんて無用。
呪いの王、両面宿儺。あなたは私に斬られて死ぬ。
斬殺だ。平凡な死因で終わるんだよ、あなたは幸せだね」
呪言。どこまでも透明に澄んだ剣聖の布告は、運命のように甘く蕩けた呪いだった。
宿儺は嗤う。嘲笑う。幸せ者め、と。刀に憑かれ、人斬りに生き、到達した先駆者を祝す。
そう、先駆者だ。妖刀を扱う術に於いて、斬撃を扱う者として薫子は紛れもなく先達なのだ。自身より先に斬撃を極めたという一点で、宿儺は確かに薫子の後塵を拝していると認めていた。
だが。
これは殺し合い。巡り
剣士同士の果たし合いではないのだ。刀と術式という得物の違いがあり、斬り合いにはなるだろうが剣士として戦うのではない。であれば宿儺の勝利は確約されたも同然であろう。
なぜならば……見るがいい――薫子は愚かにも両手を刀で塞いでいる。あれでは掌印を組んでの呪術を行使できまい。遠間から斬撃を無数に放てる宿儺の方が、戦闘に於ける極意、距離の制圧に秀でている。そして卓越した戦闘IQと戦闘経験を有する宿儺は、自身の勝利は動かぬと確信していた。
宿儺は腕を動かし、伸ばし、指を揃え、呪力を練って術式を行使して――
――この時。宿儺はたった一つ、しかし致命的な一つの失敗を犯していた。
もしも彼が五条悟と共闘、あるいは同地区で戦闘に入っていたら。もしくは五条悟の眼に映る範囲で戦闘に踏み切ろうとしていたなら。
剣聖として純化した式守薫子を、最もよく知る悟が見たなら、思わず制止していただろう。
『馬鹿野郎! そこは
「――?」
薫子が、消えた。
姿の線を結ぶ像が掻き消えた。
なに、と疑問を感じる暇もなく。
宿儺は、自身の伸ばした腕が虚空を舞っているのを、四つの眼球の内の一つで見た。
「ッッッ!!」
驚愕する時間はない。常人より広い視覚が宿儺に停滞を赦さない。
目が二つしかない常人であれば死角となる、左斜め下の位置に妖刀を振り上げた薫子がいた。
左手で逆手に握っていた呪刀が閃いた時、宿儺の胴は二つになる。その結末から外れる為に、宿儺は咄嗟の判断で跳躍した。薫子を飛び越えるのだ。彼は識っている、人の技たる剣技には、頭上を攻撃する術などないのだと。故に、これにて一旦の仕切り直し。反転術式で傷を癒やして反撃を――
誤算。
薫子には、
逆手に持った呪刀を、前傾になりながら右脚を前に出し、腰の捻転と腕の引き抜きで抜刀。宿儺の脚を断たんと奔る刃が空を斬り、宿儺が跳躍していたことで空振るや否や。薫子は右肘を臍の位置に引き、驚異的な体幹で軸を保ったまま右肘を引いた反動で腰を一気に正面に戻し、同時に更に上体を倒しながら左腕を真後ろに下げ、呪刀を後方へと突き出した。
「ガッ――!」
果たして空中にいた宿儺の胸の中心から、臍の下までを呪刀の切っ先が切り裂く。跳躍した勢いそのままに薫子の後方に移動を終えた宿儺は、受け身もままならぬ状態で接地した。地面を転がる彼の体は血の絨毯を敷き、腸が溢れ出ている。ゆっくりと薫子が振り返る頃にはなんとか立ち上がっていたが、既に宿儺は致命傷を負っていた。
「はい、おしまい」
「……!」
決着を告げる女王を無視し、王は反転術式を使おうとした。だが……使えない。なぜと思うも、左目に血が入ったことで漸く自らの状態を悟った。
頭部の右脳前頭野から左脳の四分の一が断たれている。いつの間に……よもや腕を刎ね飛ばした一太刀でやられていた? しかも、右脚の脹脛から下がない。左脚の脹脛も半ば斬られている。空振ったかに見えた呪刀の逆手居合によるものだ。跳躍が間に合っていなかったのだろう。
腸が根こそぎ溢れ、血を失い、胸の中心から臍の下まで斬られたことで呪力を上手く練れない。おまけに頭部の前面をほぼ斬られ術式も満足に使えない。呪力は腹で廻し、術式は脳で廻すものである以上……反転術式も使用不能だ。右足はなく、右腕も二の腕から先がない。
宿儺が即死していないのは、器の驚異的な頑強さと、宿儺が呪物であり人間を超越した生命力を有していたからに過ぎない。だがここまでされてしまえば最早何もできなかった。
「今、介錯したげる。余計な抵抗しないで、良い子にしてたら楽に死ねるよ」
行動開始より僅か2秒で完全勝利。
剣聖は人斬りなりの慈悲で告げ、足音もなく優雅に歩んだ。
しかし、ぴたりと足を止める。
器、虎杖悠仁の体が大幅に変化し、大柄になって全ての傷が修復され、おまけに腕が四本に増えたのだ。後のことを考え中断し、温存していた完全受肉による回復を宿儺は行なったのである。
「……死んだかと思ったぞ、式守薫子」
死んでいた。危うく、本当に、死にかけた。
未だ嘗て経験したことのない、瞬殺されるという体験。
宿儺を貫く緊張の槍は、胸の中心に突き刺さったまま。冷や汗が、額に浮かんでいる。
引きずり出されたのだ。反転術式でも治せない傷を癒やす、とっておきを。自らの真体を。
しかもそれで状況が好転したわけではない。
未だ、己は薫子の間合いにいるままだと宿儺は理解していた。下手に動けばその瞬間、死ぬ。
「いや、そこは死んでようよ、人として」
凶悪な面相の『呪いの王』が言うのに、『呪いの女王』は呆れたふうに嘆息した。
宿儺にあった、油断、慢心、余裕は剥奪されている。
五条悟から聞いていたが心の何処かで侮っていたのだ。好奇心から薫子がどれほどのものか試してやろうと上から構えていた。しかし――接近戦に於いて、確かに薫子は最強だ。自分ですら何をされたかほとんど把握できなかったのである。対等の敵だろう……嗚呼、肺腑に食いつく緊張の牙が心地よい!
引き攣ったように宿儺は笑った。笑いながら彼の頭脳は全霊で思考を廻していた。
剣聖の間合いは――恐らく半径十メートル。距離を斬っての瞬間移動ではない、自らの脚で移動しての間合いがそれだ。十メートルを一息どころか瞬き一つの間で駆け抜けるのである。術式は全く用いておらず、呪力操作による肉体の強化と、単純な体捌きのみで神速を発揮している。天与呪縛のフィジカルギフテッドや投射呪法の使い手を超える史上最速の呪詛師でもある訳だ。
一方、薫子は思考する宿儺の貌をしげしげと観察していた。
「目が四つ。口が……お腹にもあるから二つ。腕が四本。
うーん、どう斬ろうかな? 体の構造上、ちょっと面倒よね。
頭は一個しかないんだし、普通に首を刎ねるか頭を割るんでいっかな?
ねえ、すっくん。両面宿儺。最後に一個、いいこと教えたげるね」
「……なんだ?」
「すっくんには目が四つある。その分、普通の人より視野が広い。
けどね? 人の目って、自分で思ってるより
視覚に映っているようで、見えていないものの方が多いんだ。
見えている気になってるのは、脳が勝手に補正して認識しているだけのものがほとんど。
私の踏み込みをあなたが目で追えなかったのは、私が認識の外を移動していたからだよ」
「……」
「それが縮地。魔法でも呪術でもない、人の技。
人の視線は点の棒、真っ直ぐ伸びる視線の焦点。そこから外れて意識の外に行く歩法」
「なるほど、な……」
「私も呪力で体を強化してるけど、まあそこはお互い様だよね。
さ。よぉーく、よぉーく目を凝らしておきなね? また見えないまま斬られたくないでしょ?
全神経を傾けなよ、瞬きも厳禁、一瞬でも気を抜けば……次はないからね」
宿儺は気づく。看破する。吐き出す言葉の一つをも、人斬りに利用する剣聖の技を。
真実だろう、偽りではあるまい。全神経を集中しなければ――薫子の挙動を一つでも見落せば、その瞬間に見失い再び同じ轍を踏むことになるのは。だがしかし、全神経を傾け集中すれば、如何な宿儺とて精神が消耗する。必ず意識が緩み散漫になるタイミングが生じるだろう。
そこを狙う為の、助言に聞こえる布石。
あるいは集中しているからこそ、刺さる技があるのか。
どちらであれ宿儺は自らの窮地を察した。絶体絶命、という奴だ。
(ああ……そうか。俺はまだ、思い違いをしていたらしい)
呪いの王は理解する。
自分もまた妖刀使いだった。である以上、妖刀である剣聖は、宿儺を完全に理解し尽くしている。
対して自分は妖刀の積み重ねと、剣聖の技と、薫子の術式の真髄を伝聞でしか知らない。
つまり。
――剣聖、式守薫子こそが、両面宿儺にとって
運命の死。知らず、その眼前へ無防備に立ったのが不覚である。
(ならば)
宿儺は腹を据えた。
(此度は、俺こそが挑戦者だ)
四本の腕。二つの口。
二本の腕で掌印を組み、一つの口で呪詞を詠唱する。
「領域展開――伏魔御廚子」
一対一であるならば、呪術戦は圧倒的優位に立てる。領域の押し合いでも完封可能だ。
宿儺の確信と自負に間違いはない。呪術に於いて、彼は薫子を遥かに凌駕している。
持ち味を活かしての戦闘状況を展開する。己が勝るにはそれしかない。剣聖の間合いにのこのこと侵入してしまった対価だろう。
しかし、領域を唐突に展開した宿儺を見て、薫子は小首を傾げて呟いた。
「あれ? 術式使っていいの? なら、私も使うね」
呪いの王と女王の、呪術廻戦はこれより本番。
王と、王を弑逆せしめる刺客。
戦力差は、この状況でも実のところは互角であった。
故に血戦をどちらが制するにせよ、交わりはすぐに終わるだろう。
悟が仲間に託した対カオルコ戦の極意
パターンA
・絶対に剣聖モードにさせない(させたら難易度ルナティック化)
・会話を仕掛ける。かなり親しげに
・悠長にお喋りしている内に仕込みをする
・野薔薇の術式で痛みを与えろ
・絶対錯乱するから俺の居る方に逃げろ、あっちこっちにいる分身を釣るのが役目
・分身含め本体は野薔薇の術式で隙だらけなので俺と宿儺が一網打尽にする
・全員死んでも野薔薇を守れ、肉壁になれ(反転術式必須)
これで勝てる模様。
バターンB
・宿儺が相手をする。分身を殺しまくる
(剣聖モードに入ってなかったら圧倒できる)
・他所の分身も宿儺にたかってくる
・宿儺が分身を殺しまくり、分身が全部集まってきたら本体に粘着されてる悟が合流
・二人で薫子達を掃討する
・逃亡は野薔薇の術式で痛みを与え阻止、簡単に錯乱する
これで勝てる。
BADパターン
・剣聖モードにさせる
・剣聖モードの薫子の間合いに入る
・詰む
・仮に間合いに入らなくても、悟でも七割しか勝率はない
悟VS薫子
相性最高最悪。上手くハマれば悟は薫子を完封できる。
逆に接近戦になると完封される。
宿儺VS薫子
相性完璧。薫子は宿儺の天敵である。
羂索VS薫子
?
釘崎野薔薇VS薫子
相性、神。薫子が剣聖モードじゃないなら野薔薇が確実に勝つ。
ただし術式を発動できたら。発動するための肉壁もとい仲間も大事。