呪詛師カオルコの奇妙な廻戦   作:飴玉鉛

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懐玉・壊玉

 

 

 

 

 

 ある日の昼休み。呪術高専の教室で、大柄な少年が思い出したように話題を振った。

 

 

「そういえば悟と硝子は、式守薫子って呪詛師を知ってるかい?」

 

 

 窓際の席で煙草を咥え、紫煙を吹かす少女は家入硝子。サングラスを掛けた白髪の少年は五条悟。そして話題を振った大柄な少年は夏油傑だ。

 

 家入硝子は生得術式こそ有さぬものの、数少ない反転術式の使い手であり、おまけに他人に反転術式をアウトプットして治癒できる才媛だった。

 

 五条悟、夏油傑に関しては語るまでもない。共に日本に三人しかいない特級術師であり、片や六眼と無下限呪術を抱き合わせる最強の個、片や呪霊操術なる術式を操る最強の一人軍隊だ。教室に屯するこの三人だけで、国を壊してもお釣りが来る。まさに時代の寵児、天才の巣窟だろう。

 

 悟は傑の台詞に気のない様子で応える。

 

 

「あ? まあ、知ってるけどよ。いきなりどうした?」

 

「五条は知ってるふうだけど私は知らない。誰ソレ?」

 

「じゃあ、簡単に説明しておこう」

 

 

 出身が一般家庭で、前線に出るタイプでもないからか、硝子は悪名高い呪詛師を知らないという。

 

 今からする話を広げる為には、知っておくべき前提の情報だ。傑は真剣な面持ちで話し始める。

 

 

「式守薫子は一般家庭の出だ。彼女は今から六年前、呪術規定九条を侵犯し、自分が通っていた中学校の教職員、および全校生徒を殺害している。ついでに自分の家族もね。その事件だけで三百十一名が式守の手に掛かったのに、残念ながら式守は今も捕まっていない……硝子もテレビのニュースで見た覚えがあるだろう? 前代未聞の大量虐殺の事件として全国を震撼させているからね」

 

「あ、それなら知ってる。現場に遺されていた遺体から、犯行に用いられた凶器は刀なのは間違いないはずなのに、犯人はどうやって中学校から一人も逃さないで殺傷したのか未だに謎だ、って一週間前のニュースでも言ってた。遺族へのインタビューって中々酷なことするなーって思ったもんだけど……あの事件ってその女が犯人なんだ?」

 

「ああ。呪術を知らない一般の世界だと、被害者達の遺骸の損壊が酷すぎて、式守も被害に遭ったと思われているようだけどね。なんせ式守は徹底して姿を隠している、行方不明なんだよ」

 

「ふーん」

 

「もちろんこの事件は現代だと最も凄惨な事件だが、それは呪術界にとっても同じだ。呪術界はこの最悪の呪詛師を血眼になって追い始めたんだが……」

 

「雑魚共が必死こいて探し回っても、全然見つけられませんでしたとさ。犯人が式守なんとかって奴なのを突き止めたのが限界だったって話。で、なんでこんな話すんだよ」

 

 

 傑の台詞を接いで締め括った悟が、興味なさげに急かすのに、傑はやれやれと嘆息した。

 

 呪術師もすぐに件の事件の犯人を突き止められたわけではない。偶然出くわした呪詛師と交戦し、その呪詛師がたまたま式守薫子だっただけだ。交戦した呪術師は死亡、同行していた補助監督が呪術師と交戦中の薫子から逃げ、彼女の武器を見て『まさか』と疑って調べたことで判明したのだ。

 

 尊い犠牲の元、やっと犯人が明らかになったのが二年前のことである。呪詛師薫子は不定期に人を斬殺しているのだ。その犠牲者は合計で千人にも届こうとしており、今や日本は恐怖のどん底に突き落とされていると言っても過言ではない。全国をふらふら放浪する、ランダムに出没する殺人鬼として。

 

 

「式守に殺害されたと思しき呪詛師達の死体が発見されたんだ、悟」

 

「へぇ」

 

「場所は――」

 

 

 気のない様子だった悟は傑からの話を聞くと、その青い瞳に興味の光を灯した。

 

 

 

 

 

 

 

「――あの女が呪詛師集団に合流した?」

 

 

 依頼の仲介人、孔時雨から提供された情報に、馬券を握り締めていた伏黒甚爾は眉根を寄せた。

 

 彼の反応に孔時雨は皮肉を口にする。

 

 

「なんだ、お前も奴を知ってんのか。まあ面だけはいいからな、奴も。次の寄生先はあいつか?」

 

「阿呆か。幾ら俺でも、いつ襲われるか分からんような女に関わるかよ」

 

 

 甚爾は心底嫌そうに吐き捨てると、競走馬がスタートを切るのを尻目に、孔時雨は純粋に疑問を感じたらしく探るように訊ねた。

 

 

「カオルコを詳しく知ってるふうな反応だな。何処で関係を持った?」

 

「だから、シモ関係に結びつけんな。興味はなくても耳には入んだろ、なんせ最悪の呪詛師様だ。面と名が知られたのはつい最近、二年前ぐれぇだが、誰彼構わず斬り殺しまくるイカレ野郎がいたのは有名だっただろ」

 

「そりゃそうだ」

 

「それにお前に回された仕事でかち合ったこともある」

 

「……はあ?」

 

 

 なんだそりゃ、初耳だぞそんなの。

 

 と、孔時雨が驚いて反駁するのに、甚爾はあっけらかんとしていた。

 

 

「一年とちょい前か、獲物の呪術師を殺った後だった。ふらふら近寄ってきた女が、いきなり襲ってきやがったんだ。『お兄さん強そうですね、斬っていいですか?』なんて可愛らしくな」

 

「……どうだった?」

 

「俺もアイツも生きてる、それで答えは出てんだろ」

 

「……厄介だな。詳しく聞いていいか?」

 

「百万な」

 

「チッ、足元見やがって……まあいい、奴の情報は金になる」

 

 

 孔時雨は伏黒甚爾の力を知っている。天与呪縛のフィジカルギフテッド、天与の暴君。彼が知る限り最強の術師殺しであり、あの五条悟にも勝るのではないかと睨んでいた。

 

 そんな甚爾に襲いかかり、あまつさえ生き残っている。圧倒的な脅威だと言えた。

 

 筋肉質の偉丈夫は目を細め、思い出しながら最悪の呪詛師を語る。

 

 

「アレで禪院の遠縁らしいしな、術式は前情報通りの監禁呪法って奴で間違いねぇ。術式の開示で教えてきた話だと、アイツは術式順転の用途を領域展開一本に絞る縛りをしてやがる」

 

「領域が使えるレベルなのかよ……それで?」

 

「アイツの領域は必中こそするが、必殺じゃねぇ。対象の両手脚を拘束して身動きを封じるだけのもんでな、拘束した相手を自分の手で斬り殺すスタンスなんだろうよ。俺には効かなかったが」

 

「だろうな」

 

 

 甚爾は天与呪縛により、呪力が完全な零である。その特性故に呪術の奥義とも言える領域展開も、彼に対してはほとんど無力だ。

 

 甚爾は領域展開に対し、互いの同意無しでは領域に閉じ込められないのだ。なのに侵入も脱出も甚爾の任意で行えて、領域に侵入しても自動では術式の対象にならず、目視以外では存在を探知できないのである。呪詛師カオルコにとっては天敵とも言える相性の悪さだ。

 

 

「だがアイツは反転術式と術式反転も使いこなしてやがる。そのせいで割と手こずったぜ」

 

「……一般家庭の出で、たった六年――いやお前に会ったのが一年前なら五年か、たった五年の独学でそこまで成長してやがると。……天才だな」

 

「ああ。恵まれてるよ、アイツは」

 

 

 孔時雨は甚爾の声に微かな羨望が混ざっているのに気づいたが、敢えて気づかなかったふりをする。

 

 誰にでも踏み込んではならない領域がある、自分と甚爾はビジネスの関係しか無いのだ、わざわざ親身になって話を聞く気はない。

 

 

「……アイツの術式反転は――だ。ただの術師が同じことをしたら自殺行為、とまではいかねえのかもしれねぇが……アイツの場合はメチャクチャ厄介だった」

 

「どうだった」

 

「結果だけなら()()()()だ。アイツに俺の右腕がほとんど切断されかけた。俺も斬られるのと同時に思いっきりぶん殴ってやったから、吹っ飛んでそのまま逃げちまいやがったが……」

 

「そうか……お前でも殺られかねない、ヤバい奴だってこったな」

 

「いいや? 死ぬまで殺り合ったら100、俺が勝つぜ。少なくとも向こう十年は負ける気がしねぇ。俺がアイツを追ってトドメを刺さなかったのは、割に合わねえからだ」

 

 

 仕事でもないのに、四肢欠損を覚悟してまで戦う理由は甚爾にはない。だから殺せると確信していたのに追わなかったのだ。

 

 競馬が終わる。紙屑に変わった馬券を、舌打ちしながら甚爾は捨てた。

 

 

「……で? なんでその女が呪詛師集団に加わった、なんて話をした」

 

 

 不機嫌そうに甚爾が問うと、孔時雨は小さく顎を引く。

 

 

「俺も最近知ったんだが、カオルコが入ったのはQってところだ」

 

「……へぇ?」

 

「奴は稽古と称して仲間の戦闘員を全員斬っちまってな。恐れをなした奴が逃げ出して、それでカオルコの所在が割れたってこった」

 

「イカレてんのは相変わらずらしいな」

 

「だな。それでも奴は非戦闘員は殺ってねぇ。気紛れなんだろうが、一応は非戦闘員の言うことは聞いてやがる。んなもんでQの連中はカオルコを利用して目的を達成しようとしてるらしい」

 

「天元と星漿体の同化阻止に、か……ハッ」

 

「馬鹿だろ? 奴はここ二、三年ぐらい在日外国人ばっか殺してやがる。選んで殺すのが上等だと言いたいのかは知らないが……ソイツはあくまで気紛れでしかない。いつ気が変わって牙を剥いてくるか分からん奴を、戦えもしない奴らが制御できるわけがねぇだろうにな」

 

 

 まさか薫子がとあるギャグ漫画の影響で、『攘夷だジョーイ』なんてジョークを口ずさみ、在日外国人を狙って斬りまくっているだけだとは、流石の孔時雨も想像できなかった。

 

 甚爾はつまらなさそうに吐き捨てる。

 

 

「そうだな。だが……コイツはもしかすると、俺の出番はないかもしれねぇ」

 

「カオルコが星漿体を殺っちまえるって?」

 

「可能性はある。暫くは様子見だな……また仕事でかち合って、やり合う羽目になるのは御免だ」

 

 

 勝てる相手ではある、確実に殺せる自信はある、だが自分の手脚のいずれかを犠牲にしてまで、わざわざ殺しに出向く理由が甚爾にはなかった。

 

 それに。

 

 殺せると言ったのは()()()()()()だ。一年後の今でも勝てるし、更に十年近く後まで殺し合いを演じても負ける気はしない。だがそれはあくまで甚爾の知る女のままならの話。もしもシンプルな話として、奥の手を隠していたら。もし甚爾の思いもよらぬ成長を遂げていたら。

 

 壊人は、あるいは天与の暴君をも弑せてしまえるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 くちっ、と可愛らしくクシャミをする。

 

 

「……?」

 

 

 特に肌寒くもないのにどうしてクシャミなんて。首を傾げた薫子だったが、彼女はまさか自身が噂されているとは思いもしなかった。

 

 カタカタ、と妖刀が揺れる。くすりと微笑み、呪詛師集団Qの白い軍服を着た薫子は呟いた。

 

 

「心配してくれてる? 大丈夫、私は……」

 

 

 そこまで言って、薫子は自身が立つ建物の屋上から、別校舎へと視線を向けた。

 

 彼女が見ているのは、友人らしき女生徒と楽しげに話す、一人の少女だ。

 

 

「学校、かぁ……いいなぁ」

 

 

 羨望。もしくは望郷。ほんの一瞬、虚無の瞳で羨んで。

 

 薫子は元の陰惨な表情に戻り、にっこりと囁いた。

 

 

「一人になるのを待つのもなんだし、()()()でいっか」

 

 

 壊人に倫理観はない。呪術規定を遵守する気もない。

 

 人を殺める忌避感も、無意味な殺戮を厭う良心も。

 

 ただ斬撃の美しさを愉しみ、命を断つ刃の美々しさに酔いしれるだけの呪いがこの女。

 

 だから、彼女に躊躇の二文字はなかった。

 

 標的を周囲の人間ごと根絶やし、皆殺しにするつもりで呪力を練る。

 

 片手で拝むように、掌印を象った。

 

 

「領域展開」

 

 

 

 

 

 




式守薫子(20)呪詛師集団Qの白い軍服バージョン

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