呪詛師カオルコの奇妙な廻戦   作:飴玉鉛

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声ある声、声なき声にモチベがむくむく湧いてくる!
皆様ありがとうございます。これからもご愛顧(?)くださいませ!


悪鬼羅刹の殺人剣

 

 

 

 

 

 並び立つは特級術師。個と群の最強達。

 

 弱者生存。呪術は非術師を守る為にあると信じる夏油傑にとって、悦楽を得んが為に守るべき非術師を殺戮するその呪詛師は、到底生存を許容できぬ邪悪であった。

 

 

 ――夏油傑の生得術式は呪霊操術。

 

 

 調伏した呪霊を取り込み、使役できる術式だ。

 

 高位の呪霊が具える術式や領域の使用も可能で、低位の呪霊も自らの呪力で強化してしまえる。手札の多さ、多様さが武器の強力な術式だと評価できた。

 

 しかし式神使いの常として、歴代の術者は本人が貧弱である場合が多かったのだが――現代の呪術高専の教育モデルが優れているお蔭か、傑はそのケースには当てはまらない。

 

 傑のフィジカルは呪力を抜きにした場合、あの五条悟に匹敵する。一般家庭の出でありながら、呪術界御三家の一角である五条家の麒麟児と互角なのだ。その差はたとえ十年の時を経ようと開くことはないだろう。本人の呪術の力量も特級の等級へ相応しい域にあり、呪力による強化の倍率も相当に高い。悟が生まれながらの天才なら、傑は努力型の天才であると評するに値する。

 

 悟がはじめて認めた他人であり、親友であり、思想面で多大な影響を与え、その判断を無意識に善悪の基準にする程の逸材。それが夏油傑という少年だ。

 

 

 対して。

 

 

 式守薫子は、秀才ではあっても天才ではなかった。

 

 呪霊『妖刀』に潜在能力を強引に引き出され、フィードバックされた経験で実力を大幅に底上げされてなお、六眼に映る薫子の呪力量は一級術師相当。

 

 呪力コントロール技術は悟をして舌を巻くほどに洗練されているし、一級術師の中でも上澄みの力量はあると見て取れる。術師としての力は恐らく御三家の当主格に匹敵しているはずだ。

 

 だがそこまでいっても――悟と傑にとっては()()()()、さしたる脅威とは言えない。これまで祓ってきた特級呪霊の方がまだ強いと称するのが妥当で、適当で、適切で正確な評価だ。

 

 加えて。薫子は自らの縛りで、術式順転の用途を領域展開一本に限定している。そして展開していた領域を、五条悟により破壊された直後だった。

 

 領域展開とは術式の最終段階、呪術戦の極致といえるもの。術式は脳に刻まれているもので、領域の外殻を直接破壊された薫子は術式――脳の一部が焼き切れたに等しい損傷を負っている。短時間は術式の使用が不可能になっているのだ。呪力で自ら術式が刻まれている右脳の前頭前野を破壊し、反転術式で治癒してダメージをリセットし、術式を瞬時に使用可能に出来る者もいる。薫子も技量だけなら可能な域に在り、知識としても知ってはいるが試したことはなく、この土壇場で()()()()と実行する度胸は有していなかった。

 

 即ち薫子は格上の呪術師二人を前に、短時間とはいえ術式を使えない身を晒している。プラス、領域展開はそもそも多くの呪力を消費するもの。一級術師相当の呪力しか持ち得ない薫子に、それはかなり痛いエネルギー不足を強いていた。詰みだ。どう足掻いても彼女は此処で終わる。

 

 だが、だというのに――悟と傑は、名乗りを上げて妖刀を構えた女に気圧された。

 

 

「ッ……?」

 

 

 自然に、リラックス。夜、布団に入って就寝しているかのような自然体で、立脚と刀を支える力以外を抜き去った正眼の構え。ふわりとしたそれは鳥が翼を広げる様にも似ていた。

 

 臨戦態勢。

 

 二人を気圧したのは、呪力ではない。薫子――否、呪霊『妖刀』が依代たる薫子へ入力した剣士としての高み――平安時代の最初期から、数多の武士や呪術師、呪霊、戦乱期の武将や幕末の剣豪が培った()()()()にこそ、気圧されたのである。気配、殺気、そうした漠然として曖昧なもの。呪術ではない、極めて物理的な『技』の威風が生き物を威圧している。

 

 

「……傑、なんかヤバいぞ」

 

「同感だが――私達がやることは変わらない」

 

 

 式守薫子は術師としては一級相当。しかし剣士としては()()()()。正しく分析して薫子を評価するならば、天下無双の剣士が一級術師相当の力量を持っている、と称すべきであり。

 

 悟の持つ六眼では呪術と全く関係ない戦技は見抜けず、悟と傑の鍛えてきた戦闘技術が叫んだ。コイツは戦闘者として圧倒的に格上だ、と。呪術に拠らない武術の技量で、この呪詛師は紛れもなく最強だ。肉弾戦だけで勝てる者がいるとすれば、それは純粋な身体能力で薫子を圧倒し、如何なる技も()()()()回避できる動体視力と、超抜的な戦闘センスの持ち主だけだ。

 

 だが悟と傑は戦闘を決断した。どうあれ術式が使用不能の今が、この女が最も弱っている状態であるのに変わりはなく、接近戦だけでなく呪術も使う自分達なら勝てると確信していたのだ。

 

 それは正しい。如何に天下無双の剣士でも、遠間から鉄砲を撃ち続けられたら射殺されるように、普通の人間が特級術師と戦って生き残れるはずはない。しかし呪霊『妖刀』(シキモリ・カオルコ)は呪詛師であり、壊人であり、呪具であり呪霊であり百戦錬磨の古強者だった。若輩の術師に戦運びで遅れは取らぬ。

 

 腰の後ろから取り出したるは小刀。抜身の刃。

 

 

「術式順転『あ――』」

 

 

 瞬時に反応して仕掛けたのは最強を自負する五条悟だ。誕生しただけで呪術界のパワーバランスを揺るがして、四半世紀も生きぬ若造の身で呪術師の頂点に君臨する少年である。

 

 傑は声もなく使役している呪霊の群れを密集させて壁とし、後方と左右の三方を囲って薫子の退路を塞いで、悟との会敵を強制するサポートに回った。

 

 だが呪霊が完全に密集し、障害物として完成するより先に薫子も動く。彼女は肩から床へ溶け落ちる氷のように姿勢を低くし、一足飛びに真横へ()()()

 

 脱力、からの縮地。フィクションの産物ではない武術の縮地は、物理法則を超えない。しかし白い軍服姿の女呪詛師の動作は、巧みに傑と悟の意識を脱して始動している。手品に似た手法、手にした小刀が虚空に取り残され、一拍の間を置いて重力に引かれて落下していく。

 

 

「―――」

 

 

 薫子は小刀を取り出すことで、二人が無意識に敵の行動の意図を観察するのを誘発。視線の焦点が小刀に向いたのを見計らって素早く行動したのだ。

 

 悟に至っては瞬間的に先手を取った故に、完全に術中に嵌っている。使役する低位の呪霊の群れが乱れ裂く妖刀の刃で斬り捨てられ、包囲を成り立たせられなかった傑は目を剥いた。悟が無下限呪術による蒼い呪力弾を放つ寸前、咄嗟にそれを制止する。

 

 

「やめろ、悟ッ!」

 

「――あぁ!? 何しやがんだ!」

 

 

 腕を掴まれ止められた悟が苛立つのに、傑も怒鳴った。

 

 

()()()()()()! 此処には――逃げ遅れている非術師が山ほどいるんだぞ!」

 

「……クッソ、めんどくせぇ! なら、直接ブン殴ればいいんだろ!」

 

 

 五条悟の術式、無下限呪術による順転『蒼』は、無下限呪術の引き寄せる力を強化し、あたかもブラックホールのような吸引力を持つ呪力の塊を用いたもの。これを放ち、操れば喩え素早い相手でも捕捉し、引き寄せて仕留めてしまえる強力な技だ。そして、強力であるが故に『守』には向かない。

 

 薫子は恐怖の余り腰が抜けている学生を盾に敵の攻撃の手を緩めさせたのである。戦闘に意識がシフトした彼女は元々誰かを慮りはしない、しかし有効なら平然と利用する。悟の攻撃を中断させるや盾にした生徒の首を刎ね、宙に浮いた生首を妖刀の鞘で打撃。野球のボールのように傑へ打ち出した。

 

 

「ッ……貴様!」

 

 

 傑の反応、少ない台詞から、この少年は正義感が強いと見做して挑発する為の一手。

 

 激怒しながらも冷静に呪霊に生首を受け止めさせつつ、傑はすぐさま高位の呪霊を呼び出す。それは数多の殺戮、現代のジャック・ザ・リッパーへの恐怖から生まれた『霧』の呪霊だ。ネクタイを締めたスーツ姿の呪霊は体に相当する部位を霧状に霧散し、辺りを覆い尽くして非術師達を傑の呪力でカバーし、更に『マリオネット』の呪霊を使役して、人形の姿をした呪霊が糸を伸ばし、自身の呪力で覆った非術師達を無理矢理に動かして安全圏へ逃がそうとする。

 

 それを尻目に悟は距離を稼いでいた薫子へ向け、一直線に突撃した。傑が邪魔な民間人を退かすのを援護し、その隙を突かせまいとサポートする意図だ。

 

 悟は冷静だった。薫子の妖刀は確かに無下限の守りを突破する、だが刀以外は突破不能。ならば妖刀の一閃にだけ気をつければ脅威にはならない。

 

 疾駆する薫子は無数の盾が動き出す様に規則性を見出し、傑が操っていると看破。足を止めることなく凪いだ眼差しで悟の接近を見遣り、ふわりと浮かび上がるように妖刀を振り上げた。

 

 恐ろしく綺麗な、魔性の斬撃。国宝よりもなお高尚な、目を奪われそうになる殺害行為を、悟は魅入られることなく躱す。()()()()()()()斬撃の意図を考察する間もなく肉薄し、薫子の懐に入り膨大な呪力の籠もった拳撃を放った。だが――

 

 

「ん」

 

「なっ」

 

 

 薫子が添えるように差し出した掌に、呪力の籠もった拳は受け止められ、威力を丸ごと逃される。後方に少し跳びながらの受け流しは清流の如しだ。

 

 姿勢が前に泳ぐ刹那の間。

 

 体勢の都合上、上にきた女の顔を至近距離で見上げ、目が合った悟は悪寒を感じる。

 

 女は、観察していた。分析していた。術師なら当然の思考、実行する戦術の勘案だが、この女の思考はどこまでも呪いに満ちている。

 

 

(――()()()()。触れないのに受けたら痛そうな感じ。

 無下限呪術、()()()()()()なんだ)

 

 

 有する知識と実体験を擦り合わせたのは一瞬のみ。姿勢が前へ泳いだ悟との距離はほぼ零。ほぼ、というだけで完全な零ではないなら、いい斬撃(もの)を見せられる。

 

 薫子は如何なる術理でか悟の剛拳をいなしてのけるなり、振り上げた刀の切っ先で直上を指していた布石を回収する。悟に躱された斬撃は、二撃目に繋げる為に躱させたもの。薫子は刀の柄を掴む手を己の腹に引き寄せながら膝を曲げて、真下に体を落としながら、悟の拳をいなした手で刀身の峰を強く押す。するとどうだ、至近距離ゆえに放てぬはずの斬撃が悟の正中線を真っ二つに、

 

 

()ぶねえ……!」

 

 

 する寸前、悟の体が不自然に後方へ下がる。彼は放とうとして止められてしまった『蒼』を残していたのだ。薫子と目が合った瞬間に、『蒼』を後方に放ち自身を引き寄せさせたのである。

 

 薫子は必殺の二撃目を躱されたことに目を瞬き、笑んだ。

 

 

「そういう使い方もあるんだ。すごいね、ボク」

 

「若者をガキ扱いすんのはやめた方がいいんじゃない? 年増臭くなるぜ」

 

「私はまだ二十歳ですぅー。君のこと、射程圏内だゾ」

 

 

 軽口は日常会話のよう。薫子に殺意はない、誰に対しても殺す気はなく、綺麗なものを見せてあげている善意だけがあるのだ。故に薫子は軽口を叩きながらも、姿勢を崩したままの悟へ詰め寄る脚を止めていない。妖刀を片手で持っての、槍のような刺突を繰り出していた。

 

 

「気色、悪ぃ、こと、言ってんじゃ、ねぇよ……!」

 

「いいじゃんね。私は二十歳、君は十七か八ってとこなら、まあまあ釣り合いは取れてるよ?」

 

「キショいって、言ってんのが、聞こえてねぇの、かよッ、キチガイ女ぁ!」

 

「傷つくなぁ。ホントはもう斬れるのに、わざわざ遊びに付き合ってあげてんだよ?」

 

「ハッ! テメェの棒振り、なんざ、止まって、見えてるっての……!」

 

「見せて上げてるの。綺麗でしょ? 君がイケメンだからサービスしてるだけなんだから」

 

 

 乱発される刺突をなんとか躱しながら後退する悟は、横目に周囲の状況を確認。戯れるようにして薫子を引きつけ続けた十三秒が、一時間のようにも感じる緊迫感。汗を全身から噴き出し、傑が非術師達を校舎から追い出したのを見て、ようやくかとばかりに笑みを浮かべた。

 

 これでやっと本気でやれる、と彼がそう思ったのと同時だった。

 

 悟の六眼が、捉える。女呪詛師の術式が回復したのを――薫子の心眼が、捉える。悟が攻めに意識を切り替える、ほんの僅かな意識の間隙を。

 

 

「テメェ! そういう使い方もありなのかよ!」

 

「術式反転、『自縛自縄(ジバク・ジジョウ)』」

 

 

 練られた呪力が術式を反転させる。

 

 薫子の術式は監禁呪法、結界術に限りなく近いもの。彼女はこれを拡張し、閉じ込めたものを自分の物として拘束する、領域展開に特化したものにしていた。ならばそれを反転させたものはどんな仕様へ転じるのか、『シンプルさこそベストだもん』を座右の銘とする薫子のそれは単純だ。

 

 閉じ込めるのに変わりはないが対象は他人ではない、『自己を閉じ込める』もの。薫子はこれを拡大解釈して拡張し、『既に自分の物であるなら、自分の一部も同然である』とした。そして薫子の定義する自分の物の中には、『過去自分の手で領域に拘束し、斬り捨てた者達』が入っている。

 

 薫子はかつて、天与の暴君に返り討ちに遭っている。その時の経験が、彼女に身体能力の低さを意識させていた。そうして改良されたのがこの術式反転・自縛自縄。薫子は今まで斬り殺してきた全ての人間、1057名が死んだ瞬間に発した呪力を全て取り出して、自己の呪力強化の効果を大幅に引き上げたのだ。

 

 斯くして薫子の身体能力は、天与呪縛のフィジカルギフテッドの域に到達する。

 

 

「君、イケメンだし、とっておきの斬撃(もの)魅せちゃうね?」

 

 

 手が空いた傑が呪霊を殺到させる二秒前。納刀した刀を腰溜めに、悪鬼羅刹が地表を縮めたかの如く踏み込んだ。無銘の抜刀術、文字通り抜き手も見せぬ神速の刃。天下無双の剣士が、呪縛されし暴君の域にある力で運体すれば、果たして遂げられる結末は斯くなるものか。

 

 

「―――」

 

 

 想像を遥かに超えた速度に、五条悟は反応()()出来なかった。

 

 本能的に傾けた首が、半ばから断たれて。切り返した刃が袈裟に切り裂き心臓を断つ。

 

 

「悟ッッッ!?」

 

 

 神速の二連。友が鮮血を噴く様を、傑は信じられない思いで目撃する。

 

 今度こそ怒りに我を忘れ、傑が呪霊を差し向けるのに、ほんの一瞬目を離した間に薫子は校舎の外へ飛び出していた。

 

 喀血した薫子は半泣きだ。痛くて痛くて泣いている。

 

 彼女の術式反転は諸刃の剣だ。例えるなら薫子という水筒の器へ、ダムに貯められていた一杯の水を無理矢理注ぎ込むようなものである。そんな無理を通した必殺技は長くは続かない。相手が一人なら確実に斬り捨てられるが、呪霊操術の使い手である、傑のような多数戦闘を強いる手合いは天敵だった。

 

 故の、逃走。

 

 薫子は自身の血で汚れた口許を拭いもせず、微笑んでヒラヒラと手を振った。

 

 

「じゃあね、イケメンなボク達。また来るからお友達のお葬式と、そこの女の子との告別式……お別れ会だっけ? そういうの、済ませておくんだよ」

 

「待て、逃げるな!」

 

「慌てない慌てない、また今度会いに来るから楽しみに待っててね?」

 

 

 女は一目散に逃亡する。それを呪霊に追跡させて、傑は悟の傍へ駆け寄った。

 

 悟は、致命傷を負っていた。

 

 自分の血で出来た血溜まりに沈んでいる。

 

 

「……」

 

 

 傑はそれを呆然と見下ろす。親友が死にゆくのをただ、見ているしかない。

 

 ここにもう一人の同期がいたら助けられる。だが、いない。だから……悟はここで死ぬのだ。

 

 首を半分切り裂かれ、心臓を斬られて、死なないわけがない。

 

 少年の胸に、悲しみと怒りが満ちていく。

 

 ――しかし、五条悟は死ななかった。

 

 死の淵で呪力の核心を掴み、反転術式を会得して復活するまで後、数分。

 

 最強の個の覚醒が、早くも訪れようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




術式反転・自縛自縄

過去斬り殺してきた人間達(呪霊含む)の呪力を自分のものとして引き出し、無理矢理制御してメチャクチャに身体能力を強化。一秒間だけ天与の暴君クラス、あるいは一歩先を行く身体能力を獲得する。

普通に自爆技なので一秒が限界。負のエネルギーで固定されるため、正のエネルギーの反転術式が一時的に使えなくもなる。
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