評価サンキューソーマッチ!
もっと好評いただく為に頑張ります!
切断面の痛々しい首の傷口が修復される。
右肩から左脇腹にかけての裂傷も、断たれた骨も、心臓含む内臓も綺麗に治癒されていく。
反転術式。負のエネルギーである呪力を掛け合わせ、正のエネルギーに転じた呪力による回復。即死しなかったが為に、呪術の申し子とも言える現代最強の術師は呪力の核心を完璧に理解し、土壇場で反転術式を会得して生還したのだ。死んだと思っていた親友が復活したことで、傑は驚きに目を剥いた。
五条悟は目を見開き、跳ねるようにして起き上がると二本の脚で立脚。傑の顔を見るなり不敵な笑みを浮かべて問いかけた。
「アイツは何処行った?」
「……死にかけていたくせに、生き返った途端にそれか」
見るからにテンションは最高潮。死にかけていた最中で、呪力の核心を掴んで過去最高に機嫌がいいだけなのだろうが、親友が死んだと思っていた傑からすると呆れるほどいつも通りだった。
フゥ、と溢した溜め息には安堵の色が濃く、しかし次の瞬間には数分前の真剣な面持ちに回帰する。悟は死ななかった、だが状況は何も好転などしていない。傑は忌々しそうに吐き捨てる。
「式守は逃げたよ。私との戦闘は避けたいらしい。空を飛べる鳥と影に潜める虫の呪霊二体に追跡させていたんだが、どちらも祓われたようだ」
「はぁ? なんだそれ、なんでお前が追わなかったんだよ」
「悟の死体と、護衛対象の子がここにはいるんだぞ。もし何かがあったら悟の死体を奪われるか、護衛対象が殺されかねない。迂闊に離れる判断なんて下せるわけがないだろう」
「チッ……俺がこんぐらいで死ぬかよ」
傑の言に悟は舌打ちして悪態を吐くも、内心でその判断の正しさを認めた。
実際には生き返りはしたが、本当に死んでいてもおかしくなかった。なら悟の死体を外部の者に奪われては大変だし、護衛対象が殺されて任務に失敗するのもバカバカしい限りである。
だが傑が追跡に失敗しても問題ない。あの女の呪力は覚えた、今の自分なら探知し術式順転『蒼』による瞬間移動で追うこともできる。再戦だ、今度は絶対に敗けない自信があった。
しかし。
「……あの野郎、自分の残穢を念入りに消して、呪力も完璧に抑えてやがる。道理で今まで誰も見つけらんねぇわけだ、俺で無理なら隠れてるアイツを見つけられる奴なんていねぇからな」
「悟、あの女はまた来ると言っていた。お前のことは死んだと思っているだろう、伏兵として悟が仕掛けたら確実に仕留められるんじゃないか?」
式守薫子は周到だった。悟の呪力探知のセンサーにすら掛からないとは、あの呪霊『妖刀』と呪詛師の力は本物だと改めて認めるしかない。
機嫌の良さが一転して不機嫌になる悟に、傑が早くも次の襲撃に備えてのプランを提示すると、悟はますます面白くなさそうな顔をした。
「ふざけんな、アイツは俺が正面から殺してやる……って言いてぇけど、傑はどうせ任務最優先で確実に殺れって言うだろ?」
「当たり前だ。護衛対象を狙っているのは式守だけじゃない。それに……お前は式守に、成す術もなく斬り殺されたんだぞ。リベンジは諦めて、あの女と相性のいい私が相手をするべきだ」
「はぁぁぁ? 成す術もなく俺が殺られたぁ? バカ言うな、俺がやられたのは状況のせいだ。周りに雑魚共がいて、俺が力をセーブしてたからやられただけだっての」
「『次やったら絶対に俺が勝つ、あんなヤツ瞬殺してやるよ』か?」
「分かってんじゃん」
「悟の言いそうなことぐらい簡単に想像がつくよ。まったく……」
呆れ返ってまた溜め息。傑は平静さを取り戻して、周囲を見渡した。
「……酷いな」
「あ? ……あーあ、なんだよ、冷めちまったじゃねぇか」
周囲には、多数の非術師の死体があった。
まだ中学生の少年、少女、教職員。傑や悟、薫子の戦闘の余波で割れたガラスや瓦礫。
殺戮の宴の跡地だ。傑が目を細めて悼むのに、やっと周りを顧みた悟は急速にテンションが落ちていくのを感じて顔を顰める。せっかく反転術式と、術式反転を覚えたのに、これだ。無数の死が犇めく呪いの惨劇を顧みた後でも、上機嫌でいられるほど悟は無神経ではない。ましてや未だに――悟達が呪詛師と対峙していた最中も――呆然としていた護衛対象がいる。
星漿体、天内理子。中学生の女の子が――心底から大切に思っていた日常を破壊され尽くした。彼女の自失した表情を見たら、流石の悟も笑えない。
悟は気を逸らすためにか、傑へ言った。
「……何があるか分かんねぇしな、今の内に俺から見たアイツのことを教えといてやるよ」
「私に任せてくれるのはいいが、先に補助監督の方に連絡を入れよう。話はその後だ」
「おう」
現状を報せ、高専にこの件の対応をしてもらう。
流石に死体や校舎をどうこうするのは、この二人の手には余る仕事だった。
傑は携帯電話で補助監督に連絡し、現状を伝える。悟はその間、手持ち無沙汰で護衛対象を見た。
「……」
「……」
分かってはいたが、ガキんちょだ。自分のことは棚に上げてそう思う。
普通の、取るに足らないガキ。呪術の観点から見ればただ単に天元の器、星漿体としてしか存在価値がないとされる小娘。だが……不愉快だ。
悟は、高専に入ってから、はじめて友人が出来た。親友だ。そして生まれてはじめての青春で、毎日を面白おかしく過ごせていた。だから青春というものに、微かに思い入れがある。
若者の青春の尊さを、明確に認識して尊重できるほど今の悟はまだ成熟していない。だが無性に胸糞の悪い気分を味わってしまい、理子に歩み寄って小さく声を掛けた。
「……来るのが遅れて悪かった。代わりになるかは分かんねぇけど、アイツは俺達が殺してやるよ」
「……」
悟の言葉を聞いて、のろのろと顔を上げその顔を見た理子は、何を言うでもなく虚ろな顔をすぐに伏せた。白い髪をガシガシと乱暴に掻いて、こういう時にどうすればいいのか分からない悟は、踵を返して連絡を終えたらしい傑の許へ引き返す。
「話は終わったかよ」
「ああ」
「んじゃ、簡単に言うぞ」
理子のことは傑か、他の奴に任せりゃいいだろと割り切って、悟は先程自分を殺しかけた女呪詛師について語る。六眼を持つ悟の説明は、完璧に正しい。
「アイツは依代で、本体は刀の方だ」
「……ん? どういうことだい?」
簡単にとは言ったが、本当に簡潔過ぎて一瞬理解できなかった。
悟はそんな傑の反応に、もどかしそうに台詞を足す。
「だぁから、アイツの持ってた刀は呪霊なんだよ。元が構築術式の使い手の人間で、『絶命の縛り』で生み出した呪具。ソイツに自分の魂を縛り付けてやがんだ。だから呪具なのに生きてる、生きてはいても呪具だから死んでるのと同じで、なんでか呪具なのに呪霊になっちまったんだよ。そんで特級クラスの呪霊だから当然、術式も領域も持ってやがる」
「……すると、あれかい。あの女は呪霊に取り憑かれた被害者だって?」
「そうなるな。あの刀を奪うか壊しちまうか、傑が取り込んだら正気に戻るんじゃねぇの」
知らねぇけど、と無責任に言う悟へ傑は顔をしかめる。
つまり傑が憎むべきは、あの女ではなく刀の方ということになる。複雑な心境だった。
だが傑の心情を今は無視して悟は続ける。
「女の方は監禁呪法だ。術式は――」
術式順転の用途、領域展開の仕組み、術式反転の効力、そして呪力量とコントロール技術。微に入り細に穿ち説明し、最後にこう結んだ。
「術師としてはぶっちゃけ大したことねぇな。棒振りの技はヤベェし、接近戦で勝てる気がしねぇが、まあそれならそれでやりようはある。術式反転を使っても一秒ぐらい凌げば自滅するし、今の俺なら即死さえしなけりゃ順当に勝てるだろうぜ」
「……意外と冷静だね。悟も万が一は有り得るって思っているわけか」
「癪だけどな、そこは認めてやるよ。最後の一発以外は棒振りでも遊んでるだけっぽかったし、とんでも剣術で斬りに来られたら、今の俺でも流石に死ぬかもしれねぇしな」
「それだ」
「ん……何が?」
「あの女の術式だと悟の無下限は破れない。領域展延で悟の守りを中和しているようでもなかった。となるとあの刀が悟の無下限を斬ったんだろう。あれはどういうカラクリなんだい?」
領域展延。体に薄い膜として領域を纏い、領域展開の必中効果を中和する高等技術だ。
傑が懸念しているのは、あの意味が分からないほど斬れる刀である。悟は今、妖刀にも呪霊として術式が宿っていると言っていた。それを知らず相手をすれば傑にも万が一があるかもしれない。
あの呪詛師、特に妖刀だけは絶対に祓うか、取り込まねばならないと傑は思っている。それがこの呪術事件の――否、今まで犠牲になってきた者達への手向けになる。
史上最悪の呪術テロを起こし、千人を超える犠牲者を生み出した呪詛師、いいや呪霊。それを祓うことは傑にとって呪術師の使命だと言えた。
「……アレの術式は『斬撃』だ」
悟は言う。
「呪具としてのアレは最初、物質の硬度を無視して斬れるし、なんなら魂まで斬れる奴だった。そこに上乗せされてるのがアレの術式で、効果はまあ、なんでも斬れるってだけだな」
「なんでも?」
「そ。俺の無下限を一度の斬撃で無限回斬って俺に触れるってのも、特級術師が使えばやれなくもないとは思うぜ、けどアレはもっと単純に俺の呪力を斬ってやがる。発生の因を斬ってんだ」
「発生の因……悟の無下限も、呪力というエネルギーで精製されたもの。一度生まれたものは、元がなんであれそういう現象として作用する。だがあの刀はそもそもの
「合ってるよそれで。で、概念として『発生』を斬れるんだ、そりゃあなんでも斬れるだろ。厄介なのは使い手がいなくなるか、使い手がアレを捨てるかしたら、アレ単体で自律行動して新しい使い手のところに飛んじまう事だな。それこそ『距離』を斬って瞬間移動、なんて芸当も刀が単体ならやれるぜ」
「……」
悟の説明に、傑は絶句した。
特級呪霊も質はピンキリだが、あの妖刀はかなりの上澄みだ。
呪具としての力、呪霊としての術式があり、更に呪霊としての在り方も厄介極まる。
呪具であり呪霊である故に、憑いた相手を作り変え、自身を十全に扱えるように改造するのだ。
そうして出来上がったのが史上最悪の呪詛師カオルコである。
もし。
そう、もしも、あの刀をなんとかして、使い手の薫子が正気に戻ったとしたら。
彼女は……取り戻した正気を保てるのか?
あるいは呪詛師として殺してやった方が救いになるかもしれない。
「……なんにしても、あの刀だけは祓うぞ、悟」
「言われるまでもねぇよ」
無残な死体。取り残された理子。それらを見た傑は決意を固めた。
使い手の問題で天敵になる自分が、あの女を――
「はぁ? 失敗したぁ?」
今のところ完全な第三者に位置している術師殺し、伏黒甚爾は仲介人の報せに反駁した。
仲介人・孔時雨は肯定し、補足した。
「ああ、無駄に非術師のガキ共を殺しまくった挙げ句、五条悟と夏油傑が到着して終わりだ」
「死んだってのか」
「いいや、逃げ切ったみたいだ。特級術師二人、しかも片方はあの五条悟だってのに逃げ切ったんだからイカレてても実力は本物だな」
孔時雨の下にはまだ詳細な情報はない。だが結果だけは分かっている。
彼の言に甚爾は鼻を鳴らした。そしてなんとなしに口許の傷跡に触れる。
「あの女の得物なら、油断ぶっこいてる五条のガキも殺れると踏んでたんだがな」
「なんにせよ、式守薫子がしくじったんなら、お前の仕事はなくなってない」
「ありがたいね。あの女とかち合うのは御免だが、金はほしい」
甚爾は思案する。
彼は薫子を知っている。五条悟のことも。
顛末は知らないが、結果として薫子は逃げた。そして五条悟も生きている。
なら……次はないかもしれない。
薫子は臆病だ。あれほどの殺人鬼なのに戦闘は嫌がる。斬れる相手だけを斬ってきただけの、斬撃嗜好者なのである。斬るのはいいが殺されるのは嫌がり、自分が殺される可能性があると判断すると恥も外聞もなく逃げ出すのだ。だから甚爾に自分から襲いかかっていながら、甚爾の強さを知ると逃げた。
五条悟と対峙し、逃げたのなら、そのまま雲隠れする可能性は濃厚。その線で考えると今後はこの仕事で薫子とかち合う可能性はない。甚爾はそう結論づけようとして――
「甚爾、情報が入ったぞ」
「あ?」
孔時雨が着信した携帯電話を取り出し、誰かと話をして通話を切ると、甚爾に情報を提供した。
「式守薫子は五条悟を一度殺したらしい。その危険度から、奴は特級呪詛師に認定された」
「……はあ? 一度殺しただと?」
「ああ。その後に生き返ったんだと。反転術式を会得してな」
孔時雨は優秀な仲介人だ。そして仲介人は優秀であればあるほど有力な情報網を有する。
それでも普通はこんなに早く情報が出回ることはないのだが、相手が五条悟なら話は変わる。五条悟は呪術界で最も注目を浴びる、世界の中心とも言える者なのだ。仲介人としてアンテナを伸ばしている孔時雨の下には、不心得人な補助監督、あるいは『窓』の人間から情報が流れてくる。
彼の台詞を聞いた甚爾は顔を顰めた。
ただでさえ厄介な五条悟が、更に強くなった? 笑えない話だ。
だが……もし薫子が、五条悟の生還を知らなかったら――
「……今回は、遊びは無しにするか」
――薫子は再び標的を狙う。
甚爾は結論を改め、薫子が次に仕掛けたタイミングを見計らうことにした。
理子の通う学校
実は薫子の地元。母校ではない。大量無差別殺人事件の影響で共学化。男子生徒はまだ少ない。
天内理子
現状、原作の面影もないほど絶望中。
五条悟
冷めちゃった。
夏油傑
殺る気満々。
孔時雨
情報通。
伏黒甚爾
因果の外にいる。
式守薫子
因果の内にいる。
傍迷惑妖刀おじさん
すっごく迷惑。