呪詛師集団『Q』の用意した、女物の白い軍服を脱ぎ捨てる。
飽きたのだ。コスプレ感覚で楽しんでみたが、正直趣味じゃないかもと我に返ってしまった。
呪詛師は悪い人だ、相場でそう決まってる。特に深い考えもなく仲間になってしまったが、そろそろ手を切って気ままな放浪生活に戻ろう。根無し草の放浪とか幕末期の浪人みたいで格好良いと思うし。ついでに悪い人を懲らしめる、水戸黄門みたいなムーブもやっていけば完璧だ。
悪い人達は、良い人達にとって迷惑なことばかりしてるだろうし、ついでに巻藁代わりに斬ってしまおう。なんだか悪いことしてるみたいで気が引けるけど、悪い人なんだから別にいい。
「むーん、私の反転って使い辛すぎ……たった一秒で限界なんだもんなぁ」
今後の身の振り方を思案しつつシャワーを浴びて、借りたタオルで体と髪を吹くと、旅の供である愛用のトランクケースから下着と普段着を取り出す。白いシャツと黒いズボンだ。
「あ、お兄さんシャワーありがとね」
「……」
家に上げてくれた、気の良い親切なお兄さん。お礼に綺麗なものを見せてあげたら、感動の余りにか放心している。玄関で倒れてしまうなんて、そんなに嬉しかったのかな。照れくさいなぁ。
鼻歌を歌いながら冷蔵庫を漁る。缶ビールがあった。ぷしゅっと音を鳴らして開封し口をつける。
ぷはぁっ、不味い! 苦い! 辛い! 何が美味いんだこんなのと思うけども、せっかくの貰い物を蔑ろにするのは申し訳ないので、ちびちびと飲み切ろうと思う。
このお兄さんは良い人だ。だって見ず知らずの自分にも親切にしてくれた。こういう人を困らせて傷つけちゃうような悪い人は、きっといなくなった方が良いに決まってる。
「……あれ?」
台所に寄って、包丁を探し出して、自身の首に押し付けようとしていた自分に首を傾げる。
たはーっ、と笑って包丁を置いた。
「もう酔っちゃったのかな? こわいなぁ、お兄さん。私を酔わせて何する気だったのぉ?」
ニヤニヤ笑いながら何も言わないお兄さんをからかう。
そして、不意に表情が消える。
無言で部屋を物色し、ある物――双眼鏡を見つけると、望外の代物だと口角を歪め、トランクを片手に退室する。靴を履いて外に出て、高層マンションの屋上に出た。
「……そういえば、また行くよって約束してたっけ」
吹き抜ける風は強い。
なんとなしに貯水槽の上に体育座りをして、思い出す。
特級術師の夏油傑。もう一人のイケメンくんは斬ったし、傑くんにも綺麗なものを見せてあげると約束をしたのだ。呪霊操術の術者は、なんだか面倒で苦手ではあるものの、どうにもならないほどでもない、はず。照れ屋さんだから遠慮して、こっちに危険なものを差し向けるのはやめてほしいけど、年上の余裕をみせて素直にさせてあげるべきだ。綺麗なものを、見てほしいから。
「ねぇ、師匠。私の反転、どーにかなりません? 一秒で限界って、割と致命的っていうか、普通に死にますよこれ。傑くんみたいなタイプにはかなぁーりヤバいです。めっちゃ痛いですし」
右に左にぶらぶら体を揺らし、唇を尖らせて文句を言う。
筋肉の凄い、強いお兄さんにやられた時、そのお兄さんを意識して身体能力に特化させた術式反転を編み出してはみたものの、使い勝手が悪すぎる。自分の術式ながら難儀なことだ。
傍らに置いた刀を見ることなく、虚空に顔を向けて眉を落とす。
「反転の拡張をしろってまたムズいこと言いますね。色々弄って今の形にしたの、めちゃ大変だったんですけど? 男の人っていつもそうですよね! 私のことなんだと思ってるんですか!?」
一人で勝手に熱くなって、一人で勝手に囀る。
刀は、喋らない。刀なのだから当然だ。
けれども、女は話しかける。自問自答でもない、空想の作り上げたモノと。
「閉じ込める対象を自分……んーん、そもそも閉じ込める、ってとこを逆転させて開放する? それならまあ出来なくはないっていうか簡単ですけど。ヘルシングの旦那みたいに垂れ流す? いや私にあんなアホみたいな備蓄ないですよ? 漫画じゃないんですから。……垂れ流すのは一滴、二滴ずつ的な? そんで一時的で限定的な不死の再現? んぅー……どうだろ、できんのかな」
普通に無理。だからグレードダウンして……捉え方が違う?
「意味を広げる? 監禁して自分のものにしたんなら、自分のものは自分そのものって解釈する? 割と滅茶苦茶な……原型残ってなくないですか? 一旦整理してみろですかぁ。分かりました」
なんとなしに双眼鏡を覗き込み、あっちらこっちら見渡して。
標的の女の子と、前髪が特徴的な傑くんを発見する。
女の子の隣には大人の人。たしか、女の子の付き人だっけ?
いいなぁ、いいなぁ。……何が?
「監禁呪法。私のは領域に絞ってるけど、本来は帳に似た結界を作って対象を閉じ込めたり、長期間封印したりできるんだっけ。順当に反転したら自分を閉じ込めての、結界での防御が可能になると……んで、弄ってる私の場合、領域一本だけの順転。領域の中で斬った人の呪力を備蓄して自分の物にする。じゃあコイツを反転させたらどーなんのって考えて今の形にしたと」
傑くんが深刻な顔で女の子と話してる。女の子は憎しみの籠もった顔で、ええぇと、あの女を殺せ、でないと天元様との同化に行かない、かな? すっごく恨まれてるなぁ。あんなに可愛い女の子に憎まれてるなんて、誰かさんはよっぽど酷いことをしたんだろう。許せないな、見つけたら斬っておこう。
困り顔、かつ労る顔の付き人さん。
傑くんも力強く任せろって言ってるみたいだけど、どっか迷いのある顔だなぁ。いいよいいよイケメンくん、綺麗な手を汚さなくても、悪い奴は斬っといてあけるからさ。
……ん? 斬るっていいことで、綺麗なものなのに……なんで……んーん、気のせい気のせい。
「拡張術式は順転に紐付けるのがスタンダード。私は順転を領域でしか使わない縛りがある。なら反転をイジるには領域の条件を変えるのが手っ取り早い。けどそんなのどうやんのさ」
こちとら一般人なんですよぉ。師匠が教えてくれなきゃなんにも分かんないよぉ。
――妖刀から、ダウンロード。
脳裏に去来する、四目、二口、四腕の異形の記録。
呪いの頂点に君臨する怪物が、展開する領域の条件を容易く変える様。
「……いや、いやいやいや、無理無理。こんなの無理ですってば。宿儺ですっけ? こんな化け物みたいなセンスないですよ私。え、さほど難しくない? 即席じゃなくて数日掛けたら? 今より呪力への理解を数段深くしたらいけるいけるってぇ? じゃあ師匠、よろしくお願いします」
傑くん達はどっかへ行った。座禅を組んで、片手に刀。精神を統一し、刀を虚空に振る。
空気を斬った。
すると、
一度、二度、三度、四度。
「あぁぁぁ……気ぃん持ちいいぃぃです、これ」
黒閃、だっけ。れーてんれーれー……何%かで起こる奴。
「麻薬だねぇ、これをやったら頭が冴えるぅ。私には絶対ムリだけど、師匠なられーてんナンボかの幾らかをピンポイントで狙って斬るなんて芸当、当たり前に出来ちゃうんですね。すごい」
――女は、天下無双の剣士である。
古今を見渡し、この女を超える剣士など、同じ呪霊『妖刀』の使い手以外に存在しない。
達人の中の達人、剣豪の中の剣豪、剣聖を超える剣聖だ。
故に、神業めいた偉業を息を吸って吐くように行えてしまう。
女は鼻歌を歌いながら領域の条件をゆっくり変更し始める。
「最終目標は、ひとまず
そうして。
「反転させて使うと、こうなる」
イメージする完成形として。
「術式反転『自財放流』って名前にして。自分のものを放出、自分のものなんだから全部自分ってふうに解釈して、自分自身を何体も出して分身の術にする感じ! 本体が殺られても分身の方も私だからそっちが本体ってことで!」
設定は思いついた。想像の中だけでは、擬似的で一時的で限定的な不死の出来上がりだ。
女は膝を叩いて立ち上がり、猫のようにノビをした。
「そんじゃ、二日を目標に頑張って構築していこー! おー!」
術式をイジるだけだと面白くないので、その間は遠目に傑くんも観察しておこう。
どーせ私以外にもあの女の子を狙うやつはいるんだし、傑くんの用兵、っていうか呪霊の使い方を盗み見て、癖を盗んでやりやすくするのダ――と女は小賢しいことを考えた。
敵情視察みたいなものである。立派な兵法だ。
そんなこんなで次の日の昼。
なんでか女の子に賞金? みたいなのがついたらしく、襲いかかってきた呪詛師と夏油傑が交戦してるのを遠目に見てて。ぴーん、と閃いた女は呪詛師と傑の間に割り込んだ。
「なっ……貴様は!」
呪詛師は短機関銃なんてガチガチの対人兵器を使っていた。
薫子の存在を知り、念の為用意してやってきた呪詛師だったのだろう。
刀で銃に勝てるかよ! と言わんばかりの弾丸のシャワーを、薫子は残らず斬り払って。呪詛師に接近し首を刎ねた薫子は傑へ振り返り笑いかけた。
「――ピンチの時に敵キャラが助けに入る! 『お前を倒すのはこの俺だ!』ってね。どぉ? お姉さんってばカッコイイ?」
殺気を漲らせる少年に対し、女にはあくまで敵意はなかった。
本作の悟と傑は、原作より実戦経験が豊富です。
薫子のせいです。こいつが事件を起こしまくってるせいで、呪霊が頻繁に生まれて、傑は本作中でも出してる特級呪霊と一級呪霊を調伏しとりこんでます。
悟もたぶんなんかの手強い奴か、またはインスピレーションを刺激するなんかと出会って、蒼の使い方とか色々先取りしちゃってんじゃないっすかね()
薫子「男の人っていつもそうですよね!」
ってのは、別にパロってるわけでもネタでもなくて、割と本心で言ってるだけ。本人は同様の台詞がネットミームになる未来なんて知りません