呪詛師カオルコの奇妙な廻戦   作:飴玉鉛

8 / 31
呪・無我の境地

 

 

 

 

 

 一年前に見た女が、銃弾を払い落とすように斬り、銃火器で武装した呪詛師の首を刎ねた。

 

 それを遠目に見ていた男は悪態を吐く。

 

 

「ここで来んのかよ」

 

 

 イカレた斬撃狂いの行動パターンは、予想するだけ無駄とは思っていた。

 

 だから動かれる前にある程度は舞台を整えようと、仲介人を使って標的へ懸賞金を掛け、金にがめつい呪詛師を嗾けてやったというのに、台無しである。舌打ちし、男は思案した。

 

 式守薫子の情報は拡散させた。分かっている限りの術式や戦闘方法を含め。

 

 命知らずで馬鹿な呪詛師はやってきたが、知恵の廻るタイプは食いついてこないだろう。そうした小賢しい輩は求めていないとはいえ、どうにも呪詛師の頭数が足りない。特級呪詛師だなんて意味不明な認定を受けた女と、わざわざやり合う可能性が高いリスクのある仕事に出向くのは馬鹿だけだ。

 

 

「しゃあねぇな」

 

 

 こういう時は孔時雨に頼もう。

 

 あの女に見つかってターゲットにされても面倒だ、猿は猿らしく裏でコソコソとやるとする。

 

 幸いにも、お強い呪術師様の注意はあのイカレ女の方に向いていた。それはそうだ、イカレ女は一度あの五条悟を殺している。眼前のイカレ女から目を逸らすのは馬鹿を通り越した無能だ。

 

 姿を見せない五条悟も、あの女の動向を近くで観察し、不意打ちでも企んでいるだろう。

 

 となると、フリーだ。護衛対象のガキじゃなく、ガキの付き人が。

 

 

(精々掻き回せ。そんで出来れば五条のガキが、どんだけのもんになってるか俺に見せてくれ)

 

 

 反転術式を会得して復活したという無下限の化け物。ソイツの脅威がどれほどか、興味があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先日の呪術テロの経緯を知った呪術界は急遽、件の殺人鬼を特級呪詛師に認定した。

 

 廉直学院の生徒、教職員、総計97名が呪詛師・式守薫子に斬殺され。あまつさえ最強の呪術師、六眼と無下限呪術を有する五条悟を死の淵に追い詰めたからだ。

 

 呪詛師を指し、本来なら特級などという等級をつけたりはしない。なのに薫子が特級認定されたのは近代から現代を見渡しても、個人で巻き起こした呪術テロの被害が規格外だからである。

 

 この六年だけで薫子が斬り殺した人間は、呪術師を含めて千百名を超え、薫子の存在を非術師達も認知しており、その恐れによって強力な呪霊が多数発生する原因にもなっているのだ。

 

 有史以来、刀剣を用いての個人で犯した殺人は、薫子が紛れもなく随一である。故にこそ呪術界は、式守薫子を早急に祓わねばならぬ呪いそのものであると判断したのである。

 

 

「貴様は……!」

 

 

 白い軍服ではなく、白いシャツと、黒いパンツといった出で立ち。

 

 華麗に参上した薫子を見るなり、憎悪と敵意で顔を歪め、殺意を発したのは誰あろう天内理子だ。星漿体である彼女は、護衛である少年の背中に庇われながらも発作的に叫んでいた。

 

 

「頼む夏油! あの女を殺してくれ!」

 

「……」

 

 

 少年、夏油傑は呪霊・虹龍を呼び出して理子を囲った。

 

 虹龍は虹色に輝く白い鱗に覆われた呪霊だ。元々は辺鄙な村の土地神として崇められており、どちらかというと自然霊に近い存在だったが、虹龍を崇めていた村が()()()()()()()()全滅。死の間際に撒き散らされた村人達の怨嗟により、呪霊と化したものである。その鱗の硬度は傑の調伏した呪霊の中で最高を誇るが、虹龍は硬いだけではない。

 

 虹龍は飛翔することが可能な上、最高速度は旅客機にも匹敵する。単純なスピードは最速の呪術師の術式『投射呪法』を上回り、呪力による火炎を口腔から放てる特級呪霊なのだ。

 

 傑にとって最も使い勝手がよく、現状では一番強力な手札。

 

 

「あの女は私の……私の友達を、皆を殺した……! あの者だけは赦せん、殺してくれ、あの者を殺してやるとお主も約束したじゃろう!? お主達が本当に最強なら、すぐ殺せ!」

 

「落ち着いて、理子ちゃん。分かってるから」

 

 

 言葉遣いが支離滅裂になりそうなほど激高し、人格が変わったかのように激甚な怒りを示す少女。

 

 星漿体であること以外、ただの少女である理子が、こうまで憎しみを発露させる様に傑は苦いものを感じつつ、眼前で無防備に立つ女を見据えた。

 

 戦場は閑散とした町外れの公園だ。近くには寂れた家屋があり、夜はそこで寝泊まりしている。

 

 薫子の存在を想定し、無意味に巻き込まれる非術師を出さぬようにと、ここで薫子を待ち伏せようと決めた場所なのだ。本来なら護衛対象を、こんな守り難い開けた空間に置くのはナンセンスなのだが、とうの理子があの女を殺さないと天元様と同化しないと言い張ったが為に、やむなく選定した場だ。

 

 女はにこにこ笑っていて、向けられる理子の敵意と殺意に首を傾げている。

 

 

「呪詛師・式守薫子、呪術規定第九条に基づき、お前を祓う」

 

 

 静かに宣言する。

 

 すると、女は笑顔を消して困ったように眉を落とした。

 

 

「呪詛師? 私が? ……なんで?」

 

「なんで……だって?」

 

「うん。私、なんか悪いことした? 酷いことなんかなんにもしてないけど。冤罪はやめてよぉ」

 

「ふっ……ふざけるなぁ!」

 

 

 惚けたように宣う女に、傑ではなく理子が激怒した。

 

 彼女は薫子の状態を、悟から聞いている。その上で薫子がどうしても赦せないのだ。

 

 

「私の学校で、皆を、殺したくせに!! 酷いことは何もしてない!? ふざけないでよォ!」

 

「え、こ、こわ……なんでその子、そんなに怒ってるの? 私……()()()()()()()()()のに」

 

「……」

 

 

 怒りが限界を迎えて、口をぱくぱく開閉させる理子と、目を細める傑。

 

 戸惑い、怯える薫子へ傑は端的に問いかけた。

 

 

「誰も殺していない?」

 

「う、うん……人殺しはいけないことだよ? 怖いよ、そういうの。犯罪だし……倫理的にも無理」

 

「嘘を吐くな。貴様はその刀で千人を超える人を殺しているじゃないか」

 

「だ、だから、殺してないって……私はただ、綺麗なものを沢山の人に見てほしいだけだし……見せてきただけだし……それに、私の斬撃を見た人は、()()()()()()()

 

「……」

 

 

 ああ。

 

 これは、ダメだ。

 

 傑は、薫子が完全に壊れていると察した。

 

 悪いのは全て、あの呪霊『妖刀』だとはいえ、もう完全に呪いに塗り潰されている。

 

 だが、最後に、傑は要求した。

 

 

「式守薫子、貴女の持っているその刀を渡してくれ」

 

「……え?」

 

「貴女は綺麗なものを見せたいんだろう。だがその綺麗なものというのは、その刀ありきなのか? 他の刀では披露できないんだとしたら、貴女の技は酷くお粗末だと言わざるを得ない」

 

「む。むむむ、むっかぁ。そんなことないよ、私、すっごく頑張って鍛えたんだから。師匠じゃなくても綺麗なもの見せられる自信はあるよ!」

 

「なら、渡してくれ。代わりの刀はこちらで用意する。そして叶うなら、罪滅ぼしをしてほしい」

 

()()()()()

 

 

 ダメ元だった。駄目で元々だった。無理で、不可能だと分かっていても、せめて最後に薫子の手から呪霊を離して、彼女に正気を取り戻してほしかった。

 

 だが、薫子はすんなり肯定した。虚を突かれた傑は目を見開く。もしや、なんて期待が彼の目の中に宿り――すぐ、虚しい期待だったと悟った。

 

 薫子は妖刀を傑に渡すような素振りで歩き出した途端、全身をがくがくと痙攣させ、白目を剥き、がたがたとロジックエラーを起こした機械のように藻掻き出したのだ。

 

 

「ぇ、うぇううえ、うあうおうぉえ」

 

「……!」

 

「すすす、すすす捨て、すす捨ててない、す捨ててません。たたたただだだ、ふふふ振るのががががががししし師匠じゃなくてももも、わわわ私の技も綺麗なんだってて証明ししし――」

 

「……残念だよ。呪いが、簡単に憑いた相手を捨てるわけがなかった」

 

()()()

 

 

 ガクン、と不自然に静止した薫子が、先般のやりとり全てを忘却したように刀を構える。

 

 貌は、笑み。殺意も、敵意もなく、むしろその逆の無垢な善意が傑を貫く。

 

 傑は諦めた。すっぱりと、呪霊の被害に遭った女性の命を。

 

 彼は片手を上げ、呪霊操術による抹殺空間を顕現させる。

 

 

「やはり貴様は、存在してはならない。――()()

 

 

 夏油傑。呪術師としての等級は、特級。呪霊が大量発生する昨今の情勢下、最も実力を伸ばした努力する天才。数多くの強力な呪霊を取り込んだ彼の実力は、特級の名に相応しい規格外さを誇る。

 

 傑が呼び出した呪霊は、その術式や領域も使用が能う。彼が今回呼び出したのは、のっぺらぼう。顔がない無貌の怪人。名は正体不明――薫子への恐怖が生んだ最新の呪霊だ。非術師の世界で全く手掛かりもない殺人鬼へのイメージが、全く掴めず空っぽのままであることが特徴であり。

 

 その無貌は、伸ばした人差し指を反対の手で包み込む独特な掌印を象った。

 

 

『領域展開・白紙』

 

 

 薫子がロジックエラーを起こしたように痙攣し、再起動した直後の領域の展開。

 

 無貌の領域は至極単純。なにせ、何もない無色透明な領域を広げるだけだ。

 

 殺人鬼の情報皆無、正体不明の恐怖。何も無いのが特徴であれば、すなわち領域効果は術者――を使う主の傑が、そこに好きな情報を書き込める真っ白なキャンバスに等しい。

 

 傑はこの呪霊の使い道を決めている。自身の術式・呪霊操術の全面的なバックアップに用いると。

 

 領域が展開されても周囲の環境、および外観に変化は何もないが、確実にその領域は傑を全面的に強化していた。故に、こんな芸当も可能になる。

 

 

「悪いが近寄らせる気はない。

 呪霊操術・極ノ番・うずまき」

 

 

 通常時の傑では、まだ扱えない奥義を行使した。複数の呪霊を超高密度の呪力として放出する、手数の多さという武器を捨て去るような愚行だが、この領域内でのみ傑は常時、黒閃を極めた直後のように冴え渡る。極ノ番『うずまき』として顕現させた呪力塊は()()。拳大の極小サイズであり、用いたのは四級やそれに満たない蝿頭など、100体程度の低級呪霊ばかりだ。

 

 傑の周囲に浮遊する、危険な呪力の塊。

 

 大した威力はないが自在に操れる使い捨ての手榴弾として用いる為、使い勝手は非常に良い。加えて領域の中ということは、ここは傑にとって自らの体内も同義。周りには――薫子含め――多数の呪霊が現れている。高位のものは出していないものの、並の術師なら完全に詰む盤面が呼気一つ分の間で生じた。

 

 公園内を埋め尽くすような呪霊の群れを見て、薫子が裂けたように笑う。

 

 

「ァは」

 

「そら、止まっていたら死ぬぞ」

 

 

 傑は無表情に固めた貌で告げ、極小の『うずまき』五つを飛翔させつつ、周囲の呪霊50体を薫子へ殺到させた。完璧に包囲した状況を作り出しての圧殺戦術、薫子は兵法としてまずは包囲網を突き崩さんと走り出そうとし――迫る極小の『うずまき』へ妖刀を振るうのを見た傑は、自らの背後へ隠すように呼び出していた呪霊へ指示を出す。

 

 

「え」

 

 

 瞬間だった。

 

 薫子が獲物を斬る寸前、極小の『うずまき』五つと、彼女へ殺到していた全ての呪霊が全くの同時に予兆もなく()()()()。傑の隠し札、自らの呪力を爆弾に変える呪霊の術式だ。単体ならさほど脅威にはならずとも、呪霊操術で多数を運用して使ったなら脅威度は跳ね上がる。

 

 まるでミサイルが着弾したかのような破壊力だった。

 

 傑は理子を包むように尾を伸ばしていた虹龍に、腕を回させて自分を庇わせていた。この爆発は術者の傑にもダメージを与えるが、虹龍ほどの硬度があればなんてこともなく防いでしまえる。

 

 果たして至近距離で大爆発を受けた薫子は、原型も残さぬまま即死するのが道理だが。

 

 

「……ま、生きてるか」

 

「ぃい痛いィィィッ!?」

 

 

 一級術師前後の術師なら、全身を呪力で守れば即死は免れる。

 

 とはいえ瀕死の重傷程度には追い詰められるだろう。反転術式で全快し、悲鳴を口から垂れ流しつつ薫子は立ち上がっていた。薫子の呪力量なら、反転術式は後一度か二度しかできまい。傑は詰将棋でもしているように淡々としていた。

 

 

「痛い、痛い、痛いよぉ……! どうして、どうしてぇ……!?

 助けたじゃん! 危ない人から、鉄砲から、守ってあげたのにィ!」

 

「……悟を相手に勝てたから、私にも勝てると甘く見たな。

 これが相性だ。

 近寄って斬るしか能のない単細胞が、この私に勝る道理はない。

 術式を使え、さもないとすぐ終わるぞ。

 ……使っても、終わるのが早まるだけなんだけどね」

 

「ひどいよ、なんで、私が、こんな……っ! やだよ、やだよぉ」

 

 

 傷が癒え、なおも痛いと泣き喚く女に、傑は予告する。

 

 術式を使っても、呪力が尽きて死ぬまでの時間が短くなるだけだと。

 

 そもそも薫子と傑の相性は最悪なのだ。薫子は単独の相手には滅法強くとも軍勢相手には圧殺されてしまうのである。たとえどれほどの剣技を誇ろうと、物量を覆せるものではない。

 

 ()()()()()()

 

 式守薫子は、天下無双の、剣士だ。剣技だけは。

 

 彼女の弱点はその精神。どれほど強くともその精神は壊人である。

 

 壊れた心で、どうして無念無想の境地に達した剣聖の如くに刀を振るえようか。

 

 

「嫌だ、やだぁ、死にたくない……死にたくないよぉ……。

 痛いのやだ、怖いのやだぁ……助けて、嫌だ、助けてよ、助けて……」

 

「……」

 

 

 元はただの女子中学生。彼女の心は壊れたその日から進んでいない。

 

 その悲鳴、嘆き、懇願は……嘘偽りのない真実。

 

 善性の強い傑は堪らず一瞬止まってしまった。若さ故の未熟な憐憫だ。

 

 万一に備え、何かあれば奇襲するべく隠れている五条悟もまた、貌を顰めてしまう女の醜態。

 

 憐れだった。だから、女の変容を見過ごした。

 

 

「――助けて、師匠」

 

 

 誰も助けてくれないの? どうして?

 

 自分を助けてくれる近しい人は、やっぱりこの人(妖刀)だけなんだ。

 

 薫子は脆い心で刀に縋る。

 

 無論、刀は応えない。刀は刀、喋らない、備わった機能以外は作動しない。

 

 だがしかし、薫子にとって妖刀は師であり――彼女の妄想が生んだ仮想の、此の世に存在しない優しくて偉大な先生は――当たり前のように助けてくれるはずなのだ。

 

 故に、委ねた。

 

 

「―――ッ!?」

 

 

 監禁呪法。術式順転『封鎖結界』の使用。領域でしか順転を使わぬという縛りを自ら破った代償として、薫子の精神が深層心理の奥深くへ監禁される。

 

 間違いなく自爆だ。愚かな末路である。

 

 しかし忘れてはならない。

 

 彼女の肉体は――妖刀が目をつけるほどに才が溢れる器。

 

 妖刀は誰にでも憑くのではない。もし頻繁に使い手が現れたなら、薫子の登場により呪術界が揺れるほどの事件は過去にも類を見たはずだ。

 

 なのに少なくとも過去百年の内に、妖刀による事件は起こっていなかった。

 

 薫子は数百年ぶりに、妖刀に見初められた剣の天才なのである。そして多くの他人の経験を刻まれた器は、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 自らの精神を押し込めての、呪術的な無我の境地。弱点となる精神を押し殺した自爆技だ。そして呪霊たる『妖刀』は妖刀としてではなく、呪霊としての本能で、自らの憑いたお気に入りの保全を優先しようと呪力を廻した。グレーゾーンだがこれぐらいはセーフだろう、と。傍迷惑な柔軟性を見せて。

 

 

「   」

 

「……悍しい」

 

 

 初見の時に感じた、危険極まる殺傷能力に数倍する――殺気。

 

 冷や汗が肌の上に浮き出る感覚に傑は顔面を歪め、吐き捨てた。

 

 剣聖、呪詛師カオルコ。剥き出しの刃傷沙汰。

 

 呪霊の軍勢と相対するは剣の軍勢(れきし)

 

 極まった剣力は、道理を超越するだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





【挿絵表示】






(評価もっとしてくれたら嬉しいな)

(ください)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。