呪詛師カオルコの奇妙な廻戦   作:飴玉鉛

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小手調べは目覚めと共に

 

 

 

 

 

 

 使役する呪霊に展開させた領域の中、夏油傑は最適の戦術を選択する。

 

 

「――私の呪霊操術は、調伏した呪霊を体内に取り込み、自在に使役する術式だ。階級換算で私より二級下の呪霊なら、調伏するまでもなく強制的に取り込むことができる。呪霊を介する形で本来なら一人が一種類しか持てない術式を複数使用する事も可能だ。そして私はこれから、この戦闘で三級までの呪霊は爆弾にして自爆させることしかしない」

 

 

 知られているだろうが関係なく、術式の開示に加えこの戦闘に限定した縛りも足した。二級以下の呪霊を調伏なしで取り込める傑にとって、それらは頭数にしかならない塵芥に等しいのだが、自らの呪力を帯びたものを爆弾に変えられる術式によって、強力な攻撃手段に転用できるようになっている。

 

 現時点で傑が取り込んでいる呪霊は特級が六体、一級が五十三体、二級が二百七十体、三級が七百二十五体、そして四級とそれに満たない蝿頭は二千を超える。総計三千を優に超す大軍だ。

 

 不謹慎な物言いになるが呪いの繁盛期とも言える現在の世情では、街を歩くだけで呪霊を大量に仕入れられるのだ。調伏するまでもない雑多な呪霊など、幾ら使い捨てても困ることはない。

 

 自失して佇む特級呪詛師カオルコを見据え、彼女が一向に動き出さないことに不気味さを感じつつも先手を取る。呪霊操術による物量攻撃の真骨頂、呪霊の神風特攻だ。

 

 一度に呼び出す呪霊の数に縛りはないが、戦場となる領域内の広さを加味して八十体ずつとなる。蝿頭と四級呪霊を五十体を圧縮し『うずまき』に変える作業を行いながら、傑は隙間なくカオルコへ殺到させた呪霊の群れを爆発させた。所詮は雑兵共の自爆特攻と侮ることなかれ、傑の呪力で強化された呪霊は低級でも十分な破壊力を発揮する。まともに受けたら肉片も残るまい。

 

 

「……」

 

 

 泰然自若とは違う、陽炎のように曖昧な立ち姿。カオルコは動かない、低級呪霊の爆撃は直撃した。呪力の炸裂により砂塵が舞うのを注視する傑は――予想だにしない警告を受け驚愕する。

 

 

「夏油、後ろじゃ!」

 

「ッ……!?」

 

 

 警告を発したのはまさかの天内理子。怖気に襲われ反射的に振り向いた傑の間合いに、なぜかカオルコがいる。瞬間移動めいた意味不明な接近を視認し、振るわれんとする刃へ目を見開く。

 

 念の為に用意していた『うずまき』が傑を救った。完全に攻撃のモーションに入られる前に、あべこべとなる反撃を叩き込む。極小の『うずまき』二つ、蝿頭と四級を百体投じた呪力砲だ。

 

 それを。

 

 カオルコは、こともなげに切り裂いた。

 

 

「――」

 

 

 絶句。

 

 呪力砲がカオルコを中心に、彼女を避けるように左右へ別れて霧散する。

 

 咄嗟に後ろに跳びながら、自身のいた座標に三級呪霊を呼び出す。象のような巨体だけが取り柄の大型トラックに似た物だ。車両事故への恐怖が形になったものを障害物として、カオルコが近寄れば爆発させる、避けるようなら突進させてやはり爆発させるつもりだった。果たしてカオルコは眼前の障害物が見えていないように接近し、傑が術式を使用し爆発を起こさせる。

 

 不意に近寄られたことを踏まえ、傑は全力で跳躍して鳥の呪霊を呼び出し空へ避難した。

 

 制空権を得て、空からの爆撃でカオルコを封殺しようという意図だ。大きな翼を広げ飛翔する鳥の呪霊の背中に着地し、砂塵の舞う地点を睨みつけながら声を上げる。

 

 

「理子ちゃん、虹龍に掴まって! 君を守りながら戦える相手じゃない、君も空に避難させ――」

 

 

 再び、怖気。振り返った先は、空。傑は全力で全身を強化しながら拳打を放つや、打撃と呪力が衝突し黒い閃光が迸る。黒閃、黒い火花の散華を経て傑の頭脳と感性がゾーンに突入する。

 

 傑が放った拳打が迎撃したのは、カオルコの見舞った蹴撃だった。刀を振るより蹴りの方が速く、また有効になると判断してのものだったのが幸いした。傑の豪打により跳ね返され、虚空を舞う羽目になったカオルコが体を回転させている。その光を宿さぬ双眸と目線が合った傑は戦慄していた。

 

 死んでいた。

 

 一度目の理子の警告、二度目の空からの奇襲、どちらも戦場が傑の体内に等しい領域の中でなければ気づけもせずに死んでいた。黒閃もこの領域の中だからこそ起こし得たものである。

 

 高速化した意識が時間を置き去りにして、集中力が極まったせいかモノクロになった視界の中で思考を構築する。一度目、二度目、どうやってカオルコは移動し、傑の背後を取った? 鈍化した体感時間の中で空中のカオルコへ目を凝らしていると、カオルコがゆっくりと動き出し――()()()

 

 

「ッ……!?」

 

 

 辛うじて見えたのは、脚を動かす動作のみ。

 

 今度は無傷で切り抜けられなかった。忽然と目の前に現れたカオルコが見舞うは刺突。先日、悟へ見せたお遊びの刺突とは練度が違う。引き伸ばした糸のように細く、遠近感の狂う直線の点。呪力で強化した腕で切っ先を受け、無我夢中で刀身を貫通させた傑は、身を捻りながら腕を横に傾けカオルコの刀を体から遠ざけつつ反対の拳を振るう。再び黒閃、2.5乗倍の拳打は女の腹部へ。

 

 確かに捉えた。確実に食らわせた。なのにカオルコにダメージはない。

 

 傑の拳を、腕へ突き刺した刀を支点に空中で身を捻り躱し、掠めさせるだけで回避するや傑に廻し蹴りをお見舞いしたのだ。まともに入った蹴撃に吐瀉しつつ地面へ叩きつけられる。なんとか受け身は間に合った、すぐ顔を上げ目を凝らす。カオルコは鳥の呪霊を斬って――再び()()()()()()()()

 

 二度の黒閃のお蔭だろう、今度はなんとか見えた。先般、カオルコが消えたのは術式によるものではない。彼女は呪力で強化した肉体を運体し、()()()()()()()()()()のだ。それが余りに速過ぎて傑の動体視力で追えなかったのである。一度目と二度目の攻撃もそうだ、彼女はただ速く動いて爆発の衝撃を斬り、傑へ襲いかかっただけである。

 

 空を面に捉えて蹴りつけ移動、ほぼ音もなく着地したカオルコは茫洋としたまま、まるで()()()ように地面を足先で蹴る。

 

 事実、慣らしているのだと傑は察した。呪力で強化された身体能力と、自らの認識を。感覚に齟齬が生じるほどの呪力コントロールと強化倍率だということか。呪力量は一級術師相当、それを完璧に無駄なく強化にあてただけでこれなら、彼女が完全に自らの力に慣れてしまえばどうなる……?

 

 顎先へ伝う冷や汗。

 

 

「爆発の衝撃を斬る、呪力の塊の『うずまき』も斬る、デタラメだな。

 なら飽和攻撃だ、刀さえ振るう暇を与えなければいい――!」

 

「……」

 

 

 護衛対象の理子は虹龍に抱きかかえさせ飛翔させた。天高く飛び立たせ、領域の外殻ギリギリで待機させることで安全を確保する。その際に虹龍へ襲い掛かられるのを懸念していたが、カオルコは理子と虹龍を存在していないかのように無視していた。彼女が見ているのは、傑だけだ。

 

 左腕から血が流れている。黒閃によるゾーン状態、領域による呪力含む全能力の強化。二つの要因により傷口への痛覚、神経を鋭敏に知覚している傑は、何かを掴みそうになっていた。

 

 だが得体の知れない感覚を掴むのをカオルコは待ってくれない。ゆらゆらと体を左右に揺らし、自らの感覚の齟齬を埋め終えたのか、刀を鞘に納め中腰になる。 

 

 居合の構え。

 

 傑が彼女の周囲を囲むように呪霊を呼び出した瞬間、爆発させる暇もなく、左足を軸に高速で回転しながらカオルコが抜刀した。転瞬、風圧。出現した呪霊七十七体が、斜めにズレた。

 

 斬り殺されたのだ。風圧で。実力を発揮する前に、出現したのと同時に。

 

 

「は?」

 

 

 術式でもなんでも無い、ただの斬撃――ですらない風圧で、呪霊達が斬られた。だが驚くのはまだ早かった。消滅する呪霊達を背景に、振り抜いた刀を流麗に構え直したカオルコが勢いよく刀を振り下ろすや、今度は領域そのものが切断されたのである。あんまりにもあんまりな、非常識な現象。得物が妖刀とはいえどうやって領域を斬った? まさか、()()()()()()()()

 

 いいや違う。カオルコは不利な戦場を覆すべく、領域という呪力の構成物を斬ったのだ。

 

 外観に変化はない。しかし領域は外殻ごと破壊されてしまっている。領域を斬られたことで、展開していた呪霊までも斬られて消滅してしまっていた。

 

 傑が仔細を理解する直前、彼は痛みを知覚して右腕を見る。

 

 自身の右腕が肩から切断され、地に落ち、鮮血を噴いているではないか。領域を切断した斬撃は、その余波にまで殺傷力があるというのか。自らの腕が落ちたのを見た傑は反射的に傷口を抑えつつ死力を尽くす。マズイ、奴に刀を振らせるな。その一念が術式をフル回転させ呪霊を特級含んで呼び出して。

 

 斬撃。

 

 振り抜いた刀を横向きに寝かせ、地を蹴ったカオルコが消えていた。ゆらりとした初動と、行動後の神速による緩急は、傑の目が消えたと認識する。どれほど目を凝らしても意味がない、呪力で強化された剣聖による縮地の歩法は短距離限定の瞬間移動の域に達している。通り過ぎ様に振るわれた刀閃は流星のような残像を残し、特級二体含む呪霊二十体が斬断される。ばかりか、低い軌道の斬撃だった為か命までは届かずとも傑の左脚が半ばから断たれていた。

 

 

「  」

 

「  」

 

 

 空白化する意識。

 

 振り向いたカオルコが刀を握り直すのを背に感じつつ、無我の呪詛師の透明な殺意を察知。

 

 傑の脳裏にこれまでの軌跡が駆け抜ける。

 

 走馬灯。それは死の間際に見るという、死ぬ為の準備を整える現象なのか。

 

 いいや違う、死を回避する為に、今までの人生経験から活路を探る脳の働きだ。傑の脳は、なぜか悟が復活する場面を繰り返し再生した。

 

 何かを、掴む。

 

 だが遅い。至近に踏み込んだカオルコが刀をコンパクトに――

 

 

「術式反転『赫』」

 

 

 ――振るうことなく、傑の『うずまき』同様、自らを呑み込まんとした赤き奔流を切り裂いた。

 

 合図は出されていない、しかし親友の危機をこれ以上見ていられなかった悟が参戦した。

 

 悟は傑の惨状を見てこめかみに青筋を浮かび上がらせ、激怒しながら親友の傍に降り立つと、倒れそうな傑に肩を貸してやる。それを女の形をした呪いが黙って見遣った。

 

 

「……悟か。駄目じゃないか、合図は出してないだろう」

 

「言ってる場合かよ、俺が手を出さなきゃ死んでたぞ、お前」

 

「そうかな?」

 

「はぁ?」

 

 

 自らが覚醒し会得した『術式反転・赫』が、敵へなんら痛痒も与えられていない。カオルコに下していた評価を改めていた悟は親友の強がりに苛立った。

 

 強がってる場合かよ、と責めるべく横目に見た悟は目を見開いた。

 

 隣には()()()()()傑がいた。血塗れだが傷一つ無い。まさかと驚く悟へ、傑は笑った。

 

 

「離せよ、寂しんぼかい?」

 

「……ははっ、まだ覚えてたのかよそれ」

 

 

 傑の嫌味に悟も笑う。笑って傑から数歩離れた。

 

 苛立ちも、怒りも忘れるほどに機嫌が上向いた。

 

 夏油傑が覚醒した。

 

 反転術式を会得し――真に最強となった自分に、追いついてきた。

 

 この事実が堪らなく嬉しい。追いついてきたのが無二の親友なのが嬉しさを百倍にしていた。

 

 悟と傑が並び立つ。対峙するのは一つの現象。

 

 

「悟、さっさと終わらせよう。理子ちゃんが待ってる」

 

「とか言っときながら簡単にやられんなよ、傑」

 

「心配無用だよ、なにせ私達は――」

 

「――最強だから、か!」

 

 

 不敵に笑い合う少年達を、伽藍の双眸が見つめていた。

 

 感覚は正した。呪霊『妖刀』の機能を()()()()十全に扱った。剣技の冴えもよし。肉体の運体にもズレはない。なら次は? 次は――ただ、斬るだけだ。

 

 呪詛師カオルコは二人の最強に挑まない。彼女は斬るだけなのだから。

 

 

「第2ラウンドだ、式守!」

 

 

 二人の最強が躍動する時、一つの現象が発生する。

 

 斬撃の時だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




原作には(おそらく)なかったはずの、夏油傑の覚醒。
本作でやりたかったことの一つ。
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