チート一族になりたくて   作:星野林(旧ゆっくり霊沙)

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宮永照継の最後

 天正7年(1579年)11月

 

 6度目の本願寺への補給作戦が村上、宮永連合水軍により開始され、船舶数は大小合わせて600(うち大船は5隻 全てキャラック船)を数えた

 

 これに対抗して織田水軍は木津川口にて7隻(うち1隻は木造)の鉄甲船と他大船20隻にて海上封鎖を実行した

 

 前回の勝利に味を占めていた村上水軍は小早と呼ばれる小型船で鈍足な鉄甲船に近づき、爆弾を投げ入れるが、鉄甲船はびくともしない

 

 逆に織田水軍の大筒による反撃でぼこぼこと村上水軍の船は沈んでいった

 

「こりゃ工夫せんとアカンな」

 

 宮永水軍棟梁の宮永爽(照継と賢の孫 鬼とのハーフ)は天狗特有の風を読む力でキャラック船の向きを変え、鉄甲船に平行する形を取った

 

「新兵器の狭間大筒100門の威力をご覧いただこう」

 

 狭間大筒……火縄銃を大型化させた大筒の銃身を延長させた船舶用の大砲である

 

 しかし、仕組みの複雑化、製造に大量の鉄が必要、砲弾の大型化で銃身を延長しても有効射程は150mほどと問題点も多かったが、宮永家は独自に大砲の開発に着手していたという重要資料として宮永神社に現代でも鎮座している

 

 初期型の大砲擬きではあるが、各キャラック船に20門が載せられており、火縄銃ではダメージが与えられなかった鉄甲船の鉄板を割り、船体下部に穴を空け、浸水

 

 宮永水軍もキャラック船を2隻失うが、織田水軍は決戦兵器かつ、開発に膨大な資金を有した鉄甲船が初戦から4隻も失う大損害を受けてしまった

 

 ただ村上水軍は早川300隻近くを失い、宮永水軍も撤退したことで石山本願寺への補給作戦は失敗

 

 石山本願寺も長年の籠城で疲弊してきており、特に資金は最初期の10分の1まで低下

 

 これによりこれ以上の抵抗は本願寺の破滅を意味すると織田と水面下で和平交渉を開始する

 

 翌年の天正8年(1580年)4月に和平交渉は成立し、本願寺は石山から撤退、一部抵抗はあったものの9月には石山は織田の勢力下となる

 

 そしてこの年毛利は大きな動きが起こる

 

 

 

 

 

「なぜ、私よりも早く逝ってしまわれたのですか……元就様……」

 

 毛利元就死去

 

 享年83歳

 

 史実よりも9年も長生きした毛利の巨星は毛利の大領を守りきり、長門、周防、安芸、石見、出雲、伊予、伯耆、隠岐、筑前新の9ヵ国に跨がる巨大勢力を27歳と十分に成長した毛利輝元と6人の正室の息子達、10人の側室や後妻の息子達に見守られながら床の上で遺言をしっかり残して亡くなった

 

 毛利元就は中央を押さえていた織田家への臣従を行うことを遺言としており、晩年重用していた外僧である安国寺恵瓊を通じて織田政権に毛利が臣従の用意があることを伝えられ、伯耆、出雲、隠岐の放棄、毛利の吉川、小早川、河野の独立、陶一族の筑前での独立など徹底した毛利本家の弱体化を意味していたが、本拠地安芸、周防、長門の3国の安堵が約束された

 

 9ヵ国から3ヵ国に大幅減領であるが元々安芸の5000石程度の国人からの3国55万石(実質石高は照継が教えた現代に通じる農法や米和が20年かけて作った従来の3倍の量の米が実る稲が普及しており、150~185万石程度 それに広島、呉、復興した山口の経済都市を抱えているのと照継と隆元が整備した商人への課税で200万石程度の国力)を有した状態で中央政権へいち早く臣従に成功した

 

 毛利はその後は降伏に反発する国人達の鎮圧と粛清に時間をかけることとなる

 

 間に挟まれている宮永家も毛利が降伏したことで和平交渉を開始

 

 西が安定したことで織田の目は東に向く

 

 天正9年甲州征伐を開始、天正10年にこれを完了

 

 畿内でも紀伊の雜賀衆が本願寺の降伏を受けて内部分裂の内ゲバが発生、上杉も謙信亡き後のお家騒動で国力も家臣の多くを失い衰退

 

 織田の実質国力は750万石を超え、抵抗する勢力も悉く滅ぶか臣従し、織田天下は揺るがないと思われた

 

 

 

 

 

 天文10年(1582年)1月

 

 宮永仕置きと呼ばれる宮永家への仕置きが織田信長が決定

 

 宮永照継との約束通り備後、備中、備前、美作、但馬、因幡の全領土の改易の代わりに蝦夷守という従五位役職を朝廷に新たに創らせて、それを与え、宮永一族は表舞台から数年退場することとなる

 

 宮永旧領は羽柴家が備後、備中、備前

 

 播磨、但馬が明智光秀

 

 美作、因幡が細川藤孝に与えられた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 3月

 

 東源郷に集まった宮永一族は宴会を開いていた

 

「あーあ、領土無くなっちまいましたね」

 

「でも毛利は無事守りきったのよー」

 

「大隠居、蝦夷行きに宮永分家の127家、俸禄家臣480家、領民達約6万名の約6万5000人が移住に賛同しましたよ。どうやって運ぶんですか?」

 

「最初の開拓団5000名は船で蝦夷まで行き、そこから東源郷経由で連れてこようと思う」

 

「まぁそうでしょうな」

 

「蝦夷守、北狄総大将、北方探題……なんか朝廷から役職を3つも貰ったけど良いのかな」

 

「他から見たら織田に全領土を奪われながら国の為に改易を受け入れた義将扱いですからね大隠居は」

 

「まぁでもこれで織田政権は安泰でしょう。次は九州征伐と関東分割、奥州仕置きをして終わりらしいし」

 

「これで天下は治まるのでしょうか?」

 

「織田信長が生きている間は治まるんじゃないか? ただ私たち宮永はこれから50年……いや、100年は蝦夷開拓をしなければいけないから中央への関わりは多分もうほぼ無いぞ」

 

「せっかく羽柴と決戦の用意があったのに空振りたい」

 

「義哩不満か?」

 

「少々な。まぁでも蝦夷は蝦夷で一から商いができるのは面白そうではあるやがな!」

 

 新たな門出を祝いあった

 

 

 

 

 

 

 

 

 照継が蝦夷に保有するキャラック船と弁才船50隻に乗り込んで旅立ち、3隻座礁して失ったが、他の船に乗り込んで50名程度の死者で蝦夷の苫小牧に上陸、そこに東源神社の分社……蝦夷大社を建設し、東源郷と接続、東源郷の物質を使い苫小牧に町を作り、開拓を開始した

 

 アイヌの民とは同化政策を取り、じわじわと浸食、時折揉めて武力抗争に発展したが、大量の火縄銃の火力をもって鎮圧

 

 ただ初期は沿岸部に町が点在し、それを船で交易を行い町を広げていく

 

 また、蝦夷の大名蠣崎氏を百鬼夜行開催し、妖怪の力のみで族滅させ、函館までの渡島半島を押さえる

 

 天文12年(1584年)信長が総無事令を発令、また足利義昭から征夷大将軍を譲渡させ、織田家中心による幕府が発足した

 

 これにより戦を行うことが幕府への反逆行為となり、多くの大名が改易させられた

 

 まず弱体化上杉を出羽米沢(30万石)へ飛ばし、上杉旧領含めた北陸は堀、柴田、前田、佐々の4名で分割

 

 北条を伊豆、武蔵、相模3国に押さえ込み、上野、下野、信濃を滝川一益に、千葉県の下総、上総、安房はそれぞれ信長の家臣達に分割

 

 徳川は東海道の旧今川領3国安堵

 

 東北は最上(60万石)、伊達(100万石)、南部(30万石)、津軽(15万石)の他に畿内の国人達を加増転移

 

 九州も大友が改易され、大友旧臣の立花家、大石家等キリスト教に毒されていないかつ実績がある者を大名に引き上げ、島津は九州南部の3州安堵、龍造寺は鍋島に乗っ取られていたのでそのまま鍋島が龍造寺領土を継承、他筑後に池田恒興が、肥後に森家が渡された

 

 四国は長宗我部、河野、村上、山内の4家で分割

 

 天文14年(1586年)には全国の大名が安土に集まり、織田家への臣従を行い、織田家による天下統一が完成した

 

 ただその一年後の天文15年(1587年)に信長は脳卒中で倒れ、そのまま亡くなってしまう

 

 ただ家督は息子の織田信忠に譲っていたこともあり、大きく混乱すること無く政権を継承する

 

 信忠がまず始めに取りかかったのは大坂の開発であり、石山本願寺が退去した後の空白地に安土に負けない城を造る事が決定し、大坂城が基礎工事3年、拡張工事は信忠が死ぬまで続き、安土城に並ぶ巨大な城が完成した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天下の情勢が照継の知る歴史と大きく変わった事もあり、照継は蝦夷開拓に精を出す

 

 家督は曾孫の天照に継承し、新体制をもって蝦夷開発という難事に当たる

 

「寒冷地用の種籾は用意できている。神人妖の力を結集し、未開の地の開発を進めるのだ!」

 

 照継の号令の下、宮永照継は最後の敵として自然を選んだ

 

 そして照継は慶長5年……1600年12月

 

 宮永一族の繁栄と毛利家への感謝を抱きながら猛吹雪の中、苫小牧館を飛び出し、行方不明となった

 

 海に入水したとも、雪に埋もれたとも言われ、死亡した場所は定かではない

 

 享年は暫定ながら106歳

 

 戦国初期から日ノ本が安定するまで確かに照継は生き続けた

 

 ここに宮永家の初代とされる照継の物語は終わり、次の時代に移り変わっていくのである




宮永照継の能力やまとめに次はなります
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