戦艦上総、下総には女の幽霊が出る
そう噂されるようになったのは海軍に引き渡されて数日後のことであった
海軍の将校服を着た女性が食堂でご飯を食べていたとか、給仕服で調理場に現れ、料理を作っていた、砲弾が綺麗に磨かれているなど不可解な現象が起こり、海軍側が戦艦上総や下総建造に人柱や事故死した者が居たか調査されたが、死亡どころか大怪我の事故すらない順調そのものであったと語られたし、宮永側から
「あの2隻には神が宿っているから女神様と対話してみては」
と素っ頓狂な話をされた
高名な神主を海軍が呼び出して2隻のお祓いをすることになったが、神主は
「祓う!? とんでもない。守護神ですよ。それも高名な···付喪神でしょうが、祓ったらどんな災いが起こるかわかりませんよ」
と拒否られてしまう
困り果てた海軍だったが、とある青年将校が対話を試みても良いですかと話す
宮永照明···蝦夷藩の藩主の直系であり、士官学校では歴代1位の成績で突破中尉ながら新造戦艦の乗組員に抜擢された海軍期待のホープであった
彼自身は宮永財閥側から妖力コアという実験的装置を装甲の中や機関部等の開閉できない場所と司令室に仕込んでいると知っていたので、彼は艦長等の上官を連れて司令室に向った
「戦艦上総の写身よ。日ノ本を護る守護神である貴女が隠れる必要は無いのですよ。堂々と姿を現して対話してください」
司令室で照明がいきなりそう言い放つと司令官の席に光り輝き、大和撫子と言うべき海軍の将校服を着た若い女性が現れた
『戦艦上総、付喪神として日ノ本の守護神として現世へと姿を現す···なーんてね。始めまして皆さん。戦艦上総です。いつも私を掃除したり、私を崇めてくれてありがとうございます』
艦長含め多くの人が驚いているが、知っていた照明は臆すること無く
「宮永は神主を務め、多くの一族が神やら妖怪やらと交信してきましたから不思議な事があってもおかしくは無いのですが···上総殿、隠れて動くと幽霊扱いされますから貴女は堂々と姿を現してもらいたい」
『あらそうですか。ではこれからは普通に姿を現すとしますね。なに、神の乗る船です。簡単には沈みませんよ。幸運や加護で人知を超えた力や災から護りますからね』
席から立ち上がり、彼女は艦長達と握手をしていく
『全員にも私のことを伝えておいてくださいね』
彼女達は船から半径50キロ以内しか動けない事も言われた
体調思わしくない陛下に代わり親王殿下が横須賀に訪れ、上総、下総姉妹と極秘裏に面会をし、皇家の家紋が入った軍刀を彼女達に授与された
その後海軍の機密とされながらも艦内でアイドル的な扱いを受けることとなる
戦艦上総、下総の射撃成績は旧型艦に比べてずば抜けて優れており、世界にスペックを公表したのだが、世界は猿真似の戦艦とスペック詐欺扱いをし、まともに取り扱わなかった
ただ国産でこれだけ優秀な戦艦が造れるならと金剛型巡洋戦艦計画は宮永財閥や宮永財閥から技術指導を受けた各海軍工廠にて建造が進められ、1911年に呉、横須賀、小樽、苫小牧の4箇所で着工し、その4隻にも妖力コアが取り付けられた
また国産飛行機や自動車の研究も各財閥や工場と共同で行われ、輸入した航空機やTフォードをこねくり回し、日本の道路事情からオートバイや小型トラック(軽トラ)の開発が急がれ、軍用車が多数造られるが、宮永財閥が開発した壱式エンジン(10馬力、1L25キロ走行)を開発し、値段も当時の他の自動車エンジンに比べると廉価だった為に共同開発で協定を結んでいた10の財閥と20の会社に使用料を取ることで技術を提供
古河財閥がそれにボディーを乗っけた3輪小型トラックが車が5000円の時代に1000円で売り出し、瞬く間にヒットし、それを模倣した自動車が多数販売されていく
一方エンジンを開発した宮永財閥は北海道の石炭採掘や東源郷の無限の鉄鉱石、それを使った鋼鉄や造船や鉄道関係、生糸の輸出などでも儲けを出していた
が、一番力を入れていたのは重機の開発であり、トラクターの販売を強化
一村1台をスローガンに組みやすいローンを作ったりして販売していたが、どっかの馬鹿が
「重機に大砲を乗っけたりしたら移動楽じゃね」
として戦車の原型になる装甲車の開発がスタート
直ぐにタイヤから無限軌道に切り替えられ、1912年に試作1号車が完成
ボブ・センプル戦車に似た何かだったが直ぐに改良が施され、第一次世界大戦前には史実の試作1号戦車より優れた物が完成
更に妖力コアがモーターと相性が良いことが判明し、ガソリンではなく水をいれることで動く仕組みに変更したところ、モーターはしっかりと発電し、時速40キロの快速となる
まぁ最大速度を出すと無限軌道が壊れやすくなるので改良は必要だが···
他には飛行機の可能性に取り憑かれた馬鹿が妖力コアエンジンを使って全金属製の飛行機を作ったりしていた中、サラエボ事件が発生し、第一次世界大戦が勃発するのだった