イーペル···ベルギーにある街であり、ドイツと連合国が幾度と戦場となった場所だ
第一次イーペル会戦ではイギリス軍の必死の抵抗によりドイツ軍は攻撃を停止し、イーペル突起と呼ばれる戦線に突起ができていた
この突起を守るのはイギリス第2軍であり、その中には宮永財閥所属の重桜の兵士達の姿もあった
冬の間西部戦線は膠着しており、動きはもっぱら東であった
ロシア軍がドイツに奇襲を受け大損害を出したり、二重帝国軍が冬季に山越えを実行して80万人近くの損害を出したり、イギリス軍がオスマン帝国のイスタンブールに攻撃しようとダーダネルス海峡を突破を試みて失敗したりしていた
雪が溶け、砲撃により泥地と化した戦場でドイツ軍による攻勢が始まろうとしていた
「俺達は後方の実験部隊じゃねーんだぞ。確かに使える兵器を送ってくれって言ったが零式三銃身突撃銃なんてゲテモノよこしやがって」
「銃身が30発撃つ毎に回転してその間に他の銃身を冷却して銃身の耐久性を強化したと言えば聞こえは良いが、小銃なのに9キロもあるかならこれ」
「しかも1弾倉100発ですから重いこと···怪力の我々でもキツイのに、欧州の人達はこれどう使うんでしょうね。渡されても困るでしょうに」
「俺等には無いけど輸出版だと三脚が付いているらしい。ガトリング砲に近いからな」
「それただの機関銃じゃないですか」
「でも銃身の冷却性能は良いらしくて機関銃としては評判は良いぞ」
「じゃあ俺達も機関銃として運用させてくれや、なんで突撃銃やねん」
そう塹壕の中で愚痴を言っていると
「大変だ! ドイツ陣地から緑色の煙が迫って来てる!」
「何!?」
塹壕の中から外が見える塹壕潜望鏡にて外を確認すると確かに煙が迫って来ていた
「···あの色、塩素ガスだな。水をタオルに染み込ませて口を塞げ、最悪小便でも良い、とにかく水を含んだ物で口と鼻を守れ」
数分後ガスが蔓延し、毒ガスの霧に晒されるが、妖怪化故に毒物耐性が高かったからか、重桜の兵士達は耐える事に成功
しかし近くのフランス軍は壊滅的被害が発生しており、約5000人が死亡、負傷者は数倍にも及び、フランス軍は壊走
重桜の2個師団が4倍近いドイツ軍を相手しなければならなくなる
イギリスBEF(大陸派遣軍)軍司令部では共同で防衛に当たっていたフランス軍が壊滅したという報告に混乱が生じていた
「イーペルのフランス軍が壊滅した!?」
「ドイツはハーグ条約を違反して毒ガスの使用に踏み切ったようです」
「戦線は」
「重桜の部隊が遅滞戦術を行っているようですが、壊滅は時間の問題かと」
フランス軍が守っていた位置はイーペル北部であり、突起にドイツが食込む形となれば包囲の危険性があり、イーペルが陥落してそのままフランス沿岸部を占領されればイギリス本国と大陸派遣軍の連絡網が遮断される可能性も秘めていた
更にフランス沿岸部を占領されればドーバー海峡の制海権にも影響が出てくる大問題である
イーペル突起を放棄するとしても組織的な撤退をしなければならなかった
そこに更に続報が到着する
「で、伝令!」
「ドイツが重桜の部隊を突破したか!」
「いえ! 重桜の部隊がドイツの撃退に成功し、戦線の防衛に成功しました!」
この報告を受けた将校は後に
『死刑宣告を待つだけだったのが逆転無罪となったのと同じ喜びであった』
と語った
防衛成功の鍵は試作品であったが零式三銃身突撃銃による移動射撃とドイツ軍の油断であった
毒ガスで無力化されたと思ったところからの極めて強力な反撃が行われた為に不意を打たれた形となる
結局ドイツ軍は攻勢時8万人近くの兵士が居たが、1万人近くの犠牲を出し攻勢は頓挫
重桜も400人近くの死傷者が発生したが、戦果を考えれば微々たるものであった
ただ一度の失敗するで諦めるドイツ軍ではなく、今度はイギリス軍陣地に向けてガス攻撃を実行
重桜の兵士の様に上手くいくことは無く、戦線を突破され、突起に穴が空いてしまう
「何としてでも奪還せよ」
1915年4月23日夜、温存されていたカナダ第1軍団を投入し、夜襲を実行
数キロ進むことに成功するもののドイツの第二陣に阻まれ攻勢は失敗
しかしここを奪還しなければ包囲される危険性があり、更にこのイーペルはベルギーに残された最後の街としてベルギー軍の希望にもなっており、イギリス軍は無理をしてでも突起を維持する必要があった
その為ドイツに占領された地点に第二次攻勢、第三次攻勢と繰り返されたがどれも4000名近くの死傷者を出して失敗
それでもイギリスは突起の維持をしようと奮闘した
これは戦略的理由だけでなくフランスが援軍を送ってくれるという約束があったからであったが、5月1日、フランス軍側から援軍は送れないと連絡があり、イギリス軍司令官は激怒
突起を維持できる戦力が無くなったことで突起を放棄して撤退することになる
この撤退をもって第二次イーペル会戦は終結
撤退後大日本帝国陸軍と入れ替わりで重桜所属の兵士達はフランス西部にで束の間の休暇をいただくこととなる
一方大日本帝国海軍はというと欧州に到着し連合国軍に強烈なインパクトを残していた
カタログ詐欺と思われた戦艦上総、下総はカタログ詐欺ではなく、隔絶した戦闘能力を誇り、欧州到着から3ヶ月でドイツがイギリス沿岸部での遭遇戦にて自慢の35.6cm連装砲が火を吹き、巡洋戦艦1隻、軽巡洋艦3隻を沈める大戦果をあげていた
また潜水艦による魚雷攻撃を上総は受けたが、4本の魚雷が船体に突き刺さり、爆発するも自慢の防御力と計算された浮力をもって無事であった
イギリス軍は日本が開発した戦艦の秘密を暴こうと修理の為に停泊したイギリスの港で工員達による解析が進められたが、凄まじく頑丈な艦ということ以外よくわからなかった
あと損傷した箇所の傷が翌日には直っていたとかそういう不思議な現象が多発していた事も記録されている
イギリスは東洋のモンスターと上総、下総の姉妹艦を呼び、尊敬と畏怖を集めた
一方ドイツの無制限潜水艦攻撃によりバカスカ商船が沈んでいたことで一隻でも多く使える船を作る必要が出てきたため、新技術である溶接を船舶に流用し、実験が行われ、北海道や樺太、沿海にある宮永財閥35箇所の造船所がフル稼働し、大型船舶の造船が行われた
これにより莫大な利益が転がり込んでおり、それを更に設備投資や新技術の投資に行われていた
更にドイツの潜水艦に対抗するため輸送潜水艦計画が発案され、宮永財閥独自の潜水艦も開発されていった
勿論軍事技術は海軍にも提供されたが、技術の蓄積が北海道から北部地域と他の地域では隔たりがあったりするのだが、技術を流して差を埋めようと努力していた
ただ、この大戦で一番儲けた財閥は間違いなく宮永財閥であり、戦争終結直後には大日本帝国の国家予算と同じ規模の収入にまで成長することとなる