尼子経久の命令により尼子先鋒としての命令を受けた元就は直ぐに行動を開始した
まず安芸武田領を兵を率いての侵入は武田家を警戒させるだけだとして元就は信用できる若い家臣十数名のみで武田領に入ることにした
「随分と大胆な行動に出ましたなぁ元就様は」
「おい、宮永、元就様に対してお前は馴れ馴れし過ぎるのだ」
「赤川止めよ、私は気にしては居らぬ」
「しかし、元就様」
「照継は私が一番辛い時期に支えてくれた者なのだ。お主らも自領を照継の農地改革で恩恵を受けたであろうに」
「まぁそうですが……」
「気に喰わんか? 赤川殿、私が元就様に特別扱いのようなのを受けていて」
「あぁ、気に喰わん!」
「お前らなぁ……」
「上々上々、元就様は私に対して優しいですが「おい!」私には皆様譜代の方々に無い物があります」
「なんだ?」
「血ですよ。私は元々農民の家、皆様の様な武家の家柄でもなければ歴史も無い……成り上がりと言えば聞こえは良いですが、格が無い為実力のみで這い上がらなければならないのですよ。確かに鬼を従えました。神の嫁を得ました。子供も沢山居ます。しかし、私が頑張らなければ私の代で家は終わります。兄弟、親族に武士が居ない故に媚びへつらわなければ終わるのですよ」
「神主の職は得ましたが他の神社からの分社ではなく毛利家に認められた神社です。毛利が潰れれば私の所領も失われるのです。故に必死なのです」
「赤川殿、私の覚悟はわかりましたかな?」
「あぁ、悪かったな……親族居ないのか?」
「ええ、そもそも宮永の名字は元就様の祖父である毛利豊元様が付けてくださったと言われていますので、祖父も父も子が嫡子しかできなかったようで……」
「照継、お前の子供は鼠の様に増えておるがな。今何人だ?」
「52人ですな。男28の女が24」
「作りすぎだ馬鹿」
コツンと元就にひっぱたかれる
「でも私が広めないと宮永の家系は無くなるので優秀な子を作らないと」
「家督の相続とかはどうするのだ? 絶対に揉めるぞ」
「一番金を稼げる者を家長としますよ」
「か、金?」
「ええ、金です。武功もいつかは稼げなくなる、田畑の広さは争いの元となる。ならば金で争わせるが流血が無くて良いでしょうに」
「この様にこやつは切れ者であるがうつけ(馬鹿)だ。我々武士の考えとは違う。異質故に私は近くに置くのだ」
「元就様、確かに宮永はうつけですな。今ストンとふに落ちました」
「あれー? 俺馬鹿にされてない?」
「「している」」
「しゅん」
武田領の関所に到着すると関所の兵達が元就を取り囲んだ
「毛利方の武士と思われるがこの中に毛利元就はおるか」
「某だが?」
「有田の地で散った親父の恨みここで晴らさせてもらう!」
「まぁ待て若いの、確かにそなたの父を討ち取ったのはこの毛利元就の兵だが、この度はそなた達を助けるために来たのだぞ。困るはそなたらの主武田光和殿ぞ」
「くっ!」
「それでもなお斬りたければ私を斬れば良い」
「「「元就様!」」」
「お前達は黙っておれ」
「……某にはできませぬ。父の仇とわかっていても殿を困らせるわけには参りませぬ」
「小童、名前をなんと言う」
「又兵衛、足軽故に名字は無い」
「ふむ……照継、こやつに名字を与えてやれ」
「な! 今まで殺そうとしていた相手だぞ」
「良い、お主の主への忠義気に入った。のう、熊谷殿この小童に名を与えるのは良いか?」
兵達の奥から熊谷元直の息子熊谷信直が出てくる
「お初にお目にかかる。元就殿。父を討ち取った者がどんな悪どい奴かと思えば、一兵に対しても腰が低くて驚きもうした」
熊谷元直は有田の戦いにて元就が身を呈して討ち取った武田の名将である
その子供の熊谷信元はこの瞬間まで元就を恨んでおり、兵達に元就を見つけ次第殺せと命じていたが、元就の人柄の良さと腰の低さに考えが揺らいでいた
「私は昔家臣に押し込められてあばら家にて生活をしておってな。その時に村の者やそれこそ一兵達と共に遊んだり学んだりしたのだ。一兵だからといって蔑ろにしてはならない。民が居っての武士、民が付いて来ぬ武士は武士ではあらずぞ」
「なるほど、我が父はこれ程の器の大きな者に討たれたのですね。この熊谷信元感銘致しました……そして黄泉帰りの宮永照継殿ですな。噂は聞いておりまする」
「ここまで広まっていましたか」
「黄泉のイザナミから奥方を貰うとは神話でもなし得なかったこと。さぞ美しい姫君だとか」
「熊谷殿の妹君には及びませんよ」
この熊谷信元の妹は絶世の美女であり、主君の武田光和と結婚していた
中国地方一の美女とも言われていたため武田光和がやや無理やり側室にした経緯があったのだが、その為本妻との間に亀裂が入り、信元の妹は本妻に虐められた末に城から逃げ出して兄の信元の城に匿って貰うという事件が起こるほどであった
そんな自慢の妹を誉められたからか熊谷は更に機嫌が良くなり、照継に部下の足軽に名字を与えることを許し、家が高い位置にあることと、好物が鴨らしいので高鴨という名字を与えた
高鴨又兵衛はその後多くの戦で活躍して名をあげていくこととなるが、まだ15の若造であった
話していくうちに熊谷と元就は気が合い、熊谷の案内で武田光和と面会する
光和も父の仇であるが元就の軍略を高く評価しており、元就が行う策を全力で支持した
元就の策というのは桜尾城と厳島の乗っ取りであり、まだ尼子に従属した事を知らない大内家に対して少人数で桜尾城に出向き、城主の安芸方面守将の内藤興盛を偽書を使い別の城を武田家が攻めるから援軍を送り、桜尾城の兵数を減らしたところを武田主力に攻めさせる策であった
また桜尾城の北西にある中山城(森の中にある山城)の近くに木こりを派遣して櫓を建て、作戦が実行したら盛大に燃やすように指示した
連絡役は照継が雇っている忍び衆が行い、元就の指示を逐一武田主力のいる銀山城に送らせる
元就と共に照継は大内軍の居る桜尾城に堂々と入り、潜入に成功する
守将内藤興盛と元就が軍儀を開いた後に照継も呼ばれ、興盛に旅の話をしてくれと言われたので語るとそれはもう喜んだ
大内家は文化的教養が高く、国取りとか先祖の妖怪退治などの物語を好むため、旅先での妖怪達や神との出会い、そして関東まで行き、一代で国を手に入れた伊勢家の宗瑞の話をすると大いに盛り上がり、更に武芸を見せてほしいと言われたので城にある大岩に杭を刺してそこをおもいっきり丸太で叩きつけて割るというパフォーマンスを行ったりして大内の将を喜ばせた
「今(源)頼光いや、怪力や鬼を従えているから今酒呑童子の照継殿に守られたのならばこの城は落ちまい!」
と内藤興盛は安心してしまい、元就の策に従って桜尾城の兵の多くを武田光和に書かせた偽書に中山城を攻めるという密書に見立てた物を見せ、中山城救援に兵を送ると、夜には櫓を燃やした為中山城が落ちたと内藤は勘違いを起こし、厳島の守兵も中山城奪還の為に送り込んでしまった
元就はその間に城に細工をし、東門のかんぬきを外し、毛利の旗を立てた
そして闇夜に紛れて城を脱出して半刻後、武田主力は手薄になった桜尾城を夜襲、かんぬきが外された東門から雪崩れ込み、直ぐに城内を制圧していった
内藤は桜尾城が落ちたのを知ると元就の計略にハメられたと察し
「天晴れ、元就の知略誠に恐ろしいものよ」
と称賛し、厳島と桜尾城を放棄して南へと防衛線を下げた
櫓を燃やすこと、城に毛利の旗があることを計略成功の合図にしていた武田軍は幾度も攻めても落とせなかった桜尾城、更に厳島神社を手に入れ元就に大いに感謝すると同時に元就の知略の凄さに舌を巻くのだった
元就はまず桜尾城を兵を出すこと無く落とすことに成功すると、一旦毛利領に戻り、今度は兵を集め鏡山城攻めを始める
吉川隊2500
毛利隊1000
尼子新宮党2000(尼子の最精鋭部隊)
で合計5500であるが新宮党は毛利や吉川の監視役であり、戦いに積極的に介入しない旨を話され、堅城鏡山城を3500で落とさなければならなかった
照継は男の鬼衆50名を動員し、金屋子神が打った金棒や大太刀と照継が甲冑師に注文して作らせた、緑に染めた防具を装備し、彼らを率いて出陣した
鬼衆の平均身長は2メートルであり、この時代の男の平均身長が160ちょっとなのでとても大きく目立つ
照継は城攻めということで彼らに大きな木盾を用意し、配っていった
鏡山城は山や崖に囲まれた作りの城であり、城内に入るためには急な坂道を登り、門を破らなければならない
丸太などを打ち付けて門を破るのが定石であるが、坂道で勢いが殺されてしまい、かといって城壁を超えようとするには長い梯子が必要で、登っている間は無防備になるため梯子を外されたり、弓を射られたらひとたまりもない
しかも守将として守るは蔵田房信と叔父の蔵田直信であり、大内の安芸統治の最重要拠点を守るに相応しい将であった
「宮永様、弓が雨の様に降ってきて鬼の俺達でも進めねぇ! 体が大きいから狙い撃ちされる!」
「元就様に策がおありだ。死なないことだけを考えろ」
「「「へい!」」」
「武功を稼ぎたいところだが、元就様の名前を売るがお家の為、ここはじっと我慢」
翌日、今日も攻撃をしようとすると城門が開いており、更に城に火の手があがっていた
「元就様の策がなった! 者共城に突入だ!!」
元就の策は守将の蔵田の一族が実は仲があまりよろしくない事を利用し、叔父の蔵田直信に蔵田房信を討ち取れば尼子の覚えよろしく、所領安堵の上に蔵田家の家督相続も力添えするという内容で裏切らせたのであった
蔵田直信は元就が大内の殿様や尼子から一目置かれていることを知っていたため、内容に信憑性が増したため、裏切りを実行
結果僅か2日で鏡山城は内部から瓦解して陥落
照継達は武功をあまり稼げなかったが、それでも勝てたし、鬼達も初めて出る戦の空気に慣れることができたのが収穫であった
元就は蔵田直信と主君の幸松丸を引き連れ、難題を達成したことで所領の加増か多くの褒美が貰えると思い尼子本陣に顔を出すと怒り心頭の尼子経久が居た
「よくもまぁ俺の前に顔を出せたものだな。お前らに恥というものは無いのか! 蔵田直信、お前は甥を助け城を守る立場でありながら欲に負け自身の都合で甥を殺し、大内を裏切った。武士、いや、人の風上にも置けぬ野郎だ。犬畜生ですら身内を大切にするのにそれ以下だ。おい」
経久は家臣に声をかけると幸松丸が居る目の前で蔵田直信を斬殺
「元就、お前も汚い策と虚言にて戦を汚し、武士としてあるまじき所業、よって死罪が妥当だが、城2つを落とした功績と相殺とする」
元就は自らを囮として敵陣の中に飛び込み策を実行したり、幼い幸松丸の代わりに鏡山城で一番危険な箇所の指揮を担当したりと身を呈して頑張った
それなのに加増も褒美も無い
一方他の国衆には褒美を出して飴を与えた
尼子経久は毛利家、いや毛利元就を潰しに来ていた
今回の件で元就は裏切らせた蔵田直信を尼子経久に処刑されたことで約束破りをしたことになってしまい、信用を失ってしまう
これで元就の謀を封じてしまったのだ
更に追い討ちをかけるように幸松丸に首実検を最前列で見学させ、気絶しそうになれば叩き起こされ、臓物がひっくり返りそうになるまで吐かせるという精神攻撃をも行われた
幸松丸は尼子経久の嫌がらせにより体調を崩してしまい、精神を病んで悪夢にうなされるようにもなり、そのまま毛利領に帰国して直ぐに病没してしまう
まだ9つの歳であった
これにより始まるは毛利家宗家断絶による毛利お家騒動の始まりであった