一級呪詛師の青江さん   作:白白明け

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皆様の暇つぶしになれれば幸いです
(^^)


クソみてぇな男

 

 

その感情を明確に言語化できた人間が、かつて一人だけ居たと聞く。脳髄から染み出る冷気。臓腑から湧き上がる灼熱。怒りや悲しみ、混乱や狂気すらも置き去りにした機微。半紙に垂らした墨汁が広がる様に、俺様に内に湧き上がる本能が目の前の男を殺せ(呪え)と叫ぶ。

 

身長190センチを越える長身。長い黒髪を結い、胡散臭い袈裟姿。

そして、額にある“縫い目”。その目が、声が、俺様の脳髄と臓腑を逆撫でする。

 

躊躇はなかった。着衣のままの入浴が功を奏した。

俺様は温泉から飛び上がり、縫い目の男に飛びかかる。

呪力による呪具の具現化。右手に刀。左手に鞘を持つ二刀流。振りかぶる刀は涼しい顔で避けられるが、本命は呪力を込めた鞘での兜割(かぶとわり)

振りかぶった後、頭蓋骨を破壊する鈍い音が響いた。

 

「ヤったか!」

「まさか」

 

縫い目の男を庇う様に亀の呪霊が兜割を受けていた。甲羅を割られた亀の呪霊は塵となって消えていく。呪霊の消失反応。人の肉の臭いがするコイツを呪霊が身を挺して庇った事実。間違いない。『呪霊繰術(じゅれいそうじゅつ)』だ。

それを確信し、俺様のボルテージは更に上がる。

 

「呵呵呵呵呵―‼」

 

呪いの言葉を吐き、術式を発動。『幻術仁呵理』。術式効果は幻覚。それが俺様のクソみてぇな術式(ちから)。縫い目の男に見せる幻覚は俺様自身。現在、奴の目には俺様の姿が十三人に増えて見えている筈だ。俺様の術式を知らないなら、この初見殺しで殺せ(ヤれ)る筈だ。“増殖”か、“分身”か、あるいは“十三倍”か。どれも俺様が特級呪霊であるのなら、あり得る話だ。

幻覚と見破られないのなら、一太刀は当たる。

 

そう信じて振るった刀はまたしても縫い目の男が操る呪霊によって防がれる。

幻覚たちの攻撃は素通りしていった。本命のみが防がれた事実に思わず舌打ちが漏れた。

それを嘲笑うかのように縫い目の男は涼しい顔で俺様を見る。

 

「呪力の濃淡。殺気を見ればどれが本物かくらい分かるさ。“幻覚”。相変わらず、強者には通用しないつまらない術式だ」

「テメェ、俺様を知ってやがるな?」

「ん?私を見て思い出したのではないのかい?」

「かか、何をだ?ただなぁ・・・ムカつくんだよ。その顔が!だから、ぶっ殺してやる‼」

「なるほど、聞きしにまさるクソさだな」

 

術式は無意味。幻覚は通用しない強者。そういうクソを殺すために、俺様は刀剣術を磨き上げている。呪力で強化した肉体で行う素振りは鎌鼬(かまいたち)を生む。放つ無数の斬撃が縫い目の男を襲うが、コレは失敗だった。手数という点において『呪霊繰術』は抜きん出ている。無数を上回る数の烏賊の呪霊が、無限の弾丸となって放たれる。

 

「クソ!」

 

切り落とす。切り落とす。切り落とす。数秒して時間の無駄だと気が付く。縫い目の男がどれだけの呪霊を従えて居るかは知らないが、このままでは埒が明かない。弾幕が一瞬だけ緩んだ隙に空中に逃げるが、次の瞬間には左足に百足の呪霊が絡みついていた。

俺様は地に落される。其処に襲いくる数多の呪霊。

 

「くそ、クソがアアアアアアああアアア‼」

 

術式の格がどうしようもないほどに違う。劣等感が俺様を襲う。そして、それ以上に、縫い目の男がその術式(ちから)を我が物顔で使っている事が何故だか無性に許せなかった。

 

掌印(しょういん)を結ぶ。

作る形は連なる菱形。どこか懐かしいクソみてぇな形(青江一門の家紋)

 

「領域展開ッ‼『()()大唱(たいしょう)地獄(じごく)()軍団(ぐんだん)』‼」

 

生得領域の具現化。俺様の世界では、月が笑う。

 

「かかかかかー!何が見える。何が見えるぅ!これがテメェの苦しみだぁ‼」

 

縫い目の男が従える呪霊たちと対峙するように俺様の回りにも化物どもが現れる。幻覚として魅せるのは百鬼夜行。悪鬼羅刹の極楽浄土。牛頭(ごず)馬頭(めず)土蜘蛛(つちぐも)塗壁(ぬりかべ)。子泣き爺までいる。有名どころは抑えたつもりだ。

 

「地獄の冷たさに晒されてぇ!骨まで凍って此所で死ねぇエエエエエエエ‼」

 

百鬼夜行を率いながら、俺様は縫い目の男へと挑んだ。

 

 

 

 

 

「本当に、つまらない術式だね」

 

縫い目の男-夏油の肉体(がわ)を被った呪詛師。その正体は脳を入れ替える事で肉体を渡り歩くことの出来る術式を持つ千年を生きる術師。名を羂索(けんじゃく)

羂索は夏油の肉体の記憶から目の前の仮面の呪霊の生前を知っていた。

 

青江(あおえ)貞次(さだつぐ)”。

五条悟と夏油傑の二つ上の先輩として登場した彼は、羂索からすれば端役もいいところの存在だった。

 

「何も成せず、何も生まず、ただ死に、絶えた人間(もの)。つまらない君にはぴったりの術式だ」

 

天才からは程遠かった彼が呪術の奥義とも言える領域展開にまで至れたのには絡繰りがある。通常、領域展開に付与される効果は『必中必殺』。しかし、それは現代(いま)の話。

領域は昔の術師にとって今よりもずっとスタンダードな技術だった。羂索はそれを知っている。

 

「君の領域は強者にとっての『必殺』たりえていない。『必中必殺』の必殺部分を省いたその領域は、昔の一般的な領域の性能と同じだ。領域を構築する条件のハードルが低いのさ。それが絡繰り。君は五条悟や夏油傑とは並べない。ただの・・・雑魚だ」

 

羂索は青江を見下し笑う。

青江が産み出した化物たち。迫るそれらを脅威とは見なさない。

 

「立派に見える化物共も、所詮は幻覚。何もせずとも私の身体を素通りす―――

 

牛頭がそのムカつく横っ面をしばいた。

 

―――カハッ⁉な、なに⁉見えている化物達は幻覚な筈だろ!」

 

混乱する羂索を尻目に周囲を取り囲んだ化物達が羂索をしばき倒す。

それを見ながらに青江は笑う。

 

「かかか!いいザマじゃねぇか!ニヤけ(づら)が消えてんぞ‼」

 

笑う。笑う。嘲笑う。それは己の特権だとでも言いたげに耳障りな笑い声を散らす青江は混乱する羂索に術式を開示する。

 

「テメェの言うとおり化物共は幻覚だ。だが、領域効果によってその幻覚はよりリアルに成る!非実在と分かって尚も感じる生命の危機ッ!強者で在れば在るほどにッ、感じずにはいられねぇ‼」

「つまりは幻痛(げんつう)。反転術式も無意味と言うワケか」

「かかか!その通りだ!在りもしねぇ傷に苛まれッ!不様に死ねよッ!クソ野郎‼」

 

『術式の開示』。それによって得られる術式の威力の上昇。己の術式を羂索に知られるより、後者の利の方が高いと判断した結果の行動。

()()()()()()()()()仮面の呪霊()青江貞次()たり得ている。

 

「なるほど、己の魂を抑留する縛りで得た新たなチカラか。つまらないと言ったのは取り消そう。使い方次第では、厄介なチカラだ。・・・だが、私に領域で勝負を挑んだのは、失敗だったね」

 

羂索が掌印を結ぶ。感じる痛みが幻痛であり、目に映る自らの怪我が幻であるのなら、無視してしまって構わない。その判断が出来るからこそ、彼は強者たり得ている。

 

「領域展開『胎蔵遍野(たいぞうへんや)』」

 

同時に領域展開が成された時に起こる領域同士の押し合いは、相性や呪力量を加味し、より洗練された術がその押し合いを制する事となる。

青江の領域『呵々大唱』には“必殺”の部分が欠けている分、領域の外殻を構成するのは容易く、また硬い。加え、生前一級相当の術師であった己の魂を抑留し、()()()()()()ことで得た呪力量は特級呪霊の中でもトップクラスである漏瑚すら上回るポテンシャルを持つ。術式の格は落ちれども、呪力のぶつけ合い。領域の押し合いにおいてなら、青江の実力は高い。

 

「かかかかかかー!いいぜッ、掛かってこいよ‼」

 

それすらも一蹴する結界術の実力差が両者にはあった。

 

「あ?」

「フフ」

 

拮抗は僅かに五秒。青江の領域『呵々大唱』は羂索の領域『胎蔵遍野』に圧されて消え始める。

羂索は千年を生きた術師。日本全土を覆う結界を張り、現代の呪術師の基盤を作った結界術の生きる伝説“天元(てんげん)”にして自らと肩を並べると言わしめる結界術の使い手。

 

青江貞次程度では、相手にもならない。

 

「やはり君では後輩を弔うことですら、力不足のようだね。()()

「くそ、くそくそくそ、クソがアアアアアアアアアアアアああアアア‼」

 

羂索の領域は青江のモノとは違い現代のモノ。即ち、“必中必殺”の効力を持つ。

青江は羂索の領域効果に呑まれて祓われる。

 

その刹那―――二人を包む領域外から、三者三様の祝詞(のりと)が聞こえて来た。

 

「領域展開『蓋棺鉄囲山(がいかんてっちせん)』」

「(領域展開『朶頤光海(だいこうかい)』)」

「領域展開『自閉円頓裹(じへいえんどんか)』」

 

青江の断末魔を聞き、彼を救うために期せずして行われた漏瑚・花御・真人の三者による領域展開による介入。如何に羂索が結界術の天才といえど青江を含め四名もの特級呪霊との領域の押し合いとも成れば己の優位性を保つ事は難しく、いずれかの領域に呑まれる前に拮抗状態の破棄を選択。

全ての領域が音を立てひび割れながら消滅し、周囲の風景は山奥の温泉へと戻った。

 

呪霊(きみたち)にそんな情があるとは知らなかったよ」

 

羂索は膝を付く青江を庇う様に立つ漏瑚と花御、そして、青江を指さしてゲラゲラと嗤っている真人を見ながらに言う。

それに対して漏瑚は舌打ちをしながら、羂索を睨んだ。

 

「儂らは同じ目的の為に動いておる。100年後の荒野で笑うのが儂らである必要がない故に誰が滅そうと問題ではない。が、此所で此奴を失うワケにはいかぬ」

「そうかい。悪かったね。ただ正当防衛だと言うことは、分かって貰える筈だ。私は彼が襲い掛かってきたから、対処したに過ぎない」

「其処が解せん。羂索、貴様は此奴の事を知っておったな」

「隠すつもりはないよ。私は、というよりこの肉体の持ち主が生前の彼を知っていた。それだけのことさ」

 

羂索は両手を上げ、戦意が無い事を示しながら漏瑚の質問に答えた。

 

「元呪術高専所属でありながら呪詛師に堕ちた男。名を青江貞次。悪名高き青江一門の正当後継者。まあ、彼の死以前に何故か青江一門は壊滅していたらしいけれど。ともかく彼の生前は、それなりの血筋のそれなりの術師だよ」

「青江、か。おい、何か思い出したか?」

 

漏瑚の視線を受けて、息を切らしていた青江はようやく立ち上がると頭を掻きながら唸る。

 

「青江、青江、それが俺様の名前ねぇ。あー、確かに喉につっかえていた小骨が取れた気分だわ。そんな名だった気がするし、それでいいんじゃねぇのか。何時までも名前がねぇのは不便だったしよ!かかか!」

「はぁ、他人事か。まあ良い、呪いに転じた個人が生前の自我を色濃く残すとは思えん。貴様の生前(まえ)がどうであれ、儂らには関係のないことだ」

「・・・かか」

「ウワッ!ビックリした!きっつ、今の笑顔キッツいよ!ねえねえ、もう一回してみろよ!」

「うるせぇぞ!真人!殺すぞ‼」

「うわー!()()が怒った!助けて花御(はな)えもん!」

「(真人、あまり()()を揶揄ってはいけませんよ。フフフ、名があると言うのは、良いことですね)」

「ぷぶぅ。ぷぶぅー」

 

目の前の光景を見て呪霊(こいつら)にこんな情があるとは知らなかったと、羂索は改めて驚くと同時に内心で(呪霊の分際で)と吐き捨てる。それを気取られない様に薄ら笑いを浮かべながら、もう自分には戦意がないと繰り返す。

 

「大方、この肉体の持ち主と彼の生前には浅からぬ因縁があったのだろう。だから、私を殺したくなった。しかし、見ての通り今は()()()()()。改めて自己紹介をしておこうか。私の名は羂索。漏瑚たちとは共闘関係にあるんだ。よろしくしてもらえるかな、青江」

「・・・かか、前に漏瑚の奴が言ってた術師(にんげん)がテメェか。話は聞いてる。その場に俺様が居ればテメェの顔がムカつくって理由で話をご破算にしたが、順平との映画を優先したからなぁ。今更にグチグチと言う気はねぇよ。よろしくしてやる」

「いいのかい?未だに君は私を殺したいだろう」

「人を殺してぇってのは呪霊の本能さ。漏瑚が決めたことだ。テメェに利用価値がある間は抑える位はワケねぇんだよ」

「それはよかった」

 

羂索から差し出された手を青江が握り、此所に手打ちが成立した。

 

閑話休題。

そうして再び全員(みんな)で温泉に浸かった。

 

その中で真人が青江に尋ねる。

 

「なあなあ、さっき言っていた順平って誰だよ。名前からして人間だろ」

「かかか、俺様が()()()()()人間だよ。そろそろテメェらにも紹介できると思うぜ。花御からの北海道土産が良く効いているんだ」

「あー、そういえば花御は最近、どっか行っていたっけ。で、その土産ってなに?」

「(アイヌの呪術連が秘蔵していた特級呪具の呪面(じゅめん)ですよ。真人。青江に頼まれて盗んで(いただいて)来たのです)」

 

花御の言葉に羂索が驚きの表情を見せた。

 

「【メルキド四面】かい?また面白いものを盗ってきたじゃないか」

「かかか!テメェにゃやらねぇぞ。勿論、漏瑚の蒐集に加えさせる気もねぇ。俺様が使うんだ」

「へえ、“被った者を半呪霊化させる面”なんて、何に使うんだい?」

「そんなもん・・・決まってるじゃねぇか!俺様は呪霊だぜ?かかかかかー!」

 

 

山奥に呪いの声が木霊していた。

 

 

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