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2017年12月24日。
俺様は京都にいた。
呪いの坩堝である東京と呪術の聖地である京都に夏油の術式『呪霊繰術』で支配下に置いた二千の呪霊を放つ未曾有の呪術テロ『百鬼夜行』。
だが、その大仰な催しもブラフに過ぎない。
夏油の真の目的は乙骨憂太を東京の呪術高専で孤立無援に追い込み、乙骨の持つ特級過呪怨霊“折本里香”を手に入れること。
それさえあれば世界が変えられると夏油は言った。
「懸念材料は、五条。あのクソを足止めするために、東京にはミゲル。京都には俺様が派遣された。後輩の癖に先輩の俺様を使うってのはクソだが、実際適材適所だろう。五条は
京都の街に放たれた千を超える夏油の呪霊。その大群の中を歩く俺様の前に現れたのは、見知った美女と見知らぬサラリーマン。そして、最近知り合った学ランゴリラ。
冥冥と東堂。二人が揃っているだけでクソだというのに、見知らぬ金髪サラリーマンにもまた二人と比べても劣らない雰囲気がある。頭を掻き、溜息を吐く。
手に提げていたビニール袋の中身が揺れた。
「それ、中身はなにかな?」
並んだ三人の内、冥冥だけが笑いながら俺様に話しかけてくる。東堂は興味なさげに俺様を見て、サラリーマンのクソだせぇ眼鏡の下の目は笑ってねぇ。
「金目のモンじゃねぇぞ。牛丼だよ。昼間に駅前の店でテイクアウトを頼んでいたんだ」
「・・・何故そんなものを用意しているのかな?」
「クソみてぇな話だが、俺様は今日死ぬかも知れねぇからな。最後の晩餐ってやつだ」
「随分と質素じゃないか。君、随分と貯め込んでいるはずだろうに」
「かか、値段が高けりゃ美味いってのは馬鹿舌の発想だぜ。俺様にとってのスペシャルディナーはコレだけだ。他の飯なんざ、コンビニ弁当と大差ねぇのさ」
「それは、安上がりで結構だね」
俺と冥冥の雑談に割って入って来たのは東堂だった。
「ミス冥冥。悪いが時間がない。八時からのトーク番組、クリスマス特別生スペシャルに高田ちゃんが、出る!その前に終わらせなきゃならん」
「・・・フフ、青江くん、随分と後輩に舐められているじゃないか。さては東堂くんのあの質問にマジメに答えてあげなかったね」
「クソみてぇな質問に、クソ真面目に答える義理はねぇよ」
「意地悪しないで答えてあげればいいじゃないか。君の女性の趣味は、結構良いと私は思っているよ」
「・・・青江、俺に性癖を隠していたのか?恥ずかしがり屋さんめ!」
冥冥の言葉を聞いて、東堂の口角が上がった。クソめんどくさいことに成りそうな予感しかしない。ゲンナリする俺様だったが、会話で時間が稼げるのなら、悪くはない。
俺様がこうしている間にも夏油は東京の呪術高専に向かい、乙骨から特級過呪怨霊“折本里香”を奪おうとしているはずだ。それが失敗に終わることを俺様は原作知識で知っているが、知っているからこそ、失敗で終わらせる気は無い。
―――先輩!・・・私たちと一緒に来ませんか?
「かか」
気の良い奴だ。術師相手なら善人とすら言える。
「かかか」
そんな男が作ろうとしている新世界。
「かかかかかー!・・・・・・・・・ああ、止めだ。会話で時間を稼ごうとか、そういうのはやっぱ俺様のキャラじゃあねぇよなぁアア‼」
俺様の笑い声を聞いて、冥冥は斧を構える。東堂は笑いながら拳をぶつけ、サラリーマンは背中に収めていた呪符らしきものを巻いた鉈を抜いた。
「三者三様。呪力を見るに一級呪術師。対する俺様はたった一人の一級呪詛師。ピンチだと思うか?かかか、こんなの俺様にとっちゃ街でダンプに轢かれたくらいのハプニングだ。学生時代、あのクソみてぇな二人を相手にしてきたんだからな」
言葉を出して己を鼓舞する。手に提げていたビニール袋を降ろし、腰に差していた大脇差を抜く。
「これが血の赤で染まると綺麗なんだ。人を斬った後の刀を見る度、何度も思う。命って奴は、やっぱり美しいものなんだと」
「・・・一つだけ聞きたいことがあります」
「なんだよ、サラリーマン」
「貴方は理不尽にも家族を殺された遺族の気持ちを考えたことがありますか?」
「テメェは金で人を殺す俺様の気持ちを考えたことがあるのかよ。ねぇだろ。それが答えだ!かかかかかー‼」
サラリーマンの雰囲気が分かりやすく変わる。
表情に出すことはしないが、殺意で一杯って感じだ。
「いい
「冥冥さん。東堂くん。始めましょう」
「そうだね。一千万円にまた逃げられたら、たまらない」
「待て!ミスター七海!ミス冥冥!その前に、どうしても聞いておかねばならないことがある‼」
緊迫した雰囲気を壊したのは東堂。短い時間で理解が出来ている。こいつはクソだ。
「次こそは答えて貰うぞ!どんな女がタイプだ‼因みに俺は、タッパとケツがデカい女がタイプです‼」
「テメェはどうして、そんなクソみてぇな質問に拘るんだ?」
「性癖にはそいつの全てが反映される。女の趣味がつまらん奴はそいつ自身もつまらん!俺はつまらん男が大嫌いだ!だから、もう一度だけ確かめたい‼青江貞次‼高専時代、あの五条悟や夏油傑と渡り合った伝説を持つ男よ‼お前は本当に、退屈な男なのか‼」
「かか、かかか、かかかかかー‼ああ、やっぱりだ。話が通じねぇ、似てるぜ。テメェ、あのクソ共となぁ。良いぜ。答えてやるよ!俺様もクソ野郎は嫌いじゃねぇからなぁ‼」
「俺様のタイプはッ、巫女服が似合う女です‼これがあの場で言えるかクソガキがァア‼」
『冥さんと七海には、京都に行って貰いたい。東京には僕がいるからね。十中八九、こっちだと思うけど、向こうに傑が出た場合は手が足りなくなる。僕が行くまでの足止めを頼むよ』
五条悟からそう言われた時、一級呪術師である七海健人は、軽薄であり個人主義の五条の言葉にしては大局を見据えたモノであると感心した。しかし、続く言葉には僅かに眉を潜め、疑問を抱いた。
『それから、青江パイセンが居たら絶対に逃がさないでよね。あの人を自由にしていたらシッチャカメッチャカになっちゃうから。ああ、でも一人で戦う事はオススメしないかな~。少なくとも冥さんと七海の二人。出来れば京都校の葵を呼んだ方が良い』
一級呪詛師、青江貞次の名は七海も聞いたことがある。五条の所為で衰退した呪詛師界隈で、尚も名と顔を出して活動している凄腕の呪詛師。五条の呪術高専時代の先輩。年が三つ離れて居たため、七海は青江と直接的なやり取りをした事はないが、伝説的な噂話は聞いている。
学生時代から特級術師であった五条と夏油の二人を相手に
二人の実力を知る者としては眉唾ものである噂の真偽を確かめた時、五条は言った。
『それは全くの嘘だね。青江パイセンは一度だって僕や傑と引き分けたことすら無いよ』
そう言っていたじゃ無いかと疑問を呈した七海に対して、五条は笑う。
そして、その場に同席していた冥冥が言葉を紡いだ。
『青江くんは強いよ。何しろ、あの五条悟を相手に事前準備ナシで五分間も戦える』
『冥さんってば、目の前に居る相手に“あの”とか、なくなくな~い』
『フフフ』
冥冥の言葉に
“五条悟は最強だ”。
それがこの国の術師が持つ共通認識。その五条を相手に五分間時間を稼げと言われて、それが実行できる者は呪術界を見渡しても片手の指ほどの数もいないだろう。事前準備ナシとなれば、数は更に減るだろう。
一級呪詛師、青江貞次。
夏油傑が呪詛師に堕ちる以前は、“最悪の呪詛師”と呼ばれていた男。
「俺様のタイプはッ、巫女服が似合う女です‼これがあの場で言えるかクソガキがァア‼」
ああ、巫山戯ていると、七海は舌打ちをした。
クソみてぇな状況だ。俺様の命を金に換えようとするクソ女の冥冥。クソキモい筋肉ゴリラの東堂。そんで“七海”とか呼ばれていた金髪眼鏡サラリーマン。
三人共が少なく見積もっても一級呪術師だろう。俺様のランクも同じ一級。一級同士の戦いには心が躍るが、三対一となれば話は別だ。
真正面から戦って勝てると思うほど、俺様の頭は御目出度くねぇ。
「良い趣味だ!ミスター青江‼」
向かってくる東堂の拳を左手に持った大脇差の鞘で受ける。右手の
舌打ちをしながら交代を余儀なくされる俺様の背後から、鉈を構えた七海がやってくる。
「筋肉ゴリラとサラリーマンの挟み撃ちッ、どういう状況だ!クソが!」
東堂の拳を鞘で受け、七海の鉈を刃で受ける。
「やるな!」
「なるほど・・・」
何とか拮抗させるが、両者から掛かる衝撃が身体に伝わり、鼻血が零れた。地面に落ちる血痕を霞み視界で見ていたら、
俺様の頭上から迫るは冥冥の術式『黒鳥繰術』の真骨“
操るカラスに自死を強制させ、その引き換えとして本来はクソなカラスの呪術制限を解除、クソ強え呪力の塊として相手に突撃させる技。
喰らえば必死。故に必死で
「
術式『幻術
近接二人と中遠距離一人。回復役は居ない事に目を瞑れば理想的なフォーメーション。
クソ素晴らしくて吐き気がした。それを飲み込み、口角を吊り上げる。
「俺様の術式は、青江一門相伝術式『幻術仁呵理』。効果は幻覚。俺が思い描くイメージを相手に魅せる。強者にはあんまり通じねぇ、クソみてぇな術式だ」
「術式の開示による威力の増強ですか。この状況ではあまり意味があるとは思えませんが」
「黙れよ、クソダサ眼鏡。口ぶりから察するに、テメェ、五条の後輩か何かだろ。俺様はあのクソの先輩だぞ。つまりはテメェの大先輩だ。敬いやがれ」
「・・・あなたには敬うべきところが一つも見受けられません。一度は呪術界から逃げ出した私が言うことではないのかもしれませんが、あなたは術師になるべきでは無かった人だ」
「ああ?どういう意味だ?」
「嫌いなのですよ。あなたのような人が。・・・高専で学び気づいたことは、呪術師はクソということです。そして、一般企業で働き気づいたことは、労働はクソということです。同じクソなら、やりがいを求めて私は此所にいます。あなたの様な呪詛師がいるとタダでさえ低いモチベーションが更に下がる」
「かかか、嫌ならやらなきゃいいじゃねぇか。呪術師も社会人も止めちまえよ。人間だけだぜ、労働に意欲とか言う二文字付けてクソみてぇにつまらねぇ顔してクソして生きてる生き物はよぉ!ドブネズミを見ろ!下水管を這い回って、残飯漁って!
刃に呪力を纏って放つ飛ぶ斬撃。それなりに高度な技の筈だが、七海には簡単に鉈で弾かれる。分かっていた。この一撃は布石だ。俺様には遠距離攻撃もあるのだぞと
この状況での最クソ想定は冥冥による
それをされれば俺様は死ぬ。いくらカラス共に幻覚を魅せることで攻撃が反らせても、数が増えれば余波で挽肉だ。それを避ける為、七海と東堂には俺様の側に居て貰わなきゃならねぇ。いざとなれば冥冥は二人を巻き込んでもそれをやるクソみてぇな女だが、状況が優位に進んでいると思っている限りは二人を巻き込むことはしないだろう。
無論、それはこの状況下で進めば俺様を殺せる事と同義だがな。クソが。
「・・・あなたの言いたいことはわかりました」
「あ?ンだよ、意外と話が通じるじゃねぇか」
「ええ。理解が出来ないと言うことがわかりました」
「俺様のクソ素晴らしい人生論が通じてねぇ⁉どこがわからなかった!クソ丁寧に説明してやるから言ってみろ!」
「ドブネズミと人間を同列に扱っている時点で無理です」
「アア‼テメェ、宇宙船地球号の話を知らねぇのか!命に小せぇもデカいもねぇんだよ‼皆が皆、生きてるんだよ!友達なんだよ!」
「ですが、あなたは金銭目的で人を呪殺するでしょう」
「かかか!俺様は命の重さを差別しねぇ。人もドブネズミみてぇに殺してやるさ‼
「あなた、クソですね」
七海はそう吐き捨て、もう口を開かなかった。会話による打開を試みたが、状況は何一つとして好転していない。クソが。時間を稼げたのだけは良かったが、俺様の寿命は一~二分だけ延びたに過ぎねぇ。
「クソが・・・」
逆転の手立てはある。俺様が持っていて、こいつらが持ってねぇ切り札。
“領域展開”。呪術の境地。ガチで一握りの術師だけが辿り着ける場所に、クソみてぇな話だが、俺様は辿り着いている。
ただし、問題がある。幻覚を必中にしたところで、なんか意味があるのかなぁって話だ。
元々、俺様の術式は防げる類いのものじゃねぇ。それが防げなくなったから何だってんだよ。クソが。
「かかか、そう思っていた時期が、俺様にもありました‼」
手印を結び、高らかに謳い上げる。幻覚を魅せるだけの領域展開。それをやった所で意味はねぇ。
けど、
高専の裏切り者である俺様の術式は、嫌がらせのように広く流布されているが、俺様が領域展開を使えると知る者は少ない。その効果を知る者は更に限られる。クソ五条は知っているが、アレはアレで人の心が米粒ほどは持っている様な気がしなくも無くも無い。
呪術高専時代に世話になった先輩の
その可能性に俺様は賭ける。
「領域展―――グハッ⁉か、カハッ、はあ?」
手印を結んだ瞬間、俺様の脇腹に冥冥の斧がめり込んでいた。何を言っているのかわからねぇと思うが、俺様も何をされたのかわからなかった。催眠術だとか
唐突に起きた、背後からの一撃。混乱する視線の先には、東堂がいた。
「・・・其処は俺様のいた場所ッ、位置、替え、か」
「初見で見抜くか。流石だ。そう、これが俺の術式『
手を合せた状態で笑う東堂。恐らくは手を叩く動作、拍手が発動条件。あのクソは冥冥を守る様に冥冥の前に立っていた。術式で自分と俺様の位置を入れ替えれば、俺様は冥冥に背後を晒す致命的な隙を生む。
「決まりましたね」
「三対一だからね。同じ一級同士、当然の結果だろう」
「できればサシでやりたかったが、卑怯とは言うまい。ミスター青江」
「かっ、はっ、か、は・・・」
脇腹を抉られた。肋骨が何本か肺に刺さっている。致命傷だぞ、クソが。地面に大の字で転がる俺様を三人が見下ろしている。クソが、俺様を見下ろすんじゃねぇ。俺様を誰だと思ってやがるんだ。俺様は!俺様はなあ‼
・・・・・・・・・俺様は、なんだ?
・・・・・・・・・なにが、したかったんだ?
・・・・・・・・・なにに、成りたかったんだ?
母親の再婚相手の男。そいつは俺様を疎んだが、恨みはしなかった。自分の女が連れた前の男の面影があるクソガキなんざ、俺様だって疎んだろうさ。いや、俺様だったら殴ってたね。
シングルマザーの連れ子が彼氏に
だが、そいつはどうやら別の種類だったらしい。そいつは俺様を疎んだが、殴らなかった。
それどころか時間が経つにつれて歩み寄ってきた。わかり合おうとしてきた。
『僕と君の大好きな人は同じだから、時間は掛かるだろうけど、きっと家族になれると思うんだ』
ああ、クソだと思った。世の中にはこんな善人がいるのに、俺様はどうしようもないクソだった。呪殺は時間をかけて行った。弱っていくそいつを母親は心配して泣いていた。
俺様はそれを側で見ていた。ガキじゃねぇんだ。いや、当時の俺様はガキだったが、母親に執着していたワケじゃねぇ。でも、俺様の世界に唐突に現れたそいつがキモいと思ったから、
そいつの死の間際。言ってやったさ。笑いながらに、“
そうしたら、そいつは何と言ったと思う?
・・・・・・・・・何も言わなかった。寂しそうに笑いながら、あっさりと死んだ。
そいつの死後、母親が俺様をネグレクトするようになったが、そんな事はどうでも良い。
どうでも良くねぇのは、そいつが理不尽に呪われたのに俺様を呪わずに死んだ事だ。
呪えよ。クソが。それが
「
「・・・まだ息があるようですね」
「そのようだね。青江くん、悪いが首を刈らせて貰うよ」
「俺はもう行くぞ。そろそろ八時だ。番組が始まってしまう」
死ぬ。死ぬ死ぬ死ぬ。俺様の命が尽きる。クソ共に、殺される。
「
俺様はまだ、
―――青江先輩。もし先輩の予想通り、私が乙骨に負けて先輩の策を実行に移すことになったなら、その時には次こそ私たちと一緒に来て貰いますよ。
―――先輩も“家族”になるんです。
「か、かか、かかか」
笑えるほどに、嬉しかったさ。
次話で完結予定です。