皆様の暇つぶしになれば幸いです
m(__)m
順平の通っている高校に学校見学に行ってから三日後、俺様は今日も根城にしている廃ビルで順平に呪術を教えてやっていた。その時、スマホが鳴る。表示された相手の名前は【富士さんマン】。
俺様は順平との話を中断して、通話に出た。
「あー。なんだ?ほーう、
手にしていたスマホの通話を切り視線を上げると、順平が驚いた表情で此方を見ている事に気が付いた。
「なんだよ」
「いえ・・・呪霊でもスマホって使えるんですね」
「かかか、使えるさ。
「そうなんですね。・・・いや、呪霊は人間に触れられるんだから、考えてみれば当然か。・・・人の利器を呪霊も扱えるなら・・・寿命も病も無い呪霊は本当の意味で人間の上位互換なんじゃ・・・あるいはなにか欠点が・・・」
「クソみてぇにブツブツ言ってんじゃねぇよ。それよりもっと驚くべきところがあるんじゃねぇのか?」
「驚くところ、ですか」
「ああ。俺様は人をぶっ殺したって言ったんだぞ。驚いて慄けよ。人だろ、テメェも」
「ああ、そのことですか」
順平は少し考えた後、クソみてぇな考えを口にする。
「もしあなたが殺したのが僕の母だったら、取り乱し憎んでいたかもしれません。でも、僕は人間の醜悪さを知っています。だから、他人に何も期待していないし、他人の死に何も思う所はありません。【無関心】こそ、人間の行き着くべき美徳です」
「・・・クソみてぇな考えだな」
「僕が間違っているって言いたいんですか?」
「かか。怒んなよ。間違っているとは言わねぇよ。ただクソだなって俺様は思うだけだ。無関心なんざ、つまらねぇだろ。美徳なんざ糞食らえだぜ。なあ、順平。テメェ、何のために息してる?」
「何のために生きているって、意味ですか?」
「質問に質問で返すなよ。テメェはいつからそんなに偉くなった」
「あ・・・ごめんなさい・・・」
「かかか、冗談だ。だからそんなに、怯えんな。話を戻そう。ちょっと待ってろ」
俺様はそう言って窓から外に出て、廃ビル近くの路地裏に居た適当な人間二人を攫って順平の元に戻る。
突然、目に見えない俺様に攫われて順平の前で狼狽する二人の人間。
順平も俺様が何をしたいか分からない様子だった。
「あの、その二人は一体―――
内の一人の頭を問答無用で握りつぶす。
―――っ⁉」
叫びもなく絶命し、頭部を失った身体が力なく床に倒れる。
「ほら、順平。いま此所に人間と人間だったものが有るだろ。二つを比べた時、面白ぇのは、言うまでも無く人間だ。死体にゃ何をしても反応しねぇ。泣きも叫びも笑いもしねぇから、面白くねぇ。ンでもって、此所から先が俺様的にはコペルニクス的転回の発想だが、どうして面白くねぇかを考えてみろよ。簡単だろ。
此所まで言えば順平は頭が良いから、俺様の言いたいことが理解できた様だった。
「あなたは、泣いて叫んで、笑う為に生きているんですね」
「そうさ。だから、俺様は他人に無関心では居られねぇ。他人が泣いているなら共感したい。痛いと叫ぶ声に共感したい。泣き声を聞くとゾクゾクするだろ?他人を痛めつけるとワクワクするじゃねぇか!その“快感”は、共感するほどに高まって、笑えるんだよなぁ‼かかかかかー‼」
自分の快楽の為に他人に無関心でいてはいけない。
俺様のクソ素晴らしい名言を前に順平は酷く感動した様子で動揺していた。
「他人の不幸は蜜の味ってな。非平等が当たり前の社会で、誰しもに訪れる絶対的な平等である“死”を安全圏から眺める快楽。それも俺様は否定しねぇ。どうだ、順平。この男が殺された時、自分が殺されなくて良かったって安堵して
初めて出会った時以来の怯えた目で順平が俺様を見ていた。それは自身に付随する怯えじゃない。俺様の魔の手がもう一人の人間。
年端もいかない少女に伸びることを恐れていた。
「このガキが目の前で殺された時、テメェは
「とめろッ⁉【
順平の術式の発動。クラゲの式神が現れて、数多の触手で俺様が少女に伸ばそうとした手を絡め取る。俺様に対する明確な敵意。それに対して口角を上げて順平を見るが、その目には未だに自身に付随する怯えがない。順平は俺様に殺される事を恐れていない。
「最初からそうだった。
「・・・あなたの言いたい事は理解できました。だから、もう止めてください」
俺様の腕を絡め取った触手からは【毒】が流れてきていない。順平の術式は『毒』。“澱月”と名付けた式神の本質が毒を媒介する為のものに過ぎない以上、毒の無い今はまだ順平には俺様を本気で祓おうという意志はない。
「・・・【ミミズ人間
「流石の僕にも、目の前の子供を助けたいって気持ちくらいあります」
「他人なんか、どうでもいいんじゃなかったのか?」
「自分より幼い命に関しては、他人事じゃいられない。普通、そういうものでしょう」
「かかか、フツーか、フツーねぇ。・・・善人の尺度で話すなよなぁっ‼」
式神の触手を振り払い、拳を順平に向ける。呪力を込めた拳は鉄筋コンクリートの壁にすら穴を空ける。人間の肉体など砂糖細工に等しい。拳が当たれば順平は死ぬ。
俺様は“それでもいい”と思った。
「かかか‼」
「【澱月】!包め!」
順平は拳が当たる直前に式神に自らの肉体を包ませて防御する。クラゲの姿をした式神。その特性故か式神本体へ打撃攻撃は通じない。俺様が順平と共に見つけた式神【澱月】の毒以外の明確な強み。それを遺憾なく発揮した順平は、式神ごと殴り飛ばされて壁に激突した。
「くっ⁉」
「かかか!距離を取るつもりだったのか!甘いだろ、ソレ⁉テメェが俺様から距離を取るって事はなぁ、俺様とガキとの間に誰もいなくなるってことだぜ‼」
突然、攫われた。目の前で、突然
「可哀想だと、心の底から思う!俺様のような
誰もが知り、目を背けるもの。
強者が振るう暴力には弱肉強食という真理が有るが、
呪力も持たない
【■●先輩。私はね、家族が安心して生きられる世界を作りたいんだ】
俺様という呪霊の底に燻るモノ。魂の根幹にいる
順平。テメェを見ていると、それが思い出せるような、そんな気がするんだ。
だから―――。
「許せねぇなら、どうするか見せてくれよ!順平ぇえええ‼」
テメェの“魂”。見せてみろや。
吉野順平が危機感を覚えたのは、彼と出会ってから暫く過ぎてからのことだった。初対面で彼がヤッタ事に関しては、正直に言ってスカッとした。自分を虐めていたクズ共、佐山・西村・本田の三人は今後、後ろ指を指され続ける。虐めを見て優越感に浸っていたクソ女は報いを受けた。
順平にとって彼は
(乱暴だったかも知れない。それでも、見て見ぬ振りをされるよりずっと良いよ)
順平が虐められる切っ掛けとなった映研の設立。当時の友人も順平を虐めから助けてはくれなかった。自分を助けたのが“悪意”からであったとしても、彼の後に続く事に嫌悪感はなかった。
【テメェ、才能あるよ】
認められた。嬉しかった。自分が特別な人間だと思える優越感。非術師を“猿”と呼び、気ままに呪う彼の在り方を見続けている内に自分の中の価値観が少しずつ変わっていく音がした。
【かか。かか。かかか】
呪いの音。奇っ怪な笑い声が、耳に心地よくなり始めた頃、彼は一つの試練を与えてきた。
クソ共の人生が壊れるのは良い。
クソ女の人生が狂うのは爽快だ。
呪術の
順平の中に淀んでたまった黒い価値観。それを確かめる様に彼は順平の前で一人の男を殺した。
そして、その次に少女に魔の手が伸びた時、順平の脳内をかける
気が付けば、身体は勝手に動いていた。
吉野順平は根っからの善人ではない。他人の死を俯瞰的に見ることが出来る人間だ。
けれど、根っからの
「【澱月】ッ‼」
距離を取ったのは失敗だった。そう判断した順平は式神【澱月】に少女の救出に向かわせる。そうすると当然、順平は式神なしの生身で彼の前に立つことになる。駆ける最中に彼の仮面の下の目と視線が合うのを感じた。
互いに徒手空拳。しかし、拳に宿る呪力の差は明らか。目口、笑顔の空洞でくり抜かれた仮面の下の目が笑っていないのが分かった。
自分よりも他人を優先する価値観。それが彼の逆鱗に触れているのが分かった。
“殺される”と、そう思った。それでも踏み出す足は止まらない。
「・・・順平。死んだな」
問いかけですら無い事実がつまらなそうに彼の口から漏れた。自分よりも少女を優先した時点で、彼の興味が自分から失せたのが分かった。これから訪れる死より、それが何よりも苦しかった。
【テメェ、才能あるよ】
母親以外で初めて自分を認めてくれた
勇気を出して趣味である映画に誘ってみれば、笑いながらに二つ返事をしてくれた
【クソ映画か!良いねぇ、嫌いじゃねぇんだ‼ガチでクソだったら、テメェが責任取れよ!かかかー!】
彼は、
悪い人ではないと言えないほどの鬼畜。彼は子供を殺す事にも何の躊躇いもない。
在るが儘に邪悪で、思うままに呪霊だった。裏表など、ない。
「だからッ、僕の前であなたに子供だけは殺させない‼」
「・・・あ?テメェ、なに言って」
「僕はあなたを、裏表なく好きで居たいんだ‼」
振り抜いた拳は、拍子抜けするほどにあっさりと彼の右頬に当たり、その衝撃で仮面が剥がれた。
軽い音を立てて、床に落ちた仮面。
順平が初めて見た彼の素顔は、
「かかか。キショ、テメェ、そっちの趣味か?そういうや、胸だけは良かったあの女も犯さなかったもんなぁ」
「・・・違います。僕はあなたが、人として好きなだけです」
「俺様は人間じゃねぇよ」
「それでも僕の世界を変えてくれたのはあなただ。出来る限り好きで居たいんです。だから、僕の前で僕が許せないと思うことをするのは、止めてください。お願いします」
「かか、テメェの前でだけか?俺様はテメェの見てない場所で女子供を鏖殺するぜ」
「それは・・・あなたの自由だ。其処まで束縛する気はありません」
「かか、かかか、かかかかかー!」
奇っ怪な笑い声。耳に残る甲高い声。しかし、闊達な笑い声は心の底から出た裏表のないもの。
「クソみてぇな気分になりたくねぇから、自分の前では子供は殺すな、か。自分勝手だな。だが、それでいい。所詮この世は弱肉強食。弱けりゃ奪われ、強えーやつの意見だけが通るもんだ。順平は持ってる側だからなぁ、一旦はそのクソみてぇな我が儘を聞いてやるよ」
「ほ、本当ですか!」
「目を輝かせるんじゃねぇよ。犬かテメェは。・・・だがな、ずっとじゃねぇ。俺様は呪霊だ。在るが儘に人を呪う。いつか必ず、テメェの前でガキを殺す。その時はどうする」
「・・・また、止めます。何度でも」
「かかか、そうか。好きにしろ。俺様もそーする」
彼は仮面を拾い着けると背を向けて立ち去って行く。
「ガキは好きにしろ。ただ早くしろよ。映画、行くんだろ。先に行って待ってるぜ」
「は、はい!」
笑いながら去って行った彼を見送ってから、どっと疲れた息を吐く。とても拙い綱渡りをした気分だった。
「ああ言ったけど、二度はごめんだな」
そう呟いて彼の魔の手から救えた少女を見る。少女は怯えきりながらも泣くこともせず、順平のことをジッと見上げていた。
(父親が死んだ子供に、なんて話しかけるべきかなんて・・・知らないよ)
しかも、自分は父親を殺した相手の
暫く悩んでいると少女の方から声を駆けてきた。
「あ、あの、あ、ありがとう、ございました!ゆ、誘拐犯から、た、助けてくれて!」
「え、いや、ストックホルム症候群かな?僕にお礼なんて・・・ん?
順平が指さしたのは彼が殺した死体。
少女は大きく首を横に振った。
「ち、違います。わたし、その人に誘拐されて・・・へ、へんな事をされそうになって・・・き、気が付いたら此所に居て・・・へ、変態さんが死んでいい気味です。・・・お、お兄さんが、たすけてくれたんですよ・・・ね?」
少女の中で順平の中で全てが繋がった。
「そうか。あの人は態々、悪人を探して連れてきて、僕を試したんだ!」
順平の脳内に広がる
「やっぱりあの人は、実は善い
壮大な勘違いは、後の結末を大きく変えることになるのだが、今は誰もそれを知らない。