【二巻発売決定】異世界転生したのでマゾ奴隷になる 作:成間饅頭(旧なりまんじゅう)
今作のコミカライズが開始されました。是非ご覧ください。
ニコニコ
https://manga.nicovideo.jp/comic/72624
カドコミ
https://comic-walker.com/detail/KC_006591_S?episodeType=first
「こちらの意図は隠せど明白、ならばいっそ明け透けに申しましょう。我らがリラトゥ陛下は、『王国征伐』をお望みです。領土拡大はもともと皇帝の悲願……彼女は、王国の肥沃な大地を一息に飲み込んでしまう御積りなのです。私は開戦に際して、諸外国への
「要は、"あなた方に仕掛けるつもりはありません"、”見守っていてください”というお願いです。……ご存知でしたか。他国にも同様の説明を行っております。意外に思われるでしょうが、世論工作は順調なのですよ。『王国は腐敗し、悪政で民をいたずらに苦しめている』という
「我が国は貴国との友好関係を何よりも重んじております。本件はあくまで局地的な自衛措置であり、貴国に対する敵意は一切ございません。
「……ええ、仰る通りです。商国が誇る
「検討するとのこと、承知いたしました。いえ、急ぐつもりはありません。身の程を弁える事こそ、【英雄】を相手にする外交官の必須事項ですので。それでは、貴国との末永き友好をお祈りしております」
◆
『報告』
現在リラトゥ帝国より、王国の腐敗を弾劾する文書が発布されている。
どこの貴族でもやっているであろうレベルの不正を針小棒大に騒ぎ立てたものだが、諸外国は沈黙を保っている。外交戦においては既に帝国が一歩リードか?
◆
「……ふぅん」
「やっぴー。エリザ、お菓子貰いに来たー。ん? なんか仕事中だった?」
「お前、せめてノックはしろよ……まあ良いか。別に? ……特に、大した報告じゃねえよ」
「オケー。じゃ、ここら辺の焼き菓子は貰っていくから。あーあと、クルエルさんが呼んでたぜ。所長に【
「ああ、分かった、今行く」
「はーい。じゃあね~」
「……クライヒハルト。お前、もし、王国に……」
「ん?」
「……いや。何でもない。その菓子、高かったんだからな。気に入ったらまた仕入れてやるよ」
◆
『焼き菓子』
クライヒハルト卿の共同実験により新規開発されたもの。クライヒハルト卿は薄味が好みのようだが、貴族からは高級品である砂糖をふんだんに用いた物が好評。クライヒハルト卿は『違うんだよなぁ、こんなアメリカの菓子みたいなドギツイ原色じゃなくて……』と改善の要望あり。
エリザの手作り。
◆
「……おい」
「おやァ! これはこれは、エリザ所長! 先日はありがとう御座いました! どうにも試薬の反応が鈍くて困っていたのです! 所長に『成功の可能性』を引っ張っていただいたお陰で、プロトコルが短縮できましたよォ」
「知ってる、あとでちゃんとレポートは出しとけよ」
「勿論です。今回はそれを言い含めにいらっしゃったので?」
「いや……なぁ、クルエル」
「はい?」
「……帝国が……」
「?」
「……いや、何でもない。俺も大概、頭が茹だってるな……お前に聞いたところで、答えが出るはずもない問いだった」
「うぅん? よく分かりませんが、何やらお悩みの様子。お辛いですねェ。こんな時、研究しか能のない自分を恥じるばかりです」
「ハ。俺も、そうだったはずなんだがな。金稼ぎの事だけ考えてた頃の方がずいぶん楽だった。
……そうか。職責の増加、『出来ること』の増大による懊悩……俺が直面しているのは、つまるところそのようなものか……」
「私を壁当てに使って役立つなら光栄ですがねぇ。所長の悩みは皆目分かりませんが、人生やりたい事だけやった方がいいと思いますよォ! どうせ死ぬんです! 人生意外と何とかなります! 好きに生きるのが吉ですねェ! 私も何回か餓死しかけましたが、なんだかんだ研究で
「……そうだな。イマイチ当てにならねぇアドバイスをどうも」
「いえいえェ! まあ、研究員一同、応援しておりますよエリザ所長」
「あ?」
「私の見立てでは、クライヒハルト卿には押しが肝心ですよォ。彼は意外と、本質的な部分では『引く』タイプですねェ。最後の一手はエリザ所長から行くのが重要かと」
「……お前、いったいこれを何の相談だと……はぁ。もういい。さっき言ったとおりだ。お前に相談した俺が馬鹿だった」
◆
帝国内新聞号外
民よ見よ、皇帝の御意志―――栄光の軍旗、王国へ迫る
(皇帝リラトゥが旗を掲げるスケッチ)
内容は、リラトゥが昨夜発した檄文について。王国の腐敗を更に激しく糾弾し、軍勢の編成を完了したと発表。国境沿いには既に第一軍が進軍を完了しており、開戦は秒読みであると記者は語っている。
◆
自分が変質するのを感じている。
家を捨て、名を捨て、片眼と引き換えに【英雄】になったあの日。俺は、金の為にその他全てを捨てた。この世界を丸ごと買えるだけの金。何もかもが我慢ならないこの世界を、丸ごと変える為の金。それだけを求め、対価としてそれ以外は全て捨てて見せると誓った。
全てを捨てて、そして多くを得た。
だが、俺はそれさえもきっと捨ててしまう。次の、新しく、素晴らしい何かを得るために。
永遠に、永遠に、永遠に、俺は変わらないはずだった。まるで腐食を防ぐ黄金のように。
全てを捨てて、釜に焚べ、黄金を造り、そしてそれもまた
その繰り返しのはずだったのに。
クライヒハルトが来た時、死んだと思った。
馬鹿げた覇気。この眼が
未知の【英雄】が商国に攻めて来て、この国を奪うつもりなのだと思った。当然だろう。何でも思うが儘に出来るであろう男が、まさかおずおずと履歴書を差し出してくるなんて、想像つくか。
あんな、捨てられた子供のような顔をして。
そうだ。クライヒハルトだ。
彼が来て、俺には
仕事が楽になるのを感じた。一分野において明確に俺を超えた存在というのは、ある種の安心感をもたらしてくれた。問題が複雑になっても、奴を突っ込ませれば全部滅茶苦茶になって解決だ。
だから、俺は変わってしまった。変わらぬはずの黄金が、魔剣によって断ち切られた。
「…………どうしようかな」
自室で一人、昔の口調に戻ってつぶやく。考えるのはもちろん、間近に迫った王国と帝国の戦争についてだ。
「帝国皇帝、リリカ・リリラト・リラトゥ。質と量を兼ね備えた、今代最優の【英雄】。どう考えても、王国に勝てる相手じゃないよね」
王国の【英雄】には逃亡の兆しすらあるという。潜り込ませている間諜からの情報のため精度は低いが、もしそうであるなら王国の敗北はもはや決定的と言えるだろう。
まず、国として考える。
王国の滅亡、それによる国土の荒廃は、
帝国の皇帝は統治と開墾において天才的だ。【異能】の性質もそうだし、本人の才も万能のそれ。戦後の復興は早くなる。そして、いくら相手が帝国であろうが、こと商売において
「……商国に、損のある話じゃない。帝国もそれが分かってるから、事前にちゃんと人を回してくれてる。戦前、戦時中、戦後。どれを取ってもウチに利益がある」
糧食の買い付け。軍の装備品。馬、魔道具、道中の消費活動、色宿……。軍勢が動けば、それだけで金が動く。商国の強みの一つは、複数の商会が集まった
「静観して、"いつも通り"に動けば、それだけで利益が出る……」
王国が滅んで、歴史ある建造物が灰になって。大勢の民が死んで。
俺は捨てることで、また黄金を手に入れるだろう。
「……だが」
―――それでいいとは、いつの間にか思えなくなっていた。
「……だが、俺は、そうしたくない」
国としての見解は述べた。
「―――クライヒハルト」
【
「お。どしたん、エリザ」
「決めた」
クライヒハルトが来て、出来ることが増えた。切れるカードが増えた。俺には、余裕が出来た。
増えた余裕は、己を見つめ直すことに繋がった。
俺は、金が欲しかった。それはなぜか。
近所の友達が、身売りして遠くに行った時。パン屋のおばさんが病気で死んだ時。優しい母が、厳しい父が、頬をこけさせながら働き、どうにもならない閉塞感に押しつぶされそうだった時。俺の周りはいつもいつも、気に入らない事で溢れていた。
こんな世界は間違っていると思った。改善しなければならないと思った。全てを捨ててでも、それを成し遂げたかった。
世界を変えるには技術が必要だった。技術には人が必要だった。人を集めるには金が必要だった。だから俺は【英雄】になった。
俺という【英雄】を奥へ奥へと紐解いていけば、きわめて単純な答えに行き着く。
俺は、誰かが泣くのが嫌だったのだ。
「お前相手には『押しが必要』だそうだ。せっかくの部下の進言だからな、採用してやる」
「え? なにを、―――――!?!!?」
焼き菓子を頬張っていたクライヒハルトの顎を強引につかみ、唇を重ねる。
「ん、んんん~~~~~~!?」
舌を入れ、残っていた焼き菓子を呑みこみ、好き放題にベロで蹂躙してからぷぁ、と口を離す。
「な、なななな……」
「鈍いんだよボケ。その菓子は俺の手作りだ、味が違ったろ」
ま、舌バカのお前に分かれって方が酷か。
ラブロマンス見に行こうがボディタッチしようが、一向に手ェ出さねえへたれが。エロい目で見て来てんのは気づいてんだから、もっとガッと来いよ。俺だって、こんなもん柄じゃないんだ。
「俺の見解を述べてやる。帝国の思惑には乗らねぇ、
「え、え」
「帝国からの出資は断る。ウチはそんなもんが無くてもやっていける。魔剣を引き抜く。横合いからぶん殴って、何もかもを滅茶苦茶にする」
コイツが俺を変えた。原点を思い出させた。なら、その責任は取ってもらわなければ。
帝国の掌の上で稼がせてもらうだと? ふざけやがって。恥ずべきことだ、【英雄】である俺の流儀ではない。何もかもを
「戦争が儲かるのは短期的な話だ。戦争によってインフラは破壊され、流通は滞る。貿易縮小によって不平等取引が起こる。資本と人員が軍需に振り分けられるせいで民需への投資が減る。人が死ぬのはそれだけで損失だ。職人が死ねば、技術が消失しかねないリスクもある。ある一国の継続財を破壊して、その残骸を分け合って他国が儲かるのが戦争の仕組みだ。長期的、世界的に見れば、平和が一番儲かる。よって、帝国の戦争は不経済だ」
「あ、へ、へぇ〜……そうなんだ……」
「そして、それ以上に。何より、
資源は有限で、需要は無限だ。停滞は資本の死であり、非効率は社会全体の損失だ。停滞は、進化を止めることは、純現在価値の破壊と同義。
この世界において
だけど、世界を変えるだけの熱を持っている。
俺はそう信じる。少なくとも、この世界で俺ただ一人だけはそれを信じる。弱者の嘆きが、貧者の一撃が、積み重なっていつか壁を壊すのだと信仰する。
であるならば。
「誰かが泣くのは嫌だ。全員が幸せにならなきゃ嫌だ。前人未踏を、未曽有の進化を、まだ見ぬ奇跡を産む可能性が
それがたとえ皇帝でも。そういう思いを込めて、クライヒハルトを見つめる。
右目が熱い。祈る様にクライヒハルトを見続けて、筋肉がひきつるのを感じる。
「
「……驚いたな。エリザ、お前、そんなに熱いやつだったのか」
「お前のせいでな。で、どうなんだ。答えてくれ、クライヒハルト卿」
クライヒハルトの性根が凡人であると知っている。人並みの善性、人並みの悪性。少なくともコイツは、戦争の気配を知りながら何も動かなかった。聖人や理想の騎士などとは程遠い、面倒な事を嫌がる、何処までいっても普通の感性をしている。
それを曲げてくれ、と俺は頼む。面倒で誰もやりたがらない事を、俺のためにやってくれと頼む。釣り合う報酬など無い。それでもどうか、と魔剣を相手に詐術を掛ける。
「……わはは」
果たして。
「
クライヒハルトは、そう言って心底嬉しそうに笑った。
その笑顔が、なにか心の柔らかい部分にあまりにも刺さってしまったので。
「……良い度胸だ。来い、クライヒハルト。報酬の前払いしてやる」
俺は、もう諸々を前倒しにすることにした。
「ベッドに行くぞ」
なに、女相手にはさんざん鳴らしたものだ。男相手は初めてだが、天国を見せてやるよ。
◆
恐怖怪奇情報新聞
奇妙! 平野に産まれた大穴! 新種の魔獣!? 現場にはカルト教団の影も!?
帝国国境付近に突如発生した大穴について報じる記事。大小合わせて数十個の穴が空き、最も大きな物は直径約300mに及ぶ。帝国はこれについて『新種の魔獣を、展開していた軍が掃討した』と発表。現場付近の村人は「轟音が聞こえた」「隕石が落ちてきたと思った」と語る。本紙では独自取材により、この件に太古の邪教が関与している証拠を―――。
◆
「来た、見た、勝った。まさにこんな感じだな」
「勝ったねぇ。すごく勝った」
「ん〜〜〜〜〜〜! 可愛いやつだなぁ、おい! 最高だお前は! これからも沢山振るってやるからな、俺の魔剣よ! 」
「おぷぷ……頬わしゃわしゃするなって、いやしてもいいんだけど今はさ」
「ふふ……全く、まさかお前が皇帝にあそこまで圧勝できるとは! 悪い奴だ、俺の想定より遥かに強いなんて! 能力の割に無欲すぎて心配になる、ちゃんと俺が一生面倒見てやるからな!」
「いや……あの、その負けた皇帝が今ここに居るっていうか……」
「ね。すごく負けました」
「………殺すぞ、てめぇ。許可なく口を開くな、死ね」
「は? 誰あなた? 雑魚が話しかけないで、耳が汚れる」
「……あの……マジで勘弁してくれません……? 俺を挟んでバチバチしないで欲しいんですけど……?」
「ペッ、死ねよ敗残国の劣等皇帝。お前の異能が優秀じゃなかったら、いやそもそもクライヒハルトが助命嘆願しなけりゃ殺してるんだからな。海より深い俺の慈悲を有難がって、大人しく部屋の隅っこでオブジェに徹してろや」
「
「あの……ホントに……」
「クライヒハルト、私の所にこよ? 総軍司令官の地位を用意してあるの。帝国の半分を貴方にあげるから、ね? あの女なんて捨てて、私の所にきて?」
「クライヒハルト、さっさとそのクソガキ膝から振り落として俺の隣に来い。
「誰か助けて」
◆
『計画書』
王国と帝国の戦争が"無かった事"になり、現在世界情勢は安定。
それによる研究資金増加、そして何より、我らが所長殿の我儘よりこの計画は発足された。
技術ツリーは未だ未発展であり、これをしたところで民生利用は到底不可能、利益に転ずるには長い長い時間がかかるだろう。
それでも、という所長殿の我欲と、それに乗った私たちの願いによって、この計画は発足した。
副所長殿の"知識"に
◆
「ん」
「ん」
「んー……。お、前より美味くなってるな。お前も上達したじゃねえか」
「エリザにだいぶ鍛えてもらったからねぇ。エリザが上手すぎてまだまだ追いつけないけど」
「ま、菓子作りは子供のころからの趣味だったからな。年季が違うってやつだ」
「なるほどねぇ……そういや、帝国とは最近大丈夫なの? リラトゥがさぁ、戦争から三年たった今でも時々勧誘に来るんだけど」
「……向こうの外交官に死ぬほど苦情は入れてる。そろそろ大人しくなるだろ」
「なるか……? あんまり想像つかないけど……」
「クソ、やっぱ殺しときゃよかったか……? だが奴の【異能】は惜しかったし、経済的に見りゃプラスだ。基本的に、敵対より協力が効率的なんだからな……。なんかこう、全体の緩衝材になってくれる奴が居てくれりゃ良いんだが」
「ここここ、オレオレ」
「……お前は、俺専属だからダメ」
「えっへへへ……ん、あーん」
「あーん……」
「失礼しまァアアアーーーッす!!!いちゃついてるところ申し訳ありませェん、至急の御報告ですねェーーーッ!!」
「……クルエル。お前、タイミングが悪いとよく言われるだろう」
「いいえェ? 聞いたそばから忘れるので言われたことありませんねェ! 研究に関係ない事には脳味噌を割けないものでして! それで、
「お、知らない単語。エリザ、俺出ておいた方が良いか?」
「……いや、待て……。クルエル、それは"完成"の報告か?」
「ケヒャァ~~~~~ッ!! めっためたのぐっちゃぐちゃ、バチボコ不格好ですが何とか形になりましたねェーッ!! 今のままだと100回やって100回死ぬので、そこは所長に何とかしてもらうしか無いですが!!」
「おいおいおいおい!! ホントかよ! あと5年はかかると思ってたぞ!」
「天才ですからねェ……。ワタシ自分の事を凡人だと思ってたんですが、ちょっと今回で自認変わりましたねぇ。稀代の天才ですよ我々は。歴史に名を残しちゃいますねェエエーッ! ギャァーッハッハッハッハ!!」
「ワッハッハ、ワーッハッハッハ!! 良いぞ良いぞ、好きなだけ自惚れろ! オラッボーナスの金貨だ!! 終わったら打ち上げするぞ、樽で酒買いこんどけ!! 」
「あ、酒は脳細胞が委縮するんでいらないですねェ。その代わり商国中のシェフを呼んでおいてくださァーーーッい!! ワタシは食いますよォ~~~~ッ!!」
「……? なんかテンションが凄いんだけど。どしたん? なんかが成功した感じ?」
「ああ。へっへっへ……なあ、クライヒハルト。
◆
空に果ては無い。
必要なのは頑丈な箱、推進力、そしてそれらに耐えうる飛行士。
◆
「いやいやいやいやいや」
「乗り込み用意ー! 点検開始!」「座席固定良し!」「外殻符文、記述良し!」「風魔術充填! 気密確認良し!」
「こ、こんなデカい
「基礎理論の研究自体は数十年以上前からだな。本格始動したのはお前が来た後で、加速したのは帝国との和平後からだ。身体検査するぞ、ついてこい」
「いやいやいや……!! なんか人も多いしさぁ! 作業も滞りなく進んでて結構なことだけどさぁ! ちょ、ホントに飛ぶの!? 今から!?」
「まあまあまあまあ、もう完成しちゃったんだから飛ぶしかないだろ。実際、俺もここまで早く完成するとは思ってなかったがな」
「―――搭乗者への安全をカットしたからですねェ。あ、今回の総責任者を務めるクルエルです、よろしく。これ大雑把に言ってしまうと、デカい筒を魔術と爆発で打ち上げるだけなので。中にいる人はまぁ死んでもいいやという気でやってますゥ」
「最低な事言ってる!」
「いちおう固定ベルトはありますが、【英雄】であるお二人以外が乗るとミンチになりますねェ。この塔が豪華なミキサーになっちゃわないよう、しっかり耐えてくださァ~い」
「そ、そもそも俺たちが乗ることも初耳なのに……!」
「……そこからですか? エリザ所長、どこまでクライヒハルト卿に説明していなかったので?」
「全部。一切説明してない。良いだろクライヒハルト、失敗しても俺とお前なら死なないって」
「それと説明が要らない事はぜんぜんイコールじゃないと思うんですけど!」
「まあまあ、文句は中で聞くから。乗り心地最悪だし窓は一つしかないが、我慢してくれよな」
◆
「……で、どういうこと!?」
「ちゃんと箱には乗ってくれるとこ好きだぜ。どうもこうも、サプライズだよ。プレゼント。報酬。人生の潤い。言い方は何でもいいが、一緒に宇宙旅行に洒落こもうと思ってな」
「宇宙旅行」
「いや、旅行ってほど長くは滞在できねぇからな……なんて言うんだ? 宇宙到達? 宇宙往復?」
「言葉の
「言ったらサプライズにならねえだろ。ベルト締めとけ、そろそろ点火だぞ」
「サプライズ側への配慮が一切ない!!」
「コード確認! 誘導魔術開通!」「維持目標300,000!」「空図投影!」「目標座標計算開始!」
「――――点火用意!!」
「……お、そろそろ始まるな。なー、良く見といてくれよクライヒハルト。こんな事、人生で何回も無いぞ。ワクワクするだろ?」
「3!」
「うわうわうわ、マジで!? マジで飛ぶのか!?」
「2!」
「へっへっへ……どうかな、ミスったら墜落かもな」
「冗談にならなすぎる!」
「良いんだよ、そしたらもっかい飛べばいいんだ」
「1!」
「安心しろって。……ん、手ェ握ってやる。さぁ―――飛ぶぞ!!」
「点火!!」
◆
「あーっはっは! あーはっはっは!! うるっせえなあエンジンの音が!! 揺れも酷い!! 排熱がなってないせいで熱いしよぉ! 俺たちじゃなかったら死んでるぞ!! クルエルの奴もひでぇ事しやがる!!」
「あっはははははは!! 轟音! 振動! 灼熱!だが、その全てが今は愛おしい! なあクライヒハルト、気づいてるか!? この船が今、【異能】を一切使わず飛んでいる事に!!」
「そうだ! 俺の【
「俺の【異能】でさえ、独力での成層圏突破は出来ないのに!
「ああ―――俺は、正しかった! 人類は、【英雄】を超えた!!」
「何だってできる、何にだってなれる!!」
「まずは、今がその第一歩だ――」
「―――さあ、成層圏を越えるぞ!!!」
◆
―――眼下に、途方もなく巨大で青い球体が見える。
ただの青ではない。濃紺に沈む深海の色から、エメラルドの浅瀬のきらめきまで。幾層にも重なり合った、美しい蒼。「地球は青かった」と言った宇宙飛行士がいたが、異世界でもそれは変わらないようだった。
海の上を、白い雲海が渦巻きながら流れていく。渦巻き、千切れ、刻々と模様を変える。俗な言い方だが、一生見ていられそうなほど美しかった。
「――――――」
「……いいな。来たかいがある」
息を呑んでいると、隣でエリザが静かにそう言った。
二人で窓の前に立ち、手を繋ぎながら眼下の星を見ている。あれほど騒がしかったエンジンも稼働を停止させたのか、船内には何の音もしない。吸い込まれるような夜の黒と、蒼い光の中、ただ静寂が俺たちを包んでいた。
「初めて見た。俺たちの星は、こんな姿をしてたんだな」
「……ああ。俺も、初めて見たよ」
前世で、地球儀を見たことはある。衛星写真を見たことだってある。だが、直接見るのはやはり違うのだ。俺は、"初めて見た"と素直に感じた。この美しさには、そう思わせるだけの重みがあった。
言葉を忘れて魅入っていると、しばらくしてエリザがこう言った。
「……外に、出てみるか」
「いけるのか?」
「【
保護服も何も着ていないが、それでも何とか死なないのが英雄たる所以だ。外で話が出来るよう【
「―――さいっこうだな、おい」
「……うん。素直に、来てよかったわ。これは……凄いな」
輝く青を背に振り返れば、そこには想像を絶する星の海が広がっていた。
大気の揺らぎに遮られることなく、強く、冷たく、近さを錯覚させるほどに鮮烈に輝いている。
宝石のような。煌めく糸で出来た織物のような。いろいろな拙い比喩表現が頭の中をよぎって、目の前の光景に勝てずに消えていく。
空気を隔てずに見る星とは、ここまで綺麗に輝く物なのか。一つ一つの星が、鋭く鮮やかな光を放っている。視界の全てで感じる星空という物は、想像以上に深く、果てが無かった。
「……エリザ」
無重力で離れていかないよう、繋いだ手を軽く引き寄せる。互いに宙に浮いているためか、エリザは驚くほど軽く、簡単に俺の胸の中におさまった。
「……感動したか? クライヒハルト」
「すごく」
得意げに笑うエリザを軽く抱きしめながら、素直に気持ちを語る。
こんな経験、前世でだってしたことが無い。出来るはずもない。"生身で宇宙に居る"と限定すれば、宇宙飛行士だってした事ないだろう。
「感動した。……困ったな。俺の語彙力じゃ、それ以外に言葉が出てこない……」
「……へへへ。そりゃ、俺も頑張った甲斐があったな……」
そう言いながら、エリザは俺の胸に頭をぐりぐりと押し付けた。
「……此処は今、俺とお前の二人きりだ。だからまあ、少し話しておきたい事があってな」
そして、エリザの顔がゆっくりと近づいて。
「――なあ、クライヒハルト。お前の異能、【
耳元で、囁くようにそう言った。
「――――――ッ」
「誤魔化さなくていい。俺とお前の仲だろうが……。責めるつもりなんて微塵もない。理由も、何となくだが分かる。
「―――は。そこ、まで……」
心臓が止まるかと思った。
エリザの頭が良いのは知ってるが、だからと言ってバレようがないと思ってたんだがな……。【異能】は千差万別で多種多様、どんなインチキ能力でもあり得るガバガバさがあるし、そして俺も特にボロを出した覚えがないからだ。どこでバレたのか、本当に見当もつかない。
「ま、そんな事はどうでもいいんだよ。もっかい言うが、俺とお前の仲だ。気にしちゃいない。今のお前は、商国に
そう言って、エリザは俺の頬を軽くなでる。
「だから、俺がずっと気に食わなかったのはな―――お前が、ウチの馬鹿共の発明を見るたびに、"こんなもんだったかな"って
「……そんな顔してた?」
「してた。おかしいだろ? 知識だけを取り出す異能なら、現物そのものは初見のはずだ。なのにお前ときたら、どんな斬新な新発明を持ってきても驚かない。『前と比べてどうだったか』だけを考えやがる。どう見たって、完成品を見たことがある奴の反応だ。違和感を抱くには十分だろ?」
「……それは、気づかなかったな……。
「あいつらは微塵も気にしてねえよ。そもそもお前の反応なんて見てねえしな。ま、俺だから気づいたって感じだ」
よーくお前の事を見てるからな。そう言ってエリザは顔を寄せて微笑む。
「そういうわけで、俺は考えたね。どうすればお前をギャフンと言わせられるか。何を見ても顔色を変えねえお前に、一泡吹かすには何を見せればいいのかってな」
「……それで、サプライズって訳か」
「その通り。さ、よく見てみろよクライヒハルト」
そう言ってエリザは片手を離し、見せびらかすように天高く掲げる。
地上で見上げた夜空とは全く違う、どこまでも広がる星の海。360度を星に囲まれて、エリザはどこまでも楽しそうに言う。
「綺麗だろ? 未知はワクワクするし―――知らない事を開拓するのは、面白いだろう?」
「……ああ」
「研究は面白い。ずっと、最前線で走り続ける価値がある。俺たちが今、この瞬間、この景色を“世界で初めて”見たんだ。きっと何十年か経てば、他の奴も見られるようになる。もっと上手くいけば、誰にでも見られるようになるかもしれない。そしてその頃、俺たちは更に先の、もっと素晴らしい景色を見てる。俺たちなら、必ずそう出来る」
根本的に、星が似合う女なのだと思った。
どこまでも広がる宇宙を背景にして、エリザは今までで見たどんな時よりも輝いていた。
「未知は面白い。この喜びを、お前に知ってほしかった。それが、目的の一つだ」
眼下に青い星が見える。
頭上には無限の光が輝いている。
視界の端で、流星が
一生忘れないだろうと、根拠もなくそう思った。
「……そうだな、エリザ。……これは、確かに、癖になる……」
「……はっ、だろ? 研究は面白い。
「良いね。帰ったら、俺も研究室持とうかな……」
「いくらでも都合してやる。というかお前、持ってないのがおかしいレベルだったんだからな? お前に気を使って今までそういう話を持ち出さなかった俺に感謝を……」
「そうだな……。ありがとう、エリザ」
万感の思いを込めて、エリザをもう一度引き寄せる。この胸に抱く感謝の万分の一でも伝わるように。
「本当に、本当に、ありがとう」
此処に連れて来てくれた事、それだけではない。俺の来歴を僅かながらでも推察しながら、俺をただの『商国の魔剣』として定義してくれたこと。研究の面白さを教えて、俺に生き甲斐をくれたこと。それらは俺にとって、途轍もなく大きなことだった。
「……ん。たくさん感謝しろ」
「うん」
「……この実験に、滅茶苦茶金使ったんだからな。その割に、収益化の見込みは殆ど立ってねえ。『クライヒハルトに恩を着せる』って名目でゴリ押した所も結構あるんだから……研究は面白いってわかったんなら、責任取って、ちゃんと一生商国に居ろよ」
「その裏側、本人に言うのダメじゃない? 良いけどさ」
「何が”良い”んだ。 ……ちゃんと、言葉にして言え」
「一生
抱きしめながら、軽くエリザの背中をぽんぽんと叩く。
実際、此処まで打ち上げられる技術があるなら、民間利用も軍事転用もかなり出来そうだ。飛行機造ったり、ミサイル飛ばしたり……。前世と違って空の魔物とか、ミサイルの直撃でも死なない騎士や異能者とか、ハードルは多そうだが。今の俺なら、それを解決していく過程にも喜びを見出せる気がする。
「……あー……。それと、だな」
しばらくそうしていると、エリザが少しもじもじとしながらそう切り出した。
「今回の実験に、俺は多くの目的を備えていた。
一つには、宇宙空間への打ち上げ技術の実証。これは成功した。
二つ目は、クライヒハルト、お前の意識改革。これも成功したと言っていいだろう。
そして……まあ、三つ目はだな……」
「……?」
首を傾げていると、エリザがパチンと指を鳴らす。【
「三つ目は、お前を商国に一生縛り付ける事。まあ、あれだ、あの……雰囲気づくりってやつだ」
そう言って、エリザは小箱を開けた。
中には、小さな指輪が輝いている。白銀のリングに、小さな宝石。豪華絢爛を好むエリザにしては珍しく、シンプルな装飾だった。
「……一生、俺の
指輪を差し出しながら、エリザはどこか恥じらうようにそう言った。
それがあまりにも可笑しくて、俺はつい笑ってしまう。
「何笑ってんだてめえ……殺すぞ……」
「余裕がなくなってストレートな暴言が出てる。いや、そうじゃなくて……こう、一緒に居ると色々似てくるのかなって思って」
そう言って、俺は懐から小箱を取り出す。
「同じこと考えてたわ。俺の方のサプライズは不発になっちゃったな。エリザの方がスケールデカいし」
この世界でも、結婚指輪という物は存在するらしい。前世の価値観で何となく同棲を続けていたが(同棲3年って割とある範疇じゃない?)この世界は割と結婚が早い。そろそろかなーと、俺も時期を見計らっていたのだ。
「……折角だし、ここでやっちまうか」
【
重力を右手に付与し、隕石を引き寄せる。高速で飛んできた隕石を受け止め、そのまま形成。力を付与したり引いたりして、いい感じの球体に整形する。
つるりとした黒色の球体になった隕石を、そっと指輪に嵌めて、エリザへと差し出す。
「受け取ってくれるか? 世界に一つしかない、星の指輪だ」
目を見開いてこちらを見つめるエリザは、しばらくの硬直の後、へらりと相貌を崩した。
「……キザだな、クライヒハルト。ちょっと恥ずかしいぜ」
「うるせえ。ホントは来月の、流星群の日にやろうと思ってたんだ。アドリブで何とか成し遂げた俺を褒め称えろよ」
「ああ、そうだな。―――嵌めてくれよ、クライヒハルト」
手を差し出すエリザの薬指に、そっと指輪を嵌める。
「―――病める時も健やかなる時も、喜びの時も悲しみの時も、富める時も貧しき時も。あなたを愛し、敬い、支え合うことを誓います」
「―――たとえ時が老いを告げようとも、たとえ運命が試練を与えようとも、貴方の手を離しません。移ろうすべての時を、あなたと歩み続ることを誓います」
俺が言い、エリザがそう返す。
夜空の黒と星々の白。そして眼下に輝く青い星。エリザが用意してくれた最高のシチュエーションの中で、俺たちはしばし見つめ合っていたのだった。
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『黄金と魔剣』
商国に伝わる伝統的な劇の演目。
黄金と呼ばれる冷徹な女商人と、魔剣と呼ばれる血に塗れた傭兵の恋物語。
利害の一致で出会った二人が徐々に惹かれ合う様子が鮮やかに描かれており、年月が経った今でも根強い人気を得ている。
初版の台本に「こんな美化してんじゃねーよ」と落書きがあったとされるが、真偽は不明。