──ウゥウウウウウウ、ウゥウウウウウウ!!!
サイレンが都市中に響く。山から現れた巨大な天使像の出現に、都市の人たちは迅速に地下シェルターを目指して避難していく。
学校の屋上。フィーネに抱えられて俺はここまで逃げ込めた。
学校内に人の気配はない。生徒や教員はみんな地下シェルターに逃げ込んだのだろう。
……避難訓練の成果をこんな形で知るとは思いもしなかった。
屋上から見える都心部は、正しく地獄絵図のようだった。
炎、炎、炎──見覚えのある建物のほとんどが焼き潰されていく。
けたましく鳴り響くサイレンはさながら断末魔だ。
「……はぁ、はぁ。ッ──ちくしょうッ」
俺は拳を屋上に叩きつける。拳に滲む痛みがなければ、頭の中身が狂ってしまいそうだった。
「ごめんなさい……わたしの、せいだよね」
隣で、フィーネが頭を垂れて俺に謝る。
ごめんなさいって、全部自分のせいですって、そんなあって良いはずのない自責に沈んでいる。
「ちがうッ、それは違う。フィーネじゃない、優河をあんなにしたのは、あの男のせいで」
……そして、俺のせいでもある。
あの時、優河を突き飛ばさなければ、俺が身代わりになれたのに。
タオルで止血された右手がずきりと痛む。けど、その何倍もの痛みと苦しみを優河は味わっているはずだ。……その事実があまりにも、胸をざわつかせる。
「……鮮血兵器」
鮮血兵器──あの男の呼び名を口にする。……悍ましい言葉の感触だ。
そしてそれは、変貌した優河に当てはまるものだった。
「──■■■■■■■■■ッッッ!!!」
──緋色の天使像。それが今の優河を形容するに相応しい存在だった。
殺戮のみを与える醜悪な御使い。30メートルを超す巨体、背中には小さな翼が生えており、全身には蛇の鱗のような外殻で覆われている。右手は狼の牙を思わせる巨大なメスとなり、左手は赤々と濁る液体で満ちた注射器が備わっている。双眸からは涙のような──緋色の光が漏れ出ていた。
注射器から飛ばされる液体は道路を次々に焼却していき、巨大なメスは建築物を解体していく。天使像を食い止めようと編隊を組んで機関銃を掃射する無人戦闘機“ヤタガラス”を天使像は体表の鱗を次々発射して撃ち落としていく。
……まさしく鮮血兵器だった。自ら血を吹き出して、そして世界そのものすら出血させる醜悪な怪物。
そんなものに優河がなってしまった事実を、俺は叫んで否定したかった。
「──救うことは、できないのか?」
「…………できる、よ」
懇願するような願いを、フィーネは決断するように頷く。
ドゴォン、と校庭にヤタガラスが墜落した爆音が響く。
爆風でフィーネの長い灰髪が翼のようにはためき──そして深紅の旋風が燃える都市に吹雪き業火を吹き消す。
「わたしの力……“天寿”を使えば、できるはずだよ。今のゆうかは、存在を“鮮血”という終わり、戦乱に踊り狂う結末と化しているの。それを本来あるべき終わりに糾すことができれば……救える、はずだよ。だけどそれには、あの兵器のコアに触れて干渉しなくちゃだめなの。だけど──」
──都市には英雄が降り立っていた。深紅のボディ、両手に番えた金色にきらめく巨刀を振るい、鷹のような翼で空を駆け抜ける怪獣殺しのオーバースーツ“セリオン・ソル”が人類を守るために、天使像の前に舞い降りる。
「……わたしは“それ”を封じているの。この力は恐ろしい、世界を滅ぼす力だから。わたしだけでは十全に使えないよう、調整されているの。だから……わたし一人では、ゆうかは助けられない」
「……でも、フィーネの力でしか救えないんだろ?」
「うん。だから……わたしの力をあなたが振るって。わたしが力を、満たすから」
炎は絶えた。セリオン・ソル……30メートルというオーバースーツの中では例外的な巨体を誇るマルドゥークが有する最大最強の人類守護兵器の一つ。
──天使像とセリオン・ソルが衝突し、次の瞬間2つの巨人の姿は霞のように消え失せる。
バトルフィールド……後に知ることになる特殊な空間に2つの巨大兵器は移動したのだ。
「わかった。それがみんなを、優河を救うことなら……俺は何だってしてやる」
俺は宣言する。嘘はない、守れなかったのなら救うために何だってするのが男というものだ。あの優河と共に過ごした日常を取り戻せるのなら、それこそ俺はあの鮮血の男とだって戦える。
「……よかった。その思いがあるのなら、わたしは力をあなたに託せるよ」
フィーネは柔く微笑む。
そして、凛々しく戰場を睨み──両手を校庭の、墜落して半壊した“ヤタガラス”に差し向ける。
両腕の包帯が解かれヤタガラスまで伸ばされ、その機体を覆うように螺旋を描く。
「“宇宙に響く鐘の音、神も老いし終の
白に囚われた戦闘機は中空に浮かび、屋上……俺たちがいる場所まで浮遊してくる。
まるで、世界から隔絶されたかのように──フィーネの手中に滑り込むように。
「“そこにあるのは灰の大地、明日なき星が沈む海”──存在改竄」
灰の粒子がフィーネの両腕から包帯を伝って戦闘機に注がれる。
ヴラドが優河に行使した、存在の在り方を改変させる非条理の力──それと全く同じ要領で、戦闘機の形を変えていく。
ノーズコーンは兜に、緊急用コックピットはインナーブロック(オーバースーツの操縦席を意味する)に、機関銃とミサイルは両腕に作り直され、主翼は八本に分かれる帯状のマントになり、尾翼とノズルは二股に分かれ両足となる。
無人から有人へと、戦闘機から人型兵器……オーバースーツへ、繭の中で芋虫が蝶に変態するように、根本から改変されていく。
「……できた。これが、あなたの力よ。銘はカルヴォス、終わりを示す灰の鳥よ」
それは、灰色の鳥人であった。屋上にいる俺たちを見るように立ち、8つに分かれた帯状のマントをはためかせながら聳えていた。サイズは15メートルほど、両手は人の手のひらと同じで、背中には8つにはためく翼のようなマント、そして両足にはローラースケートのようなブレードが備わっていた。
「これで、あの巨人がいる場所に行けるのか」
「うん。この程度の次元の隔たりなら、わたしの力で繋げられるよ。操縦方法は直接教えるから、乗ってみて」
俺は頷いて開かれた胸部……インナーブロックに飛び込む。操縦システムは完全にオーバースーツのものと同一であるようで、中央にある小さな座席を囲うリングから4つのアームが伸びている。このアームに四肢を取り付けることで、四肢に伝わる電気信号をオーバースーツに搭載されたAIが識別し、その信号に沿うように鋼の身体を動かすのだ。それに加え、音声認識で行う作業を決定することで必要な電気信号を正確に取捨選択できるようになっている。
このマシンも同じだ。俺が機体を操作し、本来のオーバースーツがAIで電気信号を識別するところをフィーネが行う。音声認識の部分はお互いに対話をすることで補助していくそうだ。……また、通常であれば電気ないしガソリンをエネルギーとしているところを、このオーバースーツはフィーネが持つ膨大な生命エネルギー(体力のようなもの……らしい)で賄っているそうだ。
──そういった、このオーバースーツに関する知識が座席に座った途端に頭の中に流れ込んでくる。突然の情報の流入で少し頭痛がしてくる。
「──操縦方法は、わかった?」
後ろから声がする。振り向けば、もう一つリングが鎮座しており、フィーネはいつの間にかそれに四肢の包帯を巻き付け宙吊りになっている。さらけ出された素肌は白く、包帯に結ばれていた時よりもふっくらとした柔らかさを感じさせていた。
「……わかった。俺が手足で、フィーネが剣ってことも」
「十分、だよ」
ブゥン、と小さく音を立てて暗いインナーブロック内に風景が映る。球形のモニター全面に、標高100メートル、プラス15メートル上空から見える町の風景が映る。山から駅のあたりまで黒い焼け跡が幾つもくすぶっており、まるでカサブタのようだった。
「まずは、わたしが指定した場所まで、カルヴォスを移動させてね」
「了解」
モニターに明滅するポイントが示される。セリオン・ソルと天使像が消失した場所である。
俺は一歩、踏み込むことを意識する。足を動かす、というイメージは自分の肉体ではなくオーバースーツ……カルヴォスに反映される。ズシン、と僅かな振動が座席から伝わる。
……自分は少しも動いていないのに、確かに動くという独特な感覚。広く普及しているにも関わらず、オーバースーツに拒否反応を示す大人がいることも納得できる。
次に背中に感覚を伸ばす。背中にはためくマント……これは翼としての機能も有しており各部バーニアと併用することで飛行に近い駆動を可能とさせる。
……そして、俺はフィーネから教えてもらった知識を実行に移す。
「跳ぶぞ!」
跳躍──生身では垂直で60センチくらいしか跳べないが、この鋼の身体は容易に25メートル以上の高さまで跳躍できる。俺は足裏などのバーニアを併用してその倍、50メートルの高さまで跳躍し、必要な高さを稼ぐ。──遠ざかる地表に少し面食らうが、構う暇はない。
続けて背中に感覚を伸ばして人体にない部位……8つの帯状の翼を己の一部と意識しグライダー状に形を固定させる。
「いく、ぞぉおおおお──!!」
そして俺は叫びながら両腕、背中、太もも、足裏にあるバーニアを全力で吹かし高速で空中を滑空させる。人体に無い機能の行使に痒みに似た痛みを覚える。
ある種のミサイルのようなものだ。俺はフィーネから提示された地点を目掛けてカッ飛ぶことだけを意識する。
……直線距離で5キロはあった距離は数秒でゼロになった。俺は慌てずに、グライダー状にしていたマントをパラシュートのように円形に広げ、同時に足裏のバーニアを前方に伸ばして制動をかけて急速に停止させる。身体にかかる慣性力はそれほどなかった、慣性の制御システムも優れているようだ。
「着いたぞ! 俺はどうすればいい」
「……このまま浮いて、両腕を前に出して。わたしが次元を、開くから」
俺は頷いて、フィーネの指示通り両腕を前に突き出し、空中に浮かぶことを意識する。
「“全ての命は我が手に還れ”」
背中のマントが前方、両手の先へと伸びる。
「“微睡む星は我が眼に願え”」
マントが収束する一点に、膨大のエネルギー……フィーネが有する莫大な生命エネルギーが大気、否、世界に干渉し始める。
雷槌のような灰色の閃光とガラスを砕くかのような轟音が辺りに走り渡る。
「“老いた光は我が胸に眠れ”」
不意に、知らない風景が眼前に浮かぶ。
灰色の太陽が地平線を焼いていく。人は、命は祈りを捧げる……厳かな鐘の音が、終わりを迎える太陽を祝福して……。
「──刻源提示! ひかる、早く世界を開いて!」
フィーネの強い声ではっと意識を取り戻する。
見れば、翼の先端に囲まれて大気に小さな“穴”が開いていた。空間に浮かぶ、その小さな穴の向こうからは炎と風が轟々と衝突している。
「ッひ、ら、けぇえええええ!!!」
気合を入れて、俺は叫んで両手に力を込める。イメージは、古くて全然動かない引き戸を強引に開けようとする瞬間だ。両手には抵抗するような力も働いており、気を抜けば一瞬で閉じてしまいそうだ。
ミシリ、パキバキ……ガシャン! と、音を鳴らしながら穴は広がり、カルヴォスが入り込むには十分な隙間が開く。
「入って!」
「うおおおおおおお──!!!」
その隙間を目掛けて機体を駆る。空間の穴は滑り込むと同時に閉じ、見慣れた町から一転してカラカラに乾いた……強烈な日差しが注ぐ砂漠のような場所に着地した。
「ここは、いったい……」
あたりには天使像を構成する部位が幾つも散乱しており、優河を救うためには一刻の猶予もないと警鐘を鳴らす。
「……やっぱり、ここは“果ての世界”なんだね。……絶対に外に出ないでね、ひかる。紫外線量が通常の100倍以上で……素肌を晒せば、日焼けじゃすまないよ」
「わかった。……それより、早く優河を助けに……なんだ、あれは!?」
フィーネの警告以上に、その光景は衝撃的なものだった。
そしてその裂け目の真下──両腕を高々と掲げ深紅に輝くセリオン・ソルと、四肢をもがれ全身から鮮血めいた緋色の液体を流す天使像が……優河がいた。
「っ──急いで飛んでひかる! このままじゃゆうかが死んじゃう!」
「そんな!?」
「わたしが絶対に防ぐから、ゆうかのところまで……急いで!!」
裂け目から光が見える。光の、大太刀……人類を脅かす怪獣どもを何度も殺してきた人類守護の最終兵器。それが人間の、ただの少女に振り下ろされようとしているのだ。
考える暇は無かった。俺は全力で、最速で、最短で、ただただ間に合うことを、そして優河を守ることだけを思って、飛ぶ──!!
「間にィッあえぇええええええええ──!!!!!」
叫ぶ。喉が張り裂けるほど叫んで、手を伸ばす。
光の奔流に突撃する、モニターが白に染まる、天使像の潰れた目にカルヴォスが写る。
血が滲む、握れなかった右手で、俺はこの光を──!!
……光が、晴れる。
インナーブロック内に、はぁはぁと2人分の息切れた呼吸音が響く。
命は、無事だ。俺も、フィーネも……そして、優河も。
天使像は動きを停止している。灰色の巨人が己を守ってくれたことに、戸惑っているのか……あるいは、新たな敵を警戒しているのか、わからないが。
セリオン・ソルも同様だ。突然の乱入者、過去に一度もなかったであろう存在に警戒して動きを止めるのはあまりにも人間らしい。中には俺と同じ様に人がいるんだったな、とぼんやりと思う。
カルヴォスの、フィーネが有する“天寿”の力で光の巨刀は無事に霧散した。光に寿命があるのか知らないが、しかし事実としてあの膨大な光の奔流は散り散りと成って砂漠を切り裂くこともなく消え失せた。
「はぁ、はぁ……始めるよ、ひかる」
「……わかった」
機体に不備はない、決意に不足はない。
優河を救う、その意に従って俺は機体の姿勢を制御する。
翼を孔雀のように広げ、両手を天使像の胸元……人体でいう心臓付近に当てる。そこから先は、フィーネの役割だ。
『──待て! 貴様は、いったい何者だ!? いったい何をしようとしている!?』
セリオン・ソルのスピーカーから男の声が聞こえてくるが、構う暇はないため無視する。というか、そもそもこのオーバースーツに無線機能どころか外部に言葉を伝えるスピーカーすらついていない。つまり……欠陥品だ。
「“宇宙に鳴り渡る鐘の音、神も老いし終の
ずぶり、とカルヴォスの両手が天使像の
──森羅同化。それは、“世界”そのものと同化することで“世界”の全てを閲覧する力である。
フィーネはその力を使って“天使像と化した優河”を極小の“世界”と定義し、彼女と同化することでどのように改竄されたのか……どこを直せば良いか把握する。
『“ギルタブリル”……その怪獣の仲間なのか!? どうやってバトルフィールドに侵入した!?』
「“灰に翳りし果ての国、
八枚に分かれるマントの内4つと1つが天使像の四肢とコアに接続し、フィーネの力を流し込む
──存在改竄。それは、相手を己が司る“終焉概念”に沿う存在に改竄する力だ。例えば、ヴラドの終焉概念は“鮮血”であり戦争や諍いを加速させる“兵器”として相手を改竄する。フィーネはこの力を用いて優河が本来辿るべき終わりの刻……天寿を正しく迎えられる存在に
『答えろ! ヤタガラスをオーバースーツに創り変えて、その怪獣に触れて、貴様はいったい何が目的……っなに!? バトルフィールドが塗り替えられて──フィールドジェネレーターがショートだと!? っぐわぁ!』
「“全ての命は我が手に還れ/微睡む星は我が眼に願え/濡れた光は我が胸に眠れ”」
あまる3枚のマントはカルヴォスと天使像の周囲を雲の渦のように回転する。
──刻源提示。それは、己の“終焉概念”を世界に映す力である。世界が辿る末路、その一つを仮想として具現化させる一種の空間作成能力だ。フィーネはこの力を用いて異界に戰場を移したセリオン・ソルと天使像を追跡し、そして今は優河の執刀に最適な空間を作成している。
『──世界が、上書きされた……だと!? そんな力、いったいどこから……』
「“──故に、我は天寿なり。あらゆる”命“が還りし終着点”」
そして世界は塗り替わる。
──乾いた砂漠から、灰の荒野へ。
──太陽が過激に輝く快晴から、吐血するように沈む夕焼けへ。
ゴーン……、ゴーン……と鐘が鳴る。終わりを祝うように、哀しい音が
……灰に燃え尽きた地球と、膨張する太陽が沈む夕焼け空。それが、フィーネの終わり。
──終局宣言。それは、終わりを現実にする力である。世界を真実、終わらせるために力を執行する。刻源提示が仮初めの終わりを世界に映す力なら、これは世界を終焉で塗り潰す力だ。
……星の終わりを定め、そこから天使像の……凪浦優河が辿る天寿を逆算していく。
そして、天使像は正しい形を取り戻す。地平線に夕日が沈むように、本来辿るべき末路を思い出した天使像は不要な機能を放棄し、そして正しい在り方に戻っていく。
30メートルの巨躯は163センチの背丈に、背中の翼は灰になって消えていき、メスは右手に、注射器は左手に、蛇のような鱗は日に焼けた少女の柔肌に、戻っていく。
「……これで、終わり。ヴラドの理は、除去できた……よ」
「ああっ、うぅ……ゆうかっ、優河がいる!」
──優河がいた。カルヴォスの黒い両手に、小さい頃からずっと一緒に過ごしてきた女の子が、寝息を立てて眠っていた。
胸が喜びでいっぱいになる。ぼやける視界に、嗚咽が止まらない。
フィーネはこくりと、満足そうに小さく頷く。助けられたことが嬉しいのか微笑みを浮かべている。
ピシリ──と、音が聞こえた。
モニターを見上げれば夕焼けの空が割れ、その割れ目から青空が見える。
「空が、割れた? フィーネ、これはいったい──フィーネ!?」
「ごめん、ね。少し、疲れたから……わたし、ねむる……ね」
がくり、とフィーネが力なく頭を垂らす。カルヴォスと繋げる白い包帯が外れ、インナーブロックに放り出されたフィーネを、俺は咄嗟に受け止め……フィーネの胸の予想外の感触に一瞬動揺する。底に垂れた包帯はシュルシュルと音を立ててフィーネの四肢をきつく縛り付けていく。
フィーネの顔色が悪い、熱もある。モニターの光に照らされる顔は病的に青く、びっしょりと汗で全身が濡れている。
「フィーネ! 本当に大丈夫なのか……っクソ、カルヴォスが停止していく!」
フィーネとの接続が切れたせいか、カルヴォスの機能は一斉に途絶えていく。モニターも切れてインナーブロック内は漆黒の闇に沈む。
俺をカルヴォスと繋げるアームは自動的に外れたが、そこから先がなにもできない。外を確認する手段どころか、インナーブロックから出ても大丈夫なのかすら分からない。
優河を助けられた喜びから一転して、俺の心はどうしようもない焦燥感で埋められていく。
フィーネの終焉が投影された世界に取り残されているのか、倒れたフィーネは大丈夫なのか、そして……優河と会えるのか。
「……よし、行くぞ」
……迷っていても仕方がない。息を吸って、お腹に力を込める。
手探りで非常用のハッチ開放スイッチを探す。フィーネから与えられた知識を頼りに、座席の裏を何箇所か押し込む。
4回目で当たりを引いたのか、プシューと音を立ててハッチが開いて前方からまばゆい光が差し込んでくる。
「……あお、ぞら。あれは、駅前のビル……の、焼け跡か」
ほっと、息を吐く。よかった、ちゃんと戻ってこれたんだ。
……まずは、フィーネと優河の介抱をしなくちゃいけない。女の子2人を抱えて運ぶ……のは難しいから救急車を呼んで、カルヴォスは……どうしよう、とりあえず2人の無事が確認できてから考えよう。
そんなことを思いながら、俺はフィーネを抱えてインナーブロックから外に出る。
眩しい光、それと……銃口。
「……は?」
「っ少年、だと!? ギルタブリルの中から現れた少女に続いてか! ……それに、その女の子は大丈夫なのか!?」
「は、えっ……ちょ、ちょっと待っ」
「っ、俺は国際防衛組織マルドゥーク日本支部実働部隊隊長、
どこかで聞いたような声をした赤髪の青年が俺に向けて拳銃を向ける。
赤に白のインナーウェア、オーバースーツ用のパイロットスーツにはマルドゥークの弓矢と都市を模したエンブレムが輝いている。
この人がセリオン・ソルに乗っていた人だと、俺は気づいた。強い光を宿した両目は、動揺すら飲み込む強い決心がありありと浮かんでいた。
それを見て、俺は心の底から今更のように実感した──俺はもう、逃げられない……と。
──これが、運命の始まりだった。
額に突きつけられた銃口と、眠りに沈む包帯の少女。そして……片手で降伏の意を示す俺。
初めての戦いは、こうして残念な形で幕を下ろした。
第一話、了。
マイペースに更新していくので気長にお待ち下さい。