灰星のフィーネ   作:日向ヒノデ

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第2話 マルドゥーク ②

 大気圏外、衛星軌道上にその“塔”は存在した。

 観測塔(かんそくとう)テイア──地上ではブラックナイト衛星と呼ばれ、異星人によるものではないかと噂されるアーティファクト。

 しかし、その正体は──遥か1万年後の地球で建造された時空跳躍システムの残骸であり、そして世界を滅ぼすべくこの時代に現れた未来人たちの根城である。

 

「──集え、終局四重奏(ドゥームズ・カルテット)

 その頂点、十字架を思わせる玉座に純白の少女が号令をかける。

 

「──第二の刻使、“涸渇樹園”のネロ・ロストグリーン。いつでもいけるぜッ」

 砂が堆積し、影のような少年が現れる。

 黒い制帽を被り、黒い軍服はオーバーサイズで、あまった袖はパタパタと揺れている。胸元の勲章は夜空の星のように輝いているが、刻まれた国旗は例外なく潰されて見えなくなっている。褐色の肌と短く刈り揃えられた黒髪は僅かに差し込む星明りに照らされ、少年の狐のような鋭い風貌を際立たせる。

 左腕に巻きつけられた錆びた鎖を鳴らして、少年は無邪気に笑う。

 

「──第三の刻使、“未来信仰”のセレネ・トライロード。休憩時間は終わりかい?」

 三本の松明が重なり業火が生まれ──その中から老婆が召喚される。

 藍色のローブで全身を隠し、腹部には夜空を思わせる帯、顔に刻まれたシワの数とトリカブトのバレッタで留められた白髪の白さが彼女の年月を思わせる。

 さながら童話に出てくるような魔女が松明を杖として玉座に座る塔主を見上げる。

 

「──第四の刻使、“永劫罪人”のナゴリ……ここに」

 コツコツと、暗い廊下から一人の男が登場する。

 白いスーツ、胸に刺した赤いバラ、灰色の中折れ帽と短く切りそろえられた黒髪、腰に佩く一振りの日本刀──そして、首をきつく絞める縄。

 故に、彼は武士ではなく罪人……死刑囚としてこの土壇場に参上する。

 

 そして──

「──第一の刻使、“鮮血兵器”のヴラド・スカーレッド。ただいま帰投いたしました」

 あの男が現れる。少女を兵器へと鋳造した鮮血の騎士が血液から人へと姿を打ち直す。

 ヴラドは深々と礼をし、玉座の少女に跪く。

 

 ──終局四重奏(ドゥームズ・カルテット)、世界に終焉をもたらすべく未来より現れた終局の使者。

 そして、彼らが見上げる少女こそ、塔主……“不和雷帝”のムクロ・サクリファイス・グレイブである。

 白、白、白──髪も、肌も、服も……赤い瞳だけが彼女を人形であることを否定する。

 白いティアラ、白無垢というより死装束と呼ぶべき白い和服で身を装い……そして、両手足と胸の中央……心臓に深々と鋭い杭が突き刺さっている。

 ──まるで、その生を否定するように。深く、深く……。

 

「……あの紅い巨人はなんだ、鮮血兵器」

「はっ。調べた所によりますと、この時代の防衛兵器のようでございます」

「あんなものが、この時代に、か。あれは“落陽天寿”以上の脅威だな」

 セリオン・ソル。深紅の英雄は彼らにとって最大の不確定要素(イレギュラー)であった。

 彼らとて、この時代についてはそれなりに調査している。森羅同化……万物と同化しその要素をすべて把握する特権能力によってこの2044年の文明・文化は知り尽くしている。

 しかし、彼ら……マルドゥークの情報のみがごっそりと抜け落ちていた。ましてやセリオンなどという超兵器の存在は彼らにとって未知の存在そのものであった。

 最初から想定していた……目標の1つである落陽天寿の介入に戸惑うことはない。故に、彼らにとって最大の障害はマルドゥークと呼ばれる防人たちの存在であった。

 

「そうさね。あれもまたオレたちと同様、刻源に類するモノに由来していると考えられるわな」

「それに怪獣! いいね、ああいうの。ボクらの時代には亡い脅威! 興味深くてワクワクするぜっ!」

 セレネの推測と、ネロの好奇心。この時代の興味深さは一万年後の灰色の時代に比べてずっと鮮やかなのか、ネロは興奮のままに全身を飛び上がらせて笑い続ける。

 怪獣もまた彼らにとって未知の存在であった。より正しくは現代における恐竜のような……とっくの昔に絶滅した生物に対する関心の方が近いだろう。脅威とは思わないが、しかし怪獣という生物の強さは興味を持つには十分すぎるほどだ。

 

「あの巨人も強かったが、しかし、鮮血兵器……オマエの鋳造した兵器はそれ以上に弱かったな。封印された落陽天寿でも直せる程度の終焉なのか、オマエは?」

「黙れ罪人が。……しかし、その指摘は悔しいほどに正しいですな。此度の少女は見せしめには最適だったが、兵器としては落第点も甚だしい……次に鋳造するときはより適した素材(戦士)を選定するとしよう」

 ナゴリの指摘にヴラドは舌打ち混じりに同意する。ヴラドが鋳造する兵器は素材となった人間の気質が色濃く現れる。今回の場合、()()()()()()()という点では適していたが闘争……殺戮には根本より拒絶しており失格も良いところだった。次はより戦士の気質を持つ者を探そうと、ヴラドは今回の戦いを顧みる。

 

「……アタシは、どうでもいい」

 玉座の声が4人の言葉を静止させる。

 不和雷帝、ムクロと呼ばれる破滅の首謀者。

 超弩級の怪物である4人を従えるとはつまり、彼女はソレ以上の怪物であることを意味する。

 赤い瞳には何も映っていない、ただ無関心に無感動に世界を見つめるだけ。

 

「アタシは、この世界を滅ぼせるのなら……すべてが、どうでもいい」

 つまり

「オマエたちは好きにやれ。己の業を以て、この世界(ほし)を終わらせろ」

 ムクロ──塔主の言葉に4人の気配がうねり変わる。

 礼に律する騎士から、鮮血に酔い狂う兵器へと。

 無邪気な少年から、涸れ果てた虚の皇太子へと。

 しとやかな老女から、歴史に偏在する魔女へと。

 頭を垂らす死体から、永遠に括られた罪人へと。

 

「アタシが赦す。鮮血の終わりを、涸渇の終わりを、信仰の終わりを、罪過の終わりを……アタシに見せろ」

 その言葉を最後に、塔主は雷鳴と共に姿を消す。

 玉座の間に取り残された4人は異様な気配を纏いながら他者を見渡す。

 

「──それじゃ、ボクは少し遊びにいくよっ」

 ネロが無邪気に──獰猛な笑顔を浮かべながら手を挙げる。

 黒一色の眼球は、ブラックホールのように渦を描いて輝いている。

 

「待て、涸渇樹園。キサマ、どこにいくつもりだ」

「別に、ボクがどこに行ったって関係ないだろ永劫罪人。ま、てきとーに地表をブラついて、目ぼしいイケニエがいたら収穫してみよっかなってとこ。キホンはノープラン、場合によって実行に。どうせ滅ぶ世界だし、枯らす前に楽しんだっていいだろ?」

「……そうか。本懐を忘れていないのなら、構うまい」

 そう言ってムクロは歩いて玉座の間から出ていく。

 

「……フン、変なヤツ。罪人の癖に上から目線っ、なーんか気に食わねェーぜ」

「まあ落ち着きな、涸渇樹園。ヤツは些か厳格すぎるだけの男さ。アンタが苛立つ必要はないさね」

「なんだよ、未来信仰。……そろそろ出たいんだけど」

「ああ、時間は取らないよ。ただ、面白いものを教えてやるだけだよ」

 そう言って、セレネはネロに何かを囁く。ネロはその言葉を聞いて、目に見えて顔を興奮で輝かせていく。

 

「──それ、マジなんだな?」

「ああ、マジさね。アンタの見たいモノはそこで確実に現れるさ」

「クククッ……そいつは最高だぜッ! サンキュー未来信仰、最高のショウを教えてくれてさァっ!!」

 そう言って、ネロは全身を砂に変えて観測塔テイアから姿を消す。

この興奮のまま地上に降りているのだろう、セレネはシワの深い顔を綻ばせながら窓に映る蒼い星を見下ろす。

 

「ショウ……いったい何のショウなのですか?」

 玉座の間に取り残された鮮血兵器……ヴラドがセレネに問いかける。

「──演目は紅い剣闘士と山脈の巨竜の殺し合い、灰の烏が羽ばたく戦舞台(ショウ)さ」

「なるほど、それは興味深い。獣狩は騎士の嗜み故、ワタクシも胸が高まりますな」

「──なら見るかい? なあに、コロッセオの開演はもう直ぐさ。こちらも客席について怪獣退治を愉しもうじゃないか」

 セレネ……未来信仰は松明の杖で3度床を叩いて鳴らす。次の瞬間、数本の松明が合わさり巨大な炎……スクリーンとなって映像を映し出す。

 

「ぜひとも。敵情視察といきましょう」

 スクリーンの陽炎に照らされながら、玉座の間で2人は戰場へと意識を移した。

 

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