灰星のフィーネ   作:日向ヒノデ

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第2話 マルドゥーク ③

「──セリオンってのは特別なオーバースーツなのよねー、端的に言えば☆」

 一面ガラス張りの通路。ガラスの向こうにはあのセリオン・ソルが横たわり、その上で様々な機材と職員たちがあくせくと働いている。

 俺を案内するように……違うな、俺を気にもとめず倉田さんは先頭を進んでいる。

 

「通常のオーバースーツはガソリンか電気なんかを動力にしているけどねぇ☆ セリオンは20年前に中米で発掘されたある特殊な隕鉄からエネルギーを汲み出してんのよねー!」」

「その隕鉄がセリオンの秘密なんですか」

「そゆこと☆ 7つだけ発掘された隕鉄はティアマト・コアと名付けられたのねぇ。そのティアマト・コアから発せられる特殊なエネルギーが、あの30メートルという巨体や様々な超兵器を実現させているってワケ☆ あの砂漠のような空間……バトルフィールドもティアマト・コアの産物、ソルはオゾンホールが開く砂漠で、ルナは月夜に氾濫する大海だったり……ま、セリオンによりけりなんだけどねぇ☆ よーは、ティアマト・コアがセリオンの心臓部なのよね!」

 もし仮にティアマト・コアがなかったら。セリオンは10秒と保たず自壊するわねー。

 そんな恐ろしいことをさらりと倉田さんは口にする。

 

「んで、セリオンシリーズは対怪獣を専門に建造された対獣兵器なワケ。こいつを開発したメンバーの中にワタシがいるんだけど……それは余談ね☆ 本題はナゼ開発されたかってことなんだけど……極めて簡単なハナシね」

 そこで初めて倉田さんが立ち止まり、俺の顔を見る。

 極めて、初めて見るような真剣な面持ちで、まっすぐに深海のような瞳で俺を見る。

 

「セリオンじゃなきゃ倒せない怪獣が現れたってことよ」

 通常の……十把一絡げに出現する怪獣は通常兵器でも有効打足り得る。

 ミサイルや砲弾、自衛隊が有するヨシツネやベンケイと言ったオーバースーツでも10メートル級の怪獣は十分対応できる。少なくとも、20年前まではそれで十分だった。

 

「それが、ムシュマッヘ。20年前に初めてカリブ海に現れたソイツは中米を完全に破壊し尽くし海の藻屑にしちまったのよ。社会の勉強でやったでしょ? ユカタン半島の悪夢とか、そういうの」

 ユカタン半島の悪夢。……聞いたことはある。

 世界地図が塗り替わるほどの怪獣災害、社会の勉強や毎年9月になれば特集ニュースが組まれるほどの……5000万人以上の被害を出した大災害。

 確か、当時の米国大統領が3発の核を打ち込むことで収束したのだったか。

 

「よーはセリオンシリーズってのは対怪獣というより対ムシュマッヘを想定した兵器なワケなのよねー。各コアに対応したバトルフィールドをフィールドジェネレーターで出力することで、通常空間では強大すぎて振るえない戦力をフルスペックで発揮できるし、ムシュマッヘの細胞1つ逃さず殲滅可能っ。奴らは細胞の一欠片あれば再出現し得るからねぇ、確実にすべてを殲滅する必要があんのよね☆」

「じゃあ、怪獣って何者なんですか? セリオンなんて超兵器を必要とするほどの生物がいるなんて……そんなの、信じがたいですよ」

「良い質問ね。色んな学者が議論しあっているけどぉ……明確な答えは未だナシ。恐竜の生き残りが正体だとか、環境汚染によって産まれた哀しき生物だとか、あるいは宇宙から飛来してきたエイリアンだとか……ま、色々ね」

 

 でも、

 

「もしも……もしも、地球が人類を滅ぼすために産んでいるとしたら……光チャン。アナタ、どう思う?」

 ……わけの分からない質問が返ってきた。質問者はこちらなのだけど……けれど、その問いは少し、興味を惹かれた。

 地球、母なる地球……もしその問いが真実であれば、俺たちは育児放棄をされた子どもだろうか。もう手に負えないほど育ってしまったから、殺してしまおう。って感じの。

 だから、俺は……

「……寂しい、と思うな」

「寂しい?」

「だって、そうじゃないですか。地球が滅ぼそうとするほど、地球はもう人類を愛していないってことじゃないですか。愛されないってのは……なんだか、寂しいと思う」

 今まで漠然と感じていた”何か”を喪うこと。あったものが、無くなること。……それを寂しさというのであれば、その問いの答えはそれしかなかった。

 

「……ま、この質問に意味はないんだけどネ! そういう説もあるよって具体例っ☆ ガイア理論による怪獣起源説の1つに過ぎないからぁ、ヘンに真に受けなくてオッケーよん☆」

「なんですかそれ……下らない」

「それくらい不明なのよね、怪獣ってのは。確かなことは、山や海とか砂漠とかそういう人のいない場所で自然に生まれることと、ムシュマッヘ含め怪獣は優先的に人類に襲いかかることだけよ。生存のためでなく、殺戮のために活動する人類の敵、それが怪獣ってワケ」

 これで満足カナー?

 そう首を傾げながら倉田さんは説明を終える。

 ……納得は、した。オーバースペックにも程があるセリオンの理由も、なんとなく。

 疑問がないわけではないが、むしろ言い返したいことは山盛りだが、それが必要な場面でもあるまい。そのことは、おいおいだ。

 

 ……気がつけば、メディカルルームの眼の前に着いていた。それほどまでに、話に集中していたのか。

「ここが、メディカルルーム。光チャンのハニーたちはどっちもここにいるわよー☆」

「誰がハニーですか、誰が。ってもういないし……っ」

 ジャねっ☆ と手を振りながら倉田さんは姿を消す。すごい瞬発力だ、もう40は近い歳のはずなのに……。

 

 ……白い扉を見る。タッチ式の自動ドア、あの取調室と同じだ。

 鉄色と、白。形は同じなのに、色が違うだけでまるで印象が違う。

 この扉一枚向こうに2人が、優河とフィーネがいる……目の前で壊された少女と、意識を失った少女が。

 万が一、イフ、もしもを考え始めると指先が振るえてしまう。

 もしも、治っていなければ。もしも、死んでしまっていたら。……そんな、ことを。

「…………よし」

 迷っていても、仕方がない。俺は意を決して、扉のスイッチを押す。

 

 自動ドアが静かに開く。その役割通り、一部の狂いもなく、開く。

 カーテンで区切られた白い病室。幾つかの機器に繋がれて、包帯の少女……フィーネはベッドに横たわっていた。

 そして、その傍らには──

「……ヒカル、くん」

「──ゆう、か……っ優河っ!!」

 今朝と同じ、制服を着た少女……凪浦優河が、椅子に座っていた。

「きゃっ……ど、どうしたの?」

「よかった……よかったっ」

 駆け寄って、彼女の頬に触れる。右手で、ガーゼ越しに優河に触れる。

 暖かな、熱。あの溶鉱炉のような赫赫とした熱はどこにもない。柔い、少女の温もり。

 いつもの、ずっと一緒にいた優河の存在を手のひらで……実感する。

 

「えっと……だい、じょうぶ?」

「……それは、俺のセリフだ。……バカ野郎」

 ぶっきらぼうに、手を離す。

 優河は離した手のひらを見て、顔を曇らせる。

「……その手、やっぱりなんだね」

「別に、大した傷じゃない。一週間もすれば痕も残らないって、ここの人は言っていたさ」

「それだけじゃないよ。フィーネちゃんだって、こうして眠っていて……。何ていうのかな、私が見てた夢が本当のことで……誰かを本当に傷つけていたって。それを思い知るのが……とても、つらいよ」

 点滴をうたれながら深く眠るフィーネを優河は泣きそうな眼で見つめる。

 ……優河は優しい女の子だ。

 誰かの痛みを、自分のことのように悲しめる……そういう子だ。

 だから、自分が“兵器”として町を壊したという事実はあまりにも重い咎として胸に突き刺さっているのだろう。

 

「……おまえのせいじゃない。悪いのは、あのヴラドっていうヤツだ。だから、それ以上気に病むことなんてないさ。それに……」

「それに?」

「俺が、守る。俺が……みんなを守る。それだけの力を、俺は任されたんだから」

 深く、死体のように眠るフィーネの手を握る。

 その小さな手の中に途方もしれない力があって、その力を扱うことを……俺は託された。

 彼女が目覚めた時、また戦いは始まる。そんな確信が湧いてくる。

 

「──失礼する」

 自動ドアの開閉音と共に青年の声が病室に響く。

 振り返ると、赤髪の青年と桜色の女性が病室に入ってきていた。

 

「えっと、あなたたちは……」

「俺は結城大護だ。セリオン・ソルのアクターを努めている。それで、こっちが……」

「……セリオン・ソル、専属オペレーターを努めています。石宮(いしみや)美衣(みい)です」

 堂々と立つ結城さんと、きちんと一礼をする石宮さん。

 こちらも会釈を返すが、しかし一体何の用だろうか、内心疑問でいっぱいだ。

 

「えっと、それで2人は……」

「──ありがとう、光少年」

「……はい?」

 いきなりの感謝。俺と優河は2人そろって困惑で首をかしげる。

 

「話は聞かせてもらった。君と、フィーネ少女の勇気ある行動で凪浦少女を助け出せたんだってな」

「ええ、フィーネはまだこんな状態ですけど……なんとか」

「そうか、彼女はまだ眠っているのか……無理もない。彼女が眼を覚ましたら、改めて礼を言わせてくれ」

「……そうですね。こいつも喜ぶと思います」

 そうか、と結城さんは微笑みながら強く頷く。

 ……気の良い人だ。裏表のないその実直な性格で、周りの人にも慕われているんだなと思った。

 

「──君も無事で良かった。あのとき、光少年たちが駆けつけてくれなかったら俺は取り返しの付かないことをしてしまっていた。すまなかった」

「私の方からも謝らせてください。オペレーターとして、ギルタブリルという仮称をつけたにも関わらず、情報収集を怠り討伐を指示したのは未熟極まる判断でした。より正確に精査することができれば、もっと何か……あなたを助ける手立てが分かったかもしれないのに……申し訳ございません」

 2人は硬い顔で優河に謝罪する。どちらも己の未熟を……より良い選択肢を取れなかっとことを深く悔やんでいる。

「……そんな風に謝らないでください。だって、あなたたちは私を止めようとしてくれました。ぼんやりとした記憶しかないけど、私があれ以上暴れずに済んだのは、あなたたちのおかげに違いありませんっ」

 だから

「こちらこそ、ありがとうございます」

 そう言って、優河は深々と頭を下げた。

 結城さんも、石宮さんも優河の言葉に何かを感じたのか、硬い表情を和らげる。

 

「……君は、君たちは強いな。あの琴葉司令と零治(れいじ)さんの息子とその幼馴染なら、これも当然のことかな」

「…………だと、良いですね」

 結城さんは俺と優河の頭を優しく撫でる。父と母に似ていると、評す強さを称えるように、慈しむように……撫でる。

 ざらついた、硬い手のひら。戦士の手、幾多の戦いを経た強さの籠もる手。

 こそばゆい、複雑な達成感……俺の感情を感じたか、数秒で結城さんの手のひらは離れていく。

 

「さて──凪浦優河さんはもう数日経過観察する予定です。ですが、光さん」

「なんですか?」

「2人のこともありますし、今夜はこちらで過ごしませんか? 家族にはこちらで連絡しておきますよ」

「……それは」

 その言葉で妹……灯のことを思い出す。

 そうだ、きっとあいつは俺のことを心配している。バカとかなんとか呼んでくるけど、それでもあいつは妹で、俺は兄貴だ。

 だから、早く帰って自分の無事を伝えなくちゃだめだ。……けど。

 ちらりと、ベッドで眠るフィーネの姿を見る。こいつも、起きた時に俺がいなかったらきっと不安になるだろう。……それは、嫌だった。

 

「……なら、俺が直接連絡してもいいですか? 灯のやつ、きっと心配しているから」

「そうですね、わかりました。では、こちらに──」

 石宮さんがそう言って部屋の出口を向こうとした、その時だった。

 

 ──ウゥウウウウウウ、ウゥウウウウウウ!!!

 

 あのとき、天使像……ギルタブリルが町に現れたときと同じ騒音が部屋中……違う、アマテラス艦内すべてに響く。

 結城さんと石宮さんは通信機に通達された指示を読み──ほんの一瞬、顔を歪める。

 

 ──そう。

 怪獣が、現れるのだ。

 最強の怪獣である、ムシュマッヘが──

 

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