灰星のフィーネ   作:日向ヒノデ

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第2話 マルドゥーク ⑤

「──かはっ、はぁはぁ……成功、したのか」

 咳き込みながら目を開ける。生きている、振り返ればフィーネもまた安堵するように息を吐いている。

 燃え尽きた灰の大地、吐血するように沈む紅い夕陽──予定通り、俺たちはフィーネの世界を展開することに成功した。

 だが、

「っ──セリオンが! 大丈夫ですか、結城さん! 返事をしてください」

 灰の大地でセリオン・ソルが片膝をついていた。左腕が砕かれ、それ以外にも機体のあちこちがヒビ割れ内部に充填されている液体金属が血液のように噴出している。

 相対するムシュマッヘも相応の重症を負っている。右腕及び右翼は完全に両断され激しく出血しており、頭部の右半分が潰れ紅く濡れている。しかし、そのような状態でも左目の眼球は赫赫と輝きセリオンを睨みつけている。……戦いは、続いているのだ。

 俺は急いでカルヴォスを大地に降ろし、セリオンに近づく。

 

「っ結城さん!」

『……こちらは大丈夫だ。バトルフィールドの形成は完了しているな』

「してますけど……そんな状態じゃ」

『戦闘の続行は可能だ。心配するな──フィーネ少女、この空間を気絶せずに展開できるのはあとどれくらいだ?』

「えっと、3分くらいかな」

『了解。なら、1分で仕留めてやるぜ!』

 そう言って、セリオン・ソルはマントを広げて右手の刃を構えてムシュマッヘへと相対する。

 

『──オオオオオオオオオオッッッ!!!』

 ──グオオオオオオオオオッッッ!!!

 衝突、再び。その激しさは先ほどの比ではない。

 半壊したセリオンは片腕の刀と烈風の刃を振るうことでムシュマッヘの頑強な肉体を傷つけていく。

 手負いのムシュマッヘは片腕の巨腕を槌のように振るい、大地を砕くほどの怪力でセリオン・ソルを破壊しようとする。

 熾烈。方や人類を守るために刀を振るう防人、方や人類を殺すべく牙を剥く怪物。

 互いに一歩も引かない戦いに、俺は思わず魅了されてしまう。目を離せないほどに、その戦いに夢中になっていた。

 

「……ひかる」

「っ、フィーネ……なんだよ」

「わたし、あの獣……”かいじゅう”を、知りたい」

「知りたい? えっと、俺の知識で良ければ教えるけど……」

「それはもう、知った。ひかるの知識は、カルヴォスに乗ったときに識ったよ」

 森羅同化……森羅万象と自己を同化し、対象を理解するフィーネが持つ力の1つ。いつの間にかそれを俺に対して行使していたようだ。

 

「はぁ……別に構わないが、できれば一言、言ってほしかったな」

「ごめんなさい……でも、なんだかあの怪獣……わたしたちと同じような……終焉の、気配を感じるの」

「終焉の気配?」

「そう。わたしの”天寿”の力や……ヴラドの”鮮血”みたいな、世界を終わらせることのできる概念。その力と似た気配を……感じるの」

 それは、つまり。

「誰かが素材になっているかもしれないってことかよ! あの、優河みたいにっ!」

「……たぶん、それは違う……と思う。あの女の人は言っていたんだよね? 自然に生まれるって、人のいない場所から自然にって。なら、鮮血兵器とは違って器を人間ではなく別の……例えば、野生動物や植物を素材にしているのかもしれない」

 無いものに水を注ぐことはできない。力を注ぐだけの器は、必ず必要だから……。

 

『──面白い考察をしているようだな、少年たち』

「……結城さん」

 通信が入る。モニターを見れば、セリオン・ソルはムシュマッヘを圧倒し、まさに完封している様相であった。

 あと一手か二手か、叩き込めば止めを射せるだろう。

『倉田女史の許可があった。怪獣の謎を暴くことができれば確かに我々にとっても益となる。俺が拘束している内に試してみろ! ただし、絶対安全……マズいと思えば直ぐに手を引くことだ!』

「分かった。フィーネ」「うん、いくよ」

 カルヴォスの八翼のマントを広げる。灰色の機体を羽ばたかせ、戰場の最中へと飛び込む。

 

『──エリュシオン・タイフーン!!』

 セリオン・ソルから深紅の竜巻が横薙ぎに現れ、ムシュマッヘの全身を捕らえて大地へと叩きつける。

 大気圧の檻、仮にムシュマッヘが無傷であっても逃れ難いと思わせるほどの大気の渦。ムシュマッヘの巌のような肉体がメキメキと歪んでいく。

 

『今だ、カルヴォス!』

 結城さんの指示に従ってマントの先をアンカーのようにムシュマッヘに突き刺す。あとはフィーネが力を行使すれば、完了する。

「──宇宙に響きし鐘の音、神も老いし終の(とき)……森羅どう、かっ……!?」

「フィーネッ!?」

 フィーネの声が途切れる。振り向けば、フィーネは眼を見開いて、何かに怯えるように表情を強張らせる。

 

「黒くて、どろっとした感覚……いかり? ちがう、これは……にく、しみ……ッ!? ぜつめつの……ダメっ、わたしはそうじゃ、ない……そうなんかなりたくないっ……!」

 フィーネの呼吸と鼓動が不安定になる。内側に流れるナニカに侵され、身悶え、怯える。

「フィーネ、フィーネッ!? っ、パージ!」

 咄嗟にマントを切り離す。カルヴォスはバランスを崩し、地面に墜落する。ガツン、と地面に墜ちた衝撃が腹に響く。

 フィーネはだらりと頭を垂らし、はぁはぁと荒んだ呼吸を繰り返す。幸いなことに、意識を失ったわけではないようだ。

 

 ──グゥウウウウウ……!!!

「ムシュマッヘ……!」

 

 だが、モニターにはギラギラと血濡れた眼球で睨むムシュマッヘがいた。

 敵──自分を暴く、最悪の敵だと認識するように、紅い大気の檻を砕こうと顎を開き──

 

『──パエトォオオオンッ・ストライァアアアクッ!!』

 さながら攻城砲か巨大なドリルか──セリオンは右腕の刃を穂先として周囲一帯の大気を起爆剤にムシュマッヘを抉り貫き砕いて吹き飛ばす。灰の大地が捲り裏返り、紅い閃光が大気に刻まれていく。

 セリオン・ソルの必殺の一撃だ。セリオン・ソルが通った後には竜巻が描く螺旋の跡と、巨大な風穴に絶命したムシュマッヘの遺骸のみ。

 その遺骸も、砂山のように風に流され消えていく。跡形もなく、消滅する。

 

「フィーネ、フィーネ! 大丈夫か!?」

『っ、すまない! こちらの想定が甘かった! フィーネ少女、意識はあるか!?』

「……だい、じょうぶ。少し、気持ち悪くなっただけ……だいじょうぶ、なの」

 フィーネが体を起こす。べったりとした汗で顔に灰色の髪の毛が少し張り付いている。

 けど、そのくらいだった。体力的な問題ではなく、精神的な……ショックを受けたのだろう。

 

「……何を、見たんだ」

「分かんない……だけど、なにか、ひどい……”意思”を感じたの」

『意思? 何者かが手引しているというのか!?』

 意思……誰かの、思念が関係しているのか?

 

 不意に、倉田さんの言葉を思い出す。

 

 ”──もしも、地球が人類を滅ぼすために産んでいるとしたら”

 地球が、人類を滅ぼす……その意思を以て、怪獣を産んでいるとすれば。

 

「……星に意思はないよ。世界は、思考なんてしない」

「フィーネ?」

「あるのは……宇宙(そら)の理と(ひと)(つみ)だけ。始まりも、終わりも……」

『フィーネ少女! 君は今、いったい何を口走って……』

 見えない目元、闇に翳る瞳──冷笑のように歪む口元。

 

「……あ」

 フィーネが顔を上げる。ぼうっと、呆けて……瞬きを繰り返す。

「フィーネ!」

「あ……ごめん、なさい。わたし、どうか……してた?」

 首をかしげる。あどけなく、儚い顔でこちらを見つめる。

 

「だいじょう、ぶ……なのか?」

「……大丈夫。うん、だいじょうぶ。少し、ぼーっとしてたの」

『なら、良いのだが……大丈夫なんだな?』

 大丈夫、とフィーネは繰り返し口にする。

 

「……ああ、そこにいるの。──出てきなさい……ネロ。ひかる、あそこを攻撃して」

「あ、ああ」

 突然、フィーネが名を呼び指し示す。知らない、誰かの名を──モニターを介して睨みつける。

 フィーネの言葉通り、俺はカルヴォスを操作し灰の大地を攻撃する。

 

 ドォン! と、砂埃が舞う。その中、灰に混じり黒い砂がきらきらと舞い──人型に堆積していく。

 黒い、少年。サイズの合っていない軍服と制帽、褐色の肌に漆黒の眼球。左腕は酷く焼け爛れ、鎖を皮膚の代わりにするかのように巻き付かれている。

 黒い少年は何が面白いのか、クツクツと笑っている。一体何に、嘲笑っているのだろう。分からなくて、気味が悪い。

 

「ひかる、その通信機を貸して」

「あ、ああ……わかった」

 胸ポケットにしまっていた通信機を取り出しフィーネに手渡す。

「宇宙に響きし鐘の音、神も老いし終の(とき)──森羅同化

 灰に翳りし果ての大地、鎮魂歌(レクイエム)が聞こえる灰の星──存在改竄」

 フィーネはそれを胸に抱くように握り、呪文を唱える。

 機能を把握する解明の力と、存在を改竄する改造の力。

 それによりカルヴォスに機能が追加される。

 

「……聞こえる? ネロ」

 内外と対話するための、機能。これでカルヴォスの中にいたまま外の人と会話できるし、マルドゥークやセリオンとも通信できるようになった……ようだ。

『ああ、まだ名前を覚えていたんだ、姉さん』

 

「姉さんだって!?」

「……そう。だけど、その話はあとでね」

 黒い少年……ネロと呼ばれた少年はフィーネを姉と呼んで、フィーネはそれを肯定する。

 少年の年齢は10歳幾ばく、といった所だろうか。フィーネの年齢は13歳くらいに見えるから……年齢だけで見ればそう不思議ではないのかもしれない。

 だけど、まさか敵にフィーネの弟なんて者がいるとは思っていなかったせいか、俺の心は酷く動揺している。

 

「ふぅ……わたしをまだ、そう呼ぶんだ。父様を、裏切ったのに」

「そっちこそ、国を見捨ててこの時代に来たんだろ? なら、国を捨てたという一点でボクと姉さんは同じさ。後継者に恵まれなかった父様が哀れだねェッ!」

「……違うよ。わたしは託されたからこの時代に来たの、ただただ嫉妬に飲まれてパンゲアの終わりに加担したあなたとは、違うの」

「あっそ、別にボクはもうあんな屍の国に興味は無いからどーでも良いんだけど。それよりもさ、姉さんもこっちにこないかい? ボクたちと一緒にこの世界を滅ぼして遊ぼうよ」

 赤い腕、乾いた血液がポロポロ落とし、鎖を鳴らしながら、ネロはこちらに……カルヴォスへ手を伸ばす。

 爛れた肉と、血濡れた鎖を皮膚とする……飢えた左手を伸ばす。

 

「……答えは、鮮血兵器に言ったハズよ。わたしは、もう決めたの」

「ふぅん、分かりきった答えは言わないんだ。じゃ、いいや。姉さんがそばにいたら面白いものもつまらなくなるし」

 姉と一緒に居たい、という兄弟愛によるものではない。その言葉の中にあるのは……ただの義務、冷え切った姉弟の繋がりしかなかった。俺と灯の間にあるような温もりをまるで感じられない、断絶した姉弟の義理だけだった。ぷつり、と呆気なく千切れる程度の……義理。

 

「それじゃ、そろそろ帰ろっかな。見たいものは見れたし、知りたいものは知れたし……欲しいモノも、手に入れたしィ!!」

 ぐちゅり。鎖の皮膚が裂ける、爛れた肉が黒く腐った果実に変わる。

 どくん、どくんと脈打つ……心臓のような、生理的嫌悪を覚える不気味な果実。

 

「……まさか」

「そうッ! あの怪獣の心臓を手に入れたのさ! 砂に風化する直前、ボクの空いた左腕に収めてね! クキキキ、この肉塊すごいよォ、なにせどれだけ飲み込んでもなお活きているのだから! これが怪獣、カイジュウ、モンスター! ボクらの世界では疾うに絶えた脅威! けだしその強さは伝説級、それが真実だったなんて! それがこんなにも面白いだなんてっ! アハハハッハハハハ!!!! 使わないなんてもったいなさすぎるよッ!!」

 嗤う、嗤う、嘲笑う。鼓動に重ねて、ネロは嗤う。

 

『そいつを返せ! さもなくば──』

「──殺すって? 出来るものならやってみなよォお? そんな鈍らでさァあ!!」

『っ……ウオオオオオ!!!』

 紅い刃が振り下ろされる。台風を伴い、竜巻を纏い、烈風で切り裂く風の刃。

 叫び声と共に大気を断つ刃はしかし、少年の肉を断つことはない。

 鎖が刃に絡まり縫い留める。少年の額を目前に、風は凪いで死ぬ。

 

『く、うぅうう……』

「ほぅら、やっぱり鈍らじゃんか。──人間を殺してないから、ヒトガタを殺しなれてないからさァあっ!!」

 ネロは鎖を振るう。たったそれだけでセリオン・ソルの刃は鎖に噛み砕かれ、ガラスのように散っていく。

 

「ウヒヒヒ……それじゃ、バイバーイ! 姉さんもその下僕もこの世界の狩人も! みーんなみんな、ボクこと第二の刻使、“涸渇樹園”のネロ・ロストグリーンをどうかお忘れなくッ! 涸渇の実りを以てキミたちの文明(セカイ)を枯らし飢えさせてやるからさァ、お楽しみにしたまえよッ!!」

「っ、待てッ」

 カルヴォスを操作し、鋭く拳を振り抜き──涸渇樹園と名乗る少年に殴り込む。

 灰が舞い飛ぶ。そこに黒い砂はどこにも見当たらない。

 

「……もう、いないよ」

 穿てたのは残響、黒い少年の嗤い声だけだった。

 乾いた灰が、パラパラと大地に降る。世界の天頂がヒビ割れ始める。

 

『……いったい、何がなんだってんだ……!?』

 ……結城さんの困惑の一言だけが、俺にとって確かな真実だった。




 今年の更新はこれで終わりです。
 リアルがしばらく忙しくなるので、1,2月に投降するのは難しいかもしれませんが、来年も楽しんでくれたら幸いです。
 それでは良いお年を。
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