霧深き領域を超えて(旧)   作:バンリ

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第1話

 城壁都市「ニヒト」の外には深い霧が広がっている。

 朝だろうが昼だろうが夜だろうが関係なく、視界を奪いかねない程の白い霧で大地を満たしている。

 

 城壁の上から眺める風景はあまりにも殺風景だ。

 というより白い以外の感想がないな、とアラタは独りごちる。

 

「城壁に近づく奴等の姿なし…と」

 

「前日の掃討作戦が想定より広範囲だったからな。当分は大丈夫だと思いたいんだがね」

 

「奴等の出現条件が分からない以上何とも言えないよな」

 

「そうだなぁ…」

 

 溜め息を吐きながら言う守兵の表情からは疲労が隠せていない。

 交代制で回すとはいえ常に神経を磨り減らす仕事であり、城壁を守るその重責は一傭兵でしかないアラタに理解する事は出来ない。

 

 霧の怪物、ミストと呼ばれる存在は常に現れる。

 この霧が払われない限り、奴等の脅威に怯え続ける事になるのだろう。

 

 

 

 始まりは突然だった。

 アラタがまだ子供の頃、まだ父と母と共に暮らして頃に、まるで動物か何かの大群が土煙を立てながら突き進んでくるような勢いで、彼方から霧が迫ってきたのだ。

 壁外で農家をしていたアラタとその家族は真っ先にその霧の流れに飲み込まれた。

 

 そして、その突然の出来事に驚いたアラタだったが気が付けば

 

 父と母の姿はどこにもなくなっていた。

 

 アラタだけが何故かその場に残り、状況が理解出来ぬままニヒトの城壁の内へと無意識に逃げ込んでいたのだった。

 

 さらなる異変はその後から起こった、アラタが都市内へ逃げ込んだ直後だ。

 

 霧の奥から化け物が来る。

 壁上の守兵がそう叫んだ。

 白いの霧の中でも一際目立つ黒い何かが近づいてきていると

 

 足音が聴こえない。それは並の人間の一回りもする巨体なのに

 咽る程の悪臭が漂ってきた。表現の仕様がない程の形容し難いものだ。

 

 霧の中から黒い巨体が明確な姿を表した。

 シルエットは人間のそれと大きな違いはなかった。

 顔も人間と同じようなものだったが毛が一切生えていない。毛髪はもちろん、眉毛もまつ毛もない。表情もなく、閉じられた目と、低い鼻と、頬辺りまで裂けた口。

 背丈は高く、異常な程に肥大化し足元まであろうと言える太く長い、鉤爪のついた右腕だ。

 

 アラタは震えるように蹲っていた。

 城門の守兵である男が蹲ったアラタを落ち着かせるように身体を抱き締めてくれている。

 

 城門へ向けて走る兵士の集団の足音が耳の中に響く。

 兵士達の怒声が、人々の悲鳴が止まず続いていた。

 

 

 

 

 あの時の記憶は今も昨日の事のように思い出せる。

 アラタが一人になった出来事であり家なし子が生きる為に傭兵を始める事となったきっかけ。

 

 彼も後になって知った事だが、壁外で暮らしていた者達で生き残った者はアラタ以外いなかったらしい。

 アラタを除いて、霧に飲み込まれながらもそこから都市内に逃げ込んだ人間がいなかったのだ。

 

 霧の中から現れた黒い化け物もどうにか退ける事が出来たが、霧が広がって以来、化け物は各地で確認されているらしい。

 霧に飲まれて行方不明になった人々も未だ戻らない。

 

(だが、俺だけは戻ってこれた。母さん、父さんと一緒にいて、二人はいなくなってしまったのに)

 

 運が良かったから、とは言わない。

 むしろその先は生き地獄だ。

 ミストの襲来、壁外の農村地帯が全て霧に飲み込まれた混乱は天涯孤独となった子供一人を助ける余裕もなかった。

 

 城塞都市内での農耕区域の急遽開発。

 同じく都市内の多く市民が招集され行われた大規模な開墾作業にはアラタも従事していた。

 制限された食料、休む暇もない長時間の労働。

 だがやらねば飢える。この最、階級がどうとかは関係なかった。

 生き残る為にやらねばならなかったのだ。

 

 十年の月日はこの食糧問題はどうにかする所までに安定させる事は出来た。

 少し前まで行われていた配給制も解除され、市場に行きそれなりに自由な売り買いも出来るようになっている。

 

 人々にも心に余裕は生まれつつある。

 それはアラタ自身にも当てはまる。

 

 だからこそ、ふと思う時がある。

 

 アラタはあらゆるものを置いてきてしまっていた。

 家族で暮らしていた家の中に、アラタが家族からプレゼントして貰ったあの本だって霧の中に残っている。

 

 アラタはその日暮らしの傭兵だ。

 だがそれでも目的がある。

 

 霧の中へと向かうのだ。

 まずは小さい頃に住んでいた家に戻ろう。

 そして、その後は更に先へ向かう。その為に今は準備を進めているのだから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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