霧深き領域を超えて(旧)   作:バンリ

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第4話

 アックスと別れた後もアラタはそのまま生産区域の市場通りを回っていた。

 何となくなので、特に理由があった訳ではない。

 調達する物は既に揃えているし、昼飯とて先程食べ終えたばかりだ。

 

 意味もなく、ただ歩く。

 買い物を楽しむ御婦人達の姿、露店の商人に対して値切り交渉をする客。

 喧騒があるが、それでも此処には一定の秩序が保たれている。

 

 街を巡回する守備隊の兵の姿も見え、軽く会釈する。

 相手もこちらに気づき、頭を下げてくれた。

 先の依頼で見知った顔だった。相手も憶えてくれてたようで何よりだ、と思う。

 

 平穏だ。

 外界は恐ろしい場所だが、壁内の此処とは無縁だ。

 少なくとも、壁が超えられでもしない限りは、彼等の安寧は約束されていることだろう。

 

「…そろそろ、帰るかなぁ」

 

 やはり、目的もなく歩けば飽きが来るのも早い。

 アックスと夜に飲みに行く約束もある。

 一眠りでもして夜に備えよう、そう思いアラタは踵を返そうとした時だった。

 

 

 

「いいではないか店主殿!そこを何とか!ね?ね?!」

 

「ええい、しつこいぞ嬢ちゃん!無一文にタダでくれてやる訳ねえだろ!こちとら商売だぞ商売!」

 

「なにおう!ここはこの絶世の美少女様に食べて貰う事を栄誉とする所ではないのか?!」

 

「自意識過剰かっ、自分で言ってちゃ世話ねえよ…ほらほら、邪魔だ邪魔。というか、そんな仮面を被りながら美少女とか笑わせてくれるわ!帰れ帰れ!」

 

「むむむ!何だようである、このけちー!」

 

 何とも騒がしい値切り交渉の場に遭遇してしまった。

 ガタイのいい親父は少し前にアラタが寄った肉串屋の店主だ、一周して一度来た場所に戻って来ていたようだ。

 

 肉串屋の店主相手にこれでもかと悪態を吐く少女は、これまた珍妙だ。

 

 黒く長い髪とは珍しい。この辺りであの髪色は見たことがない。

 着ているロープも恐らく上等なものではないだろうか、雪のように白く、その生地の上には金の刺繍が細かく刻まれている。

 パッと見た外見はどこぞの貴族の令嬢であると、そう言われても不思議ではないのだが…

 

(黒い仮面か、何かノッペラとしてるし…あれのセンスはないな。間違いなく)

 

 あんな仮面一つ加わるだけで如何にも怪しい人物の出来上がりだ。

 良く聞けば口調も珍妙ではないだろうか?

 余り関わり合いになるべきではないタイプなのは間違いない。

 

 さっさと帰ろうと、視線を外し進もうとしたのだが…

 

「……はぁ」

 

 件の仮面少女は市場通りの端に移動すると、力なくしゃがみ込んでしまっていた。

 あからさまな大きな溜め息も吐いている、いや、無銭で来たのは自業自得だとは思うが

 

 しかし、これはまあ、何というか

 アラタは物凄く可愛そうなモノを見てしまった様な感情を抱いてしまった。

 

 何だろうか、この罪悪感は、部外者なのに。

 

(肉串屋の店主も困ったような表情をしてるし、色んな意味で迷惑な奴だなおい……ああもう)

 

 ついつい、魔が差した行動と言えばそれまでなのだが。

 アラタは肉串屋まで再び足を運んだ。

 

「おっちゃん、肉串二本くれ」

 

「おお、さっきも買ってくれたあんちゃんだな。そんなに気に入ったかい?」

 

「ああ、美味しかったぜ?まあ、これは友人の分って事で」

 

「そうかい、まいどあり。またよろしくな」

 

 市場通りの端には未だしゃがみ込んだまま俯いている黒髪の少女。

 

 片手に握る二本の肉串を見て「俺は一体何をやっているのだろう」と一瞬我に戻りそうになるアラタだったが、まあこれが彼の性分だ。

 少女の傍まで近寄ると、肉串のタレの香りに反応したか、少女がゆっくりと顔を上げ、アラタを見上げた。

 

「…何だね、お主」

 

「ただの通りすがりだよ、仮面少女」

 

「む、何だその失礼な呼び名は…」

 

「名前も知らん赤の他人だから仕方ないだろ」

 

「…ふーん、で?私に何の用だ。生憎だが、見てくれはこんなんでも無一文なのだ。強請った所で出せるものなぞ―――」

 

 話し掛けた少女に対して、二本の肉串を差し出した。

 つい言葉を止め、少し驚いたような素振りのまま少女は肉串を見て、そしてアラタの顔を見た。

 

「それは知ってる。腹減ってんだろ、やるよ」

 

「…………」

 

「……ん?どした?」

 

 特に気に留めてないような雰囲気で渡そうとしたが、一向に受け取らない。

 こちらを見つめたまま固まる少女に対して困惑したアラタだったが

 

「―――ぶわっ」

 

 ふとした瞬間、少女はブワッと滝の様な涙で泣いた。

 

「いや、ぶわって言っちゃうのかよ」

 

 

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