霧深き領域を超えて(旧)   作:バンリ

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第7話

 互いに酔いが充分に回ってきた頃にこの飲み会はお開きとなった。

 

 アックスはフラつきながらも何とか帰る事は出来そうだ。

 仮面の少女に関してだが、やはりというかアラタが面倒を見る事となった。

 

 未だに眠りこけている彼女を背負い、アックスに一声掛けてから別れると、寝静まった街中を一人ゆっくりと歩き始める。

 

 食事通りから離れると、明かりの付いた建物も少ない。

 今宵は満月の日だったか、月の光に照らされた道は夜中だというのに思ったよりも明るく感じた。

 

「………んぁ?」

 

「ああ、起きたか」

 

 背中の中で揺られながらも、ゆっくりと瞼を明けた少女は、寝惚け面のまま確認するように周りを見渡していた。

 

 酒の匂いもなく、多くの客達が醸し出す快い喧騒も今はない。

 

 この夜道には、アラタと少女の二人だけだ。

 

「…アックス殿は帰ったのか?」

 

「ああ、別れた所だよ」

 

「そうかぁ……」

 

 アラタの背中により密着するように少女は顔を着けてきた。

 色々と溜め込むように呟いている。

 思い出しているのだろう、酒場でのやりとりを、どんなお酒を飲んでたのかを、どんな料理が出てどれがお気入りになったのかを

 

「楽しかった…とっても」

 

 ゆっくりと咀嚼して味わうように、少女はその一言を零した。

 

 ああ、本当に楽しかったんだな、と思わせる声色だった。

 

「楽しかったのはよかったが、お前の分は俺の出費だって事はお忘れなくな」

 

 奢ると言いながら結局割り勘だったのだからアックスには理不尽な怒りを向けておこう。

 そして少女はアラタのそんな言葉に楽しげな笑みを浮かべる。

 

「それは仕方ない。なんたって私は天下御免の無一文なのだから」

 

「おっと、申し訳なさそうな素振りも見せないとは…さては無敵だな?」

 

「ふふふ、そうだとも。私は無敵なのだ」

 

 そこまで言うと、少女はアラタに掴まる手により力を込めてきた。

 

「…感謝する、アラタ殿」

 

「……名乗ったっけ?」

 

「アックス殿との会話で互いの名を言っておったであろう?」

 

「そうだっけ…そうだったな」

 

「ここまで来て未だ互いの自己紹介もしてないと言うのも凄い話ではあるのだがな」

 

 少女は終始楽しげだった。

 アラタも悪い気はしなかった…いや、違うなと彼は訂正する事とした。

 

 楽しんでいた、彼女との会話を

 きっかけはヘンテコな出会いからだったが、たかが半日程度とはいえ、彼女とのやりとりは何もかもが濃密だった。

 

 市場通りを超え、住宅街も超えて、彼は第三生産区域の郊外へと足が進んでいた。

 

 彼の自宅は第四農産区域、つまり隣の区画にある。

 城壁に面した場所にある郊外へと足を運ぶ事とはただの遠回りにしかならなかった。

 

 が、それでもいい。

 せっかくだ、少し城壁の上へと忍び込んでやろうか。

 もし警備中の守備兵に見つかっても、まあ何とかなるだろう。

 少し前までの依頼では壁上での共同警備の依頼を受けてたのだ、言い訳は幾らでも考える事が出来る。

 

「なあ、自己紹介しないか?」

 

 それはアラタから持ち掛けた。

 少女は目をつぶりながら、アラタの背中に身を任せている。

 

「私はもうアラタ殿の名を知っているぞ」

 

「馬鹿野郎、俺がお前の名前を知らないんだよ。何時までも仮面少女って呼んでりゃいいのか?」

「むむ、それは確かに……けどちょっと慣れたかも」

 

「慣れんな。流石に最低限のコミュニケーションはしとこう?」

 

 まあ、確かにと少女は頷いた。

 彼女も互いをもっと知り合いたいと思っていたから

 ならば、一番大事なものをアラタに、彼へと渡さないでいるのは嫌だった。

 

「リリィだ」

 

 顔を上げた少女は―――リリィはアラタの耳元まで顔を近づけて呟いた。

 

「リリィ・ホワイト」

 

「…結構可愛い名前してんな」

 

「そりゃあな、である。だって私は絶世の美少女なのだから」

 

「ふっ、はいはい」

 

「そこはもう少し肯定してくれると嬉しいのだがね」

 

 ……………。

 

 そして、沈黙。

 リリィはアラタの反応を待っていたが、何も返ってこない事に首を傾げた。

 

「………急に黙り込んでおるが、どうしたかな?」

 

「何でもない、てかこそばゆい。耳元で喋んな」

 

 アラタは必要以上に答えない。

 今は答えられないだろう。

 

 耳元に吹きかけられた吐息がこそばゆかったのかもしれない。

 

 もしくは、もう一つ。

 彼女の名前を知れて、リリィを少し意識してしまったのかもしれない。

 

「…俺はアラタ」

 

「ん?」

 

「アラタ・アカツキだ。姓は知らなかったろ?」

 

「……おお、言われてみれば、確かに」

 

 納得がいったと言わんばかりのリリィの様子に、アラタは小さく笑った。

 

 やっと出来たのだ、互いの自己紹介を

 

 

 

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