ようこそごく普通の少年がいる教室へ   作:てつを

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あなたの、なって欲しい姿に、私はなる義務はない。

モハメド・アリ(1942年1月17日- 2016年6月3日)


誰かの理想の姿に、私はなる義務はない。

 

 4月、入学式。俺は学校に向かうバスの中、座席に座りゆらゆらと揺れていた。景色が変わりゆく街の姿を眺めて居ると、バスへの搭乗客が少しづつ増えていく。乗り合わせたほとんどの乗客は、俺と同じ高校の制服を纏った若者たちだ。

 

 そして気が付くと、人の数はどんどん増えていき、いつの間にか誰か埋もれていないか心配に成る程車内は混雑するようになっていた。きっとこうなる前から席を確保できた俺は運が良いのだろう。こんな混雑の中でおしくらまんじゅうに興じている人には申し訳ないが、このまま俺は腰を下ろして到着を待つとしよう。なんて俺の考えは綺麗さっぱりに消し飛ばされた。

 

「あなた、このお婆さんに席を譲ろうとは思わないの?」

 

 何処からかそんな声が聞こえ、思わず方が跳ね上がる。まさか俺、怒られた? それにお婆さんって……

 

 声のした方を覗いて見ると、どうやら注意されたのは俺ではなく、少し離れた所に座っている男の様だ。優先席にも関わらず、どっかりと腰を下ろしたガタイの良い金髪の男、いや、制服着てるみたいだし、高校生か。

 

「そこの君、お婆さんが困っているのが見えないの?」

 

 OL風の女性は、優先席を譲って欲しい様だ。その声は随分通る様で、静かな車内でも、周りの人間が注目している。そしてそのOLの隣には、杖をついた老婆が一人。あの酷く曲がった腰‥‥椎間板ヘルニアか? しかもかなり進行しているな。

 

「実にクレイジーな質問だね、レディ。何故この私が老婆に席を譲らなくてはならないんだい? 理由はないだろ?」

 

 金髪の男はどうやら最初から席を譲る気は無い様だ。正直、ああ言った輩は下手に説得するより、諦めた方が良い。仕方ない‥‥バイバイ、愛しの座席シート君。

 

「すいません、ここ空いてますよ。」

 

「ありがとう、助かるわ!」

 

 立ち上がり、席を譲ると、OLが老婆を誘導してくれる。立ちっぱは足が疲れるだろうけど、これくらい何て事はない。

 

「本当、ありがとうねぇ。」

 

「いえ、体に気を付けて。」

 

 無事シートに座れた老婆が笑顔で礼を言ってくれる。こういう時、自分がやった事が報われている様な気がして、ちょっと嬉しい。

 

 席から立ち、吊革に掴まりながらバスに揺られる事になった俺。一方先程OLに反発していた金髪の男は未だに優先席に足を組んでどっしりと座っている。悪びれる素振りは全くない、どうやら罪悪感なぞ感じていないようだ。

 

「ねぇ、そこの君。」

 

 すると隣で合っていた女子生徒に突如話し掛けられる。視線を移してみれば其処には自分と同じ学校の制服を身に纏った一人の女子生徒がそこに居た。

 

「――――ッ!」

 

 思わず体が固まり、ビクッと体が反応する。そりゃそうだ、周りの視線を見れば解かるが、なんせその女子生徒は思わず目を惹かれてしまう程の美少女だったのだから。

 

「あ、ごめんね、急に話し掛けて。吃驚しちゃったかな?」

 

「い、いや……どうしたの?」

 

「ああ、あのお婆さん。腰痛めていそうだったから、席譲ってくれてありがとうって言いたくて。」

 

 その女子は先程の老婆を助けた事に感謝を告げる。きっと、この場に居る皆に変わって礼を言っているつもりなのだろう。しかし残念な事にそれは違う。あの時、俺以外にも席に座っていた者達は居た筈だ。にも関わらず誰もあの老婆に席を譲ろうとはしなかった。おそらく先程老婆を心から助けたいと思ったのも、目の前の彼女を含めて数人も居ないであろう。

 

 席を譲る、ただそれだけ、誰でもできる事。だけどその誰でもできる事を『誰かがやるはず』と考えて、自分は行動しない。

 

 『やるはず』と『やる』は違う。誰でもできるが誰もやらない。で、さっきのОLの様に怒る人が出て来る。誰でもできることをやらない、そんな状況だからこそ、誰かが率先してやるべきなのに。

 

「‥‥別に、大した事してないよ。」

 

「そっか……優しいんだね。」

 

 彼女の言葉に心の中で『そんな事ない。』と反論しそうになる。だが彼女の評価を無下にしたくない俺は黙って彼女の称賛を受け取る事にした。でも……年が近い女の子にこうしてお礼を言われるなんて、中々無い事だから、ちょっと照れくさいな。

 

「……あ、その制服、もしかして私と同じ高度育成の新入生だよね?」

 

「ん? うん、そうだよ。」

 

「良かったら学校まで一緒に行かない? 私は櫛田桔梗、君は?」

 

「俺は伊藤、伊藤義一(いとう よしかず)。」

 

「そっか…伊藤君だね。よろしく。」

 

 こんな美少女な女子と話せている自分に、優越感を感じながら、お互いに自己紹介を交わす。周りからの視線が痛くなったような気がするが、もしかしてナンパ師と勘違いしているのかな? まぁ気にしないから良いんだけど。

 

  でも櫛田桔梗か。俺が高校生活始まって一番最初の話し相手だ。ちゃんと名前覚えておこう。それにしてもこの子、スタイル良いな‥‥特に胸の方が、豊かというか、何と言うか‥‥でもこの子、何か俺と似ている気がするんだよな……まぁ、流石にそれは気のせいか。

 

『次は高度育成高等学校前、お降りの方はお知らせ下さい』

 

 すると車内放送が鳴り響き、目的地が近い事を知る。

 

 高度育成高等学校―――国が設立した教育機関であり、東京の埋立地にある日本政府が作り上げた、未来を支える人材を育成する全国屈指の名門校。希望する進学、就職先にほぼ100%応える学校。3年間外部との連絡は断たれる上、学校の敷地内から出るのは禁止された寮生活になるが、広大な敷地内は小さな街になっており、不自由なく過ごす事のできる楽園のような学園。

 

「あっ、伊藤君! 着いたよ!」

 

「そうだな、降りようか。」

 

 バスを降りると、櫛田と共に学校へと向かう。ここが高度育成高等学校……これから3年間過ごす場所か‥‥俺は周りの光景を見渡しながら、前を歩く櫛田についていく。周りには多くの人がクラス分けが張り出させてる屋外提示板に集まっていた。 

 

「これは……クラス分けか。」 

 

「うん、AクラスからDクラスまで有るみたいだね。」

 

 掲示板を見つめる櫛田を尻目に、俺はAクラスから順に自分の名前を探す。だが櫛田が先に名前を見つけた様であり、俺が自分の名を見つけるより先に声を上げた。 

 

「あっ! 私と伊藤君、同じDクラスだって!」

 

「そうか、これからよろしくな。」

 

「うんっ!」

 

 嬉しそうに飛び跳ねる櫛田を見て、思わず頬が緩む。うん、純粋にかわええ。それに撥ねる度に揺れる思わず揺れる二つの果実を眼で追ってしまう。ヤバイ、揉みしだきてぇ……でもまぁ共学の学校って事は櫛田以外にも沢山女の子居るんだよな‥‥だとしたら本当に楽しみだ、これなら夢にまで見た彼女片手の学園生活も夢じゃないかもしれない。ホント、入学して良かった。

 

「じゃあ教室に行こっか、伊藤君。」

 

「ああ、行こう。」

 

 新しい未知の出逢いと、夢にまで見た酒池肉林の夢を胸に溢れさせ、櫛田に続く形で校内へと入り、自分が今生の知識を学ぶ事になるだろう1-Dの教室へと向かっていくのだった。

 

数日前、高度育成高等学校、理事長室にて。 

 

「来てくれたかい。」

 

「ええ、お呼びですか。理事長。」

 

 初老の男性が一人の女教師を出迎える。だが男性の表情は何処か深刻そうであり、女教師は入室した時点で自分が呼ばれたのは只事ではない事を察した。大方何の話なのかは分かっている。

 

「新入生のお話でしょうか?」

 

「ああ、その通りとも。まずこの資料を見てくれ。」

 

 初老の男性はそう言うと、資料を取り出しデスクの上に置いて見せる。女教師はその資料に目を通せば、その表情は徐々に驚愕の色に染まっていった。 

 

「これは……」

 

そこに書かれていたのは一人の新入生のデータ、入学試験の際に学校側が審査した結果だ。 

 

伊藤義一

 

 

学力 A 

 

知能 A+ 

 

身体能力 A+ 

 

判断力 A+ 

 

協調性 B

 

 

面接試験でも模範的な対応を行い、見事な成績を修めている。どれも平均以上の能力を持っており、非常に優秀とも言える一人の生徒。だが目が向いたのは下記された備考、及び経歴の欄。

 

「気が付いたかね?」

 

「ええ、彼の出身地、学歴、経歴が全て抹消されている。彼は何者です?」

 

「わからない。理事会では彼の入学に反対する者も多かった、だが……」

 

 女教師は額に汗を浮かべながら男にそう尋ねるが、男は静かに首を横に振る。すると再びデスクの中から一枚の封筒を取り出した。

 

「これは……内閣府?」

 

「開けて見てくれ。」

 

 封筒に記されていた送り先は、日本の行政を担う国家機関であり、総理大臣直属の最高機関の名前。女教師は目を細めつつ、何故そこから送られて来た物が有るのか不審に思いながらも封筒を開き中に入っていた1枚の書類へと目を移した。

 

 「これは…彼の推薦状?」 

 

 「日本政府が彼を入学する様に話を進めている。話しによれば総理すらもこの話に関わっていると言う噂だ。わが校が国立である以上国の決定には従わざるをえない。」

 

 眼を閉じながらそうな話す男性は上手く暈しているが、女教師には事実は伝わっていた。それはこの学校が国から直々に圧力を受けていると言う事。否、もしかしたら日本そのものが何かしらの圧力を受けているのかもしれない。

 

「入学はさせる。だが経歴が消されている以上君のクラスで預かって貰う、その意味は解るね?」

 

 男の言葉に女教師は無言で頷く。ここは国立高度育成高等学校。普通の学校とは違う、実力の優劣でクラスを分け、お互いに競い合わせる実力至上主義の学校。だがこの二人が自分達の下した決断が如何に愚かな失策だったか、否、このような学校を作り、そこに彼を入学させた事が如何に日本の愚行だったのか知る由も無かった。

 

 




人気が有れば続けます。不定期更新なのは悪しからず。
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