「───もうすぐ帝国だぜ、兄ちゃん」
「…………ん」
ガタガタと揺れる馬車の中で、青年は目を醒ました。呼び掛けてきた壮年の男性の声に意識を覚醒させた青年は目を擦りながら、外を見る。
離れた大地に見える壮大な街。巨大な国、帝国。ようやく目的地に訪れたことを理解した青年は近くに転がしていた布で包まれた棒を掴み、馬車から降りる。
「ありがと、おじさん。ここまで連れてきてくれるなんて」
「礼はいらないぜ。アンタにゃあ村の皆を救って貰ったんだ。むしろ足りないくらいさ」
馬車で送ってくれた男性への感謝を告げる青年に、男性は気にするなと笑ってみせた。男が青年をここまで送ったのは、他でもない大恩があったからだ。
その少し前、男いる辺境の集落で疫病が流行った。病院などの施設も周囲にはなく、ただ絶望するしかなかった彼等を救ったのが────目の前にいる青年だった。
不思議な力で病を治した彼は、帝国へ旅立とうとしていた。村を救われたことに感謝しきれない男はその青年の手助けになりたいと、ここまで馬車に乗せてくれたのだ。
「けどよ、いいのか?」
「? 何が?」
「今の帝国は良くない噂ばかりだ。大抵の奴等は滅多に寄り付かないほど治安が悪ぃんだと…………本当に兄ちゃんだけで大丈夫か?」
心配そうに声をかける男に、青年はいつも通り活気に満ちた笑みを見せる。覆われていた布がはだけ─────神秘的な形状の黄金の槍を肩に乗せ、彼は堂々と宣言する。
「────大丈夫。俺はその帝国を救うために来たんだから」
◇◆◇
同刻、帝都付近。
「いやー、君達には感謝しかないな。こんなしがない旅人に食料を恵んでくれるとは」
日が明けたばかりの頃。山奥の森から三人の若者が姿を現した。一人は冬服に身を包んだ元気な少年、もう一人は少年と同じく冬服に身を包んだ少女。
そして、もう一人は他二人とは服装も容姿も違う、異様な雰囲気を漂わせる少年だった。黒髪の二人とは違い、色素が抜け落ちたような真っ白な長髪。儀式に使うような紫色の法衣。
何より、特段異彩な空気を感じさせる────二メートル以上の大棺。無数の鎖と軛を掛けられたその棺を軽々と背負いながら歩いている。
そんな少年の感謝の言葉に、二人の内の一人 黒髪の少年────イエヤスは首を横に振った。
「そのことは別にいいって。アンタには助けて貰った借りがあるんだから」
実を言うと、イエヤス達と彼は偶然出会ったものだ。真夜中で、もう一人の幼馴染みと一緒に夜営をしようとしていた彼等だが、野盗に襲われた結果、はぐれてしまったのだ。
何とか二人で逃げていたが野盗達に追われ続け、迎撃しようとしたその時─────野盗のものと思われる悲鳴が聞こえた。困惑するイエヤス達だったが、彼等の前にその少年が現れたのだ。
『………そ、そこの二人………何か、食べ物を、恵んでは、くれないか…………?』
空腹でフラフラとした彼に、イエヤスは残り少ない食料を分けることにした。先程まで追ってきていた野盗の気配が消えた事から、その少年が追い払ってくれたと理解したのだ。
腹を満たした少年はイエヤス達に感謝し始めた。助けてくれた一生の恩として、同行させて欲しいと言い出したのだ。仲間の少女 サヨも最初は警戒していたが、イエヤスと共にその少年────ヤミと名乗った彼を、いつの間にか信用していた。
「なぁ、ヤミはこれからどうするんだ?」
「勿論、君達と一緒に行くよ。君達とはぐれた………タツミ、か。彼を探すのを手伝わせてくれ。当分の間、やることもないし」
イエヤスとサヨは、ヤミが帝国に用があると聞いていた。その用事に関して聞くと、彼は何か重要なことをするらしい。個人の事情として、深く聞き入るつもりはなかった二人はすぐに追求を止めた。
「なぁ、ヤミ。ずっと気になってたんだけど、その棺って何が入ってるんだ?」
「んー? これか─────神様、だと思うな」
「………神様?」
思わず問い掛けてしまうサヨ。その棺の中に神様とやらがいるのか、にしては何故疑問のような口振りなのか。気になったように見つめてくる二人に、ヤミは軽く頬をかきながら語る。
「うん、俺も良くは知らないんだよ。故郷で大人達が神様って言ってたから、多分そうだと思うんだ」
「神様って…………いいの? 持ち出して怒られない?」
「良いんだよ。神様は温厚だし、普通に触れても滅多なことにはならないさ。…………まぁ、棺を開けるのはダメなんだけど、ねぇ」
ボソッ、と最後に一言呟くヤミに、サヨとイエヤスも言わんとすることを理解していた。棺を担ぎ直したヤミは今後どうするべきか悩んでいるサヨとイエヤスに着いていった。
そうして少しして、彼等の仲間を探していたヤミはサヨと合流して、成果が得られないことに溜め息を漏らす。そうしていた二人の元に、さっき以上に元気なイエヤスが駆け寄ってきた。
「二人とも!聞いてくれよ! さっきアリアさんって貴族の人がさ、タツミを探してくれるって言ってくれたんだよ!」
「貴族の?どうして………」
「タツミが見つかるまで俺達を泊めてくれるだって!本当に良い人だから、早く行こうぜ!」
どうやら自分達のことを助けてくれる人がいたらしい、それも貴族様だとか。イエヤスはその人の元に案内しようと戻ってきたのだろう。不安そうに心配しているサヨも、幼馴染みの言葉を信じて着いていくことにしたらしい。ヤミも二人に付き添う予定だったため、大人しく後を着いていく。
イエヤスの案内された先に、明らかに周囲とは空気の違う少女が立っていた。彼女は此方を見るや否や、穏やかな笑顔で受け入れる。彼女の話を聞いた後、サヨの僅かにあった不安も薄らいでいた。
衛兵を連れて屋敷に案内する少女に着いていくイエヤスとサヨ。そんな二人の背後で、ヤミは驚く程に濁った瞳の色を浮かべていた。対称的に口元を三日月のように裂いた彼の口から、小さな呟きが漏れた。
「────血の、匂い」
禍々しい喜びと、純粋な諦念が、その声に乗せられていた。
◇◆◇
「────だから!そんな横暴は通じねぇって言ってるだろ!!」
「そうは言わずに!頼むよ!」
「無理だ無理!そんな簡単に話が通るわけねぇ!」
ある建物の前で、強面の警備兵がある少年と論争をしていた。というよりも必死に頼み込む少年に、呆れ半分怒り半分で警備兵が否定を示しているのだ。
その状況に、もう一人の警備兵が宥めるように割って入ってきた。
「まぁまぁ、お前も落ち着けよ。そんな強気になって情けねぇぞ─────そこの君も。悪いけど、その要求は難しい話になるね」
「っ!で、でも、俺、腕は確かなんですよ!」
「でもねぇ、そう簡単にはいかないんだよ────兵卒からじゃなく、隊長クラスにして欲しいなんて」
顎を擦りながら、肩を竦める若い警備兵。その少年 タツミの要求は、単純明快だった。自分も普通以上の実力があるから、一兵士からではなく、隊長に推薦して欲しいという話だ。
帝国とは無縁の田舎から訪れたばかりのタツミ、軍などの常識を知る由もない彼には分からないことだろう。若い警備兵は困ったように首を傾げながら、丁寧に説明をする。
「俺もねぇ、強いんなら隊長とかになって欲しいんだよ?けどさ、俺達も一兵士なんだ。将軍や隊長なら兎も角、俺達にそんな権限は無いんだよなー」
「じゃあそれなら!隊長さんに会わせてくれよ!」
「いやー、ウチの隊長は特別な立場だからねー。来るとしても数日は掛かるんだよ。すぐに、っていう訳にはいかないんだ」
そんな、とショックを隠せないタツミ。露骨に落ち込む少年に、若い警備兵は素直に心配して元気付けようとする。
「君の実力なら、早くても数ヵ月で兵卒は出来ると思うよー? 頑なに上に拘る必要はないと思うな、俺は」
「…………それでも俺は、早く出世しないと────村の皆が」
「うん…………どうせなら、身の内話を聞かせてくれないかなー」
そうして若い警備兵に諭され、気を許したタツミは自分が何故昇進に拘るのかを明かす。重税を科され、貧困に苦しむ故郷の為、少しでも助けになりたいから帝国に来たらしい。隊長等に執着するのも、仕送りが多く出来るからという話だ。
「────成る程ねー、重税に苦しむ故郷の皆を楽にしたくて帝国に来たのかい。出世に拘るのも、皆への仕送りの量を増やしたいからかー」
「うっ、うっ! うぅっ! まだガキだってのに、何てお人好しなんだ!! 坊主ッ!俺ぁ、応援してるぞ! 隊長に何とか言ってみるからよぉ!! 」
先程までタツミに怒鳴っていた強面の警備兵も、その話を聞き入り、男泣きしながらタツミの背中を叩く。警備兵の応援を受け、純粋な笑みと共に応えるタツミ。
そんな彼等は、真後ろから話を聞いていた存在に気付かなかった。
「─────ふーん、面白いじゃねぇか」
建物の屋根から此方を覗き込む、若い青年。口元を長いコートで隠し、背中に二本の剣を携えた人物。ギラギラと、殺意と戦意に満ち足りたその男に気付いたタツミと警備兵二人が顔を上げる。
愕然とした二人は、目の前に降りてきた青年に即座に敬礼を示した。
「ザビマル分隊長ッ!お疲れさまです!」
「おう。お前らもお疲れだ────このガキは預かる。他の奴等と交代しろ。休憩を終えたら、定期巡回を忘れるなよ」
「了解ですッ!」
ザビマル、そう呼ばれた分隊長の青年に従い、警備兵達はその場から離れていく。気になったようにタツミを一瞥した警備兵達に一礼したタツミは、突然ザビマルから声をかけられる。
「ガキ。隊長に会わせてやる」
「…………ッ」
「隊長が認めれば、お前は実力に見合った立場になれる。だが、覚悟しろよ。生半可な実力なら─────チャンスすら与えられねぇ」
ギロッ、と鋭い眼光で睨むザビマルにタツミは覚悟を以て頷いた。フン、と鼻を鳴らしたザビマルは「………着いてこい」と言うや否や、突然近くの建物へと飛び上がった。
は!!? と唖然とするタツミだったが、屋根の上から此方を見下ろすザビマルの視線を受け、すぐさま彼の後を追う。背を向けてすぐに跳躍していく彼を、タツミは全力で追いかけていくのだった。
「ぜぇっ、はぁ………ッ」
「───ほぉ、口で言うだけはある。見失わず、着いてくるなんてな」
帝都の地区を二つも越え、とある大きな建物の前でザビマルは疲弊しきったタツミに感心する。全速力で追いかけたことで、呼吸すらままならないタツミだったが、彼の目の前に水の入った水筒が突き出される。
「ざ、ザビマル……さん………?」
「お前のだ。隊長に会う前にゆっくり呑んどけ────あの人に会う前に、その調子を治しとけよ」
無愛想ながら淡々とするザビマルだが、それでもタツミが息を整えるまで待ってくれていた。何とか落ち着いたタツミが感謝を口にする前に、ザビマルは扉を開けて建物の中へと入っていく。
廊下を歩いていくザビマルが、その先にある扉の前で歩みを止める。何も言うことなく扉を開け放ったザビマルは、部屋の中にいた人物へと声をかけた。
「隊長、連れてきたぜ」
「おう、ご苦労さん」
机の上で書類を確認していた青年が、此方を見るまでもなく返した。ザビマルはそれだけで引き下がり、タツミに前へ出るように急かした。
困惑しながら一歩踏み込んだタツミに、目の前の青年が視線を向ける。不敵な笑みを浮かべた青年は手に取っていた書類を机の上に放り捨て、頬杖をかく。
「よ、お前がザビマルが言ってた新人か」
警備隊の制服を羽織るように着る青年、彼は緊張しながら立ち尽くすタツミを吟味するように見据え、堂々と自信満々といった声で宣言した。
「オレはクロト。警備隊『
この作品のオリジナル主人公はまだ名前出てません。次回くらいには出せると思いますので、ご期待下さいませ。