呪術師に貢がれてます   作:すがーら

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[前回のあらすじ]
加茂家の魔の手から逃れるため呪術高専編入が決まった佐藤秋墨、何故か特級認定を受ける。入学を間近に控えて、今ココ


第10話 歌姫が来て貢ぐ 〜其ノ壱〜

 

「実家がさぁー!」

「仕事がさぁー!」

「五条がさぁー!」

 

「(帰ってほしい……)」

 

 呪術高専東京校への編入まであと一週間を切った。加茂家……特級?……未解決の問題が降り積もるも俺はまだ対応しきれていない。そして、急ピッチで支度を進め、なんとか粗方編入準備を終えようとしていた、ちょうどその辺り。

 

 我が家ではさらに新たな問題が起きていた。まぁ問題というより、彼女のことなのだが。

 

  彼女(・・)は目覚めてからというもの、いつの間に取り出したのかビール瓶を持ち、管を巻いている。日頃の鬱憤が溜まっていたのか、愚痴が出るわ出るわ。そして漬物をあてにまた酒を美味しそうに飲んで、満足気にガハハと笑う。

 

 彼女の名前は庵歌姫。

 そう、呪術廻戦(げんさく)の人である。

 

 何故、俺は彼女を我がボロアパートに滞在させて、あまつさえ酒盛りさせているのか。そもそも何故彼女と知り合ってしまったのか。出来得る限り呪術界とは距離を置いて いのちだいじに という当初の目標を、己は忘れてしまったのか。

 

 それはひとえに今日一日が厄日だったからで、決して俺のせいではないということだけは初めにハッキリさせておきたい。

 

 

 

 

 

 加茂家の襲来から数日。

 

 呪術高専東京校への編入を間近に控えた俺は、どうも我が家が直ったらしいという話を聞かされた。そんなまさかと思ったが朝から"窓"同伴で現場に到着すると、確かに外観上は修繕が終わっている。

 呪術師の技術力は一体どうなっているんだ……?

 半信半疑で建物の中に入って一通り確認してから頷き、同伴の窓に部屋の鍵を受け取る俺。その際何故か何度もペコペコ頭を下げられたので訳もわからずこちらもペコペコ頭を下げ、しばらくお辞儀合戦の様相を呈していた。いよいよ痺れを切らした俺が一時休戦し(タイムをとっ)て、改めて窓の表情を覗き込むとやや怯えているように見える。

 なにゆえ?

 もしかして、先日俺が特級呪術師として認定されたことと関係あったり?

 いや違うんですよ、あれはきっと何かの手違いで……。

 

 その後すぐにそそくさと窓は退出していった。

 なんか、すみませんでした……。

 

 一人になった俺は壁にそっと手を沿わせる。先日の呪霊の襲撃によって目茶苦茶にされたとは思えないほど、元通り綺麗になって蘇ったボロアパート。

 それでも思い出深い床の傷や、廊下ドアの縦枠に刻まれていた俺の身長の記録までは流石に消えてしまっていた。母親との思い出の写真がこうして一枚、残っていたのがせめてもの救いか。 

 

 いかんいかん。

 ホームレスになるより断然良かったと思わなきゃ。呪術高専編入が控えているにも関わらず今住所を失ったら面倒だ。賃貸物件を借りるにしても敷金礼金保証金等、避けられない出費が発生する。そんな金うちにはない。

 多分きっと、そんなことを漏らせば何処からともなく現れた冥さんが俺にお金を掴ませようとしてくるのだろうが、これ以上の施しは受けられない。ただでさえ彼女には既に50万ほどの借金が確定しているのだ、返済が先。勿論あの積み重なった茶封筒に手を付けるのもだめだ。

 だから良かった、こうして家が直ってくれたことは、本当に、うん…………はぁ。

 

 俺は一人、部屋の中で寂しさを紛らわすように大きく息を吐いて頭を振った。腹が減ると人間は余計なことを考え出す。家の無事は確認できた。次は腹拵えをすべく、薄い財布を握り締める。

 写真立てに行ってきますと声を掛けて、馴染みのスーパーマーケットへ買い出しに行こうと外に出た。

 

 

 ――今思えば、この時外に出なければ良かったかもしれない。厄はもうすぐ傍まで、忍び寄ってきていたのである。

 

 

「ん……」

 

 ――俺は癖で、出掛ける時や帰宅時などに用もなくアパート共用部の自分のポストをよく確認する。特売チラシやティッシュペーパー等有用なものが入っていることがあるからで、少しでも節約の足しになればという生活の知恵でもあった。

 

 だが今回はそれがあだになったらしい。

 

「えっ、あっ、うわっ、うわっ!!」

 

 目の前で、現在進行系で起きている光景に我が目を疑う。

 ガサガサガサッ!! と音を立ててポストから大量の便箋が文字通り雪崩を起こしているのである。この勢いは決壊寸前まで押し込めていたのだろう。力尽くで。そのせいでポストの扉も少し歪んでいる。

 受け取る側の事をまるで考えていない、潔いほどのこのポスティング。差出人は言わずもがなだ。

 呆然と降り積もる便箋の山をしばらく眺め、我を取り戻した俺はご近所さんの目に触れる前に手早く拾えるだけ拾って、腕いっぱいに抱えて回収する。

 近隣住民から我が家で起きた"事故"を心配されたばかりだってのに、これ以上何か起こすわけにはいかない。

 

 開けた瞬間に決壊するってどんだけ無理矢理詰め込んだんだよ、加茂家の人。

 

 実は、俺はこんな勧誘を連日されていた。加茂家はあの襲来以降手を変え品を変えこちらとの接触を図り、気付いた冥さんがその度にブチ切れるというのがもはや恒例になっている。その上俺が呪術高専に編入する、という話がどこかからか漏れたようでその攻勢は日に日に激しさを増しているのだった。

 呪術高専入りさえ決めてしまえばとりあえず一件落着、と俺は思っていたのだがどうも加茂家は一筋縄ではいかないようで、これからの前途多難な我が将来を想像するとため息が抑えられなかった。

 

「はあ、回収終わりっと……えっもうこんな時間!?」

 

 これ以上何か起きる前にとスーパーへ足早に向かう。

 しかし俺が店に到着した頃には折悪く朝のセールは終わってしまっており、割引品は無惨にも全て狩られた後だった。

 こ、この俺がセールを逃すだと……? 有り得ない。

 今日は厄日か?

 以前なら有り得ないことばかり起こる日だ。もう今日は帰ろう。二度あることは三度あると言うし、大人しく家に帰って不貞寝でもしよ――

 

 

『――うぅ〜〜……あのクソ五条ォ〜〜!!』

 

 なんか変なのいる!!

 

 帰りの道端には、怒れる酔っ払い巫女がいた。

 綺麗な黒い髪をおさげにして左右揃えの房を作るように赤い髪留めを、という特徴的なシルエットもさることながら、真白の掛襟と白衣、目が覚める程鮮やかな緋袴……。

 本来であればご利益がありそうな紅白色の格好をした女性がビール瓶片手に真っ昼間から酔っ払って、路上に蹲り怨嗟の声を漏らしつつ、唸っている。真っ赤に染まった顔は悪鬼のように歪んでおり、折角の美人(推定)が台無し。酔っ払いもここまでくるともはや恐怖である。

 

「厄日だ……」

 

 近寄りがたい、というか一刻も早く立ち去りたかったが、酔っ払って我を失っている女性を炎天下の中道端に放置するのも忍びない気もした。この辺は車通りこそ少なく危険性は低いものの、それでもだ。ええい仕方ない!

 とりあえず自販機で水を購入して、と。え、これだけで120円もするのか。

 

「あの、お姉さん大丈夫ですか?」

 

 冷えたペットボトルを手に、意を決して声を掛けると彼女は緩慢な動きのまま、キッと焦点の定まらない目でこちらを睨みつけてきた。

 

「あぁ〜? 誰よあんらは〜!?」

「危ないですから、とりあえず日陰に移動を」

「ほうっておきなはいよぉ! わらしはねぇ、もっとのまなきゃいけないのよ!! しあわせがたりないの!!」

 

 そう言いながら彼女は駄々をこねるように首を横に振ってぎゅっとビール瓶を抱き締める。

 

「はいはい、涼しい所に移動しましょうね」

「なによ、あんたまさかしらふ? ほらのみなさい! なによなによ、わたしのさけがのめないっていうの!?」

「俺、未成年なんで。あ、水いります?」

「……のどかわいた」

「はいどうぞ」

「うっ、うっ、ううぅぅ〜! ……ぐぅ」

 

 彼女は俺の渡したペットボトルを一息に飲み干すと、騒ぐだけ騒いで満足したのかそのままゴロン、と横になっていびきを掻きはじめてしまった。

 こんな大人にはなりたくない。そう心に誓った十五の夏。

 

「もう面倒だし放置す……いやいや流石に女性を道端にポイは可哀想過ぎるか」

 

 本日何度目か分からない溜息を吐いて、俺は彼女を抱き起こし、肩を貸そうとして――止まった。

 あれ?

 目を閉じた彼女の顔を、俺は知っている気がする。

 近くでまじまじとよく見て記憶とすり合わせ、そしてスッと天を仰いだ。

 今の今までどうして気付かなかったのか。ただの酔っ払いと思い油断していた。

 有り得ない、今日はなんて日だ。

 

 彼女の名前は庵歌姫。

 この酔っ払いも呪術廻戦(げんさく)の人かよ!!

 

 

 

 

 俺は酔い潰れて酒臭い彼女を何とか我が家まで連れて戻って介抱していた。

 水を少しずつ飲ませ、布団に横にさせて、頭を高くして、扇風機を点けて、うちわで扇いで。

 なんだか冥さんを初めて看病した時のことを思い出す(デジャブ)。相手はただの酔っ払いだからそんな可愛いものじゃないけど。

 

 庵歌姫。

 記憶が正しければ彼女は準一級呪術師であり、約10年後の呪術高専京都校の教師だ。

 術式は『術式範囲内の術者本人を含む任意の術師の呪力総量・出力を一時的に増幅させる』、つまり強力なバッファーである。

 普段は術式効果を増幅させるために巫女服に似た白い装束を着て、スキンケアに気を遣い、性格は穏やかだがスポーツと五条悟のこととなると熱くなってしまう。

 京都校の生徒たちは「みんな歌姫先生が大好き」ということなので彼女が少なくとも善良な呪術師であることは間違いないのだろうが……この酔っ払いが?

 

「おっと」

 

 しげしげ眺めていたら彼女の額に貼った冷却シートがずり落ちそうだったので、俺は咄嗟に手を伸ばした。

 新しいものに変えてあげ……

 

「うーん、むにゃむにゃ」

「!?」

 

 その瞬間、彼女の白く長い手が布団からニュッと突き出てきて、こちらの腕を掴むと無理矢理中へ引きずり込もうとする。必死の抵抗も虚しく、俺はまるで抱き枕のように彼女の腕の中へ収まってしまっていた。デジャブ。

 

「お、お姉さん? おーい」

 

 う、動けない。この人、力が、強い!

 逃れようと体をよじると彼女の長い手足が一層絡み付いてくる。

 

「ちょっと、起きてくださいよ、ねえってば」

 

 彼女を揺するが、それはもう満足気な顔でぐっすりと寝て、返事とばかりにいびきを掻いた。

 ……やはり厄日だ。

 美人に抱き締められる事自体は満更でもないが、なんせ彼女は非ッ常に酒臭く、締め付ける万力の如き抱き締め方なのである。いてててて……。

 

 庵歌姫と寝るとプロレス技を掛けてくる。これってトリビアになりませんか?

 

 

 

 

「う、う〜ん……? あれっ、あたしここで何を」

「やっと起きた……おはようございます」

「!?」

 

 彼女は起き抜け、周囲を確認して目を見開いていた。

 俺はといえばげっそりした顔で手足がまだちゃんと付いているかを確認する。ほっ、良かった。

 そんな俺の姿を視認した途端、彼女は口をパクパクさせ、さらに自らの体を隠すようにサッと抱きしめるとこちらを睨んだ。頬は真っ赤に染まっていて、体はプルプルと震え、少し涙目になっている。

 何か良からぬ誤解をされているのは明らかだった。

 

「わ、私に何かした?」

「いえ俺は(・・)何も」

 

 俺はげっそりしたまま軋む体を起き上がらせて答える。

 

「嘘よっ! 男が女を家に連れ込んで同衾して何もしてないわけ……あっほらいつの間にか服が着替えさせられてるし! 言い逃れはやめなさい! 無理矢理脱がせて見たんでしょ私の裸! その上……ゴニョあんなことや……ゴニョ……こんなことまでしたに違いないわ!」

「落ち着いて下さい」

 

 ああ、確かに彼女の服は着替えさせた。今の彼女はあの巫女服ではなく、冥さん用にと置いてあった大きめのシャツとズボンを着用している状態である。

 しかしだ、誤解しないで頂きたい。その原因は貴女だ。

 

「貴女が盛大にゲロ吐いたんですよ……家まで運んでる途中だったから俺の肩も被害甚大でした」

 

 流石に吐瀉物塗れの人間をそのまま布団に入れようとは思えず、代わりの衣服を用意して、意識が朦朧となっている庵歌姫に根気よく声を掛け続けた結果酔っ払いながらも何とか着替えさせることに成功した、というのが事の顛末である。

 

「ぐっ、で、でも、その服がこんなに乱れて」

「寝相の問題では? いびき凄かったですし。本当に」

「ぐぐぐっ、じゃ、じゃあじゃあ! そうよ! そもそも一緒に寝てたことはどう説明するのよ!」

「貴女が俺を引きずり込んだんでしょ。お陰でもうこんな時間になってしまいました」

「ぐぐぐぐぐっ……!」

 

 

「すみませんでしたァ!」

 

 この人、さてはポンコツだな?

 深々と頭を下げる彼女を目の前にして、俺はそう思った。

 ……まあでも、憎めない人ではある。将来生徒に慕われる先生になるというのも分かるかもしれない。今はそうでもないが。

 

「いえ、そんなに気にしないで下さい。こっちも不可抗力とはいえ女性を一人暮らしの家に連れて来て、申し訳ありませんでした」

「えっ、一人暮らしなの?」

「はい。色々ありまして」

「そうなの……まだ若いのに苦労してるのねぇ」

 

 苦労、というところにシンパシーを感じたのか、彼女は俺の肩に手を置いてしみじみとそう言った。

 

「よし、それじゃ私はこの辺で――」

 

 その時、彼女のお腹がぐうと大きく鳴った。

 そういえばもういい時間帯だ。

 

「これから夕ご飯の支度をしますが、食べていきますか?」

「い、良いの? 何から何までごめん……」

 

 赤面する彼女を席に座らせ、俺は台所に踏み入れる。

 すかさず冷蔵庫の中身をチェック。

 今日は失意のまま帰宅したから余り物しかない。その中で作れるもの、手早く作れるもの。でも喜んでもらえそうなもの。

 よし。

 

「えぇ……私より手際良いじゃない」

 

 とにかく早く手を動かす。俺も昼から何も食べていないし、早くご飯にありつきたかった。それに今日は料理の腕を振るう相手もいる、自然と力も入るというものだ。

 できたものから順番に、料理を盛ったお皿を彼女の前に並べていく。

 

「これ貴方が作ったの? 一人で?」

「はい。あ、先に食べてていいですよ」

「気遣いの達人? いや流石に待つわよ!」

 

 今晩のメニュー。

 ご飯。

 豚肉ねぎ塩炒め。

 小松菜と人参のお浸し。

 出汁巻き。

 酔っ払いに合わせて、しじみの味噌汁。以上。

 

「お待たせしました、それじゃ」

 

 言葉通り律儀に待ってくれていた彼女だが、いただきます、と手を合わせた途端、箸をひっ掴み怒涛の勢いで搔き込み始めた。

 

「美味っし〜! これはビールが進、いえ何でもないわ。美味っし〜!」

 

 おいこの人、まだ飲むつもりなのか。

 俺は呆れて彼女の顔を睨め付けるが、しかし本当に美味しそうに食べてくれるので毒気が抜かれてしまう。

 まあいいか……俺も食べよう。ん、今日の出汁巻きはかなり良い出来だぞ。このねぎ塩炒めも悪くない。豚肉は冷凍したものを使ったが、解凍したと言われなければ分からないくらい美味しい。いいぞ、日が落ちたことで、どうやらやっと厄日も終わったらしい。美味い。

 

「ふう……」

 

 それからしばらくして。ある程度腹を満たして落ち着いたのか彼女は如何にも真面目そうに、コホン、と咳払いして言った。

 澄ましているけど、頬っぺたにご飯付いてますよ。

 

「改めて、介抱してくれてどうもありがとう。私は庵歌姫よ」

「ご丁寧にどうも。佐藤秋墨です」

「夕飯まで御馳走してもらっちゃって悪いわね、佐藤」

「お代わりもありますよ。はい、どうぞ」

「やった! うまい、うまい、うま……」

 

 彼女は突然ピタリ、と食事の手を止めた。

 何か変なことを言っただろうか。

 

「……さとう、あきすみ?」

 

 

 

「ッ――あ、アンタ、あの(・・)佐藤秋墨なの!?」

 

 

 どの佐藤秋墨?

 

 

「加茂家の秘蔵っ子で、次期加茂家当主筆頭で、特級呪術師認定まで受けた、あの!?」

 

 

 いや、どの佐藤秋墨ですか?

 




更新遅れてすみません。すみませんついでにお気に入り登録・高評価お願いします。
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