呪術師に貢がれてます   作:すがーら

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おはようこんにちは、こんばんは、おやすみなさい(遅れて申し訳ないです)


第12話 Search & Mitsugi

 

「どうやら……特級の子が編入してくるらしい。僕らと同じだね」

「ハッ、その1年坊主はさぞかし調子乗ってんだろ。これは指導が必要だよなぁ、傑?」

「おいおい悟……」

「いっぺん理解(わか)らせてやろうぜ――俺達が最強だってこと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 実に晴れやかな朝、憎らしいほど転校日和だった。

 

 化粧台の前でメイクする冥さんを横目に、パリッと糊の利いた新しい制服へ俺は袖を通す。

 高専制服とはいえ一見ただのオーソドックスな男子用学生服。他と違う所は、金色に鈍く輝く呪術高専の校章がベルト部分に計六つ付いている所。これは俺が希望を出したデザインで、冥さんの普段好んで履いているフレアスカートのコルセット部分に付いた六つのボタンとお揃いになっている。前から六文銭みたいでイケてると思ってたんだよな、あれ。まぁ俺のこれは制服の上着でちょっと隠れちゃうけれども。

 よし。

 昨日のうちに持ち物も殆ど揃えてある。あとは銀行の通帳を持って、と。

 最後に彼女の後ろからひょこっと顔を覗かせ、化粧台の鏡に映して寝癖が無いかチェック。オッケー。

 

「バッチリだね」

「はい」

 

 学生鞄を持って、丁度支度を終えたらしい彼女と目を合わせる。

 

「うん、凄く良い。似合ってるよ」

「へへ……冥さんのお墨付きなら安心です」

 

 仏壇に安置している母の遺影を前に正座して二人で手を合わせ、俺はいつもより少しだけ強くりん(・・)を鳴らした。

 

 ――拝啓 天国の母さんへ。

 俺は元気です。

 今日から呪術高専に編入しますが、頼もしい友人が付いてくれていますので心配しないでください。

 じゃあ、行ってきます――

 

 

 

『おはよう御座います、秋墨様!』

「!?」

 

 母に挨拶を済ませた後、勢い良く玄関を開け放って記念すべき第一歩目を踏み出しつつあった俺の出鼻をガクリと挫くように現れた――加茂家の面々。

 声がでかい。朝っぱらから一体何なんだ、あのホテル来襲以降これまで直接的な接触はなかったというのにどういう風の吹き回しだろう。少なくとも今回は冥さんがムスッとしているだけで無言を貫いているあたり彼女と加茂家との間で交わしているであろう"条約"には触れていないということだが。

 加茂家は今日も今日とて時代錯誤な和服の集団で、一番偉そうな年老いた男性を先頭に、大名行列が如くずらっと列を成し我が家の玄関前に集っている。その後ろには黒塗りのリムジンの車列。以前より規模がずっと大きいせいかやけに圧を感じた。

 

「お初にお目にかかります……わたくし加茂家の名代を務めております、老い先短いしがない老人で御座います。気軽に爺や、とでも呼んで下され」

 

 目を見開く俺の前に"爺や"と名乗る老人が杖をつきなから進み出て頭を下げ、恭しく口を開いた。

 

「さて、本日よりの呪術高専編入……大変おめでとうございます、秋墨様」

「あ、ありがとうございます」

 

 優しげな声に丁寧な所作、和服を当然のように完璧に着こなす品の良さ。暫定とはいえ流石は加茂家の代表である。

 その物腰の柔らかさに俺はほっ、と少し警戒と緊張を解いた。

 生憎目出度いなどとは到底思っていない様子こそその(しわが)れ声の端々に感ぜられたが、形だけでも俺の入学を寿(ことほ)いではくれるあたり、案外この老人は理知的で物分かり良く話せば分かる相手なのかもしれない。控え目に見ても俺の叔父を名乗る不審者とは違う。

 とても好印象だった。

 御三家・加茂家の人間でも全員が全員クズというわけではなく、やはりこういった良識のある大人もいる所にはいるらしい。

 

「こちら少ないですが、入学お祝いということで……」

「これはこれはどうも、ご丁寧に……ん?」

 

 内心感嘆していると、また差し出される見覚えのある紙片。

 小切手だ――金額、五千万円也。

 

「結構です!!」

 

 膝から崩れ落ちそうになる程の額。常日頃から培われた俺の慎ましい金銭感覚を一発でぶち壊す全くの躊躇の無さ。

 前言撤回。全く、だから加茂家は嫌なんだ……!

 全力で突き返すと冥さんがやや残念そうな顔を覗かせたが仕方ない。以前押し付けられた小切手の返却だってまだなのに、これ以上加茂家に借りを作ってたまるものか。

 優しげなお年寄りの御好意を無碍にするのはほんのちょっぴり胸が痛むが、ここは断固拒否で。

 

「こちらの車両で御身の送迎をさせて頂きます」

「いえ結構です」

「そうですか……ではせめてお見送りを。おい、お前達!」

「いや、あの」

 

 こちらが口答えする前に、老翁の掛け声に呼応してザッと整列し、出所する幹部を出迎えるヤクザ顔負けの立派な花道を作る加茂家の面々。有無を言わせぬ早業だった。

 おい待て、この中を通れと言うのか。

 

「行ってらっしゃいませ、秋墨様!」

「行ってらっしゃいませ!!」「行ってらっしゃいませ!!」

 

 ああああもう勘弁してくれ……!

 彼らは一糸乱れず頭を下げ声を張り上げ、『お見送り』をしてくれているつもりなんだろうが、俺からすればこれは公衆の面前で(はずかし)めを受けているに等しかった。

 

 頼むから辞めて! マジでご近所迷惑になるって!

 

 案の定、この騒ぎを聞きつけ「何だ何だ」とわらわら表に顔を出して来るご近所のおばさまたち。

 もう早く解散、解散して……。恥ずかしいし、加茂家(こいつら)の知り合いだと思われたくない。ああいや、ご近所さんたちには高価な贈答品を加茂家名義で頻繫に配り回っているらしいからここの繋がり自体は知られているんだっけ。本当はそれだけでも嫌なのに、この辺りを親戚面でなんてうろついてほしくない……というかそうだよ、そもそもあの(・・)高慢な加茂家の連中にちゃんとしたご近所付き合いなんてできる訳がない。近所にご迷惑を掛けてないだろうな……?

 

 と、思いきや。彼らはなんとにこやかに近隣住民と挨拶を交わし合い、井戸端会議さながらの談笑を交え、和やかな雰囲気を醸し出しているではないか。若い衆なんておばさま方にお菓子やミカンを貰ったりなんかして。

 

 

 俺の地元に馴染むな!!

 

 

 

 

 

 

 東京都立呪術高等専門学校――通称呪術高専までは、冥さんと電車に乗って行くことにした。

 あの後道中でも加茂家の連中が散々待機していたせいでやや予定より時間は押しているが、まだ問題無い範疇だ。

 ちなみに俺は一人でも行けると言ったが、彼女がどうしても着いていくと頑なだったので仕方なく。しかし着いてきてもらって良かったかもしれない……というのも呪術師の活動拠点となる本山、"莚山麓"は想像よりもずっと山の中だったからである。

 降りたことは無論、聞いたことすらない駅に着く。宗教系の学校として部外者が間違っても敷地内に入らないよう人払いしているせいか、電車から降りると不気味なほど人気が無かった。

 

「わー……随分、その、緑豊かな所なんですね」

 

 改札を抜ければ一面の新緑。俺は莚山麓のことを記憶しているが、実際目の当たりにすると想像以上だった。まさかこんなところに学校が建っていようなどとは誰も思うまい。一人で来ていたら即、踵を返して帰っていた可能性すらあるぞ。

 

「将来はこういう田舎に住むのも良いね。二人きりで」

 

 大自然を前に圧倒されている俺を他所(よそ)に、彼女はそう言うとやおら月に掛かる二人暮らしの家賃や食費や変動費などの金額を指折り試算し始めた。

 こういう時の彼女は放って置くに限るので、俺は彼女の手を引っ張りながら歩を進めていく。

 眼前に広がる大小様々な神社仏閣。特有の静謐さの中を往けば自ずと身が引き締まる。

 

 さて。

 彼女の手を引きながら、俺は内心を悟られないよう小さく深呼吸して、目前に迫る巨大な校舎群を睨むように見据えた。

 呪術高専に編入するにあたって、俺にはすべきことが二つできてしまった。これらは絶対に失敗できないミッションである。

 

 まず一つ。夏油傑の呪詛師堕ちを防ぐこと。

 以後の呪術界にて起きる事件の元凶と言っても過言ではないのが、夏油傑だ。彼は注視しなくてはいけない。

 呪詛師堕ちまでに至る要因はいくつかあり、それは分かっている。大丈夫、きっと何とかできる。いや、するしかない。

 逆に言えば夏油傑が呪詛師に堕ちて呪術廻戦の話がややこしくなる訳だから、その原因さえ取り除いてしまうことさえできれば俺の学生生活、引いてはこの世界での生活は円滑に進むことだろう……だよな?

 

 そしてもう一つ。

 羂索の対処。

 これから羂索と遭遇する可能性は御三家の中で言えば加茂家が一番高いだろう。物語終盤、死滅回游が始まる前後の時期までには保守派は掌握され加茂家を乗っ取ること確定と考えるとまずそれを先んじて防がなければいけない。もしくはもう秘密裏に潜んでいる、という可能性もあるにはあるが……さっきの集団にはいなかったと思いたい。

 今奴はどこで、何をしているのだろう?

 加茂家に名代がいるということは現在当主の座は空白、逆説的に羂索や羂索の息が掛かった者は不在ということになるが……こればかりは一度、実際に加茂家に赴き確認する必要があるか。気が重いが、まあ小切手を返しに行くついでで構わない。

 とにかく呪術高専で力を蓄え準備(・・)を重ねて事に当たらなければ羂索に手痛いしっぺ返しを食らうだろう。時間はまだある。が、限られている。俺はもっと強くならなければいけない。

 あ、宿儺の方は無理です。

 それ以外を何とかする方向で。

 

 ……元々は原作には極力不介入のつもりだったが……こうなれば話も違ってくる。

 "佐藤秋墨"という本来原作に出てこない――恐らく原作外で死んだであろう――人物が何故ここまで生きて(でしゃばって)いて、そしていつ、どうして退場したのか。

 ハッキリさせよう。

 

 見据える向こうには校舎と夜蛾先生と思しき人物が待ち構えている。

 うん……。

 校舎に近付くにつれ、俺の歩みはズルズルと遅くなっていく。今しがた決意を新たにしたはずの俺だが、もう既に全部放り出して家に帰りたくなっていた。

 遠目で見ても怖すぎる。近くで見たら強面すぎる。この人、佇まいからして明らかに堅気ではないって……丸めた頭に剃り込みが四本? 教師のセンスじゃないだろ!

 

「来たか……夜蛾だ。呪術高専で教師をやっている」

 

 ひえ……。

 

「返事は?」

「さ、佐藤、秋墨です! 今日からよろしくお願いいたします!」

 

 促され、ビビりながらも勢い良く深々と頭を下げる。しかし何故か夜蛾先生のレスポンスは悪かった。

 

「こんな腰の低い特級術師があるか……っ」

「?」

 

 恐る恐る頭を上げて彼の表情を伺うように見るが、よく分からない。失礼なことをしてしまったわけではなさそうだ。

 

「……事情は聞いている。本日よりお前をこの呪術高専の一年生として迎え入れよう、佐藤秋墨」

 

 付いてこい、そう言ってズンズン校舎の方へ歩を進めていく夜蛾先生。

 耐えたー……。

 

「ところで秋墨君、今晩もお邪魔していいかな?」

「あ、夕飯食べていきます? 今日は夏野菜カレースペシャルですよ。昨日野菜のお裾分け頂いたんで」

「いいね」

 

 もはや冥さんだけが癒し。彼女との夕飯の約束を楽しみに今日一日を何とか耐えよう。

 

「その、お前たちは、あー……」

 

 前を歩く夜蛾先生はそんな俺達にチラリと目線だけを向けて、どことなく言いづらそうに口を開く。

 

「は、はい! なんでしょうか、夜蛾先生!」

「……いや、何でもない」

 

 彼は何かを言いあぐねているようだった。

 何だろう? ハッ、もしかして俺たちの関係を疑われてる? 違うんですよ、そんなやましい関係とかでは……いや金銭の遣り取りとかもあるけどそれは違くて……。

 

 言い訳を考えながらも階段を登り、校門を通り抜け、巨大な木造建築の拱門をくぐったところだった。

 足を止める俺たち。前方から学生服を着た三人組がやって来たのである。

 早い、来るの早すぎるぞ……っ!

 

「やーやー来なすったぞ、話題の転校生サマが」

 

 どこか聞き覚えのあるダウナーな声。

 クソガキ感満載の銀髪青目イケメン!

 

「流石特級と言うべきか、付き添いも豪華だね」 

 

 落ち着いた声。変な前髪。

 歳の割にやけに大人びた雰囲気の黒髪ホスト風イケメン!

  

 出たな――夏油傑・五条悟(もんだいじたち)……!!

 

「おいちょっと、冥さんがあんな顔してんの見たことないぞ俺」

「ふむ……もしかしてあの二人、できてるのかな?」

「キャー、エッチ!」

 

 俺は知っているんだからな。原作においてこの二人が呪術界を騒がす大体の原因を作ったってこと。仕方のない部分もあったとは言え、最強の呪術師二人ならもっとやりようがあったというかどうにかできただろうに。

 まあ俺にこの先輩方は如何ともしがたい。そもそもなるべく関わり合いにはなりたくなかったが……仕方がない。せめて距離を取りつつ注視していこう。

 

「やーい女誑し」

 

 そしてもう一人、家入硝子大師匠である。

 

「師匠! 転校初日にやめてくださいよ人聞きの悪い! 俺と冥さんはそういうのじゃなくて」

「私は別にどう思われても構わないんだけどね」

 

 ほら問題児たち(アンタら)、ニヤニヤしない。

 

「やはりお前たちは……いや、野暮は言うまい……だが教育者としては、ううむ……」

 

 あっ先生。違うんですよ、待って待って。

 

「おい佐藤、俺らが校内を案内してやるよ! それでいいだろ、夜蛾センセ?」

「ん、ああ」

「えっ」

 

 はあ!? 超嫌なんですけど!

 ねぇ、冥さん! 言ってやって下さいよ!

 

「じゃあ私たちは編入の詳細を詰めているから、いってらっしゃい秋墨君。皆と仲良くね」

「えっえっ」

 

 

 

 

 あれよあれよと言う間に話が進み、冥さんと別れた後、気付けば校庭に辿り着いたさしす組+俺の四人。

 

 ……何で校庭? 校内を案内するって話では?

 

「やりすぎに気を付けてね悟」

「いけー、やれー」

 

 校庭の真ん中にポツンと立たされた俺が首を捻っていると、五条悟が拳をポキポキ鳴らしながらこちらに進み出てくる。少し遠巻きには夏油傑、家入硝子がのほほんと地べたに腰を下ろしていて、まるで何かの試合を煙草片手に観戦するような雰囲気だった。

 え? いや、まさかね。

 急に嫌な予感がしてきて背中に冷たい汗が一滴、流れる。

 まさかまさかまさか。

 

「実技の授業だ、後輩」

 

 そう言って戦闘の構えを取る五条悟。

 最強の呪術師と相対するのはまさかの自分。

 おいこれってもしかして呪術高専の洗礼ってやつじゃ……

 

 

 ――拝啓 天国の母さんへ。

 俺はもう駄目かもしれません。

 

 何故、佐藤秋墨が原作に出てこなかったのか。それはもしかすると、ここで五条悟にボコボコにされて再起不能(リタイア)にされたからかもしれない。

 

 絶対やりたくないんだが!?

 お家帰らせて!!

 

 

 

 

**

 

 

 

 

 ――呪術高専・応接室

 

 冥冥は変わらない母校の懐かしさに頬を緩めつつ、応接室に続く扉を潜り、柔らかな革張りのソファにスッと腰掛け足を組んだ。

 対照的にドスンと対面のソファに腰掛ける夜蛾。

 眼下には窓越しに校庭でわちゃわちゃしている三人組と件の彼がいる。

 しばし無言で目線を交わしてから、夜蛾から口を開いた。

 

あれ(・・)が、特級か?」

「あれ、とは随分な言いぐさじゃないかな」

「見れば分かる。呪力量・身体面・精神面……佐藤秋墨はまるで特級レベルではない」

 

 まあそうだね、と冥冥は素直に同意した。少なくとも今は、そうだ。

 己は彼の情報を握っている。しかし表に出回っている情報しか知らないであろう夜蛾の目から見れば、彼が術式のせいで加茂家の思惑に巻き込まれてしまっただけの哀れな一般人にしか見えないのも無理はなかった。

 

「金霊操術のことも知っている。確かに、佐藤の出自からしてみれば有り得ない程まともな金銭感覚のお陰で術式の出力自体は底上げされているのかもしれない。……しかし、『特級』は話が別だ。金霊操術はそこまでのものではない。俺の所見では彼はただの一般人でしかないんだ。彼には悪いが……加茂家に引き渡しても問題ないはず。お前らしくもない」

 

 さて、どこまで説明しようか――冥冥は首を振って答え、足を組み直した。

 

「まず前提として、平安の世と資本主義に染まった現代では金銭の価値自体が違う。金霊操術の価値もね。平安時代は流通していた貨幣は一部の地域に留まり物々交換で生活していた。モノの価値はほぼ金銭感覚に依存せず、しかもそのモノですら天災等により供給は不安定だった……つまり金霊操術使いには不遇の時代だったわけだ。ここまではいいかな」

「ああ」

 

 男はフン、と鼻を鳴らす。

 

「明治維新に日本は近代国家への改革を進め、貨幣制度は金本位制により安定。また貨幣の他に小切手振り出しが普及する――これとほぼ同時期、加茂家に金霊操術使いが一人召し抱えられた。等級は特別一級術師。彼は"小切手"という新しいシステム(・・・・)に目を付けていた」

「待て……お前が何故そんなことを?」

 

 加茂家との"取引"の一部でね、と冥冥は付け加える。

 金銭の他に要求したのが歴代の金霊操術使いに関する情報だった。

 当然ながらその情報元である加茂家もそのことを把握している。だからこそ、この情報は秘匿されるとばかり考えていた。しかし彼女の予想は裏切られ、あっさりと情報が金と共に渡された。その事実と今日まで彼らが静観していることだけが不気味ではあるが……。

 冥冥は加茂家については一旦忘れ、訝しげに眉をひそめる夜蛾に説明を続ける。

 

「彼は紙幣だけでなく小切手をそのまま術式に利用できるのかどうか実験したらしい。結果は、可能だった(・・・・・)

「!」

「どういうカラクリかは知らない、が、銀行の残高は減っていた。小切手の額もだ。変換した金額分だけ"書き換わった"」

「それは、つまり」

「つまり彼らは小切手や通帳さえあれば態々大金を持ち歩かなくても術式を十全に使えるわけだ。便利だね」

「そんなレベルの話じゃない。もし佐藤秋墨がやろうと思えば、電子決済のように一瞬のうちに大金を媒介にして呪力を爆発的に増大させられるということ! 加茂家が資金の提供でもしてみろ! とんでもないことになるぞ」

「その想定で放たれる術式の威力は"五条悟に匹敵する"可能性がある……もしかすると、瞬間的な呪力量だけで言えば当世随一かもしれない」

 

 まあ一発で金銭感覚が狂ってしまうからそれ以降の威力は著しく低減されるだろうけど、と忘れずに付け加える。……冥冥の落としたその爆弾は、夜蛾の体をワナワナと震わせる程度には効いたようだった。

 

 だが、本題はここからだ。

 

「驚くのはまだ早い」

「おい、他に何がある? 術式、威力、他に何が?」

「彼の最も厄介な所はね、"市場操作"できる所さ」

 

 呪術とはおよそ縁の遠いであろう単語に夜蛾は一瞬目を白黒させる。

 

「市場操作、だと? いやだが、いくら佐藤が金銭に関わる特殊極まる能力を持っていたとしても、それは……そうか、銀行株か!」

「その通り。銀行に保管されている紙幣は預金額より遥かに少ない。何故なら、通常皆が一斉に引き出しすることはないからだ。それを彼の能力で消費()してしまう。するとどうなるか? 条件さえ整えば、"取り付け騒ぎ"が起きる……地方銀行なら数億も掛からず簡単に落とせる(・・・・)からね。銀行の信用失墜は免れない。そして"現金が無い"ということは同時に破産を意味する。まぁデマを流布して民衆に預金の引出、解約を促したりしない限り流石にそこまではいかないだろうが、……この時上場している特定の銀行株を空売りしていれば莫大な利益を得ることができるだろう? 後は単に繰り返すだけさ。銀行は次々に破産もしくは経営悪化。彼の影響は日本に留まらない、世界的な金融恐慌の引き金に成りうる。さらに得た利益はそのまま彼の力に変わり、より手が付けられなくなる。また取り付け騒ぎが起きる。さらにまた強くなる」

 

 永久機関みたいなものだね、と冥冥は乾いた笑みを浮かべた。

 

「彼はいとも容易く市場を操作し、且つ世界の経済インフラを単騎で破壊できる特級(・・)という訳だ」

「……なるほど。現代だからこそ佐藤秋墨は特級術師、それも最悪の呪術師に成り得る、ということか。ではもしまかり間違って呪詛師にでも堕ちたら」

 

 呪詛師にならずとも、と夜蛾の途切れた言葉を拾うように冥冥は継いだ。

 

「彼が万が一、加茂家の決戦兵器(どうぐ)になったら? 保守派の懐刀になったら? ……五条家のお陰で保たれていると言って差し支えない呪術界の均衡(パワーバランス)が崩れ去るかもしれない。いや、間違いなく、そうなるだろう」

 

 夜蛾の顔付きはすっかり変わっていた。事の重大さに気付き、またとんでもない厄ネタを押し付けられた、という悲愴感を感じさせる表情になっている。

 

「だからなるべく遠ざけてほしい。無用な戦いから」

「……分かった。ハァ……また厄介な生徒(やつ)を連れてきたな……ん?」

 

 そうして話は一段落し、場の緊張も緩和したところだった。

 

「?」

 

 何やら外の様子がおかしい。

 窓越しから見える校庭で、何故か対峙し構えている二人の人影。

 はっきり視界に捉え、状況を即座に理解したであろう夜蛾が窓枠を掴み叫んでいた。

 

 

「悟……佐藤……二人共そこで何してる!? 硝子っ、夏油っ、そいつらを止めろッ、今すぐ止めろ!!!!!!」

 




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転職に伴う引っ越しで時間と金が消し飛ぶ為、更新遅れますことをお詫び申し上げます。
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