呪術師に貢がれてます   作:すがーら

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こっから加速したい所存


第13話 これでもう貢がれないはず(名推理)

 

『悟……佐藤……二人共そこで何してる!? 硝子っ、夏油っ、そいつらを止めろッ、今すぐ止めろ!!!!!!』

 

 

「夏油、なーんか夜蛾センが言ってね?」

「うん硝子……でもよく聞こえないな」

「ま、大したことじゃないか。火ぃ」

「はいはい」

 

 何でこうなる……!!

 どうして俺が、現代最強の呪術師――五条悟と対峙しているんだ。

 

 呪術高専のグラウンドに、夏風が吹いて砂塵が舞う。

 陽光を受けて輝く白髪。

 丸型の黒サングラスを外した下には爛々と輝く蒼い六眼。

 日本人離れしたその外見に、スリムだが靭やかな筋肉を備えた体躯。

 数百年ぶりに生まれた五条家の怪物が、しっかりと此方を見据え、戦闘態勢を取っている。

 

「俺の名前は五条悟。二年。後ろのは夏油と硝子……あぁ硝子のことはもう知ってるんだっけ」

「五条、先輩? あの、何で構えてるんですか」

 

 『実技の授業』と言っていたのは覚えている。しかし、こんなことを今する必要はまるでない。そもそも俺は実技よりも座学を必要としている類の呪術師見習いな訳で、実戦慣れした術師と戦えば誰相手であろうと負けるのは目に見えていた。

 ……つまりこれは洗礼なのだろう。

 もっと平たく言えば、彼らは上級生として、こちらの立場を理解(わか)らせにきている。恐らく動機としてはそんなところだ。

 

「分かるだろ、新入生歓迎ってやつ。早く構えろよ」

「歓迎にしては物騒過ぎる……! 無理ですムリムリ!」

 

 理由は分かった。次に俺は灰色の脳味噌をフル回転させこの状況を無傷でくぐり抜ける為にどう(シラ)を切ろうか考えていた。まず入学初日から問題行動を取ることは主義に反する。さらに言えば五条悟やその一派と良好な関係を築きつつ、しかし近寄りはしない、という丁度良い距離感を保ちたかったのが本音だった。

 彼等はあまりに危険過ぎる。それでも俺の任務を恙無く遂行する為にはここで変に敵対するわけにはいかない。

 

「あの、もう少しで始業のチャイム鳴っちゃいますし」

「……」

 

 俺が戦闘を回避しようとしたのが気に障ったのか、五条悟は一瞬黙り、『……っは〜。つまんな』と白けた顔で頭に手をやって口を開いた。

 

「あの冥さんが目を掛ける男だ、どんなもんかと期待してたけどさ。案外見る目ないんだな、ガッカリだよ」

 

「は?」

 

「体格、筋肉量、呪力量、そして何より精神面(メンタル)がダメ……特級ってだけでこんなモヤシみたいなガキに貢いでるんだろ? ハッ、彼女(あのひと)の程度も知れるって――」

 

 こいつ、今、冥さんを馬鹿にしたのか?

 

「――先輩の歓迎、痛み入ります。吐いた唾、飲めませんよ」

「お? やる気んなった?」

 

 フー、と大きい溜息を吐く。

 気が変わった。そこまで言われて引き下がれる程プライドを捨ててはいない。何より俺を馬鹿にするのは兎も角、俺を信じてくれる冥さんを侮辱するのだけは絶対に、絶対に許さない。

 やってやる。

 何が現代最強の呪術師だ、クソ目隠し!!

 

「来いよ佐藤! 特級呪術師同士、遠慮は無しだ」

 

 初めからそのつもりだったのだろう、頭に血が上り挑発にまんまと乗った俺に対して、五条悟は掌の先から指をちょいちょい動かし煽ってくる。意味は『先手はくれてやる』、だ。

 彼のその苛つく仕草に内心悪態をつきながら、俺はさっと懐に手を入れ、銀行通帳の冷たい手触りを確かめた。

 

「泣いても許しませんからね」

「上等!」

 

 もはや後戻りはきかない。きっとこの後俺はボコボコにされてしまうだろう……しかし見方を変えれば――現代最強の呪術師と戦うことができる。ある意味でこの取り組み合いは試金石になるのでは、と頭の冷静な部分が言っていた。

 俺、佐藤秋墨が呪術高専、引いては呪術師としてやっていけるかどうか、そして近い将来待ち構えている巨大な壁を越えられるかどうか……俺の中で既にこの一戦は将来を占う大事な一戦として意味を持ったものに変わっていた。   

 またとない機会。であれば、最強相手に今持っている手札を試せるだけ試してやろう。

 

 とは言ってもここで加茂家の小切手を使うわけにはいかないが。一度借りを作ってしまえば終わり。骨までしゃぶられてしまう。外堀は着実に埋められつつある。

 だから俺は断腸の思いで、冥さんが作ってくれた口座から引き出す……!

 

 通帳を胸元から引きずり出すように引っ掴み、すかさず金霊操術を発動させる。

 彼女に内心滅茶苦茶申し訳なく思いながらも、残高から金額分がガリガリ削れていく度に、確かな呪力の高まりを感じた。

 五十万円――街中にて一級呪霊、人頭爬虫呪霊を倒した時に消費した金額だ。あの時も、一瞬で大金が手元から消え去る感覚には震えたものだ。しかし、まさか、その五十万という大金ではまるで不足に感じる日が来るとは夢にも思わなかった。

 

 くそっ、勿体無い……それでも!

 

「いきます!」

 

 攻略法は原作の伏黒甚爾がやったものと同じ要領だ、とにかく速く動いて隙を突く!

 

 先ほど術式で得た呪力を体全体に循環させて、その場でトーン、トーンと数回飛び跳ねた。

 呪力を纏った体はまるで羽が生えたように軽く感じる。

 呪術界でよく使われる初等技術。冥さんが自衛の為にこれだけは、と入学前に唯一教えてくれた技術だった。

 『身体強化』――効率良く呪力を攻撃に回しつつ同時に防御にも優れているという点、また生得術式に関係なく使えるという点で、その使い勝手の良さは他の手段を圧倒的に上回る。

 

 フッ、と短く息を止め、俺は一瞬で相手の懐まで肉薄。

 彼の意識を刈り取る高速の右ストレートを繰り出す。

 

「……ッ!」

「おっと。へへっ、お前近接って柄じゃないだろ。筋は悪くないけど、拳が迷ってる」

 

 が、駄目! 術式を使うまでもないと言わんばかりにステップや上体を反らすだけで華麗に全て避けられてしまう。

 それでも俺は奥歯を噛みしめ、次の拳を振るう。

 

「今度は力が入りすぎ。呪力を増やしたところでそれじゃあ及第点も上げらんないな」

 

 五条悟はそう言ってパシッ、と拳をいとも容易く受け止めた。

 確かに、俺は戦闘経験が少なくましてや近接戦闘などやったこともないがしかし、身体強化においては少なからず自信があった。呪力を用いる身体強化とその呪力そのものの量を増やす俺の術式の相性は抜群であり、まさに俺の為のあるような戦闘技術だからである。

 なのにどうだ、単純に速度で劣っている。ということはつまり俺の身体強化、引いては術式、呪力の出力そのものが現状五条悟に追いついていないということ。

 

 五十万では駄目なのか?

 こちらの打撃が避けられたり防がれたりするのはこの際良い。そんなことより、以前と比べ呪力の運用効率自体が悪くなっていることに焦りを隠せない。

 五十万円という大金を一度使った経験があるから? ……いや、そうか! 五十万"程度"では五条悟相手に足りないと感じているからだ! つまり俺の金銭感覚が狂った――というより、それを優に超えてくる規格外の相手だから。

 

「殴る時は、こう!!」

 

 その事実に気付いた時には反対に彼の右ストレートが俺の顔面に吸い込まれていた。ただの打撃ではない、無下限術式によって速度を底上げされた一撃。

 景色は一瞬で暗転、鼻を()つ熱さと共に目の前で鮮血が舞う。体勢を崩しぐらつく俺は、とどめとばかりに思い切り蹴っ飛ばされた。身体が浮いたのを感じる前に俺はグラウンドの外、森の方まで横っ飛びに吹っ飛んでいて、枝々をバキバキ薙ぎ倒しながら木々にぶつかりようやく止まる。

 

「痛ッ……クソッ……!! 絶対今度、格闘技習おう……!」

 

 先程まで呪力を纏っていたお陰で少々ふらつくも幸い、まだ動ける。だが痛みまでは誤魔化せない。

 もうもうと立ち込める砂煙に紛れている内に、俺は木の陰へ逃げ込むと崩れ落ちるように座り込み、何とか息を整える。

 

 はー……ちょっとしんどいかも。一撃でこのダメージ? 今からでもこの取り組み、無かったことにならないかな。

 

『あっやべ、素人相手にやり過ぎた? けど、流石にこれで特級認定は過大評価だし……やっぱ加茂家が絡んでるっぽいなこりゃ』

 

 こちらの方へ何やら呟きながら近付いてくる五条悟の足音が聞こえてきて、俺は脳内に首を(もた)げた逡巡を振り払うように頭を振るう。

 

「おーい、後輩! ごめんごめん今のはやり過ぎた――」

 

 

 だが、ここまでは当然、織り込み済みである。

 

 

「あ?」

 

 森に紛れた俺の姿は、向こうから寄ってくる五条悟からは目視できない。

 とは言え彼の『六眼』にはその誤魔化しも通用しないが、むしろそれは好都合(・・・)

 

「実戦投入は早いと思ってたんだけど、最強相手なら、このくらいしなくっちゃなぁ……ッ」

 

 俺は樹木を背に、鼻を摘んで鬱陶しい血をプッと飛ばして今あるありったけの呪力を練った。

 

「頼むぞ、お前たち!」

 

 胸元から大量の式神を展開。本来、制約で小銭拾いにしか使えないはずの彼らだがしかし、この場合はその限りでなく……紙吹雪のように舞い上がると周囲に広がってバリケードの様相を呈していく。

 ――五条悟の六眼は対象の呪力や術式の特性を見抜く、が……いや、敢えて言おう。

 見え過ぎるのだ。

 一つ一つの式神は薄い紙製で頼りないものだが、術者である俺の込めた呪力が宿っており、それが覆い被さるように浮かべばあたかも俺の存在が"上書き"されカモフラージュよろしく隠れて見えるはずだった。浮かんでいるだけなのだから制約にも当然、引っ掛からない。

 

「何だ、この式神の量……!? ラウンド2ってわけね。けどそっちの術式のタネは割れてんだしさぁ。意味無くねぇ?」

 

 彼は俺のことを完全に舐めている。

 こちらの引き出しはもう無いと見積もっている。

 

「まさか、でしょ」

 

 まさか、これで終わりなわけがないだろう?

 俺は冥さんの、大事な大事なお金を使っているんだぞ……?

 

「その鼻っ柱へし折ってやる……!!」

 

 深呼吸して再度術式を発動させる。

 心が痛むがさらに五十万を追加――金額は同じだが不思議と先程よりも格段に変換効率が上がっている。

 

 "これ"は、冥さんには内緒で特訓していた技術だった。実戦投入は初、ぶっつけ本番である。

 

 俺の金霊操術は呪力量の操作が容易に可能であり、逆に、限界まで出力を抑えることも可能だ。

 呪術とは引き算を極めること。それは俺の術式もその例に漏れない。

 しかし庵歌姫の教えを聞いてからというもの、それだけではない呪術の可能性を俺は見た。

 

 足すべき所は足し、引くべき所を引く。

 伸ばすべき所は細く伸ばし、詰める所を(しっか)り詰め、そして圧縮を重ねる。

 鋭く。堅く。而して強く。

 鍛造、あるいは鍛冶職人の如き精密性を持って、俺はそれを創り上げる。

 

 ……今までの攻撃は呪力を球形にして撃ち出していただけだった。

 それでは駄目だ。空気中に拡散・減衰し、攻撃が届く前に威力が落ちてしまう。

 足りないものは威力、精度、圧縮率、収束率――そして何より、速度が足りない。

 

 故に創り出した、紛うことなき呪力の"弾丸"。

 

「――"金霊弾(きんれいだん)"」

 

 式紙でできたバリケードの中、埋伏するスナイパーの如く息を潜め、相手の急所部位に狙いを済ませると、俺は静かに引き金を引いた。

 死を運ぶ弾丸が白い紙吹雪を突き破るように姿を現し、風切り音を上げ、対象の命を刈り取るべく飛翔する。

 

「! ははっ……何だよ。案外やるじゃん、佐藤秋墨」

 

 意識の外、理外の速度だっ、如何に最強の防御だろうと間に合う訳がない……!

 勝ったッ!

 第三部、完!!

 

 

 

 

 

 ……という夢を見たのさ。

 どうやら俺はあの後本気を出した五条悟にボコボコにされ気を失って、しばらく目を覚ますのに時間が掛かったらしい。

 心配そうに先程までボロボロだったこちらの顔を覗き込むさしす組の三人、夜蛾先生、冥さんを前に、俺は地面に寝転んだまま『こんな最悪な転入初日あるか?』と心の中で涙しながらどこまでも広がる青空を仰ぎ見るのだった。

 

 そしてそれからさらに数日後、何故か五条家が俺宛に大口の小切手を切った、との報告を冥さんから受けて俺は頭を抱えることになる。

 

 あのさぁ……。

 五条家(あいつら)の情緒と金銭感覚、おかしくない!?

 

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