呪術師に貢がれてます   作:すがーら

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第14話 俺は灰原に貢ぎたかった

 

登校初日、朝からハプニング……というにはあまりに激しいハプニングがあったものの、俺は痛む体を押して1年生の教室に辿り着き、夜蛾先生に促されて進み出るように黒板の前に立っていた。

 

「本日より編入しました、佐藤秋墨です。呪術に関して右も左も分からない素人ですが、皆さんに付いていけるよう頑張ります! これからよろしくお願いします」

「お前のような素人がいるか……お前たち、仲良くしてやってくれ」

 

 相変わらずの夜蛾先生の俺に対する過大評価には一言物申したいところだが、黙って頭を下げる。

 

 ――ちなみに。あの五条悟との立ち合いの後、校庭ではこんな一幕があったらしい。

 

『ハハハハハッ! 面白すぎんだろこの一年!! まだ隠してるな、もっと見せてみろよッ! 佐藤秋墨ィ!!』

『悟! 止まれ!』

『おい五条! 私の弟子に何すんだ!』

 

 夜蛾先生と冥さんが現場に着く頃には俺は気絶していたので伝聞でしかないものの、ヒートアップした荒ぶる五条悟を夏油傑と家入硝子(ししょう)の二人で必死に止めるという中々珍しい光景が見られたとか何とか。

 余談終わり。

 

 さて。

 そんな大立ち回りをした後だからか、俺の自己紹介にクラスの反応は二分されていた。といってもこのクラス、俺以外には二人しか居ないのだが。

 

「はいはい! 質問! 佐藤って特級術師なの!?」

「俺もよく分かってませんが学生証にはそう書いてありますね……」

 

 ――灰原雄。

 挙手しながらガタッ!と勢い良く立ち上がった黒髪の彼は健康優良児そうな見た目通り、明るく闊達な性格をしているらしい。

 

「敬語はいらないよ、クラスメイトじゃん! へー特級かぁ、すごいねっ! あっ、じゃあじゃあ、さっき隣に居たあのスラッとした美人のお姉さんは!? もしかして恋人!? あとそうだ、五条先輩と立ち合いしたんだよね、どうだった!?」

「ええっと……」

 

 陽の()があまりに強い……!

 クラスメイトのいきなりの質問攻めに答えきれずしどろもどろになる俺。

 思わずもう一人のクラスメイトに助けを求める視線を送ると、金髪の彼は座ったままやれやれ、と首を振って隣の灰原を諭すように軽く小突いた。

 

「彼が困っているでしょう……すみません。このうるさい彼は灰原雄、私は七海建人です。よろしくお願いします、佐藤」

 

 良い人……!

 

「こ、こちらこそ! よろしくお願いします!」

「同じく敬語はいりません。気にしないで下さい、私のは癖なので」

 

 ――七海建人。

 術式「十劃呪法」を用いる将来の一級呪術師である。

 鋭い目付きの三白眼、七三に分けられた金髪……彼を知らない人間からすれば、一見やや近寄りがたい人間に思えるかもしれない、が彼はその逆。呪術廻戦においては貴重な常識人であり、とても情に厚い人物だった。

 現に彼は俺のことを『特級術師』や『加茂家』の人間としてでなく、普通のクラスメイトとして接している、いや、少なくともそうあろうと努めている。

 それは灰原も同様で。

 

「困らせてごめん、佐藤! じゃあさじゃあさ、〜〜」

「全く……」

「あはは……」

 

 タイプで言えば彼らは対照的な二人だがどちらも温厚な性格で、教室内の雰囲気はとても和やかなものだった。

 

 夜蛾先生に促され、三つ横並びに並べられた机の、窓側の席に腰を下ろす。

 俺はこれからこのクラスで呪術師として過ごすのだ。

 

「……死なないように頑張るぞ。よしっ」

 

 そう小さく独り言ちてから、ちらりと灰原の横顔を盗み見る。

 結局七海に諫められても黙らなかった彼には『静かにしろ』とばかりに夜蛾先生の拳骨がつい先程落とされており、涙目で頭をさすっていた。

 

「? どしたの、佐藤」

「ううん、何でもないよ」

 

 俺はにっこり微笑みを返して、何でもないと首を振った。

 彼を前に、改めて俺のやるべき内の一つを思い出す。

 

 今後の予定その一。まずクラスメイトである灰原(かれ)を生存させる。

 

 ――後の「最悪の呪詛師」である「夏油傑」が呪詛師堕ちする原因にはいくつかあった。

 天元の同化に端を発する星漿体騒動や、ある村で呪術師の才能を持った幼い双子が受けていた迫害。そして、とある任務で(もたら)される灰原の死。

 ……術師として弱者を助けるという理想を持っていたはずの青年は、数多の死と理不尽を前に、非術師に見切りを付け「最悪の呪詛師」へと変貌を遂げてしまう。

 

 高専に入った以上、俺はそれを止めるつもりだ。

 この世界で平和に過ごし天寿を全うする、という俺の完全な私情の為に。

 

 話を戻そう。灰原を鍛えるでもいい、そもそも任務に行かせないでもいい、とにかく何でもいい。夏油が呪詛師堕ちする原因でもある彼の死を、必ずや回避しなければいけない。

 灰原(かれ)が産土神に出会ってしまう前に。

 

 それ以外にもやることは山積みだが、とりあえずはそこからだな。

 灰原、俺と一緒に強くなろう!!

 

「ほう佐藤、お前も余所見か? 良い度胸だな」

「へっ? ーーッッ!!」

 

 授業中よそ見しながら考えに耽っている俺に、夜蛾先生の拳骨が落ちる。

 ……一瞬三途の川が見えた気がする。これからは授業中でも常に呪力を厚く纏っておくべきかもしれない。

 ガッテム!

 

 

 

「お前達、任務だ」

「はい!」

 

 午前の授業が終わって昼食後、教室で招集を掛けられ何かと思えば、夜蛾先生から唐突に告げられたのは任務の二文字だった。

 当然俺たちはサッと姿勢を正し、先生の通達に耳を傾ける。

 

 さあ、これから本格的に始まる。

 史実通りにはいかせないぞ。

 一人の呪術師として、原作を知っている者として。この世界に潜む数多のバッドエンドを華麗に回避してやるんだ……!

 

 まずは初任務! 初日から忙しいが、気合を入れていこう。

 ま、七海もいるし三人なら大丈夫だろ!

 

「場所は新宿 歌舞伎町、窓の情報だと三級相当の呪霊。被害者は未だ若干名だが、被害が広がる前に各個対処しろ。……灰原にとって三級の任務は初か。まぁ特別心配はいらないと思うが七海、お前が同行して灰原をサポートしてやれ。気を付けろよ」

「了解でっす!」

「分かりました」

「詳細は後で送る。以上だ」

 

 ……ん? え、あれ、俺は?

 聞き逃したかな。この話しぶりからして、俺は数に入れてもらえてないような。

 我、一応特級ぞ? いや名ばかりでズブの素人なのはその通りなんだけども……。

 まぁ、初日だから見逃してくれるってことかな。あの虎杖悠仁(しゅじんこう)ですら任務に連れていかれたのは二日目からだし……。

 安全圏にいられるならそれに越したことはない、が。

 

 案の定、灰原と七海の二人も俺と先生の方を交互に見て、何かを言いたそうにしている。

 妙な沈黙が満ちた。

 

「あの、俺は?」

 

 このまま帰宅したいのは山々だが、仕方なく尋ねる。すると夜蛾先生はこちらを向き、やや顔を硬くした。

 

「お前の任務なんだが……」

 

 口ごもったかと思えば、彼は頭を下げてこう言った。

 

「すまない、止められなかった」

 

 うん?

 

「佐藤秋墨、お前は一人での任務になる。場所は大阪 堺――報告によれば、出現した呪霊は一級相当だ」

 

 ……え、俺一人で?

 

「一級!? 僕と七海は二人で三級相当なのに、それは!」

「無茶です。いくら彼が特級の認定を受けたと言えど、編入早々の、それもこれまで一般人として暮らしていた人間を第一線に放り込むのは正気の沙汰じゃない」

 

 流石に二人も抗議の声を上げ、俺を庇ってくれる。

 一級相当。

 先日俺が必死になって倒した人頭爬虫呪霊が準一級だったことを考えるとこれは無謀としか思えない任務だった。

 

「分かってる。上層部は何を考えて……ッ!! 勿論抗議はした。が、駄目だった……!」

 

 先生も不承知なのだ。口振りからして、上層部など()が無理やり寄越した任務。

 俺と因縁があって、上層部とグルで、任務内容にまで口を出せる程影響力のある存在(うえ)

 思い当たる点は一つ。

 

「ああ成る程、加茂家ですか」

 

 その名を出すと先生がぐっ、と唸った。

 

「分かりました」

「本当にすまない……」

「いえいえ」

 

 それはこちらの責任なので。むしろすみません。

 ……加茂家は俺に手柄でも立てさせたいのか。

 もしくは無理難題を押し付けた挙句、少しでも負傷しようものなら未成年後見人という立場にかこつけて"保護"でもしたいのか。

 どちらか、もしくはその両方の可能性もある。

 その手には乗らないぞ。

 

 御三家の名が出たからか、一瞬気圧されるように二人は押し黙って、それでもなお先生に詰め寄って抗議を続けようとする。

 

「加茂家……だからって!」

「大丈夫」

 

 そんな級友二人を手で制止し、俺はなるべく軽い調子で言った。

 

「行ってくる。二人も気を付けてね」

 

 全然大丈夫じゃないけどな!

 灰原、お前も死ぬんじゃないぞ!!

 頼むぞマジで!!

 

 

 

 ――……とは言うものの。

 今回に限っては『いけるかもしれない』という根拠のない自信が俺にはあった。

 

 きっと、以前までの俺なら先程の彼らと同じように抗議していただろう。

 上層部、引いては加茂家は俺の戦闘力を見誤っている、特級術師として買い被っている、と。

 一級相当の任務など到底無理だ、と。

 

 彼らの心配は至極妥当で、とても有り難かった。

 けれど。

 

 何となく、今、"いい感じ"なんだよな。

 認めるのは癪だが、今朝五条悟と立ち合いをしたせいだろうか?

 

 ……やっぱり癪だな。俺個人の精神的成長ということにしておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 ――大阪 堺 (工場地帯)

 

 

 大阪府堺市は、刃物など古くからの伝統産業に加え、臨海工業地帯を中心とした鉄鋼・機械・化学産業が盛んな府随一の工業都市である。

 一帯に近付くと、コンプレッサーのジー、という低い振動音やプレス機の遮二無二作動している音があちこちで聞こえ、午後の気怠さと相まって、かなり煩わしく感じる。

 

「さて、到着したのは良いけど」

 

 俺は駅からこの工場付近まで送ってくれた『窓』の方に会釈しつつ、視界は見覚えのある人影を捉えていた。

 何故こんな所に?

 

「あの、どうしているんですか?」

 

 思わず声を掛けると、その人影――佇んでいた和服の女性が進み出てこちらへ恭しく頭を下げる。

 『いるのがさも当然』とばかりに微笑み、落ち着きを払っていて所作は腹の立つ程美しかったが、場所が場所なだけに凄まじい異物感があった。

 

「ご当主様におかれましては御機嫌ようございますか」

「はぁ、まあ、ぼちぼちです。えっとあなたは、以前お会いしましたよね、あー……四乃さんでしたか?」

 

 四乃。

 そう、つい先日、一時避難先のホテルに突撃してきた加茂家の一人だ。俺のことを何故か知っている風だったが……。

 一見すると若く、二十代半ばほど。しかしその年にしては不釣り合いなほど立ち居振る舞いが板に付いており、最低でも五十年は生きているような錯覚を覚えさせる。艶のある長い黒髪が目を引く、謎多き女性である。

 

「覚えておいでですか、秋墨様! 恐縮にございます!」

 

 覚えていたその名を呼ぶとやけに反応がある。

 オーバーリアクションに俺が少し怯んでいると、彼女は一つ咳払いして口を開いた。

 

「秋墨様は本日、呪霊の討伐任務にいらしたと伺いまして」

「あ、はいそうです」

 

 そりゃ加茂家の人間は知ってるよな。

 

「本日は是非そのご勇姿を拝ませていただきたく……」

 

 ああ、つまり……監視付きね。

 全く、大阪まで付いてくるなんて恐れ入る、ってそうか、加茂家って京都が本拠地か、近いな。

 しかし何が狙いだろうか?

 現在俺は高専生であり、五条家の威光のお陰もあって加茂家であってもあからさまな手出しはできないはずだった。

 

 いくつか可能性を考えるが、そのどれもが違うような気がしてくる。

 彼女の瞳からは何も伺い知ることができない。

 

「付いて来るのは構いませんが、危険ですから呪霊が現れたらすぐに安全な所へ避難して下さいね」

「ええ、ええ、秋墨様。存じております」

「それとあの、『様』付けはやめていただけないでしょうか……?」

「では『坊ちゃま』と」

「それは本当にやめて」

 

 肩を竦めた俺が歩き出すと、彼女はまるで俺に仕えているかのようにこちらの三歩後ろを付いて来る。

 

 ……何故、この人は何て言うかこう、俺を敬慕している風なのだろう。

 俺の血統は加茂家からすれば出来損ないも良い所だ。術式は相伝などではなく、特級の認定を受けたといえど実績は何も無い。

 俺越しに、俺では無い"何か"を見ているのだろうか。

 

 ただ少なくとも彼女は俺に対して悪感情や腹に一物抱えているようには思えず、俺も彼女に対しては必要以上の警戒がいらないように感じた。

 

 うーん四乃さんねぇ……ん、四乃?

 あれちょっと待てよ、そんな名前が原作にいたような?

 いないような。

 四乃……待って、なんか思い出せそう……。

 

 

「秋墨様――来ます」

「!」

 

 そうだ。

 とにかく、まずこちらに対処してから。

 

 頭を振って余計な思考を飛ばす。

 パキ、とガラスが割れる音が聞こえた途端、辺りの気温が急に下がった。

 暗い瘴気が渦巻き、すえた油のような嫌な臭いが撒き散らされる。

 俺はもう既に呪霊の間合い(フィールド)に入っているのだ。

 

「ご武運を」

 

 俺は頷いて、彼女を庇うように前へと進み出た。

 

 ズル……ズル……と何かを引き摺る音がした。

 次いで現れたのはラテックス特有の淡いアメ色に赤茶のスプレーを吹き付けたような体躯。

 てらてらと光るその胴体には、取って付けたように生えた人の手足が垂れ、蠢いている。

 巨大な人面ナメクジのような悍ましいそれは、有難いことにまだこちらを認識していないようである。

 

 すぐさま構えた俺は、指先に呪力を集中させる。

 

「この呪力量からして、件の一級相当の呪霊で間違いないか……よし」

 

 以前の俺ならば、これ相手は無理だと悟っていたはずだ。

 心臓は早鐘を打つ。

 ああ、なのに落ち着いている。

 

「……やっぱり癪だな、五条先輩は」

 

 彼と比べてしまうと目の前の怪物ですら、全く大したこと無いように見えてしまう。

 

『……!』

 

 視線が一瞬交錯した後、奴の胴体には俺の銀霊弾が突き刺さっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様でございます」

 

 先程相対した相手は一級呪霊のはずだったが、俺は拍子抜けするほどあっさり倒してしまった。

 銀霊弾を一発、ただそれだけ。

 金銭の消費だけが痛いが、恐らく任務報酬でトントンくらいにはなるだろう。

 

 呼吸を整えている俺に、四乃が声を弾ませながら近寄ってきて、汗など一滴も掻いていないというのに甲斐甲斐しくタオルを手渡そうとしてくる。

 

「流石、我が主です……嗚呼、あの色! やはり貴方で間違いありますまい!」

 

 何でこんな興奮(?)してるんだ?

 貴女の方がタオルを使った方が良いのでは?

 

 ああ、そういやこの人以前、術式や呪力を見て色がどうのとか言ってたっけ。何のことか俺にはさっぱりだけど……呪力って普通の青色の筈だし。

 

「まぁいいや。俺は帰りますね……、っ!?」

 

 瞬間、嫌な予感が過り、身をよじった。

 辛うじて避け、振り返ると俺が元居た場所には大穴が開いていた。

 

 馬鹿なっ、呪霊はもう倒したはず……!

 

「秋墨様、油断なされませんよう」

 

 

 

「加茂家出身の特級術師が現れた、って噂には聞いてたがなぁ~~? この程度とはガッカリだ」

 

 なっ――

 

「よっと」

 

 呪詛師……ッ!?

 

 バッと四乃の方へ振り返ると、彼女はいつの間にやら遠く離れた所に移動してこちらに手を振っている。

 まさか。

 

「おい、おいまさかそこまでやるのか……ッ!?」

 

 か、加茂家めぇえぇえええぇ!!

 奴ら、呪詛師を雇いやがった!

 

 確かにそれなら加茂家は手を出さなくてもいい。

 不慮の出来事として内々で処理できる。 

 遠方に呼び出し、一人きりにさせれば如何に五条家の庇護下であっても煮るなり焼くなり自由という訳だ。

 他の御三家には無い手段――。

 上層部と密に繋がる、政治力の強い加茂家だから出る姑息な発想――。

 

 

 暗殺。

 

 

 もしかして……灰原より先に俺の命の方がヤバいかも。

 




四乃は原作キャラなのですが分かる読者います?
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