呪術師に貢がれてます   作:すがーら

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第2話 貢ぐ日常のエスノグラフィー

 

 

「おかえり、お前たち」

 

 あの疑惑の貢がれ事件から約一週間が経っていた。

 俺は街から帰ってきた簡易式神たちを手を広げて迎えると、彼らはしっかり成果を携えてきたようだった。

 初めの頃の彼らとは見違えるほどの働きぶりだ。俺の目の届く範囲で教えられた通りの動きしかできなかった彼らが、今ではこうして自律して活動できるようになった。すくすく育ってくれて嬉しいよ。

 さらに彼らの呪力をなるべく節約する為に、

 

『1. 落とし物かつ、小銭のみしか集められない』

『2. それ以外の用途には原則使用不可』

 

 という制約を設けた。結果はこの通り、期待以上だ。

 これからもよろしく頼むな、式神たち。

 それぞれ一撫でしてから小銭を受け取って貯金箱へ入れる。それから俺は学習机の上にノートを開いた。我が佐藤家の家計簿である。

 口座残高がこれ、今月の食費がこれ、急な出費がこれ、という風に大雑把にだが記録を付けていて、普段どれくらい節約ができているかどうかを判断する材料にしている。

 そして式神たちが拾い集めてきたお金がひーふーみー、うん今月は良い感じ。

 

 ノートを閉じて棚にしまってから、俺の目は自然とある一点に向かっていた。視線の先、卓袱台の上には、あの茶封筒が置いてある。幻ではない。何となく触れることすら躊躇ってしまい、この間から位置はほとんど変わっていない。普段はなるべく気にしないように努めていたがやはり気になるものは気になる。

 彼女が大金を置いていってこの一週間、俺の情緒は不安定を極めていた。

 

 俺は、彼女に貢がれているのだろうか……?

 いつの間にそんな(ただ)れた関係に……?

 

「いや、流石にそれはないか」

 

 後の一級呪術師 冥冥と言えば超の付くほどの守銭奴だ。有り得ない。それに俺の記憶が正しければ出会ってから約一年程、これまで俺達の間にはそういった金銭の授受はなかった……と思う。多分。

 とにかく、今度彼女がうちに来たときにちゃんとお金は返そう。

 さ、さて! 気を取り直して、今日も買い出しだ。

 あれからしばらく経ったことだし、そろそろ冥冥さんが我が家に来てもおかしくない。折角だし彼女の肉骨茶(こうぶつ)の材料でも買っておこうか。

 

 

 

 

 

 足取り軽く、エコバッグ片手に外に出る。

 この時代にはまだレジ袋の有料化はされていないものの、マイバッグをスーパーに持っていくとポイントを付けてもらえる。ちょっとだけお得。

 空は晴れ渡っていて、とても気持ちの良い買い出し日和である。

 

 ん? 

 

 あれ、隣の隣の家のおば様じゃん。

 

「あら秋墨ちゃんじゃない、こんにちは!」

 

 はいこんにちは。こんな道端でばったり会うとは奇遇ですね。いつもお世話になってます。

 今日は娘さんもご一緒でお出掛け……にしては様子が少し変だな。どしたの。

 

「あ、いえね、この子、最近、肩が重いみたいで……先生? に診てもらおうかと」

  

 いつも元気なおば様が今日に限って歯切れが悪い。

 隣に連れ添っている大学生の娘さんも本来であればおば様に似た朗らかな性格をしていて、いつも近所の俺にも声を掛けてくれたり、よく構ってくれる良い人だ。しかしそんな明るいお姉さんが今日はどこかやつれた様子で、白い肌に目の隈が目立った。

 

「やめてよお母さん、そんな話されたって困るでしょ? ごめんね、秋墨くん」

「いえいえ。でも、大丈夫ですか?」

 

 見れば解る、大丈夫ではない。それでも彼女は無理矢理笑顔を浮かべて、気丈に振る舞おうとしていた。

 

「大丈夫、大丈夫! お姉さんはそこらの男なんかよりずっと頑丈なんだから――」

 

「本当に、肩が重いだけですか?」

 

「えっ……」

「刺すような視線を常に感じたり、息苦しくて眠れなかったり、……よく、犯される夢を見ていませんか?」

「何で、それを」

 

 年下の俺に言い当てられてしまい、カッと頬を赤らめ、しどろもどろになる彼女。そんな自分の娘を見兼ねてか、おば様が所々(ぼか)しながらも事情を話してくれた。

 最近、娘の体調が悪くなったこと……。

 病院に行って検査はしてもらったが何の異常も見受けられなかったこと……。

 幽霊に取り憑かれているのではと思い至り、これから知り合いの(つて)を頼って霊媒師に会いに行こうとしていること……。

 

「分かりました。もう大丈夫です」

 

 彼女を視る(・・)となるほど確かに気持ちの悪い呪霊に取り憑かれている。呪術廻戦0にもいたなこいつ。皆勤賞か? どこでこんなの拾ってきたのか知らないけど……仕方ない。

 

「ちょっとだけ、動かないでくださいね」

「?」

 

 がま口から取り出した五円玉を幾つか握り込んで、呪力に変換していく。

 指をピストルの形にして、装填完了だ。

 さよなら、俺の五円……。

 

 指先に貯めた呪力弾を射出!

 対象は爆散する。

 

「あれ、なんで……すごい、肩が……良くなってる! あっ、あの、ありがとう!」

「何だかよく分からないけど凄いじゃないの! ありがとうねぇ秋墨ちゃん! ぜひ謝礼を支払わせてちょうだい!」

「いえいえ、ただの民間療法ですから。お役に立てて何よりです」

 

 あれはただ呪力を撃ち出しただけ。上手くやればもっと良い感じに使えるだろう。この能力は未だに底知らずだ。……お金さえあれば、だけど。

 ふっ、とあの茶封筒のことが脳裏を掠めるが、頭を振って忘れる。

 俺には今の節約生活が性に合っているのだ。

 

「また何かあれば頼ってください。ご近所ですし、困ったときはお互い様ですから」

「秋墨くんっ……うん、うん!」

 

 とにかくこれで彼女は大丈夫。俺のなけなしの呪力とお金でも何とかなって良かった。

 

 『今度お礼しに行くからー!』と憑き物が落ちたように元気に手を振るお二人と別れる。

 

 ……それにしても、なんだか最近この辺りが物騒になってきた気がする。今日はお姉さんに取り憑いた呪霊。昨日も一昨日も呪霊を見かけた。そのほとんどが大した事のない雑魚だったので今回のように金銭を消費するまでもなく問題無く踏み潰したが、どうも引っ掛かる。

 首をひねりながら俺は足早にスーパーへ向かい特売品を漁ると、帰路についた。

 

 どこか遠くで烏が一羽、鳴いた気がした。

 

 

 

 

 

 

「あ、冥冥さんいらっしゃ――」

 

「――やあ佐藤君、私に何か隠し事をしてないかな?」

 

 

 

**

 

 

 

「――やあ佐藤君、私に何か隠し事をしていないかな?」

 

「呪力を、使いました……」

 

 あの(カラス)か!

 やられた。

 どうやらスーパーまでの道中のどこかに陣取っていた一匹の烏が昼間の出来事を目撃していたらしく、それが冥冥さんまで伝わってバレたようだ。

 

 俺は呪霊が見えること、呪力をある程度扱えること、その他諸々を彼女にはもう伝えてある。

 勿論俺の術式のことも。

 秘密にしておくという選択肢もなくはなかったがどちらにせよ、遅かれ早かれ彼女にはバレるだろうし、現に式神が頻繁に出入りしているのだから同じこと。別に話したって困る内容ではない。何故なら彼女も呪術師で話がわかるからだ。

 むしろ俺としては先輩呪術師として冥冥さんから色々話を聞きたいし、力の使い方も教えてもらいたかった。

 なのに、彼女に何故か呪力を使ってはいけないと釘を刺され、終いにはこうして烏で監視されてる始末だ。

 なにゆえ……?

 

 そんな疑問を浮かべていたのを読み取ったのか、俺に「何度も言うようだけどね」と彼女が念押ししてくる。

 

「いいかい。私以外に、呪霊が見えることや呪力を扱えることは喋っちゃいけないよ。使うのも見せるのも駄目だ。特に、君の術式に関してはね。誰にもだ。いいね」

「はあ、分かりました」

 

 まあ端からそんな気はないけど。

 冥冥さんにこそ打ち明けたが、こんなことを下手にべらべら話してご近所で変人扱いされるのは困る。折角この地域のおば様方とは普段の交流を通じて良好な関係を築けているんだ。あえて気味悪がられることもあるまいて。

 

「よろしい」

 

 ほっ。許された。

 

「で? 今回はどうして呪力を使ったのかな?」

「あ、ご近所の娘さんが呪霊に取り憑かれて困っていたので、つい」

「ふうん」

 

 正直に話すと彼女はその細い顎に指をあてて、俺に問いかける。

 

「その娘は、可愛いのかい?」

「はい? 何がですか?」

 

 一瞬、何を聞かれているのか分からなかった。お姉さんの容姿がなにか関係あるのだろうか?

 まあ、お姉さんは明るくて、優しくて、綺麗な人だが。

 そう素直に答えるとさらに彼女の圧が増した気がした。

 

「別に? ただ、この私との約束を破るくらい美人な娘なのかと気になってね」

「すみませんでした」

 

 

 

「今日は肉骨茶(バクテー)を作りますね。確か、今日で出会って丁度一年くらいでしょう。だから、記念に」

 

 これは別に彼女のご機嫌取りをしようだとか、そんなことは断じてない。

 そう、ただ、今日は特売でたまたま肉骨茶の材料が手に入ったので最初からそうするつもりだっただけ。

 よーし、腕によりをかけて作っちゃうぞー。

 俺は逃げるように台所に引っ込んで、冷蔵庫を開けて材料を取り出す。

 『肉骨茶』とはマレーシア・シンガポールでよく食べられている薬膳風スープ料理である。

 時々鍋を掻き混ぜてアクを取り、肉がホロホロになるまで最低一時間は煮込んでいけば完成、なのだが。

 

 この間、俺の背後に立つ彼女は、腕を組んでこちらの様子をただ、眺めていた。

 

「……」

 

 その無言の圧力にしばらく耐える。耐える。耐えるも、ついに俺はめげてしまい、彼女の方へ恐る恐る顔を向けた。

 

「あの、冥冥さん……怒ってますか?」

「……全く、そんな目で見つめられたら怒るに怒れないじゃないか……怒ってないよ」

「わっ」

「一年か。もうそんなに経つんだね」

 

 そう言うと微笑んで、俺を後ろから優しく抱きしめる彼女。

 一瞬びっくりして体が跳ねたが、体温が伝わってくるとすぐに落ち着いた。耳元で囁かれるとくすぐったくて仕方がないが、すごく安心する。

 

「今回の件は仕方ないとして。いいかい、――君は狙われる(・・・・)可能性が高いんだからね」

「はい、気をつけます」

 

 それからはいつもの調子に戻った冥冥さんとゆっくり夕飯を食べて、彼女が帰る時間になるまでゆっくり過ごした。好物を食べられた彼女は非常にご満悦そうで、いつもよりこの家に長居してくれた。

 

「さてと、そろそろお暇しようかな。今日もご馳走様」

 

 おっと、そうだそうだ、冥冥さんが帰ってしまう前に預かっていたあのお金を返さないと――

 

 

「あれ、もう行っちゃったか……ん?」

 

 見覚えのある、しかしそれとは違う茶封筒が玄関に置かれていた。

 二つの茶封筒を手に持って、立ち尽くす俺。

 中身は怖くて見ていないが恐らく先日と同じ大金に違いない。

 

 またやられた。

 一体、あの人の金銭感覚はどうなっているんだ……!?

 

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