――私、冥冥は歌姫を伴って心霊スポットとして地元の中高生や県外から来た人々が相次いで行方不明になっているという、かなり曰く付きの洋館に任務でやって来ていた。呪霊の姿は視認こそできないが、怪奇現象の原因は明白、結界術。館に人間を囲い込み、己の糧とし続けているのだろう。さて、それが分かれば、あとはこの張り巡らされた結界をどうするか、だが……歌姫と顔を見合わせる。決まりだ。
「――もし成功したら、昇級お願いします」
「貯金、いくらある?」
「はい?」
「まあいいや、考えておくよ」
「じゃあ……よーい」
ドン!の合図で勢い良く左右逆方向に走り始める。
その瞬間、結界術で覆われていた薄暗い洋館はぐにゃりと歪み、すぐさま崩壊に変わった。侵入者を閉じ込める結界術と無敵とも思えるその構造も、弱点さえ見つけてしまえばこんなにも脆い。結局のところ結界の規模にも限界はある。そして、その限界を突いてやれば容易く――足場はガラガラと音を立てて見る見る間に崩れていく。
そういえば、足場が崩れた後のことを歌姫は考えていたのだろうか? まあ何とかなるだろうけどね。……ずっと後ろから、彼女の悲鳴が聞こえた気がしたが知らないフリをして、華麗に着地してみせた。
現場には巨大なクレーターができていて、崩落した洋館は見る影もなく。
瓦礫の下から息も絶え絶えに這い出てきた歌姫を、待ってましたと言わんばかり、あの三人組が賑やかに出迎えていた。
「助けに来たよー、歌姫っ。泣いてるぅ?」
「ッ五条ォ! 私は助けなんていら――」
「――飲み込むなよ、後で取り込む。悟、弱い者いじめは良くないよ?」
「ぐぬぬぬ」
二人にいじられ、鬼のような形相で唸る歌姫。無事なようだね。
……あと、君のほうがナチュラルに煽っているよ、夏油君。
「歌姫先パーイ、無事ですかー?」
「硝子ぉ!」
「心配したんですよぉ、二日も連絡なかったから」
「硝子ぉぉぉ!」
さて、呪霊を片付けるのは夏油君がやってくれた。歌姫のフォローは硝子が。
これで一件落着、と言いたいところだけど。
話を聞くに二日経っていたらしい。ということは、実働二日というわけだ。その分のギャランティーは上乗せしてもらわないといけないね。
「それはそうと君たち――
そう言うやいなやわちゃわちゃと責任を押し付け合って騒ぐ三人組を放っておいて、赤い携帯を取り出す。手早く文面を打ってメールを送信し、パタンと閉じた。
「それじゃ私はお先にお
「え、どこに行くんですか?」
「
――決まっている、彼の所さ。
――……彼と出会ったのは、去年のまだ肌寒い立春の時期だった。
私は高額な報酬に釣られていつものように依頼を受けていた。
呪霊は一匹、一級相当。呪術師の階級は同階級の呪霊を安定して祓えるかを基準に決められるため、一級呪術師である私にとっては難なく祓える相手のはずだった。
しかし嫌な予感がした私は烏で現場を偵察してみれば案の定、前情報と違い一級相当の呪霊が複数体。それぞれが厄介な性質を持った呪霊であり、引き寄せられた低級呪霊も相まって多勢に無勢、さらに彼等に捕まってしまった一般人を救出することも考えると全く話が変わってくる。
それでも独力で呪霊は全て祓い、被害者はゼロ。まあ、私だからね。
私は任務完了の報告を入れながら一時的に路地に転がり込み、回復を待っていた。
大きな怪我こそ無くとも、流石に消耗は隠せない。
そんな折だ、一人の男の子が不安そうな表情で駆け寄ってきた。
黒髪、黒目の純日本人。風で捲れた前髪の下には優しげな顔つきが隠れていて、どこか某夏油君を思わせる影のあるそれ。中性的でともすれば女性にも見える体貌の彼は陶磁器のように白い肌をしていて、髪とのコントラストがはっとするほど鮮やかだった。
『君、中学生ぐらいだろう? 学校は?』
『そんなことより血が!』
『ああ、これか。なに、何てことないよ。しばらくじっとしていれば――』
『駄目ですよ! ……ッ、失礼しますね』
おや珍しい。
この子、やけに呪力が多いぞ。
なんて
一人暮らしか。それで女を連れ込むなんて、最近の中学生は進んでいるね。
そう軽口を叩こうとするが、彼は有無を言わさず手当てし、私は包帯でグルグル巻きにされる。
安静に、と暖かい布団に寝かされる。
胃に優しいからと滋味深いスープをご馳走になる。
……。とても美味しかった。ずっと日常から離れていたせいか、この温かな平穏が現実離れした何かに感じた。
彼はその後も何かと世話を焼いてくれた。正直に言って手放してしまうのが惜しいほど私にとって心地良い空間だった。が、いつまでもここに居てはいけない。既に私の携帯には引っ切り無しに補助監督からの着信が入っている。
私は礼を言って立ち上がり、彼の前から去ろうとした。
去ろうとしたんだ。
だけど彼が一瞬物凄く寂しそうな表情をして、すぐになんてことなさそうな顔に切り替えて私の帰り支度を整えてくれる姿を見てしまった。
……どうも自分はこういう健気な男に弱いらしい。
その日からだ、時たま彼の元を訪れて、食事を共にするようになったのは。
彼の――観察を兼ねて、ね。
傍から見ても
何故一般人よりも呪力が不自然に多いのか。
何故あの時弱っていた私と狙いすましたかのように出会ったのか。何故、私を助けたのか。
疑問はいくらでも浮かぶ。
私は烏を飛ばして自宅周辺を監視させ、何かあればすぐに動けるようにしておいた。
まあ、とは言え彼がどこまでも無害な人間だということは分かっていたんだ。
案の定、烏越しに見る普段の彼は中学校に最低限出席だけして、特売日を狙ってスーパーに通い詰め、時には近所の知り合いを助け……。
いや、まさか本当にただ偶然私と出会っただけとは思わなかったけどね。
そしてこの頃の私は監視という名目で自然と彼の元を訪ねるようになっていた。
今にして思えばその時点で私は、……かなり
彼の術式が判明した時も、そう思い知らされた。
以前までの私であれば、手を叩いて喜んだはずだ。
何故なら、彼の術式は――『金霊操術』。
"金銭等、価値の高いモノを呪力に変える能力"だ。
その能力が稀有であることもそうだが、反転術式を使いこなせるように仕込んでもしうまくいけば、文字通り"金の成る木"になる。
しかし。
私はすっかり彼と彼の家が気に入っていた。
悍ましい呪いとも愚かしい権力闘争ともかけ離れた、穏やかな時間の流れるあの家が。
疲れた体を引き摺って訪れれば、彼は決まって温かく迎え入れてくれる。温かい料理を用意してくれる。
私がこんなことを考えるなんてと自分を笑ってしまうが、あの場所では決して金では換えられない一時を味わえる。
だから――そんな彼を脅かす存在は、決して許されない。
「……帰ってくれないかな?」
任務完了後、歌姫たちと別れて彼の家に向かう道中。
「それはできかねます」
彼の自宅からほど近く、閑静な住宅街の路上で、私はある補助監督の男と向き合っていた。
こちらが帰還を促すも首を横に振る補助監督に、内心で舌打ちした。
恐らく、
一体何が目的で?
……十中八九、彼だろうね。
殆ど一般人と変わらない彼の情報が、何処から漏れた?
「彼の様子を見てこい、という
「誰の指示で?」
「警戒せずとも、彼に何かする気はありませんよ……分かりました、帰ります。今日のところは、ですが」
男は拍子抜けなくらい素直に帰った。
一体何だったんだ? あまり緊急性は高くなさそうだが。
様子を見てこい、か。どうも何か裏がありそうだ。手当たり次第に調べてみれば何か分かるかもしれないが。
「
彼の家の玄関前に着いた。嫌な感情は振り払い、切り替える。
折角お邪魔するんだし、彼に無用な心配をさせるわけにいかないからね。
「やあ、佐藤君」
「あ! 冥冥さんいらっしゃい」
ああ、癒やされる。
全くそんな嬉しそうに迎え入れられるとこっちも来る甲斐があるよ。
しかしそろそろ親しみを込めて"冥さん"と呼んでくれてもいい頃だと思うんだけどね、佐藤君。
帰り際、茶封筒を置いていく。
いつも断られているが、彼にはとにかく金銭が必要だろう。それこそ今は、特に。受け取ってもらえないのなら、無理矢理にでも押し付けてしまうしかない。
彼の術式にとって、金は力だ。
彼には呪術を使ってほしくない。しかし万が一に備えて力は蓄えていて欲しい。難しいところだね。
「いいかい。何度も言うようだけど、力を使っちゃいけないよ」
「分かりましたって」
「それなら良い。じゃあ、今日の分はここに置いておくから」
「あっ、また! そんな大金困りま――」
「またね」
私の羽休めにこの家は必要だ。
であれば。投資しよう、君に。
安心してほしい、これでも私は投資上手なんだよ。