呪術師に貢がれてます   作:すがーら

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第6話 貢がれた力

 

 バッと遠退いて、構えつつ呪霊を両の目でしっかりと捕捉する。

 落ち着け。目を逸らすな。

 

 呪霊には落ち武者のような頭部、長い舌をべろりと出したままの骸骨が斑点模様の付いた蛇のようにとぐろを巻いた胴体から生えていた。そこから発せられる不快なうめき声と臭気とが相まって、得体の知れない気色の悪さがより際立っている。

 初めて対峙する怪物……だが、見覚えはあった。

 

 こいつ、交流会に出てきたあの人頭爬虫呪霊……!?

 ――記憶違いでなければ、等級は準一級相当。時代こそズレているが、京都姉妹校交流会にて宿儺の器である虎杖悠仁を暗殺するために投じられた呪霊なわけで、つまりそれだけの力を携えているということになる。

 そんなヤツが何故、こんな住宅街に!

 何がどうなって……

 

「……!? 消えっ……!」

 

 速い!!

 俺は決して目は離していなかったはず。なのに消えた――かと思いきや、気付けば目の前に風を切ってしなる尻尾が迫っていた。咄嗟に腕を交差しガードしたが、ミシリと体が軋む音。一撃が半端なく重い。そこら辺の雑魚とはまるで比べ物にならない、これが本物の呪霊……!

 

「ッッ!」

 

 俺はそのまま吹っ飛ばされてまるで鞠のようにバウンドしながら、帳にぶつかって止まる。

 痛い。四肢がもげそうなくらい痛む。流れる血が生暖かく、気持ち悪い。

 

「いっっってぇ……! やったな……っ!」

 

 体を抑えながら立ち上がる。頭がガンガンして今にも倒れそうだが、ここで止まっていたら、死ぬ。

 一先ずヤツと距離を取るため、急いで駆け出した。とにかくもう攻撃を受けたくない。

 もっと言えば、こんな住宅街ではできれば戦いたくない。罪の無い一般人や家屋が巻き込まれてしまうかもしれないからだ。……俺も罪なくない? だが帳が降りているせいでどうしようもできない。あの帳は第三者の仕業だろう、少なくとも準一級の呪霊と言えどあいつにそこまでの知能も、こんな回りくどいことをする理由もないのだから。

 

 では誰が、何のために?

 

「危ねっ! くそッ!」

 

 分からない、だがやるしかない。俺だけなんだ、今こいつを祓えるのは。

 

 ヤツの薙ぎ払い攻撃をすんでのところで転がって躱す。巻き込まれた電柱や家々の塀がまるで発泡スチロールのように簡単に崩壊していく。

 起き上がった俺はポケットに手を突っ込んで財布を引っ張り出した。デートのためにいつもよりお金を入れてきたことが不幸中の幸いだった。

 

「金霊操術――!」

 

 俺は冥さんとの約束を破って五百円玉を数枚溶かす。術式により呪力に換えた瞬間、活力が漲り、体中に呪力が回った。

 すかさず指を銃の形にして固定し、指先に呪力を集中させる。

 くらえッ!

 そのまま一気に呪力を放出した。攻撃の反動で俺は後ろに情けなくすっ転ぶが、放たれた青い光線はヤツを飲み込み、破裂音、衝撃波と共に周囲が煙に包まれる。これが呪霊に効くことは証明済み。

 手応えはあった! どうだ……

 

「……効いていない、のか!?」

 

 ヤツに当たった箇所は黒く染まり、シュウゥゥゥ……と煙が立ち上ってこそいるが、致命傷どころか傷一つ付けていない。

 

「ッ、来い! 式神たち!」

 

 ゆらゆらと浮遊する簡易式神を飛ばし、敵から俺を遠ざけるように攻撃を誘って身代わりになってもらう。すまない、お前たち。

 俺はその間に再度硬貨を数枚握りしめて呪力に変換し、光線を飛ばした。

 だが、ヤツにはまるで効いている様子がない。いや、それどころか藪蛇だったようで、明らかに激昂した人頭爬虫呪霊の動きはより激しく、より気色の悪いものに変わり――

 

 ――鋭い尾の一線が俺の頭部を殴り付けた。

 これまではただ俺を甚振っていただけだったらしい、だが今度は確実に、殺しにきている。

 

「うぅっ……! くっ……!」

 

 また吹っ飛ばされた俺は、激痛に耐えながら何とかフラフラと立ち上がって逃げようとするも、逃げ場がなくなっていた。

 不味い。先程は辛うじて残りの呪力を纏めて致命傷だけは免れたが、これ以上はもう。

 

『グオオオオオオォオォォォッッ!!』

 

 蛇のような体をくねらせながら凄まじい速度で迫りくる呪霊の咆哮が響く。勝利宣言、か。下らない鬼ごっこを終わらせ目の前の生け贄を遂に味わおうという、俺にとっての死の宣告。

 

 俺は諦めて(・・・)、もう一度財布を開いた。

 ああもう最悪だよ……本来なら今日、このお金は俺が冥さんに貢ぐはずだったお金なのに……!

 

「くそッ、くそッ、くそッ! いくぞ、俺のなけなしの一万ッ!!」

 

 何でお前なんかに使わなきゃいけないんだよッ!?

 

 ――死ね!!

 

 至近距離まで誘き寄せて、ヤツが口を開いた瞬間、指先から呪力を撃ち込む。

 先程の攻撃が通らなかったのは、掛けた金額と、恐らくそれ以上に俺が呪力をただ放出させていたせいだ。俺に呪術の心得がない為に、指向性を持たないただの呪力はあちらこちらへと拡散し、標的へ当たるまでの間に減衰して威力が失われていた。

 であれば、零距離で当てれば良い。

 

『グオォォォォッ!?』

 

 ヤツの開いた口の中に()ち込んだ呪力が、拡散し、体内で弾ける。

 

「やったか!?」

 

 つんざくような悲鳴。

 閃光が晴れて、もうもうと煙が立つ。

 やった。

 俺は脱力してその場に座り込もうとした。

 

「……う、嘘だろ……?」

 

 煙が晴れて、ヤツの体が見えた。 

 確実にダメージは負っている、が、生きている。

 俺の攻撃は確実に口内から胴体までを吹っ飛ばしたのだがしかし、どうやったか分からないがヤツはダメージを一部に纏めて、そこをとかげの尻尾切りのように切り離して難を逃れられたらしい。

 何でもありかよ、呪霊ってやつは!!

 

 勝てない。さっきのでもう金もない。

 今の俺では、到底敵わない。

 

「……っ!」

 

 相手に背を向けて這々の体で逃げ出す。

 が、駄目だ、移動速度ではあちらの方に分がある。

 距離を詰められまいと俺も簡易式神を展開するも、ことごとく一撃で屠られ足止めにすらならなかった。

 俺はたまらず近くの住宅の中に転がり込んだ。

 狭い屋内ならあの巨体では入ってこれないかもしれない、そうであれという希望的観測。しかしそれは、すぐに打ち砕かれてしまう。

 部屋の奥まで辿り着いて、足を止める。

 玄関扉が破壊された音が聞こえてきて振り返ると、ヤツはその巨体を器用にくねらせ家の中に入ってきて、俺がいる部屋に一目散に迫ってくる。

 

「……」

 

 そして両者は再び対面する。

 屋内で、逃げ場もなく、此方は息も絶え絶え。

 万事休す。

 あちらもそれを理解したのか、頭部の骸骨が最後にニヤァ……と笑ったような気がした。

 

『グオオオオォォォッッッッ!!』

 

 ああ――

 

 ――助かった(・・・・)。この帳が、我が家(ここ)まで包んでいてくれて。

 俺の手には、卓袱台の上に今の今まで放置されていたあの茶封筒。中には彼女に貢がれた大金が入っている。

 

「本当にごめんなさい、冥さん」

 

 

 

「使います」

 

 

 

**

 

 

 

 ――京都・加茂家本所。

 

「でかしたぞ!!」

 

 本家の屋敷の中、黒服の男からの報告を受け、加茂家一同は歓喜の声を上げた。

 

「術式持ちだと!? しかも、あの(・・)!?」

「『金霊操術』――恐らく術式の詳しい記録が蔵に残っていたはず。おい、誰ぞ取ってこい!!」

「……呪術に明るい者であれば誰しもが知っている、が、その実物を見た者は数える程しかいないというあの(・・)

「我々が勝ち取ったのだ!! 御三家の中で我々だけが出遅れていた、しかしこれで!!」

「その上、準一級呪霊を祓うとは。素人の割に式神まで使えるそうじゃないか」

「惜しむらくは非相伝。そやけどまあ"準"相伝なら似たようなもんや、悪うはあらへん」

「あの補助監督はどうする」

「どうなろうと我等に関係ないだろう!? それよりも佐藤秋墨だ!!」

 

 皆、興奮冷めやらぬ、といった具合である。

 

「現代に蘇った秘術、か」

 

 長老である翁はぽつりと独り言ちてから手を打ち鳴らし命を飛ばした。

 

 

 

「本家に呼べ。加茂家(われら)総出で彼奴を囲い込む。必ず丁重に、どんな手を使ってでもだ」

 

 

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