呪術師に貢がれてます   作:すがーら

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第7話 夜の帳に貢ぐ

 

 任務を即終わらせた冥冥は、補助監督に告げて現場へ車を向かわせていた。夕暮れが照らす町並みの中を黒塗りのセダンが煙を巻き上げながら滑るように走る。

 

「なるべく急いでくれ。頼むよ……!」

 

 (カラス)からの知らせによれば、今、現在進行形で彼が良くないことに巻き込まれているという。冥冥は逸る気持ちを抑え、一呼吸置き、集中して視界を共有すると――その先には俄には信じ難い光景が広がっていた。彼の住宅付近を囲うように墨色の帳が下りている。さらに彼に襲いかかる呪霊、それも推定準一級以上。

 グッと下唇を噛む。

 いつかこうなる可能性は考えていた。人の世に(あら)ざる能力を持ってしまえば、人に非ざる存在とひかれ合うのは自明の理。ただ、あまりにもタイミングが悪い。

 呪霊の自然発生、もしくは何者かによる仕業。帳が降りている以上、後者の方が可能性として断然高かった。状況証拠だけでは判断しかねるが、とにかく不味い状況だ。早く救援に行かなければ最悪の事態になる。

 到着するあと少しの間、無事でいて欲しい。何とか逃げ回ってくれれば――

 

「――」

 

 己の目を疑った。なんと彼は逃げることなく、準一級以上の呪霊と対峙し、あまつさえ戦闘を繰り広げている。

 

「秋墨君、待っていてくれ。今行くから……」

 

 彼、佐藤秋墨はあくまで一般人だ。体術も碌に鍛えられていない状態で呪霊の攻撃をいなすことなど不可能に等しい。案の定、彼は劣勢で、血を流してふらふらになりながら、それでも何とかしようともがく姿はあまりに痛ましく。

 それでも彼は最後の最後まで諦めず、あろうことか――呪霊を倒しきってしまった。

 

 冥冥は目を白黒させながら烏との視界共有を一旦解き、呆気に取られたまま革張りのシートに埋もれる。

 

「やった、のか……」

 

 体から徐々に緊張と強張りとが抜けていく。知らず知らずのうちに体に力が入っていたらしい。

 これは決して、侮っていたということではない。術式に必要な纏まった資金は確かに譲渡していた。されどなお、余り有る程無謀な賭け……それに彼は勝ってみせたのだ。信じられない戦果を上げた。

 さりとてあの術式の威力を発揮させた金銭感覚は、日頃の彼の努力で培われたものに違いない。紛れもなく彼自身の力だった。

 逸材。少し磨けば己と同じ一級呪術師まで簡単に昇級してしまうだろう、と冥冥をして確信させるほどに。

 

 再び体に力を入れ直し、遠目に見えてきた帳を見据えて自らのすべきことを再び確認する。

 今直ぐ彼の元に駆け寄って褒めてやりたい気持ちは山々だが、山々なのだが。帳をすぐさま何とかしなければ、手当てはおろか彼に近付くことすらできない。

 あの帳は恐らく、呪術師を内からも外からも通さない結界でできている。彼が逃げ出せずに戦わざるを得なかったのもそれが原因だろう。

 となれば近くに術者、もしくは嘱託式の帳の基があるはず。

 

 現場付近に到着すると車から素早く降りて、顔を上げ、夕焼けを拒絶する夜色の結界を睨む。

 やはり、住宅街には帳が下りている。そしてその帳の外側にとある人影を見付けた。こちらもやはりと言うべきか、件の補助監督を装った黒スーツの男の姿である。

 男は帳の外から何やら監視カメラ越しに中の様子を逐一監視しているのか、それを電話口に興奮気味に報告していた。

 十中八九、この帳を下ろした犯人……いや、正確に言えば嘱託式の「帳」を設置した犯人か。

 距離を詰めると電話に夢中だった男も気付いたようで驚いた様子で飛び退るが、肩を掴んで動きを止める。

 

「"基"の場所を教えるんだ。今すぐに」

 

 首筋に斧の冷たい切っ先を当てて脅すと、男はいとも容易く白状した。

 まず嘱託式の帳の"基"の位置。それから聞いていないにも関わらず、自分はただ命令されただけに過ぎないこと、あの呪術界御三家の一つである『加茂家』からの(めい)で彼を見張っていたこと、同じく命により呪霊をけしかけたこと、――彼が加茂家の婚外子だということを口走る。

 告げられた内容は少なからず冥冥に衝撃を与えた、が、頭を振るって切り替える。今はそれどころではない。

 

 手早く男を昏倒させた後、急ぎ基を叩き壊すと帳が立ち消えていく。黒い靄が晴れ、視界が開け、彼女の目には崩れかけた彼のアパートと瓦礫の中で立ちつくす彼の姿が映った。

 

「秋墨君!!」

「あ、冥さん……」

 

 駆け寄ってくる己を見るなり、彼は真っ青な顔を緩めてにへらと笑い、そのまま崩れ落ちるように体のバランスを失って倒れる。冥冥は慌てて抱き寄せるようにして彼の体を支えると、すぐさま首に手を当て脈を取った。

 

「全く、心配をさせてくれる……」

 

 ほっと安堵のため息をつく。

 問題無い、脈はしっかりある。体も傷だらけでボロボロだが、命に別状はない。痛みと疲労で意識を手放しただけのようだ。

 

 

 しかし――

 

 命を失う事なく呪霊を祓えたのは幸運だった。だが、今回の件でもう一つ問題が生じることになる。

 

 ――これで彼は舞台に上がってしまったわけだ。

 

 あの話が真実なら、彼は婚外子とは言えあの加茂家の血縁者になる。今回の一件で彼の能力が明るみになり、使える(・・・)ということも証明された。その報告は既にあの男から加茂家に伝わっていることだろう。

 彼をこのまま放っておいてくれればいいが……。それが難しいことは呪術界に身を置く冥冥にとって骨身に染みて理解している。

 皮肉にも、血を尊ぶ加茂家の血筋は脆い。現当主の正室が相伝の術式を持った子を産めずに、庶子を嫡男と偽って迎え入れたという噂が立つくらいだ。血筋の脆さは彼ら自身がよく分かっているはず。

 それでなくとも御三家の中で加茂家は政治力で秀でている代わりに、戦闘力に関して物足りない印象がどうしても拭い切れない。戦闘要員は常に喉から手が出るほど欲しいだろう。

 つまり、彼を取り込もうとするのはほぼ確実と言っていい。

 

「……全く、ままならないものだね」

 

 胸の中で、安心しきったように眠りこける彼の頭を撫で、呆れたように微笑む。

 

 ――それでも。

 君は私が護るよ。

 

 

 

 

 

 窓の外はいつの間にか夜の帳が下りていた。僅かな振動を伝える車内で、回収した彼の体を消毒しながら冥冥はグルグルと包帯を丁寧に巻いていく。

 偽補助監督の男は昏倒したまま捕縛され助手席に無造作に置かれ、真の補助監督の監視を受けている。

 

「これでよし。止血剤も打った。あとは反転術式に、つまり硝子に頼るしかないか……」

 

 ――……出会った時と逆だな。ほぼ全身に包帯が巻かれた彼の痛ましい体を見て、冥冥は無力感と安堵感とが()()ぜになった複雑な感情を吐き出すように呟く。

 遥か昔のように感じるたった一年前の出来事に思いを馳せながら、数少ない無傷の部分をさわさわ触っていると、くすぐったかったのか、ううん……とくぐもった声を上げて彼が薄目を開けた。

 

「目は覚めたかい?」

「あ、はい……ここは……?」

「安心していい。車の中だよ」

「ああ……って、えっ? 俺、膝枕されてる?」

「急に動かないでくれ、君の体に響く」

「いてててて」

 

 痛みで顔を顰める彼の上体を支えながら冥冥はゆっくりと起き上がらせ、痛み止めと水を飲ませてからまた体を元の体勢に――つまり膝枕の状態に戻し――キープする。

 

「これからホテルに行って、反転術式で治療してもらう。術者は私の知り合いだから心配いらないよ」

「ホテル……あの家は」

「残念ながら、少なくとも生活は無理かな」

 

 それを聞いてさっと悲痛そうな表情を浮かべる彼。

 

「他の入居者は? 街の人たちも巻き込まれたりは」

「大丈夫、怪我人は君だけさ。損壊もあの一室だけ。被害は最小限と言っていい。良くやったね、秋墨君」

「それなら良かった……もしご近所さんを巻き込んでしまっていたら顔向けできないですから」

 

 "後始末"は補助監督に役所に届け出さえさせればカバーストーリーで補完された上、建物の損壊等に関して政府から資金を引き出せるのだから、もとより彼が気に病む必要は無い。何より彼は本来、巻き込まれた一般人側なのだ。その身を犠牲にして呪霊を祓った挙句、被害を最小限に抑え、死者ゼロ。非難される謂れなど一切ないだろうに。

 

 ……本当に良い子だ、秋墨君は。

 膝に感じる丁度いい重みと温もりを感じながら、彼の頬を優しく撫でる。

 

「もう二度と、無茶はしないでくれ」

「はい。約束します」

「その言葉を信用したいが、君はよく私との約束を破るからね」

「耳が痛い……」

 

 気まずそうに顔を逸らす彼の様子に、冥冥はクスクス笑った。

 

 

「あっそうだ、以前に冥さんが置いていったお金なんですけど」

「ああ、あれ。確か全部で150万だったかな」

 

 そういえば、と慌てたように彼が口を開く。

 なんの気無しに出てきたその金額を聞いて、運転中の女性補助監督がギョッ!という効果音が聞こえてきそうなくらい見開いた目でミラー越しに冥冥たちを見た。

 まるで『よもや一級呪術師・冥冥ともあろう女が年下の少年に入れ込んで、しかも貢いでいるのか?』 とでも言いたげな顔である。

 

 失礼な。たった150万円で彼の命が守れて、ついでに準一級相当の呪霊が祓えたのならお釣りがくるだろうに。

 とは言え、訝しがられてもおかしくはないか。さて、彼自身のカバーストーリーはどうしよう……。

 

 そう考え一瞬黙り込んだ己の顔を、彼があまりに心配そうに見つめるので、冥冥はまた吹き出しそうになるのを努めて堪えて返事をした。

 

「で、それがなにかな?」

「冥さん、すみません。実は……」

 

 彼はそう言ってよろよろ起き上がると、ゴソゴソとリュックから見覚えのある茶色の封筒を取り出した。

 

「あの封筒のお金、一部使わせていただきました。これは残りで……お金は後で、必ずお返しします」

「……?」

 

 ――"残り"?

 おい、おいおい、嘘だろう?

 

 彼が申し訳なさげに頭を下げ、突き出した厚みのある茶封筒を受け取って手早く中を確認すると、そこには札束――100万円程が残っていた。

 

「冥さん?」

 

 まさか、50万程度しか使っていないのか?

 素人が準一級相当の呪霊を相手に?

 

「ハ、はははは……」

 

 彼と彼の金銭感覚を少しばかり見誤っていたかもしれない。

 間違いない。この子は今後、とんでもない術師になる。

 

「ああいや、このお金は今後の為に持っておくといい。今回の件で分かっただろう? 君には"私の"お金が必要なんだ」

「いや、でも、申し訳ないですよ」

「……私のお金は嫌かい?」

「今回だって助けられましたし、そんなことはないんですけど……冥さん、お金好きでしょう」

「うん」

 

 冥冥は素直に頷いて、言った。

 

 

 

「本当に気にしなくていいんだ。私はどうせこの後、加茂家から大金を頂戴するんだから」

 

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