呪術師に貢がれてます   作:すがーら

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第8話 貢がれてホテルに行くのは如何なものか

 

 翌朝。ホテルに運ばれた俺は、未だに部屋のベッドに寝かされていた。昨日の日暮れ時から今の今までずっと眠っていたので目ははっきりしているのだが、冥さんが安静にしろと言って聞かないので仕方なくだ。

 室内は空調がよく効いていて、体の傷と痛みさえなければ最高に快適な環境と言ってよかった。

 キングサイズのベッド、肌触りの良い清潔なリネン、清浄された淀みのない空気。絨毯やシャンデリア等の調度品は見たこともない程華美で、それでいて鼻に付いたりしない、落ち着いた"上等"な部屋だった。

 もしかしてここはかなり格式高いホテルなのではないだろうか。

 

「気に入ったかな?」

「はい、勿論! でも、なにもこんなお高そうな所じゃなくて良かったのに」

「折角経費で落とせるんだ。気にしないでいいよ、秋墨君」

 

 彼女は俺の頭を一撫ですると、備え付けのドリンクメーカーをポチポチ操作してお茶をカップへ注いだ。

 

「飲むかい?」

 

 丁度喉が乾いていたところだ。体を起こしてもらい、サイドテーブルに置かれた温かい緑茶を礼を言って受け取って口を付ける。

 

「ルームサービスを呼んである。こっちも好きに食べていいよ」

 

 そう言って彼女が大テーブルの上に置かれた銀の蓋*1をパカッと持ち上げると、豪勢な食事が用意されていた。それを食べやすいように小皿に少しずつ分けてくれるので、試しに一つ口に放り込んでみる。うん、これは……俺の乏しい語彙でどう表現したらいいか、ただとにかく美味い。

 

「テレビを点けてあげよう」

 

 冥さんがサッとリモコンを手に取ると、此方が言わずとも我が家でいつも見ている朝の情報番組に変えてくれた。

 至れり尽くせりである。

 

「もう、もういいです。何ていうか、お腹いっぱい」

「普段は君がしてくれることじゃないか。たまには私にも世話を焼かせてくれよ」

「流石にここまでじゃないですよ!」

 

 俺はあくまで常識の範囲内のおもてなしに留めている、そう抗議すると、冥さんはやれやれと頭を振って言った。

 

「もうすぐ君を治してくれる呪術師が来る。これから私は一旦ホテルを出るけど、帰ってくるまで大人しく良い子にしているんだよ、いいね?」

「分かりましたって」

 

 こんな包帯でグルグル巻きにされたミイラみたいな格好じゃ寝転がっていること以外何もできない。心配する必要なんてないだろうに。

 と思ったが飲み込んで、これは彼女なりの心配・思いやりなのだと納得して頷いた。

 

「ふぅ……」

 

 冥さんは今日も任務があるとのことで身支度を整え始めた。それを横目に、俺は体の力を完全に抜いてテレビに映る他愛のない番組を流し見しながら、ぼーっと昨日のことを思い出していた。

 

 準一級呪霊、人頭爬虫呪霊。奴相手に助かって良かった。

 でもどうして、原作において交流会に出てくるあの呪霊に俺は襲われたんだ?

 しかも何故住宅街なんかに?

 もしや、知らず知らずのうちに原作に介入してしまっていた?

 ……それは今更か。

 とすると今後、俺はどうすればいい?

 とにかく、力がいる。

 あの時は運良く準一級呪霊を祓うことができた。だが、次はどうなるか分からない。呪霊は人間の負の感情から生まれ出る。つまりそれは半無限で、反対にお金は有限だ。いつか追い込まれる時がくる。今のままでは厳しい。少なくとも、新しい力の使い方を覚えないといけない。これまでの攻撃方法……あれでは金銭の消費が激しすぎる。確かに一発の威力は大きいが、その分攻撃を外した時のデメリットもあまりに大きい。

 呪術についても学びたい。そうすればきっともっとうまくやれる。

 

 あとお金もいるな……。

 ああそういや冥さんもなんか意味深なことを言っていたっけ……。"加茂家から大金を頂く"だっけ? なにゆえ?

 俺も彼女にお金を返さなきゃいけない。だがしかし五十万円もの大金、ただの高校生がどうやって稼げば良いだろう。小銭を式神に集めさせているだけでは到底足りっこない。

 うーん。

 

 俺があーでもないこーでもないと色々頭を悩ませていると、コンコン、と玄関からノック音が聞こえた。

 

「やあ」

「こないだ振りです、冥さん」

 

 そう言って部屋に入ってきたのは茶髪の女性だった。

 ミディアムヘアでボブ、可愛らしい顔に似合わないダウナーなテンション。どこか見覚えのある体のラインに沿った紺色の制服を身に纏っている。

 

 ――家入硝子。

 呪術廻戦(げんさく)の人だ。

 

 

 

 

「じゃあ硝子、後は任せていいかな」

「へ~い。大船に乗ったつもりで任せて下さいよ」

「頼んだよ。それじゃ秋墨君、行ってくるね」

「行ってらっしゃい、冥さん」

 

「よし、行ったな」

 

 任務に赴いた冥さんを二人で見送った後、彼女――家入硝子が突としてドスン! と窓際の椅子に乱暴に腰を下ろして言った。

 

「――で?」

「へっ?」

 

 その豹変振りに狼狽えていると、チッ!と舌打ちしながら彼女は足を組み、まるで尋問するように淡々と言葉を発していく。

 

「冥さんとアンタはどんな関係なの? こんな超高級(ラグジュアリー)ホテル、普段の冥さんなら他人に()てがうはずないんだけど? この食事だって――〜〜」

 

 その言葉には確実に棘があった。驚いて彼女の顔を見上げるが、軽蔑したような冷たい目で此方を見下していて、俺は困惑することしかできなかった。

 

「ん? あれ、君って、男の……子?」

 

 すると、んん〜?と頭に手を当てて、唸りだす家入硝子。

 途端に弛緩した空気が流れ出したのを感じ、俺は肩を撫で下ろした。

 

「ちょっと待って(タイム)! 煙草、吸ってきていい?」

「……どうぞ」

 

 ポケットから煙草の箱を取り出して咥え、彼女はベランダへ繋がる窓を豪快に開け放って外に出ていった。

 ホテルの外は日本庭園となっており、借景の手法によって部屋の中からでもその美しい水の流れや木々の深緑、烏のさえずり、生命の息吹を感じられるようになっている。

 新鮮な空気、そこに立ち上るマイルドセブンの香り。混ざり合ったタールとニコチンの中にほのかな甘みがあって、あとはただ苦いだけの煙の匂いが鼻の先をツンと突いた。

 

『眺めサイコー!』

 

 何だか自由奔放な人だな。呆れたまましばらく待っていると彼女が満足した様子で戻ってきたので、俺は体を起こし言い訳をするように説明をして誤解を解こうとした、が、何故だかそれをビシッ! と手で制される。

 

「皆まで言うな、少年」

 

 本当にこの人のことが分からない。情緒はどうなっているんだ。

 困惑しながら俺が首を傾げていると、彼女はケロッとした顔で両手を上げ、所謂降参のジェスチャーをしてみせた。

 

「や~、ごめんごめん。てっきり最初に話聞いた時さあ、冥さんはどんなダメ男に捕まったかと思って」

「ダメ男……」

「しかもあの(・・)冥さんが貢いでるって聞いたもんだからさぁ。それがこんな年下の男の子で、まともそうな人種だったとは思わないじゃん?」

「貢がれてる……ダメ男……」

「悪かったって〜ごめんごめん」

 

 なるほどそういう……でもまぁ、さっきの家入さんの態度の方が普通だよなぁ……一般的には俺は女性に金を貢がせているダメ人間なんだから……う"っ。

 彼女が急に親しげな調子で話し掛けてくるものだから、よりその言葉が胸に突き刺さった。

 ダメージを受けている俺をよそに、彼女は「なるほど、なるほど」と呟きながら興味深そうに此方へ近付いてくる。

 

「冥さんの男の趣味ってこんな感じなんだ……ふ〜ん」

「近い、んですけど」

「かわいい顔してんじゃん」

 

 ズイッと顔を近付けてくる彼女。整ったあどけない顔、二重の垂れ目、その下の泣きぼくろ。至近距離で見ると中々破壊力があった。

 

「緊張すんなって」

 

 煙草の匂いと、バニラのような甘い香りが漂って。

 

「体の力を抜いて、そう……私に全部任せればいい」

 

 ギシリ、とベッドのスプリングがきしんだ。

 体を抑えられ、少しの身動きも取れなくされる。

 

 ……っ!!

 

「『反転術式』――じゃあ早いとこ治していくね……何緊張してんの?」

「あ、いえ何でもないです」

「? 変なの。よいせっと」

「う……お、おお……すごい、本当に治っていく。これ、どうやってるんですか?」

「これ? ひゅーっとやってひょいだよ、ひゅーひょい」

「ひゅー、ひょい?」

 

 興味が湧いた。彼女の言う通りに真似して自分の体でやってみる。すると少しではあるが傷口が塞がった、ような気がした。

 

「……!」

「へぇ。良い筋してんじゃん」

「そんな、教え方が良いからですよ」

「ふっふっふ。先生と呼んでも良いのじゃぞ」

 

 家入さんは分かりやすく気を良くしている。

 そうだ、今みたいに彼女に呪術の師事をしてもらえたら強くなれるかも。彼女の言う通りなら、俺は筋が良いみたいだし。

 

「あの、家入先生。ついでに呪術のことを俺に教えてくれませんか、それから、呪術界のことも」

 

 治療が終わった後、そそくさと服を着ながら俺は彼女に頼んだ。

 

「え? うーん、正直私は自分の能力のことしか知らないんだよね。私、呪術師の家系じゃないしさ。それこそ冥さんに教われば?」

 

 困ったように足をぶらぶらさせる家入さんに、呪術界から頑なに遠ざけようとする冥さんのことをカクカクシカジカと話す。

 

「過保護かよ!」

 

 そう、過保護。いつまで彼女は俺を子供扱いするのだろう。俺ももう高校生、自分で自分の責任を取れる年齢になったというのに。

 今回の件で、自衛手段として呪術のことを教えてくれる可能性が少しは高まっただろうが、もしかすると他の人を頼ったほうが余程早いのかもしれない。

 

「愛されてんねえ」

「からかわないで下さいよ」

 

 ケラケラと笑う彼女。

 

「よし分かったお姉さんに任しとけ~、と言いたいところだけど他を当たりな」

「はい……」

 

 残念だが仕方ないか。こうして治療をしてくれただけで有り難い。

 

「さてと、冥さんの依頼は17時までだからまだ時間がある。よし少年、お姉さんが遊んでやろう!」

「あの、さっきから思ってたんですけど。お姉さんって、年大して違わないでしょ」

「嘘っ、マジィ?」

「十五歳、高校一年生です」

「私は十六、高二……ええマジかよ」

 

 家入さんは本気で吃驚したようで目を見開いている。

 別に俺はそこまで童顔というわけでも身長が低いというわけでもなく、それこそ彼女とあまり変わらないのだが、という意味も込めて口を尖らせる。

 

「佐藤って一応、呪術師なんでしょ? なのに全ッ然擦れてないから、てっきりかなり年下なのかと」

 

 雰囲気って言うの? とあっけらかんと言う家入さん。

 

「でも一人暮らししてて、ちゃんと料理とか全部やってんだってね。冥さんが手料理褒めてたよ。凄く美味しいって」

「いや~それほどでも」

「私にも食わせてよ。大金は払えないけど、ほれ、代わりに煙草をやろう。家入印の非売品だぞ」

「俺、未成年ですけど」

「? 私も」

 

 断っても押し付けてくるので仕方なく受け取ると、満足気に頷く彼女。

 その後は冥さんの話で盛り上がった。普段の冥さんの活躍や守銭奴ぶりを聞きつつ、お茶とお茶請けに舌鼓を打つ。

 

「ん、そろそろ時間かな」

 

 宴もたけなわだったが、時計を見て家入さんが呟いた。

 

「もう行っちゃうんですか……?」

「……冥さんを誘惑(ユーワク)したのはこの顔か? うりうり〜」

「ちょっ、わっ」

「また会えたらいいね。そん時は手料理期待してるよ〜」

 

 彼女の後ろ姿を見送り、ベッドに倒れる。

 最後まで振り回された。ちょっと疲れたかも。

 いやぁでも普段の冥さんの話も聞けたし大収穫かな。

 

 

 

「ただいま、秋墨君。――随分、硝子と仲良くなったみたいだね?」

「お帰りなさ……め、冥さん? なんか顔が怖」

 

 

*1
『クローシュ』:フランス語で釣り鐘や鐘型のカバーのこと。主に西洋料理で用いられる食べ物の温かさや鮮度を保つために皿にかぶせる金属製の覆い

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