呪術師に貢がれてます   作:すがーら

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第9話 貢がれる相手を間違った

 

 翌朝。

 ホテルの一室で俺は昨日に引き続き、既存のものに変わる新たな攻撃方法を編み出すべく呪力を練り上げながら唸っていた。もう少しで何かが掴めそうな、掴めなさそうな。感覚的には悪くないと思うのだが、うんともすんとも発想が出てこない。やはり今のままでは厳しいか。

 諦めてドサッとベッドに倒れて、胸ポケットから家入硝子に貰った一本の煙草を取り出してぼーっと眺める。

 ……もし俺に呪術の知識があったら違うのかな?

 

「一度、駄目元で冥さんにお願いしてみるか……んんっ……!」

 

 不意討ちのように昨日のことを思い出し、顔が熱くなった。咄嗟に大袈裟な咳払いをして、乱れた心拍数を鎮めるように深呼吸をする。

 落ち着け俺、いいか、昨日は何も無かった。何も無かったんだ、いいな?

 

「ふう……」

 

 よし。

 彼女は少し用があるとかで現在しばらく席を外しており、部屋にはいない。いたらこの赤面を見てからかわれたに違いないから良かった。

 それにこの貰い煙草のことも。もしバレたら厄介なことになるだろうから大事に箱にしまっておいて、と。吸うつもりは全くないが冥さんに見つかったら何を言われるか分からない。今度家入硝子大先生に会った時にでも丁重に返品させていただこう。

 

 彼女がいないとすることもなく暇なので、なんの気無しに俺は部屋に置いてあるメモ帳を数枚引っ剥がし、折り紙の要領で人形を折って式神を作っていく。いつも使っているわら半紙やスーパーのチラシよりも遥かに質の良い和紙のお陰か、呪力ののり(・・)はずっと良かった。理屈がよく分からないが、得てして呪術とはそういうものらしい。

 もしかして呪術ってコスパ悪い? は〜やだやだ。

 

 これまで通りの作業を黙々とこなし、少なくとも先日の戦闘で失った分くらいは作れたかな、といった時だった。

 玄関ドアからコンコン、と軽いノック音がした。

 

「冥さん?」

 

 俺は咳払いしながら立ち上がってガチャリ、とドアを開けると――今思えばこれは無警戒過ぎた――そこにいたのは、和服を纏った見知らぬ顔ぶれ。

 

「――御無沙汰しております、佐藤秋墨様。

 我々、加茂本家の使いでございます」

 

 

 

 

「は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 というわけで、いやどういうわけだ。どうしてこうなった……!

 

 

 ホテルの廊下で、加茂家から来た使者という和服を着た黒髪の女性と、用事を済ませて帰ってきた冥さんとの間にバチバチの睨み合いが発生している。お互いに余裕のある笑みは絶やさず、しかし一触即発、恐ろしく物々しい雰囲気に俺は冥さんの後ろでオロオロする他なかった。

 

「――改めて、御無沙汰しております、佐藤秋墨様。加茂家の使いで参りました。私、四乃と申します」

 

 丁寧な所作で女性が俺に向けて御辞儀すると続いて後ろの和服たちも同じように恭しく頭を下げる。皆それぞれ色紋付の羽織に絽の着物、同じく絽の帯を締めて準礼装をしており、まるで公家の行列のような様相である。

 こんな通路で辞めてほしい。頼むから何事も無く終わってくれ……

 

 って、俺を迎えに? わざわざ本家から!?

 

「何の用かな?」

「一級術師、冥冥……関係者でもない貴女に用はありませんが? それより、秋墨様。お迎えに参りました。『本家にお連れするように』と仰せ付かっております」

「よく顔を出せたな、という意味さ。あの件の裏取りされた挙句、大金を毟り取られた気分はどうだい?」

「ああ。その節は、秋墨様に生得術式が備わっていることが分かって本当に良うございました」

 

 使者の一切崩れない慇懃無礼な態度に冥さんは青筋を立てる。

 俺はと言えば加茂本家による急な訪問、また、彼女から秘密にするよう厳命されていた俺の術式がよりにもよって加茂家にバレていたという事実に驚いて、ただただ混乱していた。思い当たる節があるとすれば、先日の一件。もしやあれは加茂家が仕組んだことだった?

 

 「あっ」と小さく声を漏らしてしまう。

 

 ――そういえば。冥さんには俺が一応とは言え加茂家の血を引く婚外子だということは今の今まで伝えていなかった。というより、伝えなくていいと思っていた。術式を持っていてもあくまで俺は一般人と変わりなく、加茂家とは絶縁状態にあったわけで、変に知らせる必要もないだろうとばかり。

 だがこれで完全に知られてしまったわけだ。せめて自分の口から伝えれば良かった、まさかこんな形で知られるとは。

 彼女にはどう思われたのだろうか。できれば、嫌われていない……と思いたいが。

 

 ……などとそんな場違いなことを一瞬でも考えてしまった俺の気など露知らず、彼女は口を開く。

 

「あの時警告したはずだ――『二度目は無い』と」

「再度口止め料を支払います。一級呪術師、冥冥。貴女は金さえ積めば何でもする。そうでしょう?」

 

 使者は続けて後ろから鈍く光るアタッシュケースを出した。サッと長方形が開かれ、中に詰まっている物が我々の前に晒される。どれだけあるのか一目では分からないほど大量の紙幣。目の眩むような大金である。

 だが目を白黒させる俺とは対照的に、冥さんはその大金を一瞥しただけで、まるで歯牙にも掛けなかった。

 

「確かに私は金の味方だ。金に変えられないものに価値はない。何せ、金に変えられないからね」

「では、秋墨様は――」

 

 その瞬間、室内にも関わらずどこからともなく鳴き声を上げて数匹の烏が此方めがけて飛んでくる。

 

黒鳥操術――例外さ」

 

 冥さん……!

 

 言うまでもなく彼女の烏。呪力を滾らせて対象に飛翔するそれは破壊的な威力で(もっ)て敵対者を排除することだろう。

 不味い。飄飄とした表情の裏に隠れてこそいるが、彼女は確実に、とても怒っている。

 

「! 待ってください、冥さん」

 

 彼女が啖呵を切った時の横顔がイケメン過ぎて見惚れてしまっていたが、惚けてもいられない。俺は冥さんが烏に下す最後の指示を、急いで腕に縋り付いて何とか止める。

 

 俺なんかのために怒ってくれるのは素直に嬉しい。嬉しいが駄目だ。加茂家と表立って対立するのは流石に不味い。

 呪術界では一般社会よりも遥かに『御三家』という名前が物を言う。それはパワーバランスとして歪であり、歪が故に、人一人の人生など簡単に破滅させられるほどの力を持つ。単純な力のみでは勝てない権力(ちから)。それが御三家であり、加茂家なのだ。いくら実力のある彼女と言えど、一介の呪術師が歯向かってただで済むような相手では決してない。

 

「秋墨君」

「落ち着いて、とにかく堪えて……」

 

 どうどう……しかし、この状況をどうすれば?

 俺は必死に制止しつつ彼女をどう取りなせばいいか、どう加茂家には対応していけばいいか、と脳味噌をフル回転させている時だった。

 

『おい通せ!』

「……?」

 

 場が落ち着いたと見たのか、公家行列の中から一人の冴えない胡乱な男が使者を押し退けるように出てきて、なんとやけに親しげに此方に話しかけてきたのである。

 

「久しいな秋墨、私だ。お、覚えているか? お前の伯父さんだよ」

 

 えっ。

 

 慮外の人物に怒り心頭だった冥さんですら一瞬ぽかんとしてしまう。

 誰かと思いきやぼんやりとだが確かに彼の顔に見覚えがあった。母の葬式に来た縁者の男。なるほど、あれは叔父だったのか。

 

「いや実は今まで事情が事情だけに会いに来れなかったがな、本家は寛大にもお前を受け入れて下さって、〜〜……これまで寂しい思いをさせた。だから、それで〜〜……つまりは〜〜……!」

 

 叔父を名乗る男は空気も読まず、なにやらベラベラと捲したててくる。話から察するに俺を加茂家に迎え入れるつもりらしい。本気か? 生憎こちらにはそんなもの初めから無いが、どうやらあちらは親族の情に訴えてくるつもりらしかった。

 俺が「はぁそうですか」と素っ気無い返事しか返さないでいると、叔父はそれが気に食わなかったのか少し詰め寄ってきてまた喋りだす。もはや独壇場(オンステージ)だ。

 

「聞いているのか? どうしたんだ秋墨、さては緊張しているな? はは気にすることはない、なんせこれから私たちは家族なんだからな!」

 

 この男のことは心底どうでもよかった。

 ただ一つ分からないのが、何故、俺を相手に加茂家がここまで(・・・・)するのか、ということだった。

 一応は俺も加茂家の血が混じっているわけで、あちらの都合で本家に身柄を拘束されるという可能性は以前から想定していた。立場で言えば親権は彼らが持っているのだし、俺のことなど煮るなり焼くなりいつでもどうとでも好きにできるはずなのだ。

 

「……話は分かりました」

「よ、よし! 助かるよ秋墨!」

 

 それなのに、である。

 

「ご理解痛み入ります、秋墨様」

 

 それなのに、彼らは俺に対してまるで(へりくだ)っているような対応を取り続けている。あの冥さんへの大金(みせがね)だってそうだ。権力に物を言わせて力ずくで連れ帰れば良いものを、先程から此方を拘束するような素振りは一切なく、あくまで俺の意思を尊重しているような、それでいて必ず加茂家に連れ帰るという意思だけは伝わってくる。

 

 絶対嫌だけどな!

 

「行くとは一言も言ってませんけどね。母の葬儀の時に渡されたあの最低限の生活資金が"手切れ金"だったはずです」

「……最低限? 何か手違いがあったようですね、我々はこの男に充分な額を持参させたはずですが」

 

 使者が叔父を呆れたような目で睨め付けた。

 

「それは……、いや、しかしな秋墨、本家じゃ今よりずっと良い暮らしができるんだぞ。お前の父だってそれを望むはずだ」

「俺に父はいません」

「いい加減ちゃんと話を聞け秋墨! 意固地になるんじゃない!」

「っ」

 

 中々自分の思った通りにいかないと見るや、叔父は顔を赤くさせて激昂し、唾を飛ばしながら手を伸ばして俺の肩を掴んで揺さ振ろうとした、が。冥さんがすんでのところでその手を掴んで防いでくれ、そのままギリッ! と捻り上げた。

 

 男が、喚く。

 

「ぐッ……離せ、このっ、端女(はしため)が!」

 

 ――。

 瞬間、勝手に体が動いていた。俺は人差し指の先にあるだけの呪力を掻き集め、男に突きつける。自分でも驚くくらい冷たい声が出ていた。

 

金霊操術――その口を閉じろ」

 

 今度は俺が冥さんに止められる番だった。もし、彼女に止められていなかったなら、このまま男の眉間を撃ち抜いていたかもしれない。だが、俺にはあの侮辱を看過することはできなかった。

 

「ひっ!? なっ……、秋墨、お前! 何をしているのか分かっているのか!?」

 

 冥さんには我慢させておいて、俺が未遂とは言え手を出してしまった……ただ、恐らく問題は無いだろうと思う。叔父を名乗るこの男は加茂家からすれば捨て駒に近く何かしらの役に立てば御の字程度の存在なのだと、見ていれば分かる。

 

「これがあの(・・)……素晴らしい! やはり、その"色"でしたか」

 

 やはり使者はそこにかかずらうことはせず、しかし代わりに少し引っ掛かる呟きを漏らした。

 色……?

 次いでパチパチと白々しく拍手した使者は、叔父を手で制してからまた恭しく頭を下げた。

 

「下がれ。大変申し訳ございません、秋墨様。少々行き違いがあったようで」

「いきなり来られても困ります。少し、考えさせて下さい」

「勿論ですとも」

「おい待て秋墨!! 秋墨、おい!!」

「当家はいつでもお待ちしております、秋墨様。では」

 

 

 

**

 

 

 

 嵐は去った。室内に入り二人でしっかり施錠した後、へなへなとベッドに座り込む。冥さんが俺の肩に手を置いて慰めてくれるが、その慰めがなおさら俺を意気消沈させて、項垂れてしまう。

 

 何で、どうしてこうなったかなんて言われなくとも分かる。俺の術式がバレたからだ。全部俺のせいだ。

 また約束を破ってしまった。冥さんの言う通りにできなかった。それに出自を隠していたことだって。こんな体たらく、いつ彼女に見捨てられたっておかしくない。

 

「君を、此方側に踏み込ませてしまった。私の落ち度だ、すまない秋墨君」

 

 しかし彼女は俺を一切咎めることはなかった。

 

「そんな、冥さんのせいじゃありません! 俺のせいです。さっきも言った通り、いつかこうなると覚悟だってしていました」

 

 居た堪れなくて顔を伏せる。すると、背中に人肌の温もりが伝わってくる。

 

「君のせいじゃないよ」

 

 気付かないうちに俺は彼女から抱き締められていた。……暖かい。

 

「……あの、もしかして、知ってたんですか? 俺に、加茂家の血が混ざってるって」

「最近ね。偽の補助監督が聞いてもないのに教えてくれたんだ」

「ごめんなさい、隠してたわけでは」

「良いさ。君が何者だろうと、どんな力を持っていようと――初めて会った時から、君は私が守ると決めている」

 

 ハッと顔を上げると慈しむような目が此方を見つめていた。

 おずおず彼女の方を振り返って、抱き締め返す。そのまま二人でベッドに倒れ込んで、体温を分かち合う。

 

「ありがとうございます」

「君をあんな奴らに連れて行かせはしない」

「あ……」

 

 頼もしい言葉と共に、ぐっと腰を力強く抱き寄せられる。

 至近距離で見つめ合いながら、二言三言交わす。

 彼女の端正な顔立ちが視界を埋め尽くして、何とも言えない気分になる。

 角度によって暗く色を変える美しい瞳に、この場の雰囲気に、愈々(いよいよ)呑み込まれそうになって。

 

「っ! 流されるところだった……あぶな」

「フフ、私は構わないよ?」

 

 危ない危ない。早く真面目な話に戻そう。

 

「でも、どうすればいいんでしょうか」

 

 そうなのだ。結局、こうなってしまってはどうしようもない。あの加茂家のことだ、此方を立てるような態度を今は取ってはいても、いつか本性を現すだろう。どう足掻いても、俺が本家に連行されるのも時間の問題だった。

 

「手立てはない、なぁ……お手上げかぁ」

「いや、あるよ」

「え!?」

 

 彼女は事も無げに言う。そして驚く俺の顔を見て、悪戯っぽくニヤッと笑った。

 

「本音を言えばもう少し、君と二人だけで過ごしたかったんだけれど……仕方ないか」

 

 やれやれ、と(かぶり)を振って彼女は立ち上がる。

 それから告げられた言葉はかなり衝撃的なものだった。

 

「君には呪術高専に入ってもらう」

 

 じゅじゅつ、こうせん? 

 思考が止まる。インパクトで言えば先程の加茂家の突撃に勝るとも劣らずだ。

 呪術高専って、あの?

 

「東京都立呪術高等専門学校。私の母校さ」

 

 え"っ。

 

「既に五条家とは話を付けてある。呪術高専に通っていさえすれば加茂家も直接手は出しにくいだろう」

 

 え"っ。

 

「お、俺が呪術師になるってことですか? なにも、そこまでしなくてもいいんじゃ」

「君は自分の身を守る術を学べる場所にいた方が良い。……これまで君を呪術から遠ざけようとしてきた私が言うのも何だけれどね」

 

 加茂家も嫌だが呪術高専も嫌だ。元々俺は原作に関わるつもりなど毛頭ないのだ。彼女と接触している以上、それは今更なのかもしれないが。

 

「いやでもほら、加茂家だって待ってくれるって言ってましたし」

「本当に、そう思うかい?」

 

 俺が苦しい言い訳をすると彼女は玄関のドアまで行って、しゃがみ込み、そのドアの隙間から飛び出していたであろう何かを拾い上げた。

 

 封筒である。

 彼女が開封すると中には横長の薄い紙片。

 『小切手』、『日本銀行京都支店』の文字。

 振出人は『加茂家』。

 記載されたその額――金壱千萬円。

 

「君への勧誘(ラブコール)ってところかな」

 

 あのアタッシュケースとは別にこんな大金を用意していたのかと思うと、仰天するのと同時にドン引きしてしまう。全幅の信頼を寄せている女性からですら少し引いてしまうというのに、自分を一度捨てたはずの本家から貢がれるというのはもはや恐怖に等しかった。

 

「普通ここまでします?」

「まるで足りないくらいだけどね。今、加茂家は君を喉から手が出るほど欲しがっている。……分かるね?」

「……はい」

 

 知らず知らずのうちに、呪術界に片足を突っ込んでいたのだ、俺は。そしてもう引き返すことは許されない。

 

「さて、秋墨君はどうしたい? 加茂家に引き取られるか、私の母校に転校するか……君次第だよ」

 

 俺は断腸の思いで後者を選んだ。

 

 この日から俺こと佐藤秋墨は冥さん同様呪術界に足を踏み入れ、新品の制服と学生証、そして初めて呪術師としての等級を賜ったのである。

 

 

 

 

 

 

「うわ、俺写真写り悪っ……ん?

 

 

 

 『佐藤秋墨 特級(・・)

 

 

 

 ――??」

 

 

 

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