コンタクト・マザー・ブレイン(月光照明5)   作:氷の泥

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コンタクト・マザー・ブレイン 前編

 最近になって明確に判明したのだけれど、ルカトゥはロリコンだ。

 それが分かったのはオルディア絡みの一件が一応の終息を見せた後のこと。暦の月の数が二桁に上ったにも関わらず季節感というものを忘れた地球が惰性で夏の暑さを引きずっているような時期だった。夕飯を食べながら「ドッキリ番組で男性アイドルグループが突如学校にやってくる企画」を見ていた時に、ふと気になって聞いてみた。

「アイドルって、推す方も推される方も大手を振れていいよね」

「あれ、先生ってアイドルに興味ありましたっけ〜」

「ないけども。もし高校生の頃の私が空色月(そらいろるな)のファンでも、推す方も推される方も気持ちは隠しておくしかなかったんだろうなーと思って」

「あ〜、それは確かに〜」

 AV女優、空色月。本名はルカトゥ・ソラフォルリコル。中学生の頃の私に目をつけて、成人するまでの間ずっとアプローチの機会を見計らっていたレズビアンのサキュバス。……彼女について私は前々からうっすらと気になっていたことがある。

 もし世界に未成年淫行だとか、その手の法律と道徳が存在しなければ、ルカトゥは子どもの頃の私にも声をかけて、自分の体を漫画の資料にしてはどうかと持ちかけていたのだろうか? そしてその未成年の私が今と同じ道をたどれば、オルディアの力を借りてセックスまでこぎ着けていたのだろうか?

 女子高生からキャーキャー言われるアイドルを見ていて、私はそんなことを考えた。もしルカトゥがあのアイドルの立場にいたら、群がるファンのJKたちをどういう目で見るのだろう……と気になって。

「そう考えたらAV女優ってある種健全だよね。ファンに手を出してもとりあえず成人済みではあるし」

「そうですねぇ。実際、知名度やブランド感を利用して好みの相手を漁るサキュバスもそこそこいますよ〜? わたしは今の人脈だけで十分ですけど」

「じゃあもし未成年の女の子のファンが来たらどうする? 私が男だったら月さんとセックスしたかった〜って」

「こらこら、って言うだけですよぉさすがに」

「法的にまずいから?」

「それもありますし〜、わたしには先生もいますからぁ」

「じゃあ法律がなくて、その女の子が私だったら?」

「……いや〜、だとしたら先生はセックスしたいなんて言わないじゃないですかぁ」

「言ったとしたらの話だよ。……要するに私が言いたいのは」

「分かってますよ〜? 先生はわたしのことを、ロリコンだと思ってるんでしょう〜?」

「思ってはいない。もしかしたらって気になってるだけ」

「なるほどぉ」

 私が中学生の頃からルカトゥに目をつけられていたことはお互いの知るところだから、ルカトゥ自身そういった疑いをかけられることは想定済みのようだった。……あるいはサキュバス的にはロリコンも恥じるようなものではないのだろうか? 何にせよとにかく彼女の振る舞いには余裕があった。

 数ヶ月前に行った旅行で、腰元に天使のような羽根を生やしたセラという少女に出会ったことを思い出す。ルカトゥはその少女から同性の特権とばかりにそのデカ乳を揉まれていたけれど、その時もこれといっておかしな態度は見せていなかった。

 そんな彼女が言う。

「まぁ正直、法やその他の問題がないなら、候補には入っちゃいますよねぇ。可愛いじゃないですか〜マセた子って」

「正体あらわしたね」

「いやいや、意味のない話ですよぉ。お金の問題がないなら仕事やめる? みたいな話じゃないですかぁそれって」

「だとしたら意味大ありでしょ。どっかの漫画家がそれで仕事辞めてるよ」

 ルカトゥが養ってくれるからと無職になったその漫画家がここにいる。……事実上の名乗りを上げてみるとなんだかおかしくて、思わず他人事のように鼻で笑ってしまった。

 するとそんな私に、ルカトゥが物騒なことを言い始める。

「あはは。……まぁ、本当になくはないですからね。未成年と合法でエッチする方法って」

「え、やばい話……?」

「そうじゃなくて〜。魔界の話ですよぉ」

「ふむ」

「魔界でも未成年との淫行は禁止されてるんですけどねぇ。先生は不思議に思いませんか〜?」

「え、どのあたりを……?」

「未成年とエッチしちゃいけないなら〜、子どものサキュバスはどうやって食事をするんでしょう?」

「……あぁたしかに」

 盲点になることが不思議なくらいに自然な着眼点なのに、今まで大人のサキュバスしか見たことがなかったからか、私はその点について全く考えが及んでいなかった。

 人間の五倍以上の寿命を持つサキュバスという種族の容姿は基本的に誰もがいつまでも若々しい。けれど聞いた話、それは大人の姿で生まれてくるのではなく、ある程度成長したところで老化や成長がストップすることによって成立していることらしい。ということは当然、見た目も中身も子どもの「生後間もないサキュバス」がどこかには存在していることになる。他者の性欲を刺激し、増大させ、それを吸い取ることでしか生きられないサキュバスという種族の「子ども」が、この世のあちこちに普通に存在しているはずなのだ。

 言われてみると確かに相当な疑問である。そもそも仮に法律が許したところで、子どもの体がそんなに頻繁な性行為に耐えられるものなのだろうか? サキュバスの不死身性が魔力から来ているなら、その確保もままならなさそうな赤子なんかにとっては特に死活問題な気がするけれど……。

「答えから言いますとね〜。サキュバスは、血の繋がった相手には魔力を分け与えられるんですよぉ。だから普通はお母さんがたくさんセックスして魔力を集めて、それを子どもにあげるんです〜」

「あ、そうなんだ。なるほど、それなら問題ないね」

「そうなんですよ〜。サキュバスは不死身ですから、親が子どもの成長を待たずに死んじゃうってこともありませんし〜」

「なるほどなるほど。たしかに」

「…………ただまぁ、たま〜にそこに例外が出てきちゃうんですよねぇ」

「え、どんな……?」

「身内が行方不明になって天涯孤独になっちゃう……とか」

「行方不明……」

 日本でも年間何人もの行方不明者が……なんて話を聞いたことがあるけれど、不死身のサキュバスにおいてもそういった不可解な事件は避けきれはしないものなのだろうか……? 世の中に絶対は無いと言うし、それこそ人間の常識が通用しない魔法だらけの世界でどんなことが起こるのかなんて、こちらの尺度で分かるはずもないけれど。

「そうなったら、そのサキュバスの子はどうなるの……?」

「普通に孤児ですから、国や民間の施設で面倒を見ることになりますねぇ。……で、まぁ普通はその施設の人が、考え得る限り最も安全な相手を選んで、仕方なくあてがうんですよ」

「……どうにかしてその「安全な相手」に選ばれれば未成年と合法的に、ってこと?」

「そうです」

 答えて、ルカトゥはまるで何かを見てきたかのように暗い顔をした。

「……つまり未成年との合法エッチを望むということは、どの道その子の不幸を願うことを意味するんです。それに比べたら、別の世界線の未成年の先生とこっそりエッチしちゃった方が、まだマシな気がしますね」

「それはそうだね。本当に」

 相手の不幸を願ってまで満たすべき性欲なんて存在するべきではないと、ルカトゥがルカトゥらしい思想でいてくれて私も安心する。……だからといって別世界線のルカトゥの未成年淫行がどこかでバレてしょっぴかれていたら、それはそれで普通に嫌だけど。

 しかし何にせよ私がそんな話をしてしまったばっかりに、その日の夜のルカトゥは、思い出したかのように新しい注文をつけてきた。

「先生ぇ……。あの、その……。…………中学生の頃の制服って、置いてあったりしませんか〜……?」

「あー。分かんないけど、あるとしたら実家かなぁ」

「あ〜、そうですよねぇ……」

「帰省した時にでも探して来るよ」

「あ、そ、そこまでしてもらわなくても……」

 それで結局、その夜に関しては別のプレイをした。

 そしてそれが終わったあとに、もし現物が残っていなければその時にはコスプレでもなんでもして、とにかく制服を着た私がいつか彼女の自慰を見届けることを約束した。

 正直、深淵を覗いているような気分はしたけれど、それでも私はルカトゥのその遠慮のなさが結構嬉しかった。ルカトゥが罪悪感について瞬く間に理解を深めていったように、私も「してあげている感」のなんたるかを日に日に分かってきているような気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある日、仕事に出て行ったたルカトゥから突然動画ファイルが送られてきた。いつも通り漫画を描いていた私は手を止めてそのファイルを開いてみる。

 再生が始まって早々、画面には浅黒い肌の男ばかりが複数人映りだす。そして、厳つい肉体に囲まれてよく目立つ白くて細い体……よく知る友人の裸を、その見知らぬ野蛮そうな男たちが取り囲み、背景に映る大きなベッドが、彼女の職業柄どこかデジャブ感を醸し出していた。

 部屋の雰囲気を見るに、撮影場所は明らかにラブホテルだった。

「ひ、ひなこちゃ〜ん……? 見てる〜……?」

 カメラに向かってたどたどしく喋るルカトゥは、よく見るとどこか表情が引きつっている。

「い、今からこのお兄さんたちに、たくさんエッチなことしてもらいま〜す……。せっかくだからひなこちゃんも、わたしが楽しんでるところ見ててね〜……?」

「よーし、じゃあ始めようかルカトゥちゃん」

「い、痛っ……」

 ベッドへ乱暴に引き倒されたルカトゥが悲鳴を上げる。しかしそんな彼女に構うことなく、何人もの男たちがハイエナのようにその細い体に群がり始めた。

 ……以後、彼女が輪姦される様がしばらくダイジェストで映され続ける。彼女は撮影者から催促されるたびに「すっごく気持ちいい、しあわせぇ」と震えた声の棒読みで言うものの、視線がカメラに合っていない時は頻繁に「いっ……ぎっ……」と痛みに耐えるような短い悲鳴が入り、表情も歪む。……そして何より、カットが挟まるたびに彼女の体には痛々しい青アザが増えていった。

 反射的にトラウマを思い出してしまう。わざと治さずにいる物だと分かっていても、ルカトゥの体にアザがあると不安になってくる。

 だけど今の私はその不安を、立ち向かうべき物だとも考えている。私はルカトゥとの出来事を漫画にする際、迷いに迷った末に、そのトラウマの発生現場をきちんと描写したのだ。やはりそれを抜きにしてはその後の展開が……ルカトゥと私の懺悔の応酬が成立させられないと思ったから、後ろめたさを感じながらも描くしかなかった。そしてその判断を迫られたことによって、私たち二人にとってあの出来事が相当に重要だったことを再認識したのだ。

 けれどその一方で、他のプレイとはどうも毛色が違うように感じる様々なアブノーマルプレイについては、迷いはしたけれど結果として軒並みカットしている。

 具体的には、首絞めは描くけれど、煙草の話は描かない。アナルセックスは描くけれど、人格否定は描かない、あるいはマイルドにする……といったような線引きをした。なぜそうしたのかといえば、あまりにも読者をふるいにかけすぎる気がしたことと、改めて客観的にその手のプレイに手を染める自分を見ていると、トラウマを刺激されることに匹敵する勢いでだんだんと心が苦しくなってきたから。

 ……けれど、今見ている動画の中では次第にそんな「カットに値するプレイ」や「私とすらしなかったプレイ」が続々と実行され始めている。ただ三穴を酷使されて犯されるだけならサキュバスらしく黙って従っていたルカトゥも、次第に悪趣味さがエスカレートしていく要求に動揺して、みるみるうちに躊躇いを見せ始める。

 ……その躊躇いを押し殺して、涙を流しながらもなんとか指示に従う彼女が、時折こんな言葉を口にしていた。

「本当に先生には見せないんですよね……?」

 上目遣いで顔色を伺いながらそう彼女に問われて、まだ少しも満足していない様子の男たちは笑う。

「お前が従順にしてればな」

 苦渋を舐めるようなプレイの数々をこなした末に、男たちの返事が「あんまりくどいと気が変わりそうだな」に変わった時からは、ルカトゥは男たちから求められない限り、ただの一言すら言葉を発しなくなった。ただ黙って、男たちの玩具として嬲られるがままになっている。……それでも時々抑えきれずに、悲鳴は聞こえてきたけれど。

 そんな陰湿な強姦がしばらく続いた。私はシークバーをいじらずに、責任をもってそれを全て見届けた。

 画面の中のルカトゥが話さなくなってから十数分程度が過ぎた頃だったろうか。その動画にもそのうち終わりが近づいて来る。卑猥な落書きを好き放題書かれた体で何度目かも分からない中出しをされた後、息も切れ切れなまま下手くそな作り笑いを浮かべたルカトゥが、明らかにカンペを目で追いながら、カメラの向こう側に語りかけてくる。

「えへへ……。えっと……お兄さんたちとのエッチ、すっごく気持ちよくて、まだまだし足りないです。それに、お兄さんたちも、わたしの体を気に入ってくれたみたいで……。…………だから、えっと、ひなこちゃんごめんね……? わたしは、しばらく……このお兄さんたちと、い、……一緒に暮らすことにします。ひなこちゃんのところに、いつ帰れるのかは……分からない……けど……。でも、わ、わたし……、…………わたしは幸せだからね? 心配しないでね……?」

 ……最後の方は泣き声をしゃくりあげながら、ルカトゥはそんな別れの言葉を読み上げた。

 すると心身ともにボロボロになっているだろう彼女の髪が、台詞を読み終えるが早いか、リーダー格らしい男に乱暴に引っ張られる。

「っ……!」

「おい、お前さ、「ひなこちゃんといる時より幸せ」ってところ、わざと読み飛ばしただろ」

「……え、ち、違います、間違えて」

「はぁ? ……まぁいいわ。じゃあ自分で言った通り、そろそろ俺の家行こうか? 別の仲間も呼んであるしさ」

「…………えっ? あっ、えっ、でも、読むだけって、これ終わったら帰っていいって……」

「あ、逆らうの? いま逆らったよな? はいアウト〜。…………おい、今日撮った分全部こいつが言う先生って奴に送り付けとけ! こいつあれだけ言ったのに逆らいやがった!」

「えっ、いやっ! うそ! ごめんなさいっ、やめて! お願いしますそれだけはやめっ……」

「うるせぇ!!」

 ……見間違いでなければ、男が握りしめた拳でルカトゥの顔面を思い切り殴り飛ばしたところで、映像は停止した。全編の再生が終了したのである。

 ちょうどそれと同時に、玄関扉の開く音がした。

「ただいまです〜。どうでした〜先生ぇ?」

 おそらく通知の魔法で私の動向を探り、動画を見終えるタイミングを見計らってから帰ってきたのだろうルカトゥが、期待に満ちたにやけ面でこちらを見ている。その顔には傷どころか肌荒れ一つない。

 言うまでもなく、私が今見た映像はルカトゥがセルフプロデュースしたアマチュアAVとでも呼ぶべき代物である。そこへ協力してくれた男優陣は全員彼女の知人とそのまた知人であり、カメラに収められた彼女の全てのリアクションは演技であり、心配されるべきは無敵のサキュバスの安否よりもむしろ、それに付き合った男優陣のメンタルの方なのだとすら言える。

 傍観者としてのエロスのリアリティに私が反応したあの日からずっと、ルカトゥはこのオリジナルAVを私に見せることを楽しみにしていたらしい。撮影は終わったからあとは編集を待つだけだ……と数週前に主演本人からあらかじめ話を聞いていたので、動画が送られて来た時もすぐにピンと来た。

 それらのことを踏まえて、私は感想を述べる。

「味付けが濃すぎる……!」

「えぇっ、ダメでしたか〜……?」

「ダメとは言わないけど、メンタルに来るって」

「あらら〜」

「……ん?」

 話しながらふとパソコン画面に目を向けると、私が動画を見ている間にどうやらもう一件別のごく短い動画が送られてきているらしかった。なんだろうかとそれを再生してみると、シャワーを浴びてきたらしいルカトゥが全てをリセットした綺麗な体になって下着を身につけながら、さっき自分を勢いよく殴った男と親しげに話していた。

「○○さん〜、この前の△△の新衣装配信見ました〜?」

「あー見た見た! 衣装もいいんだけどさ、俺あの髪型マジで好きだわー」

「あ〜わかるぅ〜。そそりますよねぇ」

 ……どうも大手Vtuberの新衣装配信について話しているようだった。脅迫系NTRビデオの竿役が似合うような人の中にも普通にオタクっているんだ……と思わず感心してしまう。

 私の隣から、そんなシュールな内容が映る画面をチラ見して、ルカトゥが言う。

「あ、それは舞台裏のおまけ動画です〜。ほら、出演者たちが皆でバーベキューするみたいな〜」

「内容が変化球すぎて笑うけど、ありがたいねこういうの」

 罪悪感に弱い私の心の性質を見越して、ルカトゥがそういった中和剤を用意してくれたことが察せられる。実際こういう物はあれば結構本当に助かるし、私が動画を見終えたところでルカトゥが即座に帰宅してくれたことだって、そういうことの一貫なのだとも思える。

「えへへ、よかった〜。……でもなかなか難しいというか、不思議ですね」

「なにが?」

「味付けはレズお仕置きの時と同じだと思うんですけど〜、どのあたりがキツかったですか〜……?」

「うーん……。キツいとまでは言わないけど……」

 シークバーを動かしてざっと場面を振り返る。まるで二人で監視カメラの映像から手がかりを探しているみたいに、私もルカトゥも隣あって真剣に画面の中ばかりを見ていた。しかも私が椅子に座っている一方でルカトゥは手荷物も片付けずに膝立ちをしている。

「……なんていうか、頑張ってくれてるところかなぁ。劇中の話的に」

「頑張ってる〜……?」

「ただレイプされるのと、渋々とはいえ自分からそれを受け入れるっていうのは違ったりしない……?」

「前回も受け入れてませんでしたっけ? 全部言いなりっていうか」

「それは心折れちゃった結果じゃなかった? むしろ頑張って抵抗することを諦めたからこその言いなりみたいな……。でもこっちは、意思を奮い立たせて耐えてる感じがするっていうか……」

「む、むずかしい〜……。ちなみに、ある程度前向きな意思でレイプを受け入れると、なんでよくないんでしょう……?」

「え、なんか見ててつらくならない……? 賽の河原みたいっていうかさ」

「ただのレイプもそうなのでは……?」

「それはまぁ、だって演技だし……。……いや、演技なのは今回も同じか。ごめんよく分かんなくなってきた」

「大丈夫ですよ〜。とにかく何か大きな差があるってことは伝わりました」

 真剣な様子でルカトゥはそう言って頷いた。伝わったなら何よりだけれど、自分でも自分の感性がよく分からなくて釈然としない気持ちにもなる。

 ルカトゥに言った通り被害者の能動性がキーなのか? それともシチュエーション的に自分が単なる「被害者を助けられない無力な一般人」の域を超えて、ビデオを見ることによって尊厳破壊を完成させてしまうような「手を汚してる感」がいけないんだろうか?

 どちらも合っているようで、どちらも的確ではない気がする。しかしとにかく結果としては、私は今作の視聴では前回ほどの興奮には至れなかった。

 動画を閉じて、パソコン自体の電源も落とす。ちょうど良いので今日の執筆作業はここで切り上げることにした。

 するとそれを見たルカトゥが立ち上がり、決意に満ちた力強い声で宣言する。

「次こそはもっと良い物を撮りますね」

「あ、うん。よろしく」

 まだ撮るんだ、とは思っても言わなかった。ルカトゥの熱意に水を差せなかったわけではなく、私のためのまだ見ぬ名作がもし潜在的に実在しているのであれば、それは純粋に見てみたいとも思ったから。

 ……ところで、「〜〜には見せないで」というシチュエーション繋がりで一つ思い出したことがある。その日の夕飯時に私はそれについてルカトゥに聞いてみた。

 食事中にちょうどいつも通り点けられていたテレビには、トーク系バラエティ番組にお笑い芸人の母親がサプライズ登場していた。

「そういえばさ、ルカトゥのAVの中でまだ見たことないジャンルが一つある気がしたんだけど、撮らないって決めてる物とかはある?」

「いいえ〜? 大抵のことはしたはずですけど〜、未開の地って何かありましたっけ〜……?」

「AVに出演してることを親に暴露するやつとか、親の前でセックスさせられるやつとか……」

「あ〜。なるほどなるほどぉ」

 悪趣味さだとか尊厳破壊の中にはそういうやり方もあるのだ。

 しかしルカトゥに関しては確かAV自体が親の勧めで出演し始めていた物のはずだし、そうでなくても彼女とその親においてそんな暴露がダメージになるとは考えづらい。だからこそその手の作品が見当たらないことが不思議だった。

 ルカトゥはそれについて訳知り顔で答える。

「それは撮ってないというより、撮れないんですよねぇ」

「え、親が出演NGとか?」

「う〜ん、気持ち的には大丈夫なんですけど〜。母は演技がからっきしなんですよねぇ」

「ほう」

「で、わたしとその母でそういうAVを撮ろうとすると、どうなると思います〜?」

「え? ……平和な内容になるんじゃない? お母さんもルカトゥの活躍を知ってるだろうし」

「でしょう〜? だから撮れないんですよぉ。そういうジャンルを見たい人って、平和な母娘のやり取りが見たいわけじゃないでしょうし〜」

「あぁ、言われてみればたしかに。……いやでもそれはそれで需要あるんじゃない?」

 トップAV女優とその文字通りの生みの親ということで、そこはかとなく誇らしげなサキュバスの母娘が和気あいあいとした雰囲気で3PするAVとか、そういう物があるなら少なくとも私は見てみたい。

 けれどルカトゥは、この件に関してはどこまでも否定的だった。

「ん〜、まぁ確かにあるかもですけど〜……。でも〜、母の演技の出来なさは本当に深刻っていうか、それ以前の問題っていうか〜……」

「それ以前の問題……?」

「う〜ん、なんというか、母は少し人格に難があるんですよぉ」

「わぁ、急にすごい悪口」

 ルカトゥの口からそんな厳しい言葉が出たことに少なからず驚かされる。ヤグラ君に対して敵意があったり、怒る時はささやかながら怒ったり、ルカトゥが棘を見せられない人物ではないことは分かっていたつもりだけれど、それでもなお意外だった。

 そう感じたのはたぶん、私の中の勝手な印象として、ルカトゥとその母親はすごく仲が良い気がしていたからだと思う。

「す、すみません。どう表現したらいいのか分からなくて……」

「いや別にいいんだけどさ。お母さんとはあんまり仲良くないの?」

「いいえ〜。むしろかなりいいですぅ」

「でも人格に難はあるんだ」

「あ〜、まぁ……、はい」

「……まぁ確かによく考えたら、私も自分の人格に自信ないな」

「な、なんでそんな卑屈なことを……」

 裏でルカトゥが友達に私のことを「ちょっと人格に難のある人で……」と話しているところを想像する。……妥当な見解すぎてそれを悲しいとは思えなかった。むしろその見解の上から日々これだけの好意をくれているなら感謝しかない。

 しかし、仮にルカトゥからそんな一言で顔も知らない同居人のことを説明された相手は、きっと卯月雛子の人となりを少しも正しく想像出来はしないだろう。その点において、今の私が想像するルカトゥの母親像は全く同じである。今の私が持っている漠然としたイメージは、きっと実態にかすりもしていない。

 だんだんと、彼女の母親がどういった人物なのかが気になってきた。どの面下げればいいのか分からないから、決して、絶対に、一瞬たりとも会いたくはないけれども。

「ルカトゥにそこまで言われるけど仲良しなお母さんってどんな感じなんだろう。気になってきた」

「面白い人ですよ〜。親友みたいな親子関係? っていうんですかねぇ」

「あぁ、なるほど。そういう方向性か」

 親友+人格に難ありということで、娘の横で「ぎゃはは!」と何かを指さして笑う美女の姿を咄嗟に思い浮かべた。漫画に出てくる母親キャラの在り方に習って、そこかしこからルカトゥへの遺伝を感じさせつつも彼女より大人びた雰囲気のある容姿を想像するけれど、サキュバスという種族の性質を鑑みればむしろ、実際は親が娘よりも若く見えることだってざらにあり得るのだろう。

 そんな風に私が妄想を膨らませる傍ら、ルカトゥは箸を止めてテレビの方に目を向けていた。芸人である息子のかつての痴態を暴露する母親に、語られた本人が「もうホンマ何しに来たん……!?」と面白おかしく慌てふためいている。

 ……ルカトゥはそこへ釘付けになっているのに、くすりとも笑わなかった。そしてある時思い出したかのように言う。

「わたし、先生のお母さんになりたいって言ったじゃないですか」

「え? うん」

「…………どう思ってます? それって」

「えっ……?」

 どう、と言われても困る。今さっき「お母さんってどんな人?」と聞かれたルカトゥも同じように困ったのだろうかと、無意味な思考が脳裏を駆ける。

 ルカトゥは私の母親になりたい。それの意味するところは、私の世話をしたいという意味でもあり、恋人関係を超えた特別な(または特殊な)愛を向けたいという意味でもあり、誰よりも私に近い特別な存在になりたいという意味……なのだと思う、たぶん。本当は親から創作を褒められたかったんだと私が気がついた時、彼女は「わたしじゃダメですか」と言った。それが全てなのだと私は思っている。

 ……それについてをどう思うのかと言われれば、

「ありがたいなぁって思ってるよ。嬉しいなって」

「本当に?」

「嘘ついてもしょうがないでしょ」

「……それはそうですけど」

 嘘は彼女の魔法に感知される。だから「本当に?」なんて問いは無意味な気がしたのだけれど。

「嘘ではなくて、勘違いということもあるじゃないですか」

「というと……?」

「…………単刀直入に言って、先生は実の母親から性欲を向けられたらどう思います?」

「…………なるほど、分かってきた」

 そっちかぁ……、と精神的に頭を抱える。ジェスチャーには表さないように気を張りながら。

 私は、ルカトゥの言う「お母さん」というのは比喩だとばかり思っていた。まさか私を一度子宮に戻して出産するところからやってみたいというわけでもないだろうし、なら当然全ては比喩だろうと思っていたのだ。けれど今の質問によって、その前提がいくらか崩れ始めた。

 二日に一度、夜中に彼女の自慰を見届けるようになったがゆえに、今になってそんな質問も現れてきたのだろう。私たち二人の間には、行けども行けどもネクストステージがある。

「そりゃあね、実の母親からだったら嫌だよ」

「でしょう……?」

「でもそれは私のお母さんが人間で、ずっと人間っぽい振る舞いをしてきたからかもしれないよ? もし私の母親が最初からレズのサキュバスで、実の母でありつつも今のルカトゥと全く同じ振る舞いをしていたら、私の感覚も変わってたのかも」

「そういうものなんですか……?」

「いや、分かんないけど」

「……まぁそれについてはいいんです。結局わたしは、先生を身篭って産んだわけではないですし、お母さんっていうのは比喩ですから」

「それはそうだね」

 まるでオルディアの魔法の時のように、何かしらの方法で可能にさえなれば私を身篭るところから実践したいと言っているようにも聞こえたけれど、それについては深く考えないようにする。

 テレビがCMに入る。するとルカトゥはその時になって初めて自分の箸が止まっていることに気がついたかのように、フッと笑って汁物に手を伸ばした。

「すみません、ご飯時にする話じゃなかったですね」

「いや、いいよ? 続きがあるの……?」

「ありますけど、楽しい話じゃないですよ」

「たまにはそういうのもいいんじゃない? 逆に、楽しくない話をする時間っていつなのかも分からないし」

「……そう言われるとそれもそうですね」

 かつてルカトゥは、懺悔はする側のための物でしかなくて、心の強い人はただ黙っていればいいのではないかと主張していた。その彼女が「楽しくない話」をこうしてこぼしたこと自体、見方によっては貴重で重大なことのように感じる。自身の性欲をそれなりとはいえ解放して、それを私が受け入れたことで、彼女の中でも何かが変わりつつあるのだろうか……?

 そうなのだとすれば、私はその変化をできる限り受け止めたい。私のできる限りなんて謙遜抜きで微々たる物だけれど、ルカトゥに話したいことがあるというなら聞いてみたいと思う。

 その意思が目から伝わったのか、ルカトゥはしばらく迷ったあと、深呼吸ともため息ともつかない息を吐いた。

「じゃあ話しますけど」

「うん」

「……将来、百年二百年先の未来で、わたしも自分の子どもを持つ可能性があるじゃないですか?」

「あぁ、うん。そうだね」

 サキュバスは中出しをされた際、妊娠するかどうかを自分の意思で決められる。だからどこかでとち狂った私が彼女の妊娠を望まない限りは、あるいは私と彼女が離れ離れにならない限りは、ルカトゥが私の死よりも先に子を持つことはないと思う。

 けれどそれは裏を返せば、私の死後もずっと生きていくルカトゥが新しいパートナーを見つけて、その人が家庭を持つことを望む人であったなら、彼女がその人との間に子を成すことも大いにあり得るということだ。たとえその相手というのが女性だったとしても、養子はもちろん、女体にチンポを生やす魔法のある世界では何が起こっても不思議じゃないから。少なくともそれは、私が子を持つ可能性よりはずっと現実的な仮定の話ということになる。

「たとえばその相手が女性だったとしても、魔法でどうにかしてルカトゥとその人の間に子どもを作るってことは可能なんだもんね?」

「そうですね。先のことは分からないですし、可能性の話ですけど」

「なるほど」

「それでですね。もしわたしが将来誰かと付き合って、この人となら家庭を持ってもいいかもな〜とか、万が一思ったとするじゃないですか。……そうすると私は、自分の娘を持つことになりますよね? 父親役と母親役のどちらをやりたいかと言われれば、わたしはやっぱり後者ですし、そもそも、わたしは女性が好きですけど、男性が恋愛対象としてダメというわけではないんです。遠い未来の可能性としては全然あり得ます」

「うんうん」

「ということは、わたしが自分の子どもを持つなら、それは十中八九サキュバスになると思うんです」

「なるほど。そうだろうね」

 サキュバスの子は必ずサキュバスとして生まれる。つまりその性別は必ず女性になる。そういう性質があるからこそ、彼女らは別種族の相手と関わりを持つのだろう。片方の性別しかいない種族だけで暮らしていては一世代で滅びてしまうから。

 ……と、そこまで聞いていて、不意にルカトゥの言わんとしていることが察せた。「あっ」と、気付きが声に出る。

 私はつい最近、ルカトゥにはロリコンの気があるということを知ったばかりだった。

「先生、どう思いますか。わたしは先生のお母さんになりたいと思っているんですけど、こんなわたしでも、いつか生まれるかもしれない実の娘に対してなら、性欲を持たずに居られると思いますか……?」

「…………それは、今の体感としてはやばそうなの?」

「……ふふっ」

 漏れ出た笑いのあとすぐに、「あ、すみません……」とルカトゥは申し訳なさそうにうつむく。

 彼女の笑い声に悪意が含まれることはない……ということを私は知っている。あるいはむしろ、彼女が私に対して悪意を向けることはない……ということを私はずっと思い知らされている。

 しかしそれでも、彼女は笑わずにはいられなかったのだろう。今の体感がやばそうでなかったら、そもそもこうして悩むわけがないじゃないかと。きっと当たり前のことすぎて笑ってしまったのだ。

 ……彼女のその悩みは、「生涯子どもは作らない」と決めることでは晴らされない物なのだろうか……? 仮に子どもを持ったらと考えるなら、自分が上手く親をやれる自信なんて私にだってあるわけもないのだけれど、私がそれについて全く悩まずにいられているのは、親になるつもりが露ほどもないからだ。ルカトゥも同じように考えてはくれないだろうか……?

 そうは思うも、しかしその考えを口にすることは、あまりにも軽率であるような気がした。また悪意なく笑われてしまうような気がした。

 だから私はそれ以外の返事を探す。

「……ルカトゥはもしお母さんから性欲を向けられたら、さすがに嫌?」

「え、どうでしょう……? 嫌ってことはないと思います」

「ってことは、ルカトゥの娘もそうだったりしない? 娘だってサキュバスなんだから」

「でも確率的に、娘はきっとレズビアンではないですよ」

「あ、そうか……」

 サキュバスかつレズビアン。それが母親から性欲を向けられた娘が平気でいられるパターンの最低条件……なのかは定かではないけれど、定かでない要項すら満たせないようでは絶望的であることは理解できる。

 けれどそもそも、私はサキュバスの常識感覚にまだまだ疎い。ルカトゥの不安がどの程度の物なのかを理解するには、まずはサキュバスの感覚を知る必要があるように思う。

「ちなみにだけど、ルカトゥのお父さんって人間……?」

「そうですよ?」

「お父さんから性欲を向けられたら嫌?」

「う〜ん、嫌ってことはないですけど。多少の気まずさはあるかもしれません」

「サキュバスにとって親から性欲を向けられることって、どの程度重大なことなの……?」

「さぁ……? どうなんでしょうね、個人差がありそうですけど……。少なくとも、人間の女の子ほど傷ついたって例は聞いたことがないです。ただ一方で、父親に迫られて断固拒否したって話なら聞いたことがあります」

「なるほど……」

 種族全体として人間よりは近親相姦的な性欲にも耐性があるらしいけれど、おそらくルカトゥはその中でもだいぶメンタルが強い方であることが察せられる。彼女の受け答えは常にどこか他人事のようだったから。

 しかし彼女が特例だとするなら、生まれてくる娘がサキュバスであることを理由にルカトゥの不安を杞憂としてくれる説は、およそ無理筋になってしまう。きっと標準的なサキュバスの子どもというのは、同性のことを人並みに性的対象外として見ていて、母親から向けられる性欲には傷つくとまではいかなくても拒否感を示すものなのだろう。もしそんな娘に対して、ルカトゥが今の私に対するように性欲を抱いてしまったら、それは確かに悲劇だ。

 ……いや、しかし、本当にそれだけならまだ何も問題はないのではなかろうか? 自分のことを思い出しながら私は言う。

「……ていうかそもそも、ルカトゥは自分の娘への性欲を隠せはしないの? 私に対してはずっと隠してくれてたでしょ」

「隠そうとすることは出来ますよ。でも、必ず隠し通せるとは言いきれません。……実際に先生には、バラす気はなかったのにバレてしまいましたからね」

「あぁ……」

 言われてみれば確かに、隠し事はどこからバレるか分かったものじゃない。それは不安要素として常に付き纏うだろうし、寿命の関係で、その不安は人間の感じ得る物よりもずっと重くなる。せいぜい百年あれば墓場まで持ち逃げできる人間と違って、サキュバスはそれを数百年間も抱え続けなければならないのだ。

 現時点ですでに、比喩的とはいえ母親のような存在になりたいと欲する気持ちと、隠せはしても底無しである性欲が、同じ相手に対して両立してしまっていること。それは確かにルカトゥの人生をいずれ左右しかねない懸念点になる。……私がそれを浮き彫りにしてしまったのだ。私が彼女の自慰を定期的に見届けたりしなければ、そうして彼女に「一線を超えられてしまうことの実感」なんて与えたりしなければ、こんな話は数百年先まで浮上しなかったかもしれないのに。

 ……いや、それとも、彼女が実際に身篭る前にこの話題にたどり着けてよかったと思うべきなのだろうか? 

 何にせよ捻り出す言葉もなくなった私に、ルカトゥは言う。

「まぁでも、心配いりません。要するに子どもを生まない人生を選べば、悪いことにはならないんです。……しかも幸いなことに、先生は子どもが嫌いでしょう?」

「嫌いなのはそうだけども……」

 いつか彼女と一緒に夜の公園で花火をした時に、近所の子どもが乱入してきたことを機にそれを言い当てられたことがある。先生は子どもも、その親も苦手ですよね……と。だからそういう意味では確かに、私たちの相性は良いのかもしれない。

 けれど、もし私が死んだあと、ルカトゥにとって理想の相手が現れたら? 彼女とその人が何不自由なく結ばれたあとに、唯一にして最大の障害として「子どもが欲しい」と言われてしまったら? ……その時のルカトゥの決断を天国から見た私は、今日のこのやり取りを後悔せずにいられるだろうか……?

 何か、何かしらもっとフォローしなければ。建設的な意見の一つも出さなければ。……そうは思うものの、思いつけることが何もない。もし虐待を受けていた子どもが大人になって「私も子どもを産んだらその子を虐待するようになるのかな。そういうのは遺伝するって聞いたことがある」と言い出したら、それを聞いた時の気持ちはちょうど今のような物になる気がした。

 無責任にそこへ「大丈夫」だなんて言えない。それゆえに生まれる沈黙が、無責任さと同程度に残酷だったとしても。

「……どんな子が生まれてくるのか、身篭る前に分かればいいのにね。ルカトゥのことを分かってくれる子だけを選んで生めればいいのに」

 苦し紛れに、私は最後にそう言った。

「そうですね。それか、子どもが親を選べるようになるかですね」

 言って、ルカトゥはテレビのリモコンを手に取り、CMに入ってしまったバラエティ番組の視聴をやめて、録画リストを漁り始めた。

 親と仲がよく、褒められて育ったという彼女のような人が、いつもは明るいルカトゥが、水面下では今のようなことを考えていたりする。世の中とはそういうものなのだろうけど、そこに生きる私は、心の内をさらけ出してくれた彼女に何も気の利いた言葉を返してあげられなかった。

 こちらの箸が止まっていることを見て、ルカトゥが「やっぱり食事時にする話じゃなかったですね」と言って困ったように笑う。私の「そんなことない」という声は、わざとらしく大袈裟になってしまうことを避けたいと思うばかりに、本心のようにはとても聞こえないか細い物になってしまった。……魔法で本心が伝わっていることを祈る。

 だけどそれが伝わっても伝わらなくても、どちらにせよルカトゥはもう二度と私にこのような打ち明け話はしてくれないだろう。彼女は逆説的に、沈黙することの価値を知ってしまったはずだから。ふがいない私がそれを今教えてしまったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、私は部屋を暗くしてベッドの上でルカトゥを抱きしめながら、こうなってしまってもまだ自分は学生服を着て……「子ども」になって、ルカトゥの性欲の対象になるべきなのだろうか……と考えこんだ。悩んだ。そしてその答えは、腕の中に彼女の絶頂を感じる段になってもまだ決められなかった。

「ひなこちゃん、大好きだよぅ……♡」

 呼ばれた名前に、以前とは別の意味でドキリとしてしまう。……いつか我が子の名前を呼んで抱きしめる時のルカトゥが、今と同じようにとろけた声をしていたらどうしようと連想してしまった。

 でもその連想は私の場合、難なく飲み込めてしまう物でもある。棒読みは直らなくても、言葉を返すことだけは日に日に上手くなっていたから。

「私もルカトゥのこと大好きだよ」

 そう返すと、にへへ〜という照れ笑いがすぐ間近の暗闇から聞こえてくる。すっかり日常化した平和を、そのやり取りがいつも通り象徴していた。

 本当に私が彼女の子どもになれてしまえばいいのに。……一瞬そんな考えがよぎって、すぐにそれを否定する。よく考えるまでもなく、実際の私にはそんなことを受け入れる覚悟なんてないから。生まれ直す覚悟も、人の寿命を超えて生きる覚悟も、私のような人間にあるわけがないから。

 制服を着る件に関しての答えはそのまま、ついぞ夢の中ですら出てこなかった。

 

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